猫と幼なじみ

鏡野ゆう

文字の大きさ
17 / 55
猫と幼なじみ

第十七話 湖水浴 3

「泳ぐのは良いけど、あまり遠くまで行かないのよ」
「はーいはーい」

 母親の言葉を適当に聞き流しながらコテージを出る。もちろん、バスタオルをはおって。

「バスタオルの重石、持ってきた?」

 修ちゃんが歩きながら聞いてくる。

「蚊取り線香だけじゃダメかな」
「念のために、そのへんにころがってる石を持っていくか」

 修ちゃんは、コテージの玄関先にころがっていた大きめの石を二つほど拾い上げた。

「これと蚊取り線香の缶があれば、さすがに飛ばないだろ」
「今のところ、そんなに風も吹いてないしね」

 水際の芝生まで来ると、そこにバスタオルをひろげ、蚊取り線香と石で重石をした。

「ねえ。こういう時ってボーダイ的には準備運動、するの?」

 サンダルを脱ぎながら質問をする。

「小学校の時みたいなことはしないけど、体をほぐしてから泳いでいるかな。なんで?」
「え、なんとなく? こう、なんていうか、なんの前触れもなく、ジャガイモを鍋に放りこむみたいな感じで、ダーッて水の中に放りこまれるのかなって想像してたから」

 私がそう言うと、修ちゃんはなんとも言えない顔をした。

「ジャガイモって。まこっちゃん、俺達をなんだと思ってるんだよ……」
「えーと、超体育会系男子の集団。泳ぎたくなくても、先生達に容赦なく水の中に放りこまれるジャガイモさん、かな?」

 防衛大学で、どんな講義がされているのか詳しくは知らないけれど、とにかくどこの大学よりも、体育系なのは間違いないと思う。

「まあ、まったくの的外まとはずれってわけでもないけどさあ……」
「え、そうなの? どのへんが?」

 なんの前触れもないところ? それともジャガイモみたいに放りこまれるところ? それともそれとも容赦なくなところ? 興味津々きょうみしんしんな私だったけれど、修ちゃんは複雑な顔つきで笑うだけで、その疑問には答えてくれなかった。そしてパーカーを脱ぐと、私の背中を押しながら水の中へと入っていく。

「はいはい、泳ぐ準備はできた? だったら行くよ。お肉とアイス分のカロリー、消費するんだろ?」
「カロリー消費にはどのぐらい泳いだら良いかな。目標は? どこまで泳ぐ?」

 ここは琵琶湖。プールのように、はしからはしまでを往復するというわけにはいかないのだ。

「あのブイが浮いているところと言いたいところだけど、あそこまで行ったら、まこっちゃん、完全に足がつかないよな。だから、その半分ぐらいで折り返しかな」

 沖に見える旗のついたオレンジ色の浮き。そこから外は遊泳禁止だ。深さだけが理由ではなく、そこから外では水上オートバイが走りまわっているので、この遊泳区域から外には出られない。

「岸にそって泳げれば良いのにね」

 だったら沖に向かっては泳がず、適度な深さなところで岸に沿って泳げば良いのでは?となりそうなところだけれど、それはちょっとばかり難しかった。

「ここが貸し切り状態ならそれも可能だけど、家族やグループがいるからね」

 この場所にはいくつかの家族やグループがいて、今朝も私達と同じように、すでに何人かが水に入って泳いでいる。そこを横切っていくのは、さすがに気が引けた。

「折り返さなくても、あの距離だったら泳げると思うよ」
「それはプールの話だろ?」
「だってさあ、カロリーを消費するなら、ある程度の距離は泳がないと。昨日みたいにフワフワ浮くだけだったら、絶対に消費できないもん。修ちゃんは、私が太っちゃっても良いわけ?」

 私の言葉に、修ちゃんは少しだけ難しい表情で、ブイと私を交互に見つめる。

「本当に大丈夫? あっちまで泳いだはいいけど、帰りに疲れて沈むとかなしだぞ?」
「遠泳の時はどうしてるんだっけ? 力尽きそうになったら、浮いて余力のある子に引っ張ってもらうんだっけ?」
「それじゃあカロリー消費、まったくゼロじゃないか」

 あきれたような声をあげた。

「別に引っ張ってもらう気なんてないよ、今のは単に質問しただけ。ちゃんとあそこまで泳いで、こっちまで帰ってくるから心配しないで」
「本当かなあ……万が一のことがあったら、俺、おじさんとおばさんにめっちゃ叱られるんじゃ?」
「何キロも泳ぐわけじゃないから問題ないよ」
「……わかった。じゃあ、まずは一往復してみようか」

 どうやら私の様子見をするつもりらしい。だけど修ちゃん、私だって泳ぐのは得意なんだからね? そんなわけで、私と修ちゃんはオレンジ色のブイを目指して泳ぎはじめた。


+++


「意外と遠かったー!」

 オレンジの浮き輪につかまると、笑いながら修ちゃんの顔を見た。

「だから言ったじゃないか。やっぱり半分ぐらいの距離でちょうど良かったんだよ、まこっちゃんは」
「そんなことないですー、ちゃんと泳いだし、岸にだって自力で泳いで戻れるもん。もう一往復ぐらい余裕ですからー」

 とは言ったものの、さすがにすぐ戻る気にはなれない。

「修ちゃん、私にあわせてゆっくり泳いだから物足りないんじゃない?」
「はーん、一休みしてるから往復してこいってことか」
「別にそんなこと言ってないけどー」
「なにをおっしゃいますやら」

 お見通しだぞと笑っている修ちゃんに、鼻をつままれた。

「じゃあ、一往復してくるから、まこっちゃんはここで待ってて」
「りょうかーい」

 敬礼をして修ちゃんを見送る。

 しばらくして、エンジンの音が近づいてきて、水上バイクが近くで止まった。それにまたがっているお兄さんが、こっちを見てニコニコしながら近づいてくる。そのせいで水面がうねり、大きくブイが揺れた。

「もー……危ないなあ……」

 お兄さんは、私が文句を言ったのには気づなかったようで、ニコニコしたまま、ブイに横づけして止まると声をかけてきた。

「女の子がこんなところまで泳いでくるなんて、すごいね。もしかして疲れて泳げなくなった? だったら乗せてあげるよ?」
「いえ、けっこうですー」

 もしかして、これは世の言う「ナンパ」というやつだろうか。ナンパというものは街中でされるものだと思っていたけれど、こういう場所でもあるらしい。

「水上バイクで走るのも、けっこう楽しいよ。乗ってみない?」
「いえ、つれを待っているのでー」
「へえ。おつれさんも頑張って泳ぐ子なんだ。なかなか朝から元気だね。俺も友達と来てるから、おつれさんがもう一人いても、乗せてあげられるよ」

 お兄さんの表情からして、私のもう一人のつれも女だと思っているようだ。その私の〝おつれさん〟は、ちょうど岸とブイの半分ぐらいまで、たどりついたところだった。

「あー、そういうのきっと興味ないと思いますー」
「えー、そうなの?」
「もっと大きなものに乗ることになってる人なのでー」
「?」

 お兄さんが首をかしげている。泳いでいた修ちゃんは、こっちの現状がわかったみたいで、少しだけ泳ぐスビードをあげた。

「あ、来ました、私のつれ」

 泳いでいる修ちゃんを指でさす。指の先に視線を向けたお兄さんが、なんだよーとつぶやいた。

「もー、人が悪いなあ、カレシと一緒だったらそう言ってくれなきゃー」

 あははーとお兄さんが笑う。そうしているうちに修ちゃんが私の横にたどりついた。

「どうした? なにかあった?」
「ん? 水上バイク、乗らないかって」
「ふーん」

 修ちゃんは、前に実家に帰ったらと私が言った時と同じような能面みたいな顔をする。

「人が泳いでるのに、近くまで寄ってくるなんて危ないですよ。前に接触事故もあったことだし、気をつけないと」
「あー、ごめんね。もしかしたら溺れそうなのかなって、心配になったものだから」
「それはどうもありがとうございます。この通り、彼女は溺れていないので。ご心配をおかけしました。以後は僕が面倒をみますので心配にはおよびません。どうぞ、引き続き水上バイクを楽しんでください」

 こういうのを「慇懃無礼いんぎんぶれい」って言うんだろうなと思いつつ、お兄さんに丁重にお引き取りねがっている修ちゃんの顔を見つめた。

「あー、そうだね、じゃあ、そっちも気をつけて。ここは遠浅で安心な遊泳地だけど、事故がないわけじゃないから」
「ありがとうございます」

 お兄さんは、じゃあねと言いながら少し離れた場所まで移動すると、エンジン全開で遠ざかっていった。

「修ちゃん、めっちゃインギンブレーだったよ」
「あのぐらい言ってちょうどだろ。てか、まこっちゃん、ああいうのが来たら俺を呼べよ」

 修ちゃんは、なぜか怒った顔をして私を軽くにらむ。

「呼ぶもなにも、修ちゃん、こっちに泳いできてるところだったじゃない」
「あれ、絶対にナンパだからな?」
「そうみたいだねえ。私、ああいうのって街中でしか現れないって思ってた。なんだかレアモンスターに出会った気分」
「まこっちゃーん……」

 ヤレヤレと首を空を見あげた。

「それより修ちゃん、気がついた?」
「なにが?」
「今の人さ、すね毛すごかったんだよ。あと手の甲も! あれは産毛うぶげじゃなくて毛だった!」
「まったく、どこ見てるんだよ」

 修ちゃんが信じられないという顔をして私を見る。

「毛むくじゃらのレアモンスター、たしかなにかのゲームにいたよね?」
「もー……心配した自分がバカみたい思えてきた……」

 気が抜けたように笑いだした。

「さあ、岸に戻ろうか」
「まだ泳ぐからね! カロリー、ぜんぜん消費できてないんだから!」
「わかったわかった。だけどまずは一往復目の復路だろ?」

 そんなわけで、私達は姉が呼びに来るまでひたすら泳ぎ続けたのだった。
感想 13

あなたにおすすめの小説

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

幼なじみは今日も私を抱きしめたまま

由香
恋愛
主人公・美月の幼なじみ、陽斗は距離が近すぎる。 家では当たり前のように後ろから抱きしめてきて、 頬をすり寄せる。 学校では肩に顎を乗せ、退屈そうにほっぺをつつく。 「このほっぺ好き」 「意味わかんないんだけど…」 幼い頃からずっと一緒だったせいで、美月はこの距離に慣れてしまっていた。 けれど文化祭の日。 「美月、他の男に触らせないで」 幼なじみの静かな独占欲が、ついに本気を見せる。 これは―― 距離ゼロの幼なじみが、恋人になるまでの甘すぎる物語。

皇太子殿下は、幼なじみの頬しか触らない

由香
恋愛
後宮には、美しい妃が大勢いる。 けれど皇太子・曜は、誰にも触れないことで有名だった。 ――ただ一人を除いて。 幼なじみの侍女・翠玉。 彼女の頬だけは、毎日のようにつつき、摘まみ、抱き寄せる。 「殿下、見られてます!」 「構わない」 後宮中が噂する。 『皇太子は侍女に溺れている』 けれど翠玉はまだ知らない。 それが幼なじみの距離ではなく、皇太子の独占欲だということを。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。