皆様覚悟してくださいませ。偽聖女の義妹から全て取り戻します。今まで受けた仕打ちは倍にしてお返し致します。

くろねこ

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三十七

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蔦の檻の前で

――王が青ざめ、父が崩れ落ちる

 王城正門前。

 その異様な光景を目にした瞬間、国王ザイード・フォン・ヴェルトリナスは、無意識に足を止めていた。

 そこにあったのは、檻だった。

だが、鉄ではない。石でもない。生きた蔦だ。

太く、しなやかで、脈打つような生命感を持つ蔦が、幾重にも絡み合い、編み上げられ、完全な球状の檻を形成している。

 蔦は地面から生え、地面へと還り、まるで大地そのものが腕を組んで閉じたかのようだった。

 中にいるのは――

 ロザリア・フォン・グランフェルド。

 第二王子の婚約者。社交界では“強気で華やかな令嬢”として知られ、有力派閥の象徴でもあった少女。

 今は。

 床に座り込み、背を丸め、髪は乱れ、
唇は青白く、視線は虚ろに宙を彷徨っている。声を出そうとしても、喉が震えるだけで音にならない。

魔力の流れは――完全に、遮断されていた。

「……これは……」

 王の声は、低く、乾いていた。騎士たちが周囲を固め、神官が祝詞を唱え、魔術師が探査を試みる。

 だが。

 蔦は、微動だにしない。

 術式が、存在しない。
 結界ですらない。

 これは――

(拒絶だ)

 王は、理解してしまった。

 大地が。環境が。世界そのものが、この存在を閉じ込めることを選んだ結果。

 王の命令でどうこうできる類ではない。

「陛下……」

 側近が、青ざめた顔で囁く。

「……解除は……」

 王は、ゆっくりと首を振った。

「無理だ」

短い一言。その時だった。

「陛下!!」

必死な声が、空気を裂いた。一人の男が、群衆を押し分けて前へ出てくる。

 グランフェルド侯爵。

五十を越えた壮年の男。背は高く、恰幅がよく、いつもは絹の衣と宝飾を誇るように身に着け、王の前でも一歩も引かぬ態度で知られていた。

 ――その男が。

 今は、上着も乱れ、髪は白いものが目立ち、顔は引き攣り、目には、はっきりとした恐怖が宿っている。

「どうか……!!」

 声が裏返る。侯爵は、王の前に膝をついた。いや、崩れ落ちたと言った方が近い。
重い体が地面に打ちつけられ、宝石のついた指輪が石畳に当たって音を立てる。

「どうか……どうか娘を……!!」

 蔦の檻に縋りつくように、両手を伸ばす。

「愚かな娘です……!!思い上がり、身の程を知らず……!!」

 声が、震える。これまで、娘を“家の誇り”として扱い、“駒”として育て、“勝ち札”だと信じて疑わなかった男の声だ。

「叱るべきでした……止めるべきでした……!!」

額を、地面に打ちつける。

「罰なら、私が……!!財産でも、地位でも、命でも……!!」

 声が、嗄れる。

「どうか……どうか娘を、助けてください……!!」

 王は、その姿を見つめていた。

哀れだと思った。
同時に――理解もした。

この男は、初めて“取り返しのつかない結果”を目の前にしている。

王は、重く口を開く。

「……侯爵」

 声は、静かだった。

「この檻は........王が閉じたものではない」

 侯爵が、ゆっくり顔を上げる。

「……では……」

 縋るような目。王は、目を逸らさなかった。

「開ける権限を持つ者が、この場に、いない」

理解した瞬間。侯爵の顔から、血の気が引いた。

「……まさか……」

声が、掠れる。王は、はっきりと言った。

「オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルト」

 その名が落ちた瞬間、
 空気が、さらに冷えた。

「彼女が、解除を“選ばない限り”この檻は、開かぬ」

侯爵は、言葉を失った。そして、次の瞬間。

「……そんな……」

 地面に、額を擦りつける。

「娘は……一生、そこに……?」

蔦の檻の中で、ロザリアの指が、かすかに動いた。

 聞こえている。
 理解している。

 だが、叫べない。王は、答えなかった。否定できないからだ。蔦が、微かに軋む。

 ――威嚇。

 触れるな。
 干渉するな。

 王の背筋に、冷たい汗が流れた。

(……これは、処刑ではない)

(だが、救済でもない)

 裁きですらない。選択の結果だ。王は、深く息を吐いた。

「……侯爵」

その声は、王としてではなく、一人の父としてのものだった。

「二度と、彼女の庭を、戦場にするな」

 侯爵は、何も答えられなかった。蔦の檻は、静かに在り続ける。解除される予定は、ない。王は、はっきりと悟った。この国で最も恐ろしいのは、剣でも、王命でも、神罰でもない。

 何もしないことを、選べる存在だ。

 オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルト。

その名を、王は二度と軽々しく口にできなくなった。



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