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十五
送り込んだ“あと”の訪問
王太子が公爵家を再訪したのは、その三日後だった。名目は視察。
実際は――確認である。
門をくぐった瞬間、彼は悟った。
(……ああ。これは、もう終わっている)
庭は、異様なほど静かだった。鳥は鳴いている。風も通る。だが、“ざわつき”がない。
不正と賄賂でのし上がってきた悪徳貴族は、確かにこの屋敷を訪れたはずだった。
結果から言えば――
屋敷には、一歩も入れていない。
門前で馬が嘶き、地面がぬかるみ、足元から蔦が絡みつく。
そして、木々が――
音もなく、立ち上がった。
枝が道を塞ぎ、幹が視界を遮り、根が、逃げ道を断つ。
攻撃は、ない。
だが――進めない。戻れない。
男は叫び、怒鳴り、最後には金で解決しようとした。そのたびに、木々は静かに、しかし確実に距離を詰めた。最終的に男は、泣きながら土下座し、謝罪し、命からがら逃げ帰った。
命はある。
名誉は、ない。
そして今。
「……君、怖いよ?」
庭の奥。浮遊クッションで日光浴中のオリビアに、王太子は苦笑混じりに声をかけた。オリビアは目も開けない。
「何かありました?」
「いや、大あり」
王太子は肩を震わせる。
「冗談で送ったんだ。“どうなるか見てみよう”って」
側近が青ざめて補足する。
「殿下は“少し困る程度”を想定されておりました」
「誰が想像する?」
王太子は腹を抱えて笑い出す。
「門前で心が折れるなんてさ!」
「庭が汚れるって、言いましたよね」
オリビアが片目を開ける。
「汚れなかったね」
「完璧に“除菌”されてた」
「はははは!」
王太子は完全にツボに入った。
背後で文官と武官が、無言で頭を下げている。
「反省してる、反省してる!」
王太子は手を振り、改めてオリビアを見る。
――興味津々の目だ。
「ねえ、オリビア」
「君、自覚ある?」
「何のですか?」
「自分が」
一拍。
「治安そのものになってること」
庭の木々が、さらりと揺れた。肯定。
「悪い人が来なければ、何も起きませんよ?」
「来たら?」
「自然淘汰です」
即答。
王太子は一瞬黙り、心底楽しそうに言った。
「やめよう。悪徳貴族を送るの」
「もう?」
「もう」
きっぱり。
「君の屋敷、更生施設じゃない」
オリビアは再び目を閉じる。
「賢明です」
葉擦れが、穏やかに続いた。王太子は確信する。この少女は、奪えない。閉じ込められない。命令できない。
近づくなら――理解するしかない。
「……面白すぎるだろ」
その呟きは、完全に“恋にも似た興味”だった。
その“後”の報告
王太子が本気で絶句したのは、さらにその後の報告だった。庭で腹を抱えて笑ったあと、側近の一人が声を潜める。
「……殿下」
「実は、その悪徳貴族――」
「うん?まだ生きてるよね?」
「はい。生きています。それどころか……」
一枚の書類が差し出される。
「現在、公爵家の“協力者”です」
「……は?」
文官が青ざめたまま続けた。
「屋敷に入れなかった後、“助けを求める形”で再接触を試みたそうで」
「泣きながら土下座、です」
王太子、口を押さえる。
「それで?」
「“話は聞く”とだけ言われ、庭の境界線まで入ることを許され」
「その場で」
一拍。
「証拠の提出を命じられました」
「……どんな?」
「脱税帳簿」
「賄賂の流れ」
「共犯貴族の名簿」
「神殿への裏金」
「王都での不正取引」
「……全部?」
「全部です」
沈黙。王太子は、ゆっくり椅子に沈み込んだ。
「……それ、尋問じゃなくて、完全に取り込みだよね?」
側近たち、無言で頷く。
「選択肢を与えたそうです」
「『王家に出すか』」
「『私に出すか』」
「……ああ」
完全理解。
「で、後者を選んだ」
「はい」
「結果?」
「有利な証言提供」
「継続的な情報供給」
「命と地位は保証」
武官が付け足す。
「現在、自発的に動く便利な駒です」
数秒の沈黙の後――
「……はは」
王太子が笑った。
「ははははは!」
ついには腹を抱える。
「怖すぎるだろ!!裁かない、潰さない」
でも、逃がさない。証拠を握って、役に立つ限り使う」
立ち上がり、にやりと笑う。
「この女、完全に悪徳貴族の天敵じゃないか」
期待が、はっきりと宿る。
この令嬢が、
どこまで“世界を整理する”のか。
――見届けずにいられない。
王太子の顔は、完全に“楽しんでいる”それだった。
王太子が公爵家を再訪したのは、その三日後だった。名目は視察。
実際は――確認である。
門をくぐった瞬間、彼は悟った。
(……ああ。これは、もう終わっている)
庭は、異様なほど静かだった。鳥は鳴いている。風も通る。だが、“ざわつき”がない。
不正と賄賂でのし上がってきた悪徳貴族は、確かにこの屋敷を訪れたはずだった。
結果から言えば――
屋敷には、一歩も入れていない。
門前で馬が嘶き、地面がぬかるみ、足元から蔦が絡みつく。
そして、木々が――
音もなく、立ち上がった。
枝が道を塞ぎ、幹が視界を遮り、根が、逃げ道を断つ。
攻撃は、ない。
だが――進めない。戻れない。
男は叫び、怒鳴り、最後には金で解決しようとした。そのたびに、木々は静かに、しかし確実に距離を詰めた。最終的に男は、泣きながら土下座し、謝罪し、命からがら逃げ帰った。
命はある。
名誉は、ない。
そして今。
「……君、怖いよ?」
庭の奥。浮遊クッションで日光浴中のオリビアに、王太子は苦笑混じりに声をかけた。オリビアは目も開けない。
「何かありました?」
「いや、大あり」
王太子は肩を震わせる。
「冗談で送ったんだ。“どうなるか見てみよう”って」
側近が青ざめて補足する。
「殿下は“少し困る程度”を想定されておりました」
「誰が想像する?」
王太子は腹を抱えて笑い出す。
「門前で心が折れるなんてさ!」
「庭が汚れるって、言いましたよね」
オリビアが片目を開ける。
「汚れなかったね」
「完璧に“除菌”されてた」
「はははは!」
王太子は完全にツボに入った。
背後で文官と武官が、無言で頭を下げている。
「反省してる、反省してる!」
王太子は手を振り、改めてオリビアを見る。
――興味津々の目だ。
「ねえ、オリビア」
「君、自覚ある?」
「何のですか?」
「自分が」
一拍。
「治安そのものになってること」
庭の木々が、さらりと揺れた。肯定。
「悪い人が来なければ、何も起きませんよ?」
「来たら?」
「自然淘汰です」
即答。
王太子は一瞬黙り、心底楽しそうに言った。
「やめよう。悪徳貴族を送るの」
「もう?」
「もう」
きっぱり。
「君の屋敷、更生施設じゃない」
オリビアは再び目を閉じる。
「賢明です」
葉擦れが、穏やかに続いた。王太子は確信する。この少女は、奪えない。閉じ込められない。命令できない。
近づくなら――理解するしかない。
「……面白すぎるだろ」
その呟きは、完全に“恋にも似た興味”だった。
その“後”の報告
王太子が本気で絶句したのは、さらにその後の報告だった。庭で腹を抱えて笑ったあと、側近の一人が声を潜める。
「……殿下」
「実は、その悪徳貴族――」
「うん?まだ生きてるよね?」
「はい。生きています。それどころか……」
一枚の書類が差し出される。
「現在、公爵家の“協力者”です」
「……は?」
文官が青ざめたまま続けた。
「屋敷に入れなかった後、“助けを求める形”で再接触を試みたそうで」
「泣きながら土下座、です」
王太子、口を押さえる。
「それで?」
「“話は聞く”とだけ言われ、庭の境界線まで入ることを許され」
「その場で」
一拍。
「証拠の提出を命じられました」
「……どんな?」
「脱税帳簿」
「賄賂の流れ」
「共犯貴族の名簿」
「神殿への裏金」
「王都での不正取引」
「……全部?」
「全部です」
沈黙。王太子は、ゆっくり椅子に沈み込んだ。
「……それ、尋問じゃなくて、完全に取り込みだよね?」
側近たち、無言で頷く。
「選択肢を与えたそうです」
「『王家に出すか』」
「『私に出すか』」
「……ああ」
完全理解。
「で、後者を選んだ」
「はい」
「結果?」
「有利な証言提供」
「継続的な情報供給」
「命と地位は保証」
武官が付け足す。
「現在、自発的に動く便利な駒です」
数秒の沈黙の後――
「……はは」
王太子が笑った。
「ははははは!」
ついには腹を抱える。
「怖すぎるだろ!!裁かない、潰さない」
でも、逃がさない。証拠を握って、役に立つ限り使う」
立ち上がり、にやりと笑う。
「この女、完全に悪徳貴族の天敵じゃないか」
期待が、はっきりと宿る。
この令嬢が、
どこまで“世界を整理する”のか。
――見届けずにいられない。
王太子の顔は、完全に“楽しんでいる”それだった。
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