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侵入
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というわけで、俺は単独で変態の巣に踏み込むことになった。
人気のない厨房を抜けて、第二王子の居室がある区画に向かう。兄貴と共同で呼び出した子犬が俺を先導してくれた。とことこと歩いていく姿がとても愛らしい。
とまれ
犬がこちらを振り向いて尻尾を振った。あたりをクンクンと嗅ぎまわり、正しい方向へ向かってくれる。その先には鍵のかかった扉があった。このくらいの鍵、楽勝だ。本物の道具でなくても簡単に開けられる。
俺は扉を開けてあたりを確認した。夜でも淡い明かりが廊下を照らしている。俺たちの区画も豪華だと思ったけれど、ここはそれ以上だ。金細工の壺や高そうな絵画が飾られていて、どの装飾品も手のかかった造りになっている。俺が泥棒だったら、この廊下にある壺をいくつか盗むだけで、侵入するに値するだけの金を手に入れることができるだろう。そんなすごい調度品がたくさんあるというのに、見張りはいないようだ。何と不用心な。よほど中の結界に自信があるのだろう。
廊下の先は大きな扉に通じていた。その向こうから人の気配がしたので、引き返して別の通路を進む。
鍵か結界
犬の警告に立ち止まる。見た目にはまるで変化がない廊下だが、どこかに結界が仕掛けてあるらしい。このあたりは俺が精霊を使いこなせるようにならないとわからない。
こちら
犬が見上げた扉をこじ開けるとその先にも通路があった。俺は素早く中に入って内側から鍵をかけた。犬はとことこと走り出した。床に厚い絨毯がひいてあるので足音はしない。俺が移動するときは助かるけれど、他の人の足音も聞き取れない。だが、今さら立ち止まるわけにはいかない。
用心を重ねながら、犬の後を追う。
犬はやがて立ち止まった。別の扉を見上げて、こちらを見て、またしっぽを振った。
ここが、ローレンスの部屋か。重厚な扉だった。厚い木の一枚板でできている高価な扉に植物が浮き彫りしてあった。扉というよりも芸術品に近い。ローレンスが第二王子に気に入られていたということが実感としてわいてくる。
取っ手も浮き彫りされた植物でできていた。俺は手を伸ばしかけたが、嫌な予感がして手を引っ込めた。なにかの魔法がかかっているような気がする。
危険 魔法
やはり、俺は一歩下がって扉を見つめる。犬はしばらく扉の匂いを嗅ぎ、それから扉をにらみつけて座り込んでしまった。
結界の解除はできるだろうか。しばらく待ったが犬は動かない。
入るな。周りこめ
どうやら、無理だったようだ。
俺はその部屋を通り越してさらに奥に向かう。凝った文様の続きの扉を通り越して、明らかに質素な扉を開けた。犬は軽く尻尾を振っているだけでこの扉には何も反応しなかった。
その部屋にも寝台と机が用意されていた。ただ空き部屋なのだろうか。きれいに掃除されているみたいだけれど、誰かが使っている様子はない。俺は窓を開けた。バルコニー伝いに行けば、ローレンスの部屋の窓にたどり着けるはずだ。俺は窓の外をのぞいた。ごてごてとした外観は手掛かりが多くて、上るのも降りるのも簡単そうだ。兄貴の犬は苦も無く、窓から窓へ飛び移っていく。本物の犬なら怖がるかもしれない高所でも精霊犬なら楽々だ。俺は後をついて行く。
ローレンスの部屋の窓には厚いカーテンがかかっていた。中の様子はわからない。この窓は開けられるだろうか。
結界は
小犬は犬らしからぬ動きでひょいと窓をすり抜けた。しばらくして窓の内側でカタリと音がした。
鍵が開いたのだ。
俺は窓枠を超えて部屋の中に入る。
その部屋も豪華だった。俺の使っている寮の部屋よりもずっと大きな寝台に、衣装棚。机の上にはこまごました瓶やアクセサリーの入った箱が無造作に置かれていた。そういったものに興味がない俺でもわかる。一流品だ。デリン家の財布はすごいな。俺はいくつかの宝飾品を手に取ってみた。なにかが隠されているような大きさのものはない。俺の持っているような記憶石はないだろうかと探してみたが、それに類するものはなさそうだ。引き出しには鍵もかかっておらず、驚いたことに中は空だった。隠しも探してみたけれど、そんなものはなかった。こんなに高価なものを無頓着に机の上に広げておくなんて。
俺は寝台の周りも探した。近づくにつれて空気が重くなる。よどんで溜まった空気は花の香りがした。甘いまとわりつくような匂いだ。窓から吹き込んだ風がよどんだ部屋の空気を少しずつ薄めていて、ほっとした。
寝台の布団はふかふかだった。寝心地はかえって悪そうだな。俺は枕の下や敷布団の下まで手を入れて中に何かないか探した。布団は羽根布団だった。これもまた最高級品だな。
俺は衣装棚を開けてみた。ここでも、今流行っているらしい薄い服がずらりと下げてあった。俺は頼まれてもこんな服は着たくない。そう思いながらも、柔らかい服をかき分けて探す。
手掛かりになりそうなものは、なし。
机の引き出しの中をもう一度開けてみたけれど、やはり手掛かりになりそうなものはなかった。
床にも、壁にも、隠し金庫みたいなものは……ないな。
俺は捜索の手を止めてあたりを見回した。豪華な部屋だが、どこか空虚だった。装飾品のきらびやかさもどこか色あせて見える。なんだろう、ローレンスの気配が薄いのだ。ほとんど帰ってこなかったという寮の部屋のほうがまだ彼の生気が残っていた。ここに残されているのはローレンス・デリンという少年の外側だけだ。ここはそのローレンスという印象をそのまま保管してある箱でしかない。
俺はため息をついた。
空気がよどんでいた。ここは時間が止まっている。ローレンスがいなくなってからもうだいぶたっているのに。
子犬が再び現れて俺を見上げて尻尾を振った。犬の後ろに飾り棚があって申し訳程度に本が並んでいる。教科書だった。一冊開いてみた。最初のほうには書き込みがあるけれど、最後のほうはなにもない。
それから、これは楽譜だ。聖歌隊で渡されたのと同じ本がある。そして祈祷書。
それに、これは何だろう。薄い冊子だった。それが何冊かまとめて置いてある。他の本と紙の質が違う。ざらざらして引っかかるような紙だ。文字もところどころかすれている。何の本なのだろう。
騎士と魔法使い? ロマンス?
低いうなり声に俺ははっと手を止めた。
小犬が低い警告の声を出して扉のほうを向いて歯を見せている。
俺は慌てて楽譜や本をつかんで懐に入れた。このくらいしか、変わったものは見つからない。
すでに扉の取っ手が回っている。俺は窓枠を超えて、振り返った。外からの明かりに男の髪が王冠のように光を反射する。
「ラーク?」
聞き覚えのある声だった。
俺はそのまま隣の窓に飛んで、屋根によじ登った。そして息を殺す。
男が窓から外を見ている気配がした。
警護のものを呼ばれたら。心臓が高鳴る。
だが、男は静かに窓を閉め部屋の中に戻っていった。かすかな溜息を聞いたような気がする。
俺が部屋に戻ると、座禅を組んでいた兄貴がほっと息を吐いた。
「戻ったか」
「ええ」
「何か収穫はあったか?」
俺は持って帰った本を机の上に並べた。楽譜、祈祷書、それにざらざらの紙の本。明るいところで見ると薄い本の質の悪さが際立っている。
「後は俺の部屋に残されたものと同じようなものが」
俺はじっくりと持って帰った本に目を通してみる。楽譜と祈祷書は、普通の楽譜と祈祷書だった。開いた後はあるけれど、書き込みもない。裏表紙まではがしてみたけれど、ただの本だった。
そして、束ねてあった本は。
「『騎士と魔法使い』? なんだこれ?」
俺は中身を読んでみた。一人の平民の少年が騎士を目指す立志伝だった。様々な困難が襲い掛かる中、少年は友人である魔法使いと手を取って懸命に生きていく。面白くてついつい先がしりたくなってしまう
……って普通の小説じゃないか。
「何か、どこかに手掛かりが……」
俺は丁寧に最後まで読んでみた。
いい話だった。途中で話が切れていたけれど。これは続きを読んでみたい。ではなくて。
「これだけか?」
俺はうなずいた。
「ほかには何もなかった。なんだろう、なんだか……」
空っぽの部屋を探索したような気分だった。獲物を追い詰めたと思って巣穴を覗いたら、もう何年も使われていない穴だった、そんな感じだ。あそこには何もない。ローレンスはあそこには何も残していない。なぜかそれが確信できる。
苦労して侵入したのに、ローレンスの失踪先の手掛かり一つつかめなかった。
俺は頭を抱えた。あの様子ではもう一度あの部屋に侵入するのは難しいだろう。それに入ってもただのローレンスが暮らしたという部屋が保存されているだけだ。あと手掛かりをつかめそうなのは、結界の調査だけれど、俺には無理だ。俺のできることは何も残っていないのでは。
「兄貴、俺、うちに帰っていいかな。もう俺にできることは何もないよ」
俺は兄貴を見上げた。兄貴とあえて高揚していた気分が一気に沈んでいた。この任務について初めて俺は無力だと感じていた。兄貴はそんな俺に優しく話しかける。
「そうだなぁ、仕方ないか。だがその前にデリン家に報告しような」
兄貴も俺の気分がうつったかのように悲しそうな顔をしていた。
「おはようございます」
そこへ昨夜早く寝たリーフが目をこすりながら起きだしてきた。
「マットが柔らかすぎて、目が覚めてしまいましたよ。あ、これ」
リーフは机に置いてあった小説本を手に取った。
「『騎士と魔法使い』誰の本ですか?ラークさんの? へぇ」リーフはパラパラと本を繰る。「これ、面白いんですよね。下町で流行しているんですよ。最新話では、ないか」
だいぶ前の話ですね。そういいながら、リーフは目を走らせる。
「うちの本屋でも売れ筋で、最新刊が入るとすぐに売り切れちゃって」
「へぇ、貴族の間でも流行っている?」
リーフは手を止めて首を振った。
「これ、剣士が主人公でしょう? 貴族の方々の間で流行させようと思ったら魔法使いが主人公じゃないとダメですよ。高貴なる方々の中で剣を生業とするのは、それこそハーシェル家くらいでしょ。今はね」
うーむ。そうなのか?北の物語なら主人公はほぼ全員が戦士なんだけどな。神官戦士の物語もたまにあるけれど、ほぼ全員が剣の使い手だ。魔法使いなんか、悪役だぞ。
「もちろん、平民主人公なら剣士になりますけどね。平民の出世といえば剣の腕を磨いて騎士になることですからね。今は、僕みたいに魔道具師を目指す人間も増えてきましたけれどね。これ、どこで見つけてきたんですか? ずいぶん読み込まれているみたいですけど」
あれ? そういえばローレンスは平民を嫌っていたはずだ。それなのに、なぜこんな平民向けの本を読んでいたのだろう。
手あかがつくほど何度も平民が主人公の物語を読んでいるローレンスのことを俺は想像すらできなかった。
人気のない厨房を抜けて、第二王子の居室がある区画に向かう。兄貴と共同で呼び出した子犬が俺を先導してくれた。とことこと歩いていく姿がとても愛らしい。
とまれ
犬がこちらを振り向いて尻尾を振った。あたりをクンクンと嗅ぎまわり、正しい方向へ向かってくれる。その先には鍵のかかった扉があった。このくらいの鍵、楽勝だ。本物の道具でなくても簡単に開けられる。
俺は扉を開けてあたりを確認した。夜でも淡い明かりが廊下を照らしている。俺たちの区画も豪華だと思ったけれど、ここはそれ以上だ。金細工の壺や高そうな絵画が飾られていて、どの装飾品も手のかかった造りになっている。俺が泥棒だったら、この廊下にある壺をいくつか盗むだけで、侵入するに値するだけの金を手に入れることができるだろう。そんなすごい調度品がたくさんあるというのに、見張りはいないようだ。何と不用心な。よほど中の結界に自信があるのだろう。
廊下の先は大きな扉に通じていた。その向こうから人の気配がしたので、引き返して別の通路を進む。
鍵か結界
犬の警告に立ち止まる。見た目にはまるで変化がない廊下だが、どこかに結界が仕掛けてあるらしい。このあたりは俺が精霊を使いこなせるようにならないとわからない。
こちら
犬が見上げた扉をこじ開けるとその先にも通路があった。俺は素早く中に入って内側から鍵をかけた。犬はとことこと走り出した。床に厚い絨毯がひいてあるので足音はしない。俺が移動するときは助かるけれど、他の人の足音も聞き取れない。だが、今さら立ち止まるわけにはいかない。
用心を重ねながら、犬の後を追う。
犬はやがて立ち止まった。別の扉を見上げて、こちらを見て、またしっぽを振った。
ここが、ローレンスの部屋か。重厚な扉だった。厚い木の一枚板でできている高価な扉に植物が浮き彫りしてあった。扉というよりも芸術品に近い。ローレンスが第二王子に気に入られていたということが実感としてわいてくる。
取っ手も浮き彫りされた植物でできていた。俺は手を伸ばしかけたが、嫌な予感がして手を引っ込めた。なにかの魔法がかかっているような気がする。
危険 魔法
やはり、俺は一歩下がって扉を見つめる。犬はしばらく扉の匂いを嗅ぎ、それから扉をにらみつけて座り込んでしまった。
結界の解除はできるだろうか。しばらく待ったが犬は動かない。
入るな。周りこめ
どうやら、無理だったようだ。
俺はその部屋を通り越してさらに奥に向かう。凝った文様の続きの扉を通り越して、明らかに質素な扉を開けた。犬は軽く尻尾を振っているだけでこの扉には何も反応しなかった。
その部屋にも寝台と机が用意されていた。ただ空き部屋なのだろうか。きれいに掃除されているみたいだけれど、誰かが使っている様子はない。俺は窓を開けた。バルコニー伝いに行けば、ローレンスの部屋の窓にたどり着けるはずだ。俺は窓の外をのぞいた。ごてごてとした外観は手掛かりが多くて、上るのも降りるのも簡単そうだ。兄貴の犬は苦も無く、窓から窓へ飛び移っていく。本物の犬なら怖がるかもしれない高所でも精霊犬なら楽々だ。俺は後をついて行く。
ローレンスの部屋の窓には厚いカーテンがかかっていた。中の様子はわからない。この窓は開けられるだろうか。
結界は
小犬は犬らしからぬ動きでひょいと窓をすり抜けた。しばらくして窓の内側でカタリと音がした。
鍵が開いたのだ。
俺は窓枠を超えて部屋の中に入る。
その部屋も豪華だった。俺の使っている寮の部屋よりもずっと大きな寝台に、衣装棚。机の上にはこまごました瓶やアクセサリーの入った箱が無造作に置かれていた。そういったものに興味がない俺でもわかる。一流品だ。デリン家の財布はすごいな。俺はいくつかの宝飾品を手に取ってみた。なにかが隠されているような大きさのものはない。俺の持っているような記憶石はないだろうかと探してみたが、それに類するものはなさそうだ。引き出しには鍵もかかっておらず、驚いたことに中は空だった。隠しも探してみたけれど、そんなものはなかった。こんなに高価なものを無頓着に机の上に広げておくなんて。
俺は寝台の周りも探した。近づくにつれて空気が重くなる。よどんで溜まった空気は花の香りがした。甘いまとわりつくような匂いだ。窓から吹き込んだ風がよどんだ部屋の空気を少しずつ薄めていて、ほっとした。
寝台の布団はふかふかだった。寝心地はかえって悪そうだな。俺は枕の下や敷布団の下まで手を入れて中に何かないか探した。布団は羽根布団だった。これもまた最高級品だな。
俺は衣装棚を開けてみた。ここでも、今流行っているらしい薄い服がずらりと下げてあった。俺は頼まれてもこんな服は着たくない。そう思いながらも、柔らかい服をかき分けて探す。
手掛かりになりそうなものは、なし。
机の引き出しの中をもう一度開けてみたけれど、やはり手掛かりになりそうなものはなかった。
床にも、壁にも、隠し金庫みたいなものは……ないな。
俺は捜索の手を止めてあたりを見回した。豪華な部屋だが、どこか空虚だった。装飾品のきらびやかさもどこか色あせて見える。なんだろう、ローレンスの気配が薄いのだ。ほとんど帰ってこなかったという寮の部屋のほうがまだ彼の生気が残っていた。ここに残されているのはローレンス・デリンという少年の外側だけだ。ここはそのローレンスという印象をそのまま保管してある箱でしかない。
俺はため息をついた。
空気がよどんでいた。ここは時間が止まっている。ローレンスがいなくなってからもうだいぶたっているのに。
子犬が再び現れて俺を見上げて尻尾を振った。犬の後ろに飾り棚があって申し訳程度に本が並んでいる。教科書だった。一冊開いてみた。最初のほうには書き込みがあるけれど、最後のほうはなにもない。
それから、これは楽譜だ。聖歌隊で渡されたのと同じ本がある。そして祈祷書。
それに、これは何だろう。薄い冊子だった。それが何冊かまとめて置いてある。他の本と紙の質が違う。ざらざらして引っかかるような紙だ。文字もところどころかすれている。何の本なのだろう。
騎士と魔法使い? ロマンス?
低いうなり声に俺ははっと手を止めた。
小犬が低い警告の声を出して扉のほうを向いて歯を見せている。
俺は慌てて楽譜や本をつかんで懐に入れた。このくらいしか、変わったものは見つからない。
すでに扉の取っ手が回っている。俺は窓枠を超えて、振り返った。外からの明かりに男の髪が王冠のように光を反射する。
「ラーク?」
聞き覚えのある声だった。
俺はそのまま隣の窓に飛んで、屋根によじ登った。そして息を殺す。
男が窓から外を見ている気配がした。
警護のものを呼ばれたら。心臓が高鳴る。
だが、男は静かに窓を閉め部屋の中に戻っていった。かすかな溜息を聞いたような気がする。
俺が部屋に戻ると、座禅を組んでいた兄貴がほっと息を吐いた。
「戻ったか」
「ええ」
「何か収穫はあったか?」
俺は持って帰った本を机の上に並べた。楽譜、祈祷書、それにざらざらの紙の本。明るいところで見ると薄い本の質の悪さが際立っている。
「後は俺の部屋に残されたものと同じようなものが」
俺はじっくりと持って帰った本に目を通してみる。楽譜と祈祷書は、普通の楽譜と祈祷書だった。開いた後はあるけれど、書き込みもない。裏表紙まではがしてみたけれど、ただの本だった。
そして、束ねてあった本は。
「『騎士と魔法使い』? なんだこれ?」
俺は中身を読んでみた。一人の平民の少年が騎士を目指す立志伝だった。様々な困難が襲い掛かる中、少年は友人である魔法使いと手を取って懸命に生きていく。面白くてついつい先がしりたくなってしまう
……って普通の小説じゃないか。
「何か、どこかに手掛かりが……」
俺は丁寧に最後まで読んでみた。
いい話だった。途中で話が切れていたけれど。これは続きを読んでみたい。ではなくて。
「これだけか?」
俺はうなずいた。
「ほかには何もなかった。なんだろう、なんだか……」
空っぽの部屋を探索したような気分だった。獲物を追い詰めたと思って巣穴を覗いたら、もう何年も使われていない穴だった、そんな感じだ。あそこには何もない。ローレンスはあそこには何も残していない。なぜかそれが確信できる。
苦労して侵入したのに、ローレンスの失踪先の手掛かり一つつかめなかった。
俺は頭を抱えた。あの様子ではもう一度あの部屋に侵入するのは難しいだろう。それに入ってもただのローレンスが暮らしたという部屋が保存されているだけだ。あと手掛かりをつかめそうなのは、結界の調査だけれど、俺には無理だ。俺のできることは何も残っていないのでは。
「兄貴、俺、うちに帰っていいかな。もう俺にできることは何もないよ」
俺は兄貴を見上げた。兄貴とあえて高揚していた気分が一気に沈んでいた。この任務について初めて俺は無力だと感じていた。兄貴はそんな俺に優しく話しかける。
「そうだなぁ、仕方ないか。だがその前にデリン家に報告しような」
兄貴も俺の気分がうつったかのように悲しそうな顔をしていた。
「おはようございます」
そこへ昨夜早く寝たリーフが目をこすりながら起きだしてきた。
「マットが柔らかすぎて、目が覚めてしまいましたよ。あ、これ」
リーフは机に置いてあった小説本を手に取った。
「『騎士と魔法使い』誰の本ですか?ラークさんの? へぇ」リーフはパラパラと本を繰る。「これ、面白いんですよね。下町で流行しているんですよ。最新話では、ないか」
だいぶ前の話ですね。そういいながら、リーフは目を走らせる。
「うちの本屋でも売れ筋で、最新刊が入るとすぐに売り切れちゃって」
「へぇ、貴族の間でも流行っている?」
リーフは手を止めて首を振った。
「これ、剣士が主人公でしょう? 貴族の方々の間で流行させようと思ったら魔法使いが主人公じゃないとダメですよ。高貴なる方々の中で剣を生業とするのは、それこそハーシェル家くらいでしょ。今はね」
うーむ。そうなのか?北の物語なら主人公はほぼ全員が戦士なんだけどな。神官戦士の物語もたまにあるけれど、ほぼ全員が剣の使い手だ。魔法使いなんか、悪役だぞ。
「もちろん、平民主人公なら剣士になりますけどね。平民の出世といえば剣の腕を磨いて騎士になることですからね。今は、僕みたいに魔道具師を目指す人間も増えてきましたけれどね。これ、どこで見つけてきたんですか? ずいぶん読み込まれているみたいですけど」
あれ? そういえばローレンスは平民を嫌っていたはずだ。それなのに、なぜこんな平民向けの本を読んでいたのだろう。
手あかがつくほど何度も平民が主人公の物語を読んでいるローレンスのことを俺は想像すらできなかった。
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