皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ

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執事を掌握する

最初に押さえたのは、父ではない。屋敷を統括する執事だった。灰色の髪をきっちり撫でつけ、背筋は常に真っ直ぐ。
二十年以上この屋敷に仕え、主人が変わっても空気を変えず、誰の味方にも見えない男。

彼は、知っている。帳簿の癖も、改ざんの跡も、「見なかったことにされてきた数字」も。それでいて、何も言わない。

――一番、厄介で、一番、使える。

「少し、確認したいことがあります」

そう声をかけると、執事は一瞬だけ瞬きをした。案内したのは、書庫だった。分厚い扉。埃と紙の匂い。窓は小さく、昼でも薄暗い。人の出入りはほとんどなく、ここにあるのは、言い訳をしない記録だけ。私は棚から一冊を抜き取り、机に置いた。

「こちらの小麦の納入記録ですが」

頁をめくる。

「不良品として申告されていますね」
「虫害、湿気、規格外――理由はいくつも」

執事は、視線を帳簿に落としたまま答えた。

「……はい」

「でも、実際には?」

一拍。

沈黙。

私は、淡々と続ける。

「もし、あなたが横領していた場合」
「罰は免れません」

顔が、わずかに強張る。

「王家に報告すれば、責任はあなたに集中する」
「父は、間違いなくそうします」

そこで、ようやく彼は口を開いた。

「……通常品です」

即答だった。

(……早いな)

私は内心で息を吐く。正直すぎる。
この屋敷、大丈夫かしら。

「では、ここも」

別の帳簿を開く。

「収入と支出が、合っていません」
「知っていますよね?」

執事は、否定しない。

「訳を、一つずつ確認します」
「逃げ道は、ありません」

淡々と、事実だけを並べる。

「不良報告を出して支援金を受給」
「同時に、王家への税は“減収”として減額申請」
「小麦自体は、横流し」

指で頁を叩く。

「差額は、義母様の宝飾」
「義妹様の“寄付”名目の出金」
「父上名義の別口座」

執事は、沈黙したまま動かない。

「安心してください」

私は、声を落とした。

「あなたを切るつもりはありません」

彼が、顔を上げる。

「むしろ、必要です」

「……何を、お望みで?」

「正しい帳簿を」
「それだけです」

私は、微笑んだ。

「これからは、私が当主代理」
「あなたは、“気づいていなかった”」
「そういう立場でいてください」

執事は、深く頭を下げた。

「……承知いたしました」

――これで、入口は押さえた。


♦︎



父を呼び出したのは、その夜だった。

書斎。
重い机。
いつもの椅子。
いつもの威圧。

「話とは何だ」

私は答えない。代わりに、帳簿を机に叩きつけた。

――バン。

「脱税です」

一言。

父の眉が、わずかに動く。

「小麦の不良申告」
「支援金の不正受給」
「税の減免申請」

頁をめくり、指で示す。

「すべて、詐欺です」

「……証拠は?」

「全部あります」

即答した。

「原本」
「改ざん前後」
「納入先の証言」
「倉庫の在庫」

「執事も、把握しています」

父の顔色が、はっきりと変わった。

「義母と義妹の散財は?」
「説明できますか?」

沈黙。

「王家への税、減らしてますよね」
「“領地が苦しい”って」

私は、少し身を乗り出す。

「その一方で、宝石は増えている」

「おかしいと思いませんか?」

父の手が、震えた。

「……お前は、何がしたい」

「簡単です」

私は、静かに告げる。

「実権の譲渡」

「屋敷、財務、人事、対外対応」
「すべて、私に」

「拒否すれば?」

「明日、王家に提出します」

にこり、と笑う。

「脱税と詐欺の“是正報告”として」

父は、椅子に深く沈んだ。

長い沈黙。

やがて。

「……分かった」

掠れた声。

「権限を与える」

私は、頷いた。

「賢明な判断です、父上」


父は、帳簿から目を離せずにいた。その沈黙を見て、私は最後の札を切る。

「それから――愛人の件ですが」

ぴくり、と父の肩が揺れた。

「城下の薬師街」
「二階建ての家」
「“遠縁の未亡人”という名目」

私は、何でもないことのように続ける。

「生活費は、公爵家とは無関係の商人を経由」
「でも、資金の出どころは同じ口座」

「……証拠は?」

声が、かすれている。

「今は、提示しません」

私は、静かに言った。

「でも、義母様は薄々気づいています」
「義妹様も、知っています」
「神殿にも、“不貞の噂”は流れ始めています」

父の拳が、机の上で固く握られる。

「もし、これが表に出たら」

私は、少しだけ首を傾げた。

「脱税」
「詐欺」
「不貞」

「どれから処理します?」

沈黙。

重たい沈黙。

やがて父は、力なく椅子にもたれた。

「……分かった」

敗北を認める声だった。

「すべて、お前に任せる」

「公爵家の実務権限」
「財務」
「対外折衝」

「……当主代理として、動け」

私は、頷いた。

「ありがとうございます、父上」

立ち上がり、扉へ向かう。

「ご安心ください」
「愛人の件は――“今は”伏せておきます」

“今は”。

その一言が、父の背中を、完全に折った。書斎を出た瞬間、私は深く息を吐く。

(はい、チェックメイト)

これで、屋敷も、金も、人も、全部、私の管轄。

あとは――屋敷の清掃が必要ね。

残るは、王家と神殿。

どちらが先に、踏み込んでくるか。

……楽しみね。
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