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十九
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黒騎士は、守護者である
――もう一つの公爵家・次男視点
その噂を聞いた瞬間、胸の奥で、確かに何かが噛み合った。
――まただ。
幼い頃から、何度も感じてきた感覚。
理由もなく、名前を呼ばれるような感覚。
夢でも、幻聴でもない。確かに“外”から届く、静かな呼び声。
だが、それを家族に話したことは一度もない。西の公爵家。武と防衛を担い、王国の“外郭”を守り続けてきた家。
ヴァンサイト公爵家。
その長男――
アレックス・フォン・ヴァンサイトは、誰の目にも明らかな「正統後継者」だった。
剣の才。
指揮の才。
判断の速さと、部下に慕われる資質。
常に前線に立ち、傷を負いながらも決して誇らない。家名と責務を、自然に背負う男。
カイザスは、兄の背を誇りに思っていた。
同時に――
自分は、違う場所を見ていると、どこかで理解していた。
その次男として生まれた男は、幼い頃から、ただ一つの教えだけを繰り返し叩き込まれてきた。
――この国には、
剣でも王でもない、
「中心になる存在」が現れることがある。
在るだけで、土地が整い、在るだけで、争いの形が変わる存在。そういう者が現れたとき。
王家が手を伸ばす前に。
神殿が囲い込む前に。
必ず、守護者が動け。それが、ヴァンサイト公爵家に課された役目だった。
「……聖女が、祈らない?」
低い声で問い返したのは、カイザス・フォン・ヴァンサイト。
通称――
黒騎士。
報告役の従者が、喉を鳴らして頷く。
「はい。祝詞も、儀式も使わず、
土地そのものが反応しているとのことです」
「……他には」
「悪徳商人が一人、屋敷の門前で完全に拒絶されました」
その言葉に、カイザスは目を伏せた。
――やはり。
脳裏に、別の光景が浮かぶ。かつて、自身が“呼ばれる感覚”に導かれ、辺境で遭遇した密輸商人。
剣を抜く前に、地面が崩れ、風向きが変わり、逃げ道だけが静かに閉ざされた。
彼は戦わなかった。ただ、剣を地に突き立て、立っただけだ。
商人は泣き崩れ、証拠を差し出し、逃げ帰った。
――あれも、中心に近づいた結果だった。
カイザスは、静かに息を吐く。それは、
記録に残る“本物”の兆候。
制御できない力。
再現できない奇跡。
神殿の体系に収まらない存在。
「名は?」
「オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルト」
東の公爵家。加護を担ってきた血。
点と点が、
音もなく繋がる。
(……来たか)
驚きはない。恐怖もない。
ただ一つ、胸に残ったのは――遅れた、という感覚だけだった。
守護者とは、
仕える者ではない。
命令を受ける駒でもない。世界が選んだ“中心”を、世界から守る役目。
「王家は?」
「既に接触しています」
「神殿は?」
「管理下に置こうと動いています」
カイザスは、短く息を吐いた。
――予想通りだ。
「なら、急ぐ必要があるな」
壁に立てかけた剣を取り、迷いなく言い切る。
「彼女の敵になる者からではない」
「彼女を“利用しようとする者”から、守る」
従者が、慎重に問いを重ねた。
「もし……本人が、それを望まなかったら?」
カイザスは、一瞬も迷わなかった。
「そのときは、距離を取る」
守護とは、縛ることではない。
選択を奪わないことだ。
――そう考えた瞬間、なぜか胸の奥が、ちくりと痛んだ。
理由は分からない。
だが、その痛みを否定する気もなかった。
それでも――
刃が向けられた瞬間だけは、必ず前に立つ。それが、ヴァンサイト家の守護者。
そして、カイザス自身が選んだ生き方だった。
夜明け前の空を見上げる。まだ、姿は見えない。
だが――確かに、感じる。呼ばれている。
守るべき“中心”が、この世界に生まれたことを。
「……オリビア」
名を、初めて口にした。それは、誓いではない。忠誠でもない。
ただ――
守護者としての、確認。
黒騎士カイザス・フォン・ヴァンサイトは、静かに歩き出した。
世界が、再び動き始める音を背に受けながら。
――もう一つの公爵家・次男視点
その噂を聞いた瞬間、胸の奥で、確かに何かが噛み合った。
――まただ。
幼い頃から、何度も感じてきた感覚。
理由もなく、名前を呼ばれるような感覚。
夢でも、幻聴でもない。確かに“外”から届く、静かな呼び声。
だが、それを家族に話したことは一度もない。西の公爵家。武と防衛を担い、王国の“外郭”を守り続けてきた家。
ヴァンサイト公爵家。
その長男――
アレックス・フォン・ヴァンサイトは、誰の目にも明らかな「正統後継者」だった。
剣の才。
指揮の才。
判断の速さと、部下に慕われる資質。
常に前線に立ち、傷を負いながらも決して誇らない。家名と責務を、自然に背負う男。
カイザスは、兄の背を誇りに思っていた。
同時に――
自分は、違う場所を見ていると、どこかで理解していた。
その次男として生まれた男は、幼い頃から、ただ一つの教えだけを繰り返し叩き込まれてきた。
――この国には、
剣でも王でもない、
「中心になる存在」が現れることがある。
在るだけで、土地が整い、在るだけで、争いの形が変わる存在。そういう者が現れたとき。
王家が手を伸ばす前に。
神殿が囲い込む前に。
必ず、守護者が動け。それが、ヴァンサイト公爵家に課された役目だった。
「……聖女が、祈らない?」
低い声で問い返したのは、カイザス・フォン・ヴァンサイト。
通称――
黒騎士。
報告役の従者が、喉を鳴らして頷く。
「はい。祝詞も、儀式も使わず、
土地そのものが反応しているとのことです」
「……他には」
「悪徳商人が一人、屋敷の門前で完全に拒絶されました」
その言葉に、カイザスは目を伏せた。
――やはり。
脳裏に、別の光景が浮かぶ。かつて、自身が“呼ばれる感覚”に導かれ、辺境で遭遇した密輸商人。
剣を抜く前に、地面が崩れ、風向きが変わり、逃げ道だけが静かに閉ざされた。
彼は戦わなかった。ただ、剣を地に突き立て、立っただけだ。
商人は泣き崩れ、証拠を差し出し、逃げ帰った。
――あれも、中心に近づいた結果だった。
カイザスは、静かに息を吐く。それは、
記録に残る“本物”の兆候。
制御できない力。
再現できない奇跡。
神殿の体系に収まらない存在。
「名は?」
「オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルト」
東の公爵家。加護を担ってきた血。
点と点が、
音もなく繋がる。
(……来たか)
驚きはない。恐怖もない。
ただ一つ、胸に残ったのは――遅れた、という感覚だけだった。
守護者とは、
仕える者ではない。
命令を受ける駒でもない。世界が選んだ“中心”を、世界から守る役目。
「王家は?」
「既に接触しています」
「神殿は?」
「管理下に置こうと動いています」
カイザスは、短く息を吐いた。
――予想通りだ。
「なら、急ぐ必要があるな」
壁に立てかけた剣を取り、迷いなく言い切る。
「彼女の敵になる者からではない」
「彼女を“利用しようとする者”から、守る」
従者が、慎重に問いを重ねた。
「もし……本人が、それを望まなかったら?」
カイザスは、一瞬も迷わなかった。
「そのときは、距離を取る」
守護とは、縛ることではない。
選択を奪わないことだ。
――そう考えた瞬間、なぜか胸の奥が、ちくりと痛んだ。
理由は分からない。
だが、その痛みを否定する気もなかった。
それでも――
刃が向けられた瞬間だけは、必ず前に立つ。それが、ヴァンサイト家の守護者。
そして、カイザス自身が選んだ生き方だった。
夜明け前の空を見上げる。まだ、姿は見えない。
だが――確かに、感じる。呼ばれている。
守るべき“中心”が、この世界に生まれたことを。
「……オリビア」
名を、初めて口にした。それは、誓いではない。忠誠でもない。
ただ――
守護者としての、確認。
黒騎士カイザス・フォン・ヴァンサイトは、静かに歩き出した。
世界が、再び動き始める音を背に受けながら。
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