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三
しおりを挟む本邸の大広間は、久しぶりに人で満ちていた。
白い布が張られ、香が焚かれ、中央には義妹が立っている。
純白のドレス。
祈るために組まれた手。
伏せた睫毛。
――聖女。
そう呼ばれているのが、今の義妹だった。
(はいはい、演出は完璧ね)
私は柱の影から、その光景を眺めていた。
照明、立ち位置、視線誘導。
人が“ありがたがる構図”を、きちんと分かっている。
「女神よ、どうかこの者たちに癒しを」
義妹が声を上げると、周囲の者たちは息を潜めた。
けれど。
(空気、重っ)
祈りが終わっても、場の空気は晴れない。
顔色が少し良くなる者はいる。でも、それだけ。持続しない。回復していない。
「さすがは聖女様……」
そう口にする声が、やけに揃っている。
(あー、これ“言わされてるやつ”)
納得じゃなくて、同調。
安心したいだけの反応。
数字にしなくても分かる。これは“効果が出てるフリ”だ。義妹の視線が、私を捉えた。
一瞬。そして、にっこり微笑む。
(来た来た)
「……ああ、いたのね」
甘い声。でも芯は冷たい。
「もう、あなたの出番はないわ」
周囲に聞こえないように、それでも確実に届く距離。
「だって、私が“聖女”ですもの」
(はい、マウンティングいただきました)
義母が満足そうに頷く。父は、相変わらず沈黙。
(この沈黙が一番高くつくのよね)
「あなたは、もう役に立たないの」
義妹は続ける。
「ここにいるだけで迷惑よ」
(……なるほど)
排除宣言。段階は、最終フェーズ。
今までのは準備。これは“追い出し”。
その瞬間――背中に衝撃。
「……っ」
床に倒れ、肺から空気が抜ける。
「……邪魔」
義妹の声。
笑い声。
(雑っ)
私は、内心で評価した。
力任せ。
衝動的。
証拠は残る。
いつもなら、ここで祈って終わり。なかったことにして、空気を守って、自分だけ消耗して。でも。今回は違う。
(はい、記録完了)
私は祈らない。治さない。頬の痛みも、床の冷たさも、全部そのまま受け取る。
(これは“証拠”だから)
ゆっくりと、立ち上がる。俯かない。義妹が、わずかに眉をひそめた。
「……なによ、その目」
(あー、バレた)
私は答えない。代わりに、じっと見返す。
初めて。上下じゃない。被害者でもない。
“対等な視線”。
(さて)
奪われたものは多い。
立場。
名前。
役割。
信頼。
でも――構造は、もう見えた。
(これ、取り戻せるわ)
しかも。向こうは、“聖女役”を演じ続けなきゃいけない。
私は?
自由。
偽りの聖女の祈りが続く中で、本物の加護は、私の内側で静かに息をしている。
(復讐じゃない)
ただの、回収作業。奪われたものを、正しい持ち主に戻すだけ。
(……さぁ)
ここからが、本番ね。私は、一歩前に出た。ざわ、と空気が揺れる。義妹が祈りを捧げている最中だというのに、誰かが息を呑むのが分かった。
(祈りスタイル、すればいいのよね?)
私は、軽く背筋を伸ばす。両手を胸の前で重ねる。形だけなら、誰でも真似できる。
問題は――中身。
(魔法はイメージ)
うん、知ってる。
光って、急にドーン、じゃない。光は、屈折する。屈折して、重なって、人の目には“色”として見える。
(虹)
太陽光が、水滴に当たって分かれる。
角度。
反射。
屈折率。
中学の理科でやったやつ。
(いけるでしょ、これ)
私は目を閉じた。
(次は、結晶)
結晶って、一気にできるものじゃない。
核があって、そこに少しずつ、規則正しく積み重なる。理科室で作った、あの透明な結晶。
(光を、結晶化させるイメージ)
――試すだけ。ものは試し。私は、静かに口を開いた。
「私も……祈らせていただきますね」
周囲がざわめく。義妹が、ぎょっとしたようにこちらを見る。
(あれ、義妹の名前……見た目からしてエリザベスで、まあいいや)
私は気にしない。目の前で、咳き込み、立ち上がれずにいる少女を見る。
「あなたの病が、癒えますように」
言葉は、ただのトリガー。
大事なのは、その奥。
(――よし、今だ)
魔法式、展開。私の周りに魔法式が幾重に重なり現れる。光の粒が、私の周囲に、ふわりと浮かび上がる。
最初は、淡く。次第に数を増し、空気の中で、きらきらと反射し始める。誰かが、息を呑んだ。光は、曲がる。重なり合い、
屈折し、七色に分かれる。
虹のような光が、私を中心に、円を描いた。
床に、天井に、人々の頬に。柔らかな光が、降り注ぐ。まるで、光そのものが、結晶になって空から舞い落ちるように。
そして――
目の前の少女の、顔色が変わった。蒼白だった頬に、血の気が戻る。震えていた手が、止まる。
「……え?」
少女が、自分の足を見る。ゆっくりと、恐る恐る。
――立った。
一歩。
また一歩。
「歩け……る……?」
次の瞬間。
「……き、奇跡だ!」
誰かが叫んだ。
「聖女様じゃない……聖母様だ!」
「光が……違う……!」
ざわめきが、悲鳴に変わる。人々が、私を見る。義妹の顔から、血の気が引いていく。
(あー……)
私は、内心で肩をすくめた。
(やりすぎたかしら)
でも。これは、私の力。祈っても、祈らなくても。本物の加護は、ここにある。私は、静かに目を開けた。
(……なるほど)
理解した。この世界の魔法。
――思ってたより、ずっと素直ね。
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