獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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追放2

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どん、と鈍い音を立てて、ミミの体は床に打ち付けられる。ぶつけた肩に、鋭い痛みが走った。
だが、そんな体の痛みなど、心の痛みに比べれば、無いにも等しかった。

「いちいち過去のことを持ち出すな、鬱陶しい!そんな些細なこと、俺はもう覚えていない!」
「そん…な…」
「いい加減に理解しろ!お前との時間は、すべて間違いだったんだ!お前のような地味で、気の利かない、何の取り柄もない猫獣人が、騎士団長である俺の妻にふさわしいと、本気で思っていたのか!?」

ガロウの口から放たれる言葉は、もはや刃だった。一言一言が、ミミの心を抉り、切り刻み、血を流させる。

「お前のその卑屈な態度が、昔から気に食わなかった!いつも俺の顔色ばかり窺って、自分の意見も言えない。まるで出来の悪い人形だ!」
「そんなつもりは…」
「お前の作る庶民的な料理にも、正直うんざりしていた!貴族の俺が、毎日毎日、あんな貧乏臭いものを食わされていたんだぞ!イザベラが淹れてくれる、東方から取り寄せた一葉一万円もする紅茶の方が、よほど俺の口に合う!」
「……っ!」
「お前が隣にいると、俺まで安っぽく見られるんだよ!お前の存在そのものが、俺の輝かしい経歴に付いた、唯一の汚点なんだ!」

全否定。
ミミがガロウのために良かれと思ってしてきたこと、彼女の存在そのもの、彼女の愛した時間、そのすべてが、彼にとっては唾棄すべき汚点でしかなかったのだと、叩きつけられる。
ああ、もう、何もかも、終わりなんだ。

ミミの瞳から、光が消えた。
まるで命の火が吹き消されたかのように、彼女の体からすべての力が抜け落ちていく。

その様子を見て、イザベラが満足そうに、くすくすと喉を鳴らして笑った。

「まあ、可哀想なガロウ様。こんなものに、今までずっと縛り付けられていらっしゃったのね。でも、もう大丈夫。これからは、このわたくしが、あなた様を最高の舞台へと引き上げて差し上げますわ」
「ああ、イザベラ…。やはりお前だけが、俺を理解してくれる」

二人は、もはやミミのことなど存在しないかのように、甘い言葉を交わし合う。
やがて、ガロウは何かを思い出したように、寝室の方へと向かった。そして、すぐに戻ってくると、一つの小さな布袋を、ミミの顔めがけて投げつけた。

ばさり、という乾いた音と共に、袋はミミの足元に落ちる。口が開いて、中から数枚の銀貨と、十数枚の銅貨が、ちゃりん、ちゃりんと虚しい音を立てて床に散らばった。
それは、ミミがこの家に嫁ぐ時に、なけなしの貯金の中から持ってきた、彼女の全財産だった。

「最後の情けだ」

ガロウの声は、凍てつく冬の北風のように冷たかった。

「お前が持ってきたガラクタだ。それだけ持って、今すぐ俺の前から消え失せろ!」

そう言うと、ガロウは倒れたままのミミの細い腕を、乱暴に掴んで引きずり起こした。
ぐ、と骨がきしむような強い力。抵抗しようにも、ミミの体にはもう、指一本動かす力も残されていなかった。

「や…やめて…ください…」
「黙れ!」

ミミは、まるで罪人のように、玄関まで引きずられていく。
心を込めて磨き上げた床に、彼女の涙が点々と跡を残していった。
玄関ホールで、ガロウは重厚なドアの錠を乱暴に外す。

ギィィ、と軋むような音を立てて扉が開かれると、冷たい夜風と共に、ざあざあと激しい雨の音が室内に流れ込んできた。
いつの間に降り出したのだろう。空は泣いているかのように、漆黒の闇の中から絶え間なく涙を流し続けていた。

「出ていけ!!」

ガロウは、ミミの体を、まるでゴミでも捨てるかのように、雨の降る外へと突き飛ばした。

「きゃっ…!」

小さな悲鳴と共に、ミミの体は石畳の上に投げ出される。すぐに、冷たい雨が彼女の薄い部屋着を濡らし、体温を奪っていく。打ち付けた膝がじんじんと痛み、手のひらには擦り傷ができて、血が滲んだ。

びしょ濡れになりながら、ミミはゆっくりと顔を上げる。
扉の前には、鬼のような形相のガロウが立っていた。その背後には、勝ち誇った笑みを浮かべるイザベラの姿。
幸せだった我が家が、もう自分の居場所ではないのだと、残酷なまでに思い知らされる。

扉が、ゆっくりと閉められていく。
あの扉が閉じてしまったら、もう二度と、開くことはない。

「ま…待って…!」

ミミは最後の力を振り絞って、叫んだ。
声は、雨音にかき消されそうなくらい、弱々しかった。

「一度…一度だけでいいから、教えてください…!」

閉まりかけた扉の向こうのガロウに、最後の問いを投げかける。
それは、彼女の砕け散った心の、最後の欠片を繋ぎとめるための、必死の問いだった。

「あなたは…私を、愛してくれたことは…ほんの少しでも、あったのですか…?」

一瞬の沈黙。
ミミは、息を詰めて答えを待った。
たとえ、ほんの一瞬でもいい。「ああ」と頷いてくれさえすれば。それだけで、自分はこの先生きていけるかもしれない。偽りではなかった時間が、確かにあったのだと、そう思えるから。

しかし、扉の隙間から見えたガロウの口元は、凍てつくような、残酷な冷笑を形作った。

「さあな」

たった、三文字。
そして、彼は追い打ちをかけるように、言い捨てた。

「だが、お前との時間は、退屈だったことだけは確かだ」

ガチャン。

その言葉を最後に、扉は無情に閉ざされた。
そして、カチリ、と。
鍵がかけられる音が、ミミの心を、完全に殺した。

「…………あ……ぁ……」

声にならない嗚咽が、ミミの喉から漏れる。
もう、涙も出なかった。
ただ、土砂降りの雨に打たれながら、固く閉ざされた扉を、呆然と見上げるだけ。

思い出の詰まった、温かな光に満ちていたはずの我が家。
その窓には、今も温かな光が灯っていた。
そして、中からは、楽しげな二人の笑い声が、雨音に混じって、微かに、微かに、漏れ聞こえてくる。

ああ、そうか。
全部、偽物だったんだ。
あの笑顔も、あの優しさも、あの愛の言葉も。
私が信じていた世界は、初めから、どこにも存在しなかったんだ。

ミミは、泥水の中に散らばった、なけなしのコインをかき集める気力もなく、ただ、そこにうずくまっていた。
冷たい雨が、容赦なく彼女の体を打ちつける。
それはまるで、世界のすべての悲しみが、彼女一人の上に降り注いでいるかのようだった。
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