23 / 50
二十
セドリック vs カイザス
――無言の火花
最初に気づいたのは、空気だった。
庭に満ちていた穏やかな生命の流れが、
ほんの一瞬、張りつめる。
浮遊クッションに身を預けたオリビアが、
わずかに眉を動かした、その直後。
――視線が、重なった。
王太子セドリック・フォン・ヴェルトリナス。
黒騎士カイザス・フォン・ヴァンサイト。
距離は、十歩ほど。
互いに一歩も動かない。
だが。
周囲の者たちは、即座に悟った。
(……まずい)
これは挨拶ではない。
牽制でもない。
格の確認だ。
セドリックは、穏やかな微笑みを浮かべている。
だが、その視線は笑っていない。
王太子としてではなく、
**「一個の雄」**として見ている目。
一方のカイザスは、微動だにしない。
剣からも、オリビアからも、
視線を外さない。
まるで――
この場にあるすべてを、
同時に測っているかのように。
木々が、ざわりと音を立てた。
拒絶ではない。
だが、警戒でもない。
様子見。
セドリックは、わずかに顎を上げる。
――先に動けば、負ける。
それを理解している。
だから、動かない。
カイザスも、同じだ。
彼は王太子を見ている。
だが、王家を見ていない。
見ているのは――
オリビアに近づく存在として、許容範囲かどうか。
数秒。
いや、十数秒か。
沈黙が、刃のように伸びる。
文官が、喉を鳴らす。
武官が、無意識に一歩下がる。
ここで剣が抜かれれば、
誰も止められない。
そのとき。
「……ねえ」
オリビアの声が、軽く落ちた。
「二人とも、立ったまま日光浴する趣味?」
「それ、健康に悪いわよ」
――ぷつり。
張りつめていた何かが、切れた。
セドリックが、先に笑った。
「はは……参ったな」
「君の前だと、つい真面目になる」
そう言いながらも、
視線はカイザスから外さない。
カイザスは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
剣に触れ、
そして――離す。
敵ではない
そう、判断した。
木々が、静かに揺れる。
肯定。
セドリックは、その様子を見て、
内心で舌を巻いた。
(……なるほど)
(こいつ、俺を“脅威”として処理しなかった)
それは敗北ではない。
だが、完全な優位でもない。
同じ土俵に立たされたという感覚。
セドリックは、ゆっくりと息を吐く。
「君が、噂の黒騎士か」
カイザスは、短く答える。
「名乗る必要はない」
「だろうね」
セドリックは、楽しそうに目を細めた。
「でもさ」
一拍。
「オリビアの近くにいるなら、無視はできない」
カイザスの視線が、鋭くなる。
だが、声は低く、静かだ。
「それは、こちらも同じだ」
再び、火花。
だが今度は――
燃え広がらない。
オリビアが、片手をひらりと振る。
「はい、そこまで」
「喧嘩は庭が荒れるから禁止」
二人の視線が、同時に彼女へ戻る。
その瞬間。
勝負は、決していた。
中心は、彼女だ。
セドリックは苦笑し、肩をすくめる。
「……参った」
「振り向かせる以前の問題だな」
カイザスは、何も言わない。
ただ、静かに理解していた。
――王太子は、敵ではない。
だが、油断できる相手でもない。
そしてセドリックは、確信していた。
――この黒騎士。
簡単には、退かない。
無言の火花は、
まだ消えていない。
ただ――
次に燃える場所を、
二人とも、オリビアに委ねただけだった。
――無言の火花
最初に気づいたのは、空気だった。
庭に満ちていた穏やかな生命の流れが、
ほんの一瞬、張りつめる。
浮遊クッションに身を預けたオリビアが、
わずかに眉を動かした、その直後。
――視線が、重なった。
王太子セドリック・フォン・ヴェルトリナス。
黒騎士カイザス・フォン・ヴァンサイト。
距離は、十歩ほど。
互いに一歩も動かない。
だが。
周囲の者たちは、即座に悟った。
(……まずい)
これは挨拶ではない。
牽制でもない。
格の確認だ。
セドリックは、穏やかな微笑みを浮かべている。
だが、その視線は笑っていない。
王太子としてではなく、
**「一個の雄」**として見ている目。
一方のカイザスは、微動だにしない。
剣からも、オリビアからも、
視線を外さない。
まるで――
この場にあるすべてを、
同時に測っているかのように。
木々が、ざわりと音を立てた。
拒絶ではない。
だが、警戒でもない。
様子見。
セドリックは、わずかに顎を上げる。
――先に動けば、負ける。
それを理解している。
だから、動かない。
カイザスも、同じだ。
彼は王太子を見ている。
だが、王家を見ていない。
見ているのは――
オリビアに近づく存在として、許容範囲かどうか。
数秒。
いや、十数秒か。
沈黙が、刃のように伸びる。
文官が、喉を鳴らす。
武官が、無意識に一歩下がる。
ここで剣が抜かれれば、
誰も止められない。
そのとき。
「……ねえ」
オリビアの声が、軽く落ちた。
「二人とも、立ったまま日光浴する趣味?」
「それ、健康に悪いわよ」
――ぷつり。
張りつめていた何かが、切れた。
セドリックが、先に笑った。
「はは……参ったな」
「君の前だと、つい真面目になる」
そう言いながらも、
視線はカイザスから外さない。
カイザスは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
剣に触れ、
そして――離す。
敵ではない
そう、判断した。
木々が、静かに揺れる。
肯定。
セドリックは、その様子を見て、
内心で舌を巻いた。
(……なるほど)
(こいつ、俺を“脅威”として処理しなかった)
それは敗北ではない。
だが、完全な優位でもない。
同じ土俵に立たされたという感覚。
セドリックは、ゆっくりと息を吐く。
「君が、噂の黒騎士か」
カイザスは、短く答える。
「名乗る必要はない」
「だろうね」
セドリックは、楽しそうに目を細めた。
「でもさ」
一拍。
「オリビアの近くにいるなら、無視はできない」
カイザスの視線が、鋭くなる。
だが、声は低く、静かだ。
「それは、こちらも同じだ」
再び、火花。
だが今度は――
燃え広がらない。
オリビアが、片手をひらりと振る。
「はい、そこまで」
「喧嘩は庭が荒れるから禁止」
二人の視線が、同時に彼女へ戻る。
その瞬間。
勝負は、決していた。
中心は、彼女だ。
セドリックは苦笑し、肩をすくめる。
「……参った」
「振り向かせる以前の問題だな」
カイザスは、何も言わない。
ただ、静かに理解していた。
――王太子は、敵ではない。
だが、油断できる相手でもない。
そしてセドリックは、確信していた。
――この黒騎士。
簡単には、退かない。
無言の火花は、
まだ消えていない。
ただ――
次に燃える場所を、
二人とも、オリビアに委ねただけだった。
あなたにおすすめの小説
さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~
阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」
婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。
けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。
セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。
「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。
――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。
「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?
にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。
「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。
否定はしない。
けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。
婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。
「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」
──存じません。私はもう、ただの無職ですので。
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。
婚約破棄? ありがとうございます。やっと本当の人生が始まります
たくわん
恋愛
婚約破棄された令嬢がすべきことといえば、泣くか、喚くか、復讐を誓うか——らしい。
リーナ・フォスター公爵令嬢がしたことは、荷造りだった。
「冷たくて人を愛せない」と王太子に切り捨てられた夜、リーナは一度も振り返らずに王城を出た。向かった先は辺境の荒れ地。目的は薬草の栽培と薬品事業の立ち上げ。前世の記憶から温めてきた、誰にも言えなかった計画の実行だ。
リーナはそこで不器用だが誠実な騎士ヴァルターと出会う。一方、残された王太子とその新しい婚約者は、少しずつ、静かに、取り返しのつかない方向へと歩んでいたーー。
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
死にたくないので、今世は「悪女」の看板を下ろして「聖女」の利権を奪い尽くします
あめとおと
恋愛
「死に様なら、もう八通りも見てきたわ」
公爵令嬢レオノーラは、義妹ミアを「聖女」として引き立てるための「悪役」として、九回の人生をループしてきた。
どれほど善人に振る舞おうと、どれほど婚約者の王太子に縋ろうと、最後は常に処刑台か追放。
すべては、周囲の好感度を強制的に書き換えるミアの「偽りの奇跡」のせいだった。
十度目の十六歳。
累計八十年の人生を経験し、精神年齢も魔導知識も「枯れた」域に達したレオノーラは、ついに決意する。
「いい子を演じるのは、もう飽きたわ。今世は悪役令嬢らしく、あなたの『幸運』をすべて奪い尽くしてあげる」
ミアが手に入れるはずだった【癒やしの聖杯】を先回りして献上し、
ミアの信奉者になるはずだった【最強の騎士団長】を魔導の力で救済して味方につけ、
王太子との「思い出の場所」を物理的に整地してバラ園に変える。
「あら、殿下。ゴミ(思い出)を片付けて何が悪いのかしら?」
冷徹に、そして優雅に「ざまぁ」を完遂していくレオノーラ。
そんな彼女の前に、前世では「死神」と恐れられた隣国の皇帝ギルバートが現れる。
彼は、聖女の補正が効かない唯一の男。そして、誰よりも重すぎる独占欲を抱えた男だった――。
「君は世界を奪え。私は、そんな君を奪うとしよう」
これは、九回殺された悪役令嬢が、十回目で「真の幸福」と「最強の地位」を力ずくでもぎ取る、逆転無双の物語。
【全10話+後日談 完結まで投稿済 最終投稿は3/27】
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす
三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
そして、告げられた両親の死の真相。
家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
絶望しかなかった。
涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。
そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
ルーナは死を待つしか他になかった。
途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。
そして、ルーナがその温もりを感じた日。
ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。