皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ

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聖女が、二人いる

王城の執務室は、午後の光に満ちていた。

分厚い石壁に囲まれた広間。
重厚な黒檀の机は、三代前の王の時代から使われているものだ。
机上には、積み上げられた書類と封蝋の痕。壁には、歴代国王の肖像画が並んでいた。

剣を携えた初代王。
内乱を鎮めた第七代。
飢饉を越え、交易路を広げた第十二代。

そして――
中央に飾られているのは、現王。

第十五代国王
ザイード・フォン・ヴェルトリナス

この国を、武ではなく“均衡”で動かしてきた男。神殿と貴族、王権の三者を天秤にかけ、どこにも傾きすぎない政治を続けてきた。

その静寂を破ったのは、一通の報告書だった。

「……ほう」

王は、紙に目を落としたまま、低く声を漏らす。

「歩行不能だった少女が、その場で立ち上がった、と?」

側近が一歩前に出る。

名は、エドガー・ヴァルハイム。
王家直属の宰務卿。
子爵位を持つが、爵位以上に王の信頼が厚い男だった。

「はい。神殿からの正式報告ではありませんが、現場の証言は一致しています」

「祈ったのは、誰だ」

「……二人、です」

その言葉に、王の指が止まった。

「二人?」

エドガーは、慎重に言葉を選ぶ。

「義妹殿下――現在、“聖女”として神殿が認定している方」

「もう一人は?」

「公爵家の長女様です」

沈黙。

王は、ゆっくりと椅子に背を預けた。

「……聖女が、二人いるということか」

「形式上は、違います」

エドガーが即座に否定する。

「神殿の認定は、義妹殿下のみです」

「だが、結果は?」

王は、報告書を軽く指で叩いた。

「結果は、長女の方が“即時回復”を起こしている」

エドガーは頷く。

「光が降りそそぎ、虹が絶え間なく周囲を巡ったと」

「病は消え、歩けなかった少女が立ったそうです」

「神殿方式では、あり得ないな」

王は、静かに笑った。それは、楽しげでも嘲笑でもない。確信の笑みだった。

「……陛下?」

「思い出す」

王は、遠くを見るような目をした。

「隣国から降嫁してきた王女のことを」

エドガーの背筋が、自然と伸びる。

「聖魔法を扱った姫君……」

「あの方は、神殿に縛られなかった」

王は、ゆっくりと続ける。

「祈らず、儀式を拒み、それでも国を安定させた」

「――彼女の傍にいた男も、また、自由な力を使っていたな」

神殿が最も嫌った存在。エドガーは、息を呑んだ。

「……では、長女様は」

「血を引いている」

王は、断言した。

「そして――神殿は、また同じ過ちを繰り返した」

王は、報告書を閉じる。

「聖女は、称号ではない」

「認定でもない」

「結果だ」

「結果を出した者が、聖女だ」

エドガーは、慎重に問う。

「では、どうなさいますか」

王は、即答した。

「動く」

「神殿より先に」

その一言で、王家の方針は決まった。

「二人の聖女がいる、という噂は――
止めるな」

「むしろ、広げろ」

エドガーは、思わず目を見開いた。

「……陛下」

「神殿が慌てる」

王は、静かに言った。

「慌てれば、余計な手を打つ」

そして、ふっと口元を緩める。

「それに……面白いものが大好きな、わしの息子も、目を輝かせて動き出すだろうな」

エドガーは、内心でため息をついた。

――王太子殿下。好奇心と行動力の塊。
厄介極まりない。

「その前に、こちらが“本物”に近づく」

王は、立ち上がった。

「公爵家の長女を、“保護”する」

その言葉は、善意にも聞こえた。

同時に、はっきりとした政治的宣言でもあった。

「神殿には、こちらから伝える」

「“聖女が二人いるのではないか”と」

王は、微かに笑う。

「さて」

「どちらが、本物かな」

王城の窓の外で、鐘の音が鳴った。

それは、神殿の鐘とは違う音色。

王家が、盤上に駒を置いた合図だった。
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