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十七
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黒騎士、現る
それは、前触れもなく訪れた。屋敷の庭は、さつも通り穏やかだった。葉擦れの音。土の匂い。オリビアの呼吸に合わせて、木々がゆっくりと揺れている。
――そのはずだった。
ざわり。
空気が、切り替わる。警戒ではない。敵意でもない。それでも、庭の木々が、一斉に“静止”した。
葉が止まり、
枝が揺れを止め、
まるで――息を潜めるように。
王太子が、眉を上げる。
「……今の」
カイ(武官)が、低く呟いた。
「結界ではありません」
「侵入でもない」
一拍。
「……“通過”です」
意味を理解する前に。
庭の奥、木々の影が最も濃い場所から――
一人の騎士が、姿を現した。
漆黒の鎧。
無駄のない造形。
光を反射しない、鈍い黒。
兜は、着けていない。
現れた瞬間、
誰もが直感した。
――強い。
雰囲気ではない。誇示でもない。生き延びてきた重みが、そのまま立っている。文官が、息を呑む。
「……黒……」
カイが、歯を食いしばる。
「“黒騎士”……?」
噂は、すべて過去形だったはずだ。だが、
彼は生きている。黒騎士は、王太子にも、側近にも、庭にも目を向けない。
ただ――一直線に。
オリビアを、見ていた。浮遊クッションに身を預けたままの彼女が、ゆっくりと目を開ける。
一瞬。
胸の奥に、説明のつかない引っかかりが走る。
懐かしさではない。
記憶でもない。
知らないはずなのに、無視できない違和感。
「……やっと、会えた」
低い声。
掠れていて、
それでも熱を帯びている。
王太子の喉が鳴る。
「……知り合い?」
答えたのは、オリビアだった。
「……だれ?」
短く。
淡々と。
だが、木々がざわりと揺れる。拒絶はしない。けれど、道も完全には空けない。
黒騎士は、跪かない。
頭も下げない。
ただ、剣を地面に突き立て、片膝をつく。願いを差し出す側の姿勢。
「俺は、誓いを果たしに来た」
オリビアは、即座に答えない。その沈黙に、王太子は理解した。
――まだ、席は与えられていない。
「……なるほど」
王太子は、乾いた笑みを浮かべる。
「これは」
一拍。
「同じ土俵に、上がってきたって顔だな」
黒騎士は、初めて王太子を見る。一瞬。剣呑な気配。だが、すぐに消える。競う相手だと、理解したからだ。
オリビアは、小さく息を吐いた。
「……黒騎士」
名を呼ばれ、
彼は、わずかに笑った。
「その名で呼ばれる資格が」
「まだ残っているなら」
庭の木々が、静かに揺れる。肯定ではない。拒絶でもない。
――保留。
その音だった。王太子は、確信する。噂は、間違っていた。王太子が夢中なのではない。この女の前には、振り向かせに来る男が、自然と集まる。
それが、どれほど厄介なことか――
王家は、まだ知らない。
それは、前触れもなく訪れた。屋敷の庭は、さつも通り穏やかだった。葉擦れの音。土の匂い。オリビアの呼吸に合わせて、木々がゆっくりと揺れている。
――そのはずだった。
ざわり。
空気が、切り替わる。警戒ではない。敵意でもない。それでも、庭の木々が、一斉に“静止”した。
葉が止まり、
枝が揺れを止め、
まるで――息を潜めるように。
王太子が、眉を上げる。
「……今の」
カイ(武官)が、低く呟いた。
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「侵入でもない」
一拍。
「……“通過”です」
意味を理解する前に。
庭の奥、木々の影が最も濃い場所から――
一人の騎士が、姿を現した。
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兜は、着けていない。
現れた瞬間、
誰もが直感した。
――強い。
雰囲気ではない。誇示でもない。生き延びてきた重みが、そのまま立っている。文官が、息を呑む。
「……黒……」
カイが、歯を食いしばる。
「“黒騎士”……?」
噂は、すべて過去形だったはずだ。だが、
彼は生きている。黒騎士は、王太子にも、側近にも、庭にも目を向けない。
ただ――一直線に。
オリビアを、見ていた。浮遊クッションに身を預けたままの彼女が、ゆっくりと目を開ける。
一瞬。
胸の奥に、説明のつかない引っかかりが走る。
懐かしさではない。
記憶でもない。
知らないはずなのに、無視できない違和感。
「……やっと、会えた」
低い声。
掠れていて、
それでも熱を帯びている。
王太子の喉が鳴る。
「……知り合い?」
答えたのは、オリビアだった。
「……だれ?」
短く。
淡々と。
だが、木々がざわりと揺れる。拒絶はしない。けれど、道も完全には空けない。
黒騎士は、跪かない。
頭も下げない。
ただ、剣を地面に突き立て、片膝をつく。願いを差し出す側の姿勢。
「俺は、誓いを果たしに来た」
オリビアは、即座に答えない。その沈黙に、王太子は理解した。
――まだ、席は与えられていない。
「……なるほど」
王太子は、乾いた笑みを浮かべる。
「これは」
一拍。
「同じ土俵に、上がってきたって顔だな」
黒騎士は、初めて王太子を見る。一瞬。剣呑な気配。だが、すぐに消える。競う相手だと、理解したからだ。
オリビアは、小さく息を吐いた。
「……黒騎士」
名を呼ばれ、
彼は、わずかに笑った。
「その名で呼ばれる資格が」
「まだ残っているなら」
庭の木々が、静かに揺れる。肯定ではない。拒絶でもない。
――保留。
その音だった。王太子は、確信する。噂は、間違っていた。王太子が夢中なのではない。この女の前には、振り向かせに来る男が、自然と集まる。
それが、どれほど厄介なことか――
王家は、まだ知らない。
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