獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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トラブルと運命2

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ジューーーーーッ!!!!

そういうような音がした気がした。
そして、焦げ付く匂いが、ミミの鼻腔を鋭く突き刺す。

何が起きたのか分からず、ミミがおそるおそる目を開けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
いつの間にか自分の背後に立っていたレオンが、その屈強な体でミミを完全に庇うように抱きしめ、そして、落下してくる灼熱の大鍋を、素手で、真正面から、鷲掴みにして、受け止めていたのだ。

彼の大きな手のひらの上で、陶器の鍋はぴたりと静止している。鍋の縁からこぼれ落ちたシチューが、彼の腕を伝い、ジュウジュウと音を立てていた。
周囲の喧騒は、嘘のように、ぴたりと止んでいた。
店にいた誰もが、息を呑み、目の前の、現実離れした光景に釘付けになっている。
ミミにぶつかった猪獣人は、顔面蒼白になり、その場で腰を抜かしていた。

「あ…」
「あ…」

ミミの唇から、意味をなさない声が漏れた。
レオンは、何事もなかったかのように、掴んだ大鍋を、近くの空いているテーブルへと、ことり、と静かに置いた。
その手のひらと腕は、見るも無残なほど、真っ赤に焼け爛れていた。
皮膚はめくれ、いくつかの場所は黒く焦げ付き、痛々しい水ぶくれができ始めている。常人であれば、絶叫していてもおかしくないほどの、大火傷だった。
しかし、レオンの表情は、フードの奥で窺い知ることはできないが、苦痛に歪む気配すら見せなかった。
彼は、自分の手の惨状など、まるで意に介していないかのように、ただ、その黄金の瞳で、腕の中にいるミミが怪我をしていないかだけを、確認するように見下ろしていた。

「大丈夫…ですか…?」

ようやく、ミミの喉から、絞り出すような声が出た。
大丈夫なはずがない。
私のせいで。私が、もっと注意していれば。
罪悪感と、感謝と、そして、彼の身を案じる気持ちで、胸が張り裂けそうだった。

「あなたの、手が…!早く、水で冷やさないと…!」
ミミは、パニックになりながら、彼の腕の中から抜け出すと、その焼け爛れた、大きな手を取ろうとした。
彼を、助けなければ。
そう、思った。

「大丈夫ですか!」
ミミが、彼の熱傷を負った手首を、自分の両手で、そっと、しかし、しっかりと掴んだ、その瞬間だった。

――閃光。

まるで、暗闇に、雷が落ちたかのような。
あるいは、夜空に、太陽が生まれたかのような。
強烈な、金色の光が、二人の触れ合った腕から、迸ったのだ。

「…っ!」
「なっ…!?」

ミミとレオン、そして、その場にいたターニャだけが、その奇跡の光を、はっきりと目撃した。
二人の腕。ミミの白く細い腕と、レオンの逞しく日に焼けた腕。その双方に、まるで対になるように、光のタトゥーが、閃光と共に浮かび上がった。
それは、太陽をモチーフにした、どこまでも荘厳で、複雑で、そして、美しい紋様だった。
金色の光の線が、生命を得たかのように、二人の肌の上を走り、絡み合い、一つの完璧な紋章を形作る。
紋様は、強烈な熱を放っていた。それは、火傷の熱さとは違う、体の芯から、魂そのものが燃え上がるような、神聖で、心地よい熱。
二人の間に、目には見えない、しかし、決して断ち切ることのできない、黄金の絆が結ばれたかのような、絶対的な感覚。魂が、共鳴している。ずっと昔から、互いを探し求め、ようやく巡り会えた、半身を見つけたかのような、歓喜と、安堵。
ミミの脳裏に、今まで見たこともない、広大なサバンナの風景が、一瞬だけ、鮮やかにフラッシュバックした。

しかし、その奇跡の時間は、永遠ではなかった。
強く、強く輝いた金色の紋様は、まるで、その役目を終えたかのように、数秒後には、すうっと、淡い光の粒子となって、瞬く間に消えていった。
後に残されたのは、二人の肌に残る、不思議な熱の残滓と、高揚感だけ。そして、店内に満ちる、完全な沈黙。

ミミは、呆然と、自分の腕を見つめた。
今のは、一体、何だったのだろう。幻?夢?
しかし、肌に残るこの温かい感触は、確かに、現実のものだった。
彼女が、はっと顔を上げると、目の前のレオンもまた、フードの奥で、大きく目を見開いているのが、気配で分かった。彼もまた、今起きた、常識では考えられない現象に、激しく動揺しているようだった。

周囲の客たちは、何が起きたのか、まったく理解できていない。彼らの目には、ただ、若い猫獣人の娘と大柄な男が、見つめ合って固まっているようにしか見えなかっただろう。

二人の間を、永遠にも感じられる、濃密な沈黙が流れる。
世界のすべての音が消え去り、ただ、互いの心臓の鼓動だけが、耳の奥で、大きく響き渡っていた。
ミミは、彼のフードの奥にある、黄金の瞳に、射抜かれたように、動けなかった。
その瞳には、もはや、いつもの静けさだけではない。驚きと、困惑と、そして、ついに見つけ出したのだという、確信に満ちた、燃えるような熱い光が宿っていた。
物語が、大きく、そして、抗いようもなく動き出す、運命の歯車が噛み合った、確かな音がした。
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