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家族への報告と仕事一日目
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「ええっ!? 住み込みのバイトが決まったの!?」
その日の夜。家に帰って事情を話すと、母さんが驚きの声を上げた。もちろん、雇い主が国民的アイドルだなんてことは口が裂けても言えない。
「うん。とある社長さんのお屋敷でね。食事付きで、給料もすごくいいんだ。寮みたいな部屋も用意してくれるって」
「まあ、すごいじゃない! 智也、よかったわねぇ…」
母さんは、手放しで喜んでくれた。その顔を見て、少しだけ胸がチクリと痛む。本当のことを言えない申し訳なさがあった。
「兄ちゃん、すげーじゃん! 金持ちの家ってことだろ? 今度遊びに行っていい?」
「だーめ。守秘義務があるから、家族でも入れられないんだよ」
「ちぇー、ケチ」
口を尖らせる拓海。だけど、その目には心配の色が浮かんでいた。
「…でも、兄ちゃんがいなくなるの、なんか寂しいな」
「馬鹿。週末には帰ってくるって。それに、お前の塾代、兄ちゃんが稼いでやるからな」
「…! ほんと!?」
「おう。だから、お前は勉強だけ頑張れ」
拓海の頭をわしわしと撫ぜると、あからさまに嫌な顔をされたが、どこか嬉しそうでもあった。
そうだ。俺は、この家族のために頑張るんだ。そう思うと、不安でいっぱいだった胸に、温かい勇気が湧いてくるようだった。
翌日、俺はすぐにバイトを辞めることを伝えた。店長は驚いていたが、事情を話すと快く送り出してくれた。
そして週末。最低限の着替えや勉強道具をボストンバッグに詰め込み、俺は家族に「行ってきます」と告げた。
「何かあったら、すぐ電話するのよ」
「兄ちゃん、土産話、期待してるからな!」
温かく見送ってくれる家族に手を振り、俺は再び、あの豪邸へと向かった。
これから始まる、非日常な毎日への、期待と不安を胸いっぱいに詰め込んで。
◇
「こちらが、桜井先輩の部屋です」
橘に案内されたのは、二階の突き当たりにある一部屋だった。ゲストルーム、という名目らしい。
ドアを開けて、俺は息を呑んだ。
広さは十畳ほどだろうか。ふかふかの絨毯が敷かれ、セミダブルサイズのベッドに、大きなクローゼット、勉強机まで完備されている。南向きの窓からは明るい光が差し込み、ベランダまで付いていた。
「す、すげえ…俺の部屋の三倍くらいある…」
「そうですか? まあ、自由に使ってください。バス・トイレも専用のものが付いていますので」
「マジで…」
まるで高級ホテルの一室だ。こんな部屋を自由に使っていいなんて、信じられない。
「荷物を置いたら、一階に来てください。家の案内をします」
淡々とそう告げて、橘は部屋を出て行った。
一人残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてベッドにどさりと倒れ込んだ。スプリングが身体を優しく受け止める。
(本当に、ここで暮らすのか、俺…)
まだ、何もかもが夢の中にいるみたいだった。
だけど、これは紛れもない現実だ。
俺は深呼吸を一つすると、気持ちを切り替えてバッグの中から荷物を取り出し始めた。
一通り家の案内をされた後、俺の住み込み家政婦としての仕事が本格的に始まった。
月曜日の朝。俺は誰に言われるでもなく、朝五時半に目を覚ました。体に染み付いた習慣だ。
キッチンに立ち、まずは炊飯器のスイッチを入れる。今日の朝食は、日本の朝の基本、和食に決めた。
冷蔵庫の中は、俺が昨日、近所のスーパーで買い込んできた食材で満たされている。卵、豆腐、わかめ、鮭の切り身。
手際よく出汁を取り、豆腐とわかめの味噌汁を作る。卵を溶いて、少し甘めの出汁巻き卵を焼き上げた。鮭はグリルでこんがりと。完璧な焼き加減だ。
炊き立てのご飯を茶碗によそい、お盆の上に並べる。完璧な日本の朝食セットの完成だ。
その日の夜。家に帰って事情を話すと、母さんが驚きの声を上げた。もちろん、雇い主が国民的アイドルだなんてことは口が裂けても言えない。
「うん。とある社長さんのお屋敷でね。食事付きで、給料もすごくいいんだ。寮みたいな部屋も用意してくれるって」
「まあ、すごいじゃない! 智也、よかったわねぇ…」
母さんは、手放しで喜んでくれた。その顔を見て、少しだけ胸がチクリと痛む。本当のことを言えない申し訳なさがあった。
「兄ちゃん、すげーじゃん! 金持ちの家ってことだろ? 今度遊びに行っていい?」
「だーめ。守秘義務があるから、家族でも入れられないんだよ」
「ちぇー、ケチ」
口を尖らせる拓海。だけど、その目には心配の色が浮かんでいた。
「…でも、兄ちゃんがいなくなるの、なんか寂しいな」
「馬鹿。週末には帰ってくるって。それに、お前の塾代、兄ちゃんが稼いでやるからな」
「…! ほんと!?」
「おう。だから、お前は勉強だけ頑張れ」
拓海の頭をわしわしと撫ぜると、あからさまに嫌な顔をされたが、どこか嬉しそうでもあった。
そうだ。俺は、この家族のために頑張るんだ。そう思うと、不安でいっぱいだった胸に、温かい勇気が湧いてくるようだった。
翌日、俺はすぐにバイトを辞めることを伝えた。店長は驚いていたが、事情を話すと快く送り出してくれた。
そして週末。最低限の着替えや勉強道具をボストンバッグに詰め込み、俺は家族に「行ってきます」と告げた。
「何かあったら、すぐ電話するのよ」
「兄ちゃん、土産話、期待してるからな!」
温かく見送ってくれる家族に手を振り、俺は再び、あの豪邸へと向かった。
これから始まる、非日常な毎日への、期待と不安を胸いっぱいに詰め込んで。
◇
「こちらが、桜井先輩の部屋です」
橘に案内されたのは、二階の突き当たりにある一部屋だった。ゲストルーム、という名目らしい。
ドアを開けて、俺は息を呑んだ。
広さは十畳ほどだろうか。ふかふかの絨毯が敷かれ、セミダブルサイズのベッドに、大きなクローゼット、勉強机まで完備されている。南向きの窓からは明るい光が差し込み、ベランダまで付いていた。
「す、すげえ…俺の部屋の三倍くらいある…」
「そうですか? まあ、自由に使ってください。バス・トイレも専用のものが付いていますので」
「マジで…」
まるで高級ホテルの一室だ。こんな部屋を自由に使っていいなんて、信じられない。
「荷物を置いたら、一階に来てください。家の案内をします」
淡々とそう告げて、橘は部屋を出て行った。
一人残された俺は、しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがてベッドにどさりと倒れ込んだ。スプリングが身体を優しく受け止める。
(本当に、ここで暮らすのか、俺…)
まだ、何もかもが夢の中にいるみたいだった。
だけど、これは紛れもない現実だ。
俺は深呼吸を一つすると、気持ちを切り替えてバッグの中から荷物を取り出し始めた。
一通り家の案内をされた後、俺の住み込み家政婦としての仕事が本格的に始まった。
月曜日の朝。俺は誰に言われるでもなく、朝五時半に目を覚ました。体に染み付いた習慣だ。
キッチンに立ち、まずは炊飯器のスイッチを入れる。今日の朝食は、日本の朝の基本、和食に決めた。
冷蔵庫の中は、俺が昨日、近所のスーパーで買い込んできた食材で満たされている。卵、豆腐、わかめ、鮭の切り身。
手際よく出汁を取り、豆腐とわかめの味噌汁を作る。卵を溶いて、少し甘めの出汁巻き卵を焼き上げた。鮭はグリルでこんがりと。完璧な焼き加減だ。
炊き立てのご飯を茶碗によそい、お盆の上に並べる。完璧な日本の朝食セットの完成だ。
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