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十六
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厄介な噂
最初は、ただの囁きだった。
「ねえ、聞いた?」
「王太子殿下、最近やけに外出が多くない?」
それだけなら、よくある話だ。だが、次に続く言葉が――違った。
「行き先が、いつも同じらしいのよ」
「ハーベルト公爵家……例の、オリビア嬢の」
王城の控え室。貴婦人たちの扇子が、ぴたりと止まる。
「……あの?」
「神殿と揉めてる、あの公爵令嬢?」
「そう」
「庭が勝手に動くとかいう……」
くすり、と笑いが漏れる。
冗談。
眉唾。
最初は、その程度だった。
だが。
「殿下、あの屋敷に二度行かれたそうよ」
「三度、という話もあるわ」
数が、増える。
「滞在時間が長い」
「毎回、笑って帰ってくる」
「帰城後、ご機嫌」
――ご機嫌。
その一言が、噂に“色”を与えた。
「……夢中、なんじゃない?」
誰かが、ぽつりと零す。否定は、なかった。
噂は、貴族社会を巡る。舞踏会の片隅。
お茶会の終わり。馬車の中。
「王太子殿下が、あんなに楽しそうなの、久しぶりよね」
「剣の話でも、戦の話でもないんですって」
「相手が、オリビア嬢だなんて……」
評価が、割れる。
「危険よ」
「王家に収まる器じゃない」
「強すぎるわ」
その一方で。
「……でも、魅力的じゃない?」
「誰にも従わないところとか」
噂は、加速する。事実より先に、印象が走る。神殿にも、届いた。
「……王太子が、公爵令嬢に?」
聖務官の声が、低くなる。
「“聖女問題”の最中に?」
「しかも、あの娘は……」
記録官が、帳簿を閉じる。
「これは、厄介です」
「王家が、彼女に近づいている」
噂は、警戒に変わった。そして。王城・執務室。
「……殿下」
側近が、慎重に切り出す。
「市中で」
「“王太子はオリビア嬢に夢中”という噂が」
「広まり始めております」
王太子は、書類から顔を上げた。
「へえ」
それだけ。否定もしない。驚きもしない。
「……否定なさらなくて、よろしいのですか」
「噂だろ?」
軽い口調。
「勝手に盛り上がるのが、噂ってもんだ」
側近は、言葉を選ぶ。
「ですが」
「相手は、オリビア嬢です」
一拍。
「“普通の令嬢”ではありません」
王太子は、ふっと笑った。
「知ってる」
「だから?」
肩をすくめる。
「面白いんだよ」
その一言が、側近を最も不安にさせた。
同じ頃。王の私室。報告を聞き終えた私は、静かに額を押さえた。
「……来たか」
最悪の形で。噂は、制御できるうちは無害だ。だが、王太子と結びついた瞬間――
政治になる。
「……夢中、か」
私は、苦く笑う。否定しきれないのが、
さらに厄介だ。なにしろ、
我が息子は――否定しない。
「厄介な噂だ」
独りごちる。
オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルト。
彼女は、何もしていない。
ただ、そこに在るだけで――
王太子の心と、貴族社会の視線を、一斉に引き寄せてしまった。
「……本人が一番、無自覚なのだろうな」
それが、何よりも厄介だった。噂は、もう止まらない。王太子が否定しない限り。
そして――オリビアが、気にも留めない限り。
静かに、だが確実に。国の空気は、
彼女を中心に動き始めていた。
最初は、ただの囁きだった。
「ねえ、聞いた?」
「王太子殿下、最近やけに外出が多くない?」
それだけなら、よくある話だ。だが、次に続く言葉が――違った。
「行き先が、いつも同じらしいのよ」
「ハーベルト公爵家……例の、オリビア嬢の」
王城の控え室。貴婦人たちの扇子が、ぴたりと止まる。
「……あの?」
「神殿と揉めてる、あの公爵令嬢?」
「そう」
「庭が勝手に動くとかいう……」
くすり、と笑いが漏れる。
冗談。
眉唾。
最初は、その程度だった。
だが。
「殿下、あの屋敷に二度行かれたそうよ」
「三度、という話もあるわ」
数が、増える。
「滞在時間が長い」
「毎回、笑って帰ってくる」
「帰城後、ご機嫌」
――ご機嫌。
その一言が、噂に“色”を与えた。
「……夢中、なんじゃない?」
誰かが、ぽつりと零す。否定は、なかった。
噂は、貴族社会を巡る。舞踏会の片隅。
お茶会の終わり。馬車の中。
「王太子殿下が、あんなに楽しそうなの、久しぶりよね」
「剣の話でも、戦の話でもないんですって」
「相手が、オリビア嬢だなんて……」
評価が、割れる。
「危険よ」
「王家に収まる器じゃない」
「強すぎるわ」
その一方で。
「……でも、魅力的じゃない?」
「誰にも従わないところとか」
噂は、加速する。事実より先に、印象が走る。神殿にも、届いた。
「……王太子が、公爵令嬢に?」
聖務官の声が、低くなる。
「“聖女問題”の最中に?」
「しかも、あの娘は……」
記録官が、帳簿を閉じる。
「これは、厄介です」
「王家が、彼女に近づいている」
噂は、警戒に変わった。そして。王城・執務室。
「……殿下」
側近が、慎重に切り出す。
「市中で」
「“王太子はオリビア嬢に夢中”という噂が」
「広まり始めております」
王太子は、書類から顔を上げた。
「へえ」
それだけ。否定もしない。驚きもしない。
「……否定なさらなくて、よろしいのですか」
「噂だろ?」
軽い口調。
「勝手に盛り上がるのが、噂ってもんだ」
側近は、言葉を選ぶ。
「ですが」
「相手は、オリビア嬢です」
一拍。
「“普通の令嬢”ではありません」
王太子は、ふっと笑った。
「知ってる」
「だから?」
肩をすくめる。
「面白いんだよ」
その一言が、側近を最も不安にさせた。
同じ頃。王の私室。報告を聞き終えた私は、静かに額を押さえた。
「……来たか」
最悪の形で。噂は、制御できるうちは無害だ。だが、王太子と結びついた瞬間――
政治になる。
「……夢中、か」
私は、苦く笑う。否定しきれないのが、
さらに厄介だ。なにしろ、
我が息子は――否定しない。
「厄介な噂だ」
独りごちる。
オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルト。
彼女は、何もしていない。
ただ、そこに在るだけで――
王太子の心と、貴族社会の視線を、一斉に引き寄せてしまった。
「……本人が一番、無自覚なのだろうな」
それが、何よりも厄介だった。噂は、もう止まらない。王太子が否定しない限り。
そして――オリビアが、気にも留めない限り。
静かに、だが確実に。国の空気は、
彼女を中心に動き始めていた。
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*--*--*
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