皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ

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二十七

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 王太子、欲しくなる

――「俺も欲しいんだが?」

光が、完全に消えたあとだった。

 庭は、元の穏やかさを取り戻している。
 葉擦れの音。
 風の匂い。
 何事もなかったかのような午後。

 ――だが。

それを見てしまった者の中で、
何も変わらなかった人間は、誰一人いなかった。

「……なあ」

王太子セドリック・フォン・ヴェルトリナスが、ぽつりと呟いた。誰に向けた言葉でもない。あえて言うなら、世界に対してだ。

「今の、反則じゃないか?」

側近が、即座に目を逸らす。

「殿下、それは――」

「分かってる、冗談だ」

セドリックは肩をすくめ、それでも視線は、オリビアから離さなかった。浮遊クッションに身を預け、何事もなかったように日光浴を続ける少女。その足元で、ついさっきまで“守護者の誕生”が起きていたというのに。

「……なあ、オリビア」

軽い調子で、名を呼ぶ。

「俺も、ああいうの欲しいんだが?」

カイザスが、ぴくりと反応した。

 一瞬だけ、
 剣に触れかけ――
 だが、何も言わずに手を離す。

オリビアは、片目だけ開けた。

「どれ?」

「今のやつ」

セドリックは、にやりと笑う。

「光ってさ」
「忠誠心が目に見えてさ」
「しかも本人、誇ってないのが最高」

 一拍。

「王太子として、普通に羨ましい」

 側近たちが、
 一斉に「殿下!?」という顔をする。

だが、オリビアは笑わなかった。代わりに、じっとセドリックを見る。

 ――値踏みでもなく。
 拒絶でもなく。

 ただ、観察。

「……無理ね」

 即答だった。

「え、即?」

 セドリックは、思わず笑う。

「理由くらい聞かせてくれよ」

オリビアは、ゆっくりと目を閉じた。

「あなたは」
「“欲しい”って言ってるでしょう」

「うん?」

「彼は...........“守る”って言ったの」

 その違いは、
 あまりに明確だった。

 セドリックは、数秒黙り――
 そして。

「……あは」

 声を立てて笑った。

「参ったな」
「完全に負け筋じゃないか、それ」

 額を押さえ、楽しそうに続ける。

「なるほど」
「そりゃ光らないわ」

 カイザスは、視線を逸らしたまま言う。

「殿下は、王太子だ」
「守られる側だろう」

「言うねえ」

 セドリックは、苦笑する。

「だから余計に、欲しくなるんだよ」

 冗談めかした口調。
 だが、その目は――本気だった。

 オリビアは、ふっと息を吐く。

「安心して」

「何が?」

「あなたは、別の意味で厄介よ」

 セドリックの眉が上がる。

「褒めてる?」

「評価してる」

 淡々と。


セドリックが笑った、その直後だった。

 オリビアは、浮遊クッションの上で、
 ほんの少しだけ身じろぎをする。

 指先が、陽光を弾く。

「……そんなに欲しいなら」

 軽い声音。
 気まぐれのようで、冗談のようで。

「いいわよ?」

 ――一瞬。

 庭の音が、消えた。

 葉擦れが止まり、風が止まり、鳥の声さえ、途切れる。セドリックの笑顔が、完全に固まる。

「……は?」

 王太子としての余裕も、
 軽口も、
 全部、吹き飛んだ顔だった。

 側近たちは、息を止めた。

 カイザスが、ゆっくりと顔を上げる。

 光は出ない。
 だが、空気が――張る。

 オリビアは、目を閉じたまま続ける。

「“欲しい”って言ったでしょう」
「じゃあ、あげる」

 一拍。

「ただし」

 その一言で、セドリックの背筋が、ぞくりと粟立つ。

「条件があるわ」

 ようやく、セドリックは声を出した。

「……条件?」

 喉が、少し掠れている。

 オリビアは、片目だけ開けた。

 その視線は、甘くも、冷たくもない。

 測定。

「あなたが“王太子”でいる間は、だめ」

「は?」

「立場を使わない」
「命令しない」
「囲わない」

 淡々と、並べる。

「“欲しい”なら」
「同じ場所に立ちなさい」

 セドリックは、理解した。

 ――これは、譲歩じゃない。
 ――誘惑でもない。

 挑戦状だ。

「……」

 数秒の沈黙。

 やがて、セドリックは、
 ゆっくりと息を吐き――

 笑った。

 今までで一番、静かな笑い。

「……参ったな」

 額を押さえながら、心底楽しそうに言う。

「それ」
「王太子に一番効くやつだ」

 側近が、震える声で言う。

「殿下……?」

「大丈夫」

 セドリックは、顔を上げる。

 その目は、
 完全に本気だった。

「欲しいなら、王太子を降りろ、か」

 オリビアは、訂正しない。

 肯定もしない。

 ただ、静かに言う。

「“欲しい”なら」
「自分で取りに来なさい」

 その瞬間。

 庭の木々が、
 一斉に、ざわりと揺れた。

 拒絶ではない。
 警告でもない。

 ――観測。

 カイザスは、はっきりと理解する。

(この人は)
(誰も選ばない)

(選ばせるんだ)

 セドリックは、深く息を吸い、
 そして、笑った。

「……いいね」

 一歩も近づかず、
 だが、一歩も引かず。

「じゃあ」
「欲しがるの、やめない」

 オリビアは、ふっと微笑った。

「どうぞ」

 それは、許可ではない。
 情でもない。

 自由の提示だった。

 その場にいた全員が悟る。

 ――王太子は今、人生で一番厄介な女に、本気で目を付けられている。

しかもそれを.心の底から楽しんでいる。
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