猫と幼なじみ

鏡野ゆう

文字の大きさ
18 / 55
猫と幼なじみ

第十八話 オレンジシャーベット事件

しおりを挟む
 夏恒例の一泊キャンプが終わり、修ちゃんは自宅で課題のレポートを書いたりして、のんびりすごしている。私は修ちゃんが帰省中はバイトを入れないようにしていたけれど、どうしても入る人がいないということで、今日だけバイトに行くことになっていた。

「あっつーい……ただいまー!」
「おかえりー」

 セミがやかましく鳴く中、やっとの思いで帰宅した。いつもはお出迎えしてくれる猫達は出てこない。きっと、マツ達は居間で、ヒノキとヤナギは修ちゃんの部屋で、それぞれ涼しい場所でお昼寝中なんだろう。そんなことを考えながら、まっすぐ台所の冷蔵庫に突進した。

「ちょっと真琴、いきなりなんなの」
「だって暑いんだもん」

 そして冷凍庫をあける。

「あーー!!」
「どうしたの」
「お母さーん、私のオレンジ味のシャーベットがないーー!!」

 前日、母親と買い物に行った時に買ってもらったアイスクリーム。その中の一番にお気に入り、オレンジシャーベットがなくなっていた。きちんと並べて入れておいたアイスの、オレンジシャーベットが置いてあった場所に空きができている。

「ああ、オレンジ。修ちゃんのおやつに渡したわよ。え? あれ、真琴が食べるつもりだったの?」
「うっそーーー!」
「お帰り、まこっちゃん。どうした?」

 なにも知らない修ちゃんが、ひょっこりと台所に顔を出した。その手には、シャーベットが入っていたはずのカップが握られている。

「あああああ、私のオレンジシャーベットォォォォ」
「え?」

 修ちゃんは私の叫びに後ずさり、自分が手に持っていたカップを見おろした。そして慌てた様子で私の顔を見る。

「もしかして、これ、まこっちゃんのだった?」

 もちろん、自分のものだと言ったわけでも、名前を書いておいたわけでもない。だけど、それを食べるんだと楽しみにしながら、暑い中をがんばって帰ってきたのだ。なのに、それはもう修ちゃんのお腹の中におさまってしまった。

「ショックすぎる……あーー……」

 一気に脱力してその場にしゃがみこむ。

「ごめん。チョコミントは? レモンシャーベットもあるけど?」
「オレンジシャーベットを食べるつもりで帰ってきたのにぃ……」

 アイス一つでここまで落ち込めるなんて自分でも驚きだ。でもそれだけショックが大きかった。たかがオレンジシャーベット、されどオレンジシャーベット。

「めっちゃショック……」
「ごめん。買ってこようか?」

 修ちゃんが横にしゃがみこむと、私の顔をのぞきこんだ。

「いいよ。シャーベット一個のために、こんな暑い中をバスに乗って買いにいくなんて、それこそ馬鹿げてるもん……レモンシャーベットにする」

 そう言いながら、レモンシャーベットのカップを取り出した。

「いいの? 俺、買いに出るぐらいなんでもないけど」

 食べられないとわかると、無性に食べたくなるのが人の心理。だから、修ちゃんのその申し出に、一瞬だけ頼んでしまおうかという気持ちになりかけた。だけどすぐに、外がどんなに暑かったかを思い出す。シャーベット一つのためだけに、あんなに暑い外に修ちゃんを送り出すつもり?と、もう一人の自分が首を横にふった。

「外、シャレにならないぐらい暑いんだよ? レモンシャーベットも好きだから問題ないよ」
「……ごめんな」
「気にしないで。次に買う時は、ちゃんと名前を書いとくから。じゃあ着替えてくるね」

 そう言うと、スプーンとカップを持って、自分の部屋にあがった。

「……とは言うものの」

 クーラーのスイッチを入れながらボソッとつぶやく。

「オレンジシャーベット、食べたかったなあ……もったいぶらずに、買った日に食べちゃえばよかった」

 ベッドに座るとカップのフタをあけ、スプーンで黄色いシャーベットをすくう。そして口に入れた。甘酸っぱいレモンの味が口いっぱいに広がる。

「んー、これはこれでやっぱりおいしい」

 オレンジシャーベットじゃないけれど。


+++++


「まこっちゃん、口、あけて」
「?」

 修ちゃんに言われて、口をパカッとあける。すると冷たいものが口の中に入ってきた。

「?!」

 口を閉じて、舌の上で溶けていく冷たいものを味わう。オレンジ味だ。

「……これ、オレンジシャーベット?」
「あたり」

 目をあけると、修ちゃんがカップとスプーンを持って、私の横に座っていた。

「起きた? だったら自分で食べる? それとも俺がこのまま食べさせてあげていたほうが良いかな?」
「買ってきたの?」
「うん」
「こんなに暑いのに?」

 自分がうたた寝をしている間に夕立でもあったのだろうか。だったら、少しぐらい涼しくなっていても不思議ではない。

「もしかして、夕立でも降った?」
「いや。今のところカラカラだよ」
「だったら暑いままじゃん。なのに買いにいくなんて。レモンシャーベットで良いって言ったのに」
「だって食べ物の恨みは怖いって言ったのは、まこっちゃんだろ?」

 前に修ちゃんが帰省してきた時に、私が駅で言ったことを指摘された。

「それはそうだけど。修ちゃんてば、私のこと甘やかしすぎだよ」
「良いじゃん。俺がまこっちゃんを甘やかしたいんだからさ」

 起きあがった私がスプーンとカップを受け取ると、修ちゃんは横に座って、黙ったまま私が食べる様子を見守っていた。

「修ちゃんも食べる? あと一口分あるよ?」

 ジッと見られて落ち着かないので聞いてみる。

「いや。これ以上食べたら、お腹が冷えちゃうよ」
「私なんて、二個目なんだけど」
「まこっちゃんのお腹なら大丈夫でしょ。甘いものは別腹って言うし」
「なんか違うような」
「でも、そうだなあ……」

 私が最後の一口を口に入れるのを見ていた修ちゃんは、首をかしげて考え込むしぐさをした。

「買いに行ったことに関しては、ほめてもらいたいかも」
「うんうん、ありがとう」
「で、お駄賃もほしいかなあ……」
「お駄賃? アイスっていくらだっけ? バス代とアイス代ぐらい?」
「それはお駄賃とは言わないだろ?」

 少しだけ憤慨ふんがいした顔をする。そしてカップとスプーンを私の手から取り上げると、それをごみ箱に放りこんだ。

「必要経費が欲しいんじゃないんだよ。俺が欲しいのはお駄賃」
「どう違うのかわからないよ。それって手数料ってこと?」

 私が祖母にもらった千円ぐらいということだろうか?

「まこっちゃんが手数料って言うなら、それでも良いけどね」

 修ちゃんはフフンと笑うと、私の肩に手をやって押す。肩を押された私は、ベッドにひっくり返ってしまった。ん? まさか?

「え? まさか、お駄賃ってそういうことなの?」
「さあ、どうでしょう」
「あのさ、下にお母さん、いるよね?」

 修ちゃんがなにをしようとしているのか理解して、慌てて部屋のドアを指でさす。自慢ではないけど、この部屋を使い始めて十数年。今まで部屋のドアのカギなんてかけたことがない。そしてここから見た感じ、今もカギはかけられていない様子だ。

「俺が上がってくる時、お気に入りのサスペンスドラマの再放送が始まったところだったから、あと二時間ぐらいは俺達のこと、思い出さないんじゃないかなあ」

 呑気な口調で言いながら、修ちゃんは私に覆いかぶさってきた。

「そのお駄賃、いま必要?」
「うん、いま必要だね。あ、忘れるところだった」

 修ちゃんが離れていく。そしてベッドの足元の引き出しを開けた。そこは、れいのブツがしまってある場所だ。

「良かったな、まこっちゃん。これで一つ減るじゃないか。ここに置いておいて大正解かも」
「大正解って……三箱あるのに一個だけ減ったってさあ……」

 そこに箱があることには変わらない。当分のあいだ、見つからないかドキドキしながらすごさなくてはならないのに、修ちゃんは実に呑気だ。

「じゃあ、二つ三つ使えるように頑張ってみる? 三つ目を使う頃にはさすがに再放送は終わっちゃって、おばさんに見つかる可能性が出てくるけど」
「そういう冒険はやめておいたほうが良いと思う……」
「だよねえ」

 ブツを二包み手にした修ちゃんが、私の横に戻ってきた。そして私にキスをしながら、ニッコリとほほ笑む。

「二つ目までは見つからないと思ってるんだ?」
「さて、どうでしょう? 試してみる?」

 その問い掛けに首を横にふった。

「だよね。じゃあ、まこっちゃんはオレンジシャーベットを一つ食べたから、お駄賃として一回な?」
「え、なんだか釣り合いがとれてないような……シャーベット三個ぐらい食べなきゃ釣り合いがとれない気がするんだけど……」
「そうかな。俺は十分にとれてると思うけど? ああ、冷凍庫にはあと九個入ってるよ」

 それってどういう意味?と聞きたかったけれど、答えを聞くのがこわいからやめておくことにする。

「あ、そうだ、まこっちゃん」

 私の服に手をかけた修ちゃんが、その手をとめて少しだけ真面目な顔をした。

「なに?」
「琵琶湖でさんざん我慢したから、激しくなったらごめん」
「え、いまさら琵琶湖なの? あれからもう二日は経ってるよね?」
「二日も我慢したんだよ、俺。偉いだろ?」

 そういう問題なんだろうかと首をかしげる。

「それと、さすがに声を出したらおばさんが気づくと思うから、あまり大騒ぎしないように。よろしく」
「よろしくって……なんか修ちゃんが言ってること、すっごく矛盾してる気がするんだけど?!」
「気のせい気のせい」

 大騒ぎしないようにと言われたから頑張って我慢したのに、言った張本人がそのことをすっかり忘れているように思えたのは、きっと私の気のせいではなかったはず!!
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

白衣の下 第一章 悪魔的破天荒な医者と超真面目な女子大生の愛情物語り。先生無茶振りはやめてください‼️

高野マキ
ライト文芸
弟の主治医と女子大生の甘くて切ない愛情物語り。こんなに溺愛する相手にめぐり会う事は二度と無い。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...