8 / 41
五
しおりを挟む
聖女が、二人いる
王城の執務室は、午後の光に満ちていた。
分厚い石壁に囲まれた広間。
重厚な黒檀の机は、三代前の王の時代から使われているものだ。
机上には、積み上げられた書類と封蝋の痕。壁には、歴代国王の肖像画が並んでいた。
剣を携えた初代王。
内乱を鎮めた第七代。
飢饉を越え、交易路を広げた第十二代。
そして――
中央に飾られているのは、現王。
第十五代国王
ザイード・フォン・ヴェルトリナス
この国を、武ではなく“均衡”で動かしてきた男。神殿と貴族、王権の三者を天秤にかけ、どこにも傾きすぎない政治を続けてきた。
その静寂を破ったのは、一通の報告書だった。
「……ほう」
王は、紙に目を落としたまま、低く声を漏らす。
「歩行不能だった少女が、その場で立ち上がった、と?」
側近が一歩前に出る。
名は、エドガー・ヴァルハイム。
王家直属の宰務卿。
子爵位を持つが、爵位以上に王の信頼が厚い男だった。
「はい。神殿からの正式報告ではありませんが、現場の証言は一致しています」
「祈ったのは、誰だ」
「……二人、です」
その言葉に、王の指が止まった。
「二人?」
エドガーは、慎重に言葉を選ぶ。
「義妹殿下――現在、“聖女”として神殿が認定している方」
「もう一人は?」
「公爵家の長女様です」
沈黙。
王は、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「……聖女が、二人いるということか」
「形式上は、違います」
エドガーが即座に否定する。
「神殿の認定は、義妹殿下のみです」
「だが、結果は?」
王は、報告書を軽く指で叩いた。
「結果は、長女の方が“即時回復”を起こしている」
エドガーは頷く。
「光が降りそそぎ、虹が絶え間なく周囲を巡ったと」
「病は消え、歩けなかった少女が立ったそうです」
「神殿方式では、あり得ないな」
王は、静かに笑った。それは、楽しげでも嘲笑でもない。確信の笑みだった。
「……陛下?」
「思い出す」
王は、遠くを見るような目をした。
「隣国から降嫁してきた王女のことを」
エドガーの背筋が、自然と伸びる。
「聖魔法を扱った姫君……」
「あの方は、神殿に縛られなかった」
王は、ゆっくりと続ける。
「祈らず、儀式を拒み、それでも国を安定させた」
「――彼女の傍にいた男も、また、自由な力を使っていたな」
神殿が最も嫌った存在。エドガーは、息を呑んだ。
「……では、長女様は」
「血を引いている」
王は、断言した。
「そして――神殿は、また同じ過ちを繰り返した」
王は、報告書を閉じる。
「聖女は、称号ではない」
「認定でもない」
「結果だ」
「結果を出した者が、聖女だ」
エドガーは、慎重に問う。
「では、どうなさいますか」
王は、即答した。
「動く」
「神殿より先に」
その一言で、王家の方針は決まった。
「二人の聖女がいる、という噂は――
止めるな」
「むしろ、広げろ」
エドガーは、思わず目を見開いた。
「……陛下」
「神殿が慌てる」
王は、静かに言った。
「慌てれば、余計な手を打つ」
そして、ふっと口元を緩める。
「それに……面白いものが大好きな、わしの息子も、目を輝かせて動き出すだろうな」
エドガーは、内心でため息をついた。
――王太子殿下。好奇心と行動力の塊。
厄介極まりない。
「その前に、こちらが“本物”に近づく」
王は、立ち上がった。
「公爵家の長女を、“保護”する」
その言葉は、善意にも聞こえた。
同時に、はっきりとした政治的宣言でもあった。
「神殿には、こちらから伝える」
「“聖女が二人いるのではないか”と」
王は、微かに笑う。
「さて」
「どちらが、本物かな」
王城の窓の外で、鐘の音が鳴った。
それは、神殿の鐘とは違う音色。
王家が、盤上に駒を置いた合図だった。
王城の執務室は、午後の光に満ちていた。
分厚い石壁に囲まれた広間。
重厚な黒檀の机は、三代前の王の時代から使われているものだ。
机上には、積み上げられた書類と封蝋の痕。壁には、歴代国王の肖像画が並んでいた。
剣を携えた初代王。
内乱を鎮めた第七代。
飢饉を越え、交易路を広げた第十二代。
そして――
中央に飾られているのは、現王。
第十五代国王
ザイード・フォン・ヴェルトリナス
この国を、武ではなく“均衡”で動かしてきた男。神殿と貴族、王権の三者を天秤にかけ、どこにも傾きすぎない政治を続けてきた。
その静寂を破ったのは、一通の報告書だった。
「……ほう」
王は、紙に目を落としたまま、低く声を漏らす。
「歩行不能だった少女が、その場で立ち上がった、と?」
側近が一歩前に出る。
名は、エドガー・ヴァルハイム。
王家直属の宰務卿。
子爵位を持つが、爵位以上に王の信頼が厚い男だった。
「はい。神殿からの正式報告ではありませんが、現場の証言は一致しています」
「祈ったのは、誰だ」
「……二人、です」
その言葉に、王の指が止まった。
「二人?」
エドガーは、慎重に言葉を選ぶ。
「義妹殿下――現在、“聖女”として神殿が認定している方」
「もう一人は?」
「公爵家の長女様です」
沈黙。
王は、ゆっくりと椅子に背を預けた。
「……聖女が、二人いるということか」
「形式上は、違います」
エドガーが即座に否定する。
「神殿の認定は、義妹殿下のみです」
「だが、結果は?」
王は、報告書を軽く指で叩いた。
「結果は、長女の方が“即時回復”を起こしている」
エドガーは頷く。
「光が降りそそぎ、虹が絶え間なく周囲を巡ったと」
「病は消え、歩けなかった少女が立ったそうです」
「神殿方式では、あり得ないな」
王は、静かに笑った。それは、楽しげでも嘲笑でもない。確信の笑みだった。
「……陛下?」
「思い出す」
王は、遠くを見るような目をした。
「隣国から降嫁してきた王女のことを」
エドガーの背筋が、自然と伸びる。
「聖魔法を扱った姫君……」
「あの方は、神殿に縛られなかった」
王は、ゆっくりと続ける。
「祈らず、儀式を拒み、それでも国を安定させた」
「――彼女の傍にいた男も、また、自由な力を使っていたな」
神殿が最も嫌った存在。エドガーは、息を呑んだ。
「……では、長女様は」
「血を引いている」
王は、断言した。
「そして――神殿は、また同じ過ちを繰り返した」
王は、報告書を閉じる。
「聖女は、称号ではない」
「認定でもない」
「結果だ」
「結果を出した者が、聖女だ」
エドガーは、慎重に問う。
「では、どうなさいますか」
王は、即答した。
「動く」
「神殿より先に」
その一言で、王家の方針は決まった。
「二人の聖女がいる、という噂は――
止めるな」
「むしろ、広げろ」
エドガーは、思わず目を見開いた。
「……陛下」
「神殿が慌てる」
王は、静かに言った。
「慌てれば、余計な手を打つ」
そして、ふっと口元を緩める。
「それに……面白いものが大好きな、わしの息子も、目を輝かせて動き出すだろうな」
エドガーは、内心でため息をついた。
――王太子殿下。好奇心と行動力の塊。
厄介極まりない。
「その前に、こちらが“本物”に近づく」
王は、立ち上がった。
「公爵家の長女を、“保護”する」
その言葉は、善意にも聞こえた。
同時に、はっきりとした政治的宣言でもあった。
「神殿には、こちらから伝える」
「“聖女が二人いるのではないか”と」
王は、微かに笑う。
「さて」
「どちらが、本物かな」
王城の窓の外で、鐘の音が鳴った。
それは、神殿の鐘とは違う音色。
王家が、盤上に駒を置いた合図だった。
119
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
婚約破棄、その後の話を誰も知らない
あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。
王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。
だがある日、
誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。
奇跡は、止まった。
城は動揺し、事実を隠し、
責任を聖女ひとりに押しつけようとする。
民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。
一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、
奇跡が失われる“その日”に備え、
治癒に頼らない世界を着々と整えていた。
聖女は象徴となり、城は主導権を失う。
奇跡に縋った者たちは、
何も奪われず、ただ立場を失った。
選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。
――これは、
聖女でも、英雄でもない
「悪役令嬢」が勝ち残る物語。
好きだった幼馴染みに再会→婚約者を捨ててプロポーズした侯爵令息
星森
恋愛
侯爵家の令息エドモンドは、幼い頃に結婚を誓い合った幼馴染コレットへの執着を捨てられずにいた。
しかし再会した彼女は自分を避け、公爵令息アランと親しくする姿ばかりが目に入る。
嫉妬と焦燥に駆られたエドモンドは、ついに“ある計画”に手を染めてしまう。
偶然を装った救出劇、強引な求愛、婚約破棄──
すべてはコレットを取り戻すためだった。
そして2人は……?
⚠️本作はAIが生成した文章を一部に使っています。
母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない
春風由実
恋愛
「何故お前が生きた?」
それは怪我をして長く眠っていたエルリカが、目覚めた直後に父親である公爵から掛けられた言葉だった。
「お前こそが、女神の元に行くべきだった!」
父親から強い口調で詰られたエルリカ。
普通の令嬢は、ここで泣くか、その後立ち直れなくなるという。
けれどエルリカは違った。
「あなたこそ、何をのうのうと元気にしているのですか?」
そうしてこの日父娘は、それぞれに絶縁を宣言した。
以来、母方の祖父母に引き取られ、侯爵領で過ごしてきたエルリカ。
ところが公爵は、いつまでもエルリカを除籍する手続きを実行しなかった。
おかげで名ばかりの公爵令嬢のまま、エルリカが王都へと戻る日がやって来てしまう──。
【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
家も婚約者も、もう要りません。今の私には、すべてがありますから
有賀冬馬
恋愛
「嫉妬深い女」と濡れ衣を着せられ、家も婚約者も妹に奪われた侯爵令嬢エレナ。
雨の中、たった一人で放り出された私を拾ってくれたのは、身分を隠した第二王子でした。
彼に求婚され、王宮で輝きを取り戻した私が舞踏会に現れると、そこには没落した元家族の姿が……。
ねぇ、今さら私にすり寄ってきたって遅いのです。だって、私にはもう、すべてがあるのですから。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる