41 / 82
風呂
しおりを挟む
計画は決まった。厨房から入って第二王子の区画に侵入する。そこからローレンスの私室を確かめる。そして、決行は真夜中。
俺たちは兄貴の部屋で思い思いに時間をつぶす。慣れないことばかりでくたびれたのだろう。眠りかけたリーフを寝室に連れて行ったあと、俺は居間にある暖炉の前に陣取った。
本物の暖炉だ。魔道具ではなく、木をくべて暖を取る暖炉だ。北では珍しくないものだが、イーサンがいうには帝国では最近は使われていないらしい。
「本当に木を燃やすのか?」
イーサンは文句をつけた。
「いいじゃないか、こうして用意してあるのだから」
俺は倉庫で見つけた薪をさした。
「本物の火もいいだろう」
炎が揺れるのを見ていると、森で野営をしているようだ。俺は目を閉じて、うっとりと火の暖かさに身をゆだねる。
ふと目を開けるとイーサンがこちらを見ていた。
目が合ったから、何か話しかけてくるかと思ったのにただこちらを見ているだけだ。まるで夢を見ているみたいに。
「おい、どうしたんだ?」
声をかけると、いつものイーサンが戻ってくる。
「いや。ちょっと、な」
「変な奴だな」
俺の顔に何かついているのだろうか。汚れでもついているのかとぬぐってみる。
「ちょっと風呂に入ってくる」
先ほど確認しておいた。特別な寮だけあって、豊富に湧き出るお湯がなみなみと溢れた風呂があったのだ。風呂というよりも池といったほうがいいかもしれない。俺たち全員が入ってもまだまだ余裕がある、泳ぎの練習ができるような池だ。
飛び込むには浅かった。俺はそれでも泳いでみたい気持ちを抑えきれない。
うーん、気持ちがいい。ひとしきり湯舟を往復した後、ゆっくりと体を湯船に浮かべる。
これは兄貴の話していた火の山にあるという温泉というものなのか?龍が体を休めに来るという伝説がある湯ノ池だ。
北の学校に通っていれば、今頃そちらに使っていたかもしれないな。
湯煙で曇る天井をぼんやりと眺めていると、誰かが風呂に入ってきた。
「あまり長くつかりすぎると気分が悪くなるぞ」
兄貴の巨大な体が靄の向こうから現れる。
「兄貴!」
「気持ちいいだろう。これが温泉というものだ」
「温泉? これはただの大きい湯舟……」
イーサンがもじもじと兄貴の後ろから覗いている。
「体を洗ってから入ったか? ランス。それが礼儀というものだぞ」
「え、そうなんですね」
俺は慌てて湯舟を出た。
「洗ってきます。てっきり川か池と同じだと思っていました」
俺はシャワーの下に移動した。
「ラーク、おまえ、裸のまま何をしているんだ?」
イーサンが慌てて部屋から出ようとする。
「何を言っている。温泉には裸で入る。それが習わしだ」
兄貴は軽々とイーサンを捕まえた。
「私も裸、お前も裸、漢と漢の付き合いではないか」
「ち、違う。ここは、温泉じゃなくてただの風呂……」
兄貴が湯をすくってイーサンにかけた。大量の湯を頭から浴びてイーサンは硬直している。
「こうやって、体を温めてから湯につかるのだ。さらにその前に汚れを落とすとなお、良し」
おお。なるほど。
小さなタオルで体をこすってから、入るんだな。
備え付けの石鹸はいいにおいがした。どこかで嗅いだことがあるような花の香りだ。
体をきれいにしてから再び湯船に入る。
すでに兄貴とイーサンは湯船につかっていた。俺と兄貴に挟まれてイーサンは居心地が悪そうだ。
「いい湯だな」
「いい湯ですね」
「……」
「そうだ。温泉ではこれを飲むのだぞ」
兄貴はいったん部屋を出て、酒瓶を抱えて戻ってくる。
「え? 風呂で飲食をする?」
「まぁ、飲んでみろ」
おお。これは……いつもよりも酔いが早い気がする。
「これも温泉の作法なのですか」
「うむ。そのようだ。現地住民に教えてもらったのだ」
本当は酒の肴も持ってきて楽しむのだという。
「次はちゃんと用意しておかなければなりませんね」
「花が咲く時期に、花をめでながら飲むのだそうだ」
「へぇ、それは風流な」
「帝国ではこのような習慣はないのかな? イーサン殿? イーサン?」
イーサンが真っ赤な顔をして、ふらついている。
「これはいかん。ゆだってしまったようだ」
慌てて兄貴はイーサンを湯船から引っ張り出した。
「湯につかりすぎると、体を壊すものもいるのだ」
兄貴は軽々とイーサンを担いで居間に戻る。
「うううう。気分が悪い」
うめくイーサンに俺は水を持ってくる。
「イーサン、水を持ってきたぞ。飲めるか?」
「この状態では任務に就くのは難しいかもしれぬ」
兄貴が腕組みをした。
「大丈夫、俺一人で行く」
「単独任務はつらいぞ」
「兄貴が後方支援してくれるんだろ」
「もちろんだ。罠の類は任せておけ」
俺たちはこぶしを合わせた。
俺たちは兄貴の部屋で思い思いに時間をつぶす。慣れないことばかりでくたびれたのだろう。眠りかけたリーフを寝室に連れて行ったあと、俺は居間にある暖炉の前に陣取った。
本物の暖炉だ。魔道具ではなく、木をくべて暖を取る暖炉だ。北では珍しくないものだが、イーサンがいうには帝国では最近は使われていないらしい。
「本当に木を燃やすのか?」
イーサンは文句をつけた。
「いいじゃないか、こうして用意してあるのだから」
俺は倉庫で見つけた薪をさした。
「本物の火もいいだろう」
炎が揺れるのを見ていると、森で野営をしているようだ。俺は目を閉じて、うっとりと火の暖かさに身をゆだねる。
ふと目を開けるとイーサンがこちらを見ていた。
目が合ったから、何か話しかけてくるかと思ったのにただこちらを見ているだけだ。まるで夢を見ているみたいに。
「おい、どうしたんだ?」
声をかけると、いつものイーサンが戻ってくる。
「いや。ちょっと、な」
「変な奴だな」
俺の顔に何かついているのだろうか。汚れでもついているのかとぬぐってみる。
「ちょっと風呂に入ってくる」
先ほど確認しておいた。特別な寮だけあって、豊富に湧き出るお湯がなみなみと溢れた風呂があったのだ。風呂というよりも池といったほうがいいかもしれない。俺たち全員が入ってもまだまだ余裕がある、泳ぎの練習ができるような池だ。
飛び込むには浅かった。俺はそれでも泳いでみたい気持ちを抑えきれない。
うーん、気持ちがいい。ひとしきり湯舟を往復した後、ゆっくりと体を湯船に浮かべる。
これは兄貴の話していた火の山にあるという温泉というものなのか?龍が体を休めに来るという伝説がある湯ノ池だ。
北の学校に通っていれば、今頃そちらに使っていたかもしれないな。
湯煙で曇る天井をぼんやりと眺めていると、誰かが風呂に入ってきた。
「あまり長くつかりすぎると気分が悪くなるぞ」
兄貴の巨大な体が靄の向こうから現れる。
「兄貴!」
「気持ちいいだろう。これが温泉というものだ」
「温泉? これはただの大きい湯舟……」
イーサンがもじもじと兄貴の後ろから覗いている。
「体を洗ってから入ったか? ランス。それが礼儀というものだぞ」
「え、そうなんですね」
俺は慌てて湯舟を出た。
「洗ってきます。てっきり川か池と同じだと思っていました」
俺はシャワーの下に移動した。
「ラーク、おまえ、裸のまま何をしているんだ?」
イーサンが慌てて部屋から出ようとする。
「何を言っている。温泉には裸で入る。それが習わしだ」
兄貴は軽々とイーサンを捕まえた。
「私も裸、お前も裸、漢と漢の付き合いではないか」
「ち、違う。ここは、温泉じゃなくてただの風呂……」
兄貴が湯をすくってイーサンにかけた。大量の湯を頭から浴びてイーサンは硬直している。
「こうやって、体を温めてから湯につかるのだ。さらにその前に汚れを落とすとなお、良し」
おお。なるほど。
小さなタオルで体をこすってから、入るんだな。
備え付けの石鹸はいいにおいがした。どこかで嗅いだことがあるような花の香りだ。
体をきれいにしてから再び湯船に入る。
すでに兄貴とイーサンは湯船につかっていた。俺と兄貴に挟まれてイーサンは居心地が悪そうだ。
「いい湯だな」
「いい湯ですね」
「……」
「そうだ。温泉ではこれを飲むのだぞ」
兄貴はいったん部屋を出て、酒瓶を抱えて戻ってくる。
「え? 風呂で飲食をする?」
「まぁ、飲んでみろ」
おお。これは……いつもよりも酔いが早い気がする。
「これも温泉の作法なのですか」
「うむ。そのようだ。現地住民に教えてもらったのだ」
本当は酒の肴も持ってきて楽しむのだという。
「次はちゃんと用意しておかなければなりませんね」
「花が咲く時期に、花をめでながら飲むのだそうだ」
「へぇ、それは風流な」
「帝国ではこのような習慣はないのかな? イーサン殿? イーサン?」
イーサンが真っ赤な顔をして、ふらついている。
「これはいかん。ゆだってしまったようだ」
慌てて兄貴はイーサンを湯船から引っ張り出した。
「湯につかりすぎると、体を壊すものもいるのだ」
兄貴は軽々とイーサンを担いで居間に戻る。
「うううう。気分が悪い」
うめくイーサンに俺は水を持ってくる。
「イーサン、水を持ってきたぞ。飲めるか?」
「この状態では任務に就くのは難しいかもしれぬ」
兄貴が腕組みをした。
「大丈夫、俺一人で行く」
「単独任務はつらいぞ」
「兄貴が後方支援してくれるんだろ」
「もちろんだ。罠の類は任せておけ」
俺たちはこぶしを合わせた。
304
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
不能の公爵令息は婚約者を愛でたい(が難しい)
たたら
BL
久々の新作です。
全16話。
すでに書き終えているので、
毎日17時に更新します。
***
騎士をしている公爵家の次男は、顔良し、家柄良しで、令嬢たちからは人気だった。
だが、ある事件をきっかけに、彼は【不能】になってしまう。
醜聞にならないように不能であることは隠されていたが、
その事件から彼は恋愛、結婚に見向きもしなくなり、
無表情で女性を冷たくあしらうばかり。
そんな彼は社交界では堅物、女嫌い、と噂されていた。
本人は公爵家を継ぐ必要が無いので、結婚はしない、と決めてはいたが、
次男を心配した公爵家当主が、騎士団長に相談したことがきっかけで、
彼はあっと言う間に婿入りが決まってしまった!
は?
騎士団長と結婚!?
無理無理。
いくら俺が【不能】と言っても……
え?
違う?
妖精?
妖精と結婚ですか?!
ちょ、可愛すぎて【不能】が治ったんですが。
だめ?
【不能】じゃないと結婚できない?
あれよあれよと婚約が決まり、
慌てる堅物騎士と俺の妖精(天使との噂有)の
可愛い恋物語です。
**
仕事が変わり、環境の変化から全く小説を掛けずにおりました💦
落ち着いてきたので、また少しづつ書き始めて行きたいと思っています。
今回は短編で。
リハビリがてらサクッと書いたものですf^^;
楽しんで頂けたら嬉しいです
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
俺の居場所を探して
夜野
BL
小林響也は炎天下の中辿り着き、自宅のドアを開けた瞬間眩しい光に包まれお約束的に異世界にたどり着いてしまう。
そこには怪しい人達と自分と犬猿の仲の弟の姿があった。
そこで弟は聖女、自分は弟の付き人と決められ、、、
このお話しは響也と弟が対立し、こじれて決別してそれぞれお互い的に幸せを探す話しです。
シリアスで暗めなので読み手を選ぶかもしれません。
遅筆なので不定期に投稿します。
初投稿です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる