猫と幼なじみ

鏡野ゆう

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猫と幼なじみ

第十九話 二人で猫まみれ

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 暑くて目が覚めた。

「暑い……」

 クーラーがきいているはずなのにと、顔をしかめる。その原因の一つはわかっていた。私の背中にはりついている修ちゃんだ。筋肉質の人の熱量が高いというのは本当らしく、非常に熱い。熱いどころか「非常に暑苦しい」というのが正しいかも。そんな熱い筋肉が背中に密着していて、腕がお腹のへんに回されている。

―― 冬場なら、ありがたい熱さなんだけどなー…… ――

 そしてもう一つの原因。それは目をあけて判明した。なぜか私のお腹の前で、ヒノキとヤナギが丸くなって寝ている。猫は人間よりもずっと体温が高い。そして毛のかたまりだ。これだけくっつかれていたら、暑くないわけがない。

「修ちゃん、暑いよー」
「んー?」

 修ちゃんが眠たそうな声で返事をした。そして私を自分のほうへと引き寄せる。ますます暑い!

「だから暑いんだって。しかも、ヒノキとヤナギまでいるじゃん」
「さっき、部屋に入ってきてさー。めちゃくちゃにおいかがれてあせったよ。なにを探ろうとしていたんだか」

 二匹がなんのにおいを気にしていたのか、そこはあえて考えないようにする。

「それにベッド、定員オーバーだよ。修ちゃんとヒノキ達にはさまれて、私、めちゃくちゃせまいんだけど!」

 私の部屋のベッドは当然のことながらシングル。二人で寝るにはせまいし、そこに猫二匹が加われば、寝返りをうつことも難しい。もう超定員オーバーだ。私が文句を言うと、ヒノキ達は大きく伸びをして、そのままの態勢で動かなくなった。

「えー、起きてくれたんじゃないのー?」

 愕然がくぜんとしている私の耳元で、クスクスと笑う声がした。

「だから笑いごとじゃないんだって、修ちゃーん」
「まったく、まこっちゃんときたら」

 私の耳にキスをしながら修ちゃんは笑う。

「文句を言ってるけどさ、俺達がこうやっておさえてなかったら、まこっちゃん、ベッドから落ちてたんだぞ?」
「え、そんなことない!」
「いいや。絶対にベッドから落ちてた。自分が寝相ねぞう悪いこと、自覚してる?」
「……」

 実のところ、自分があまり寝相ねぞうが良いほうでないことはわかっていた。頭と足の位置が逆になっていたり、お布団が信じられない状態で体の上に乗っていたり。年頃の女子としては、色々と難ありな状態で目が覚めることが少なくなかったのだ。

「この寝相ねぞうの悪さだと、ベッドのサイズ、シングルをやめてダブルにしたほうが良いと思うけどな」
「そこまで悪くないもん」

 あまり自信はないけれど。

「そうかなあ……ま、俺達のことを蹴ることはしないから、まだマシだけどさ」
「ここまで暑いと、修ちゃんのこと、蹴り出したくなる」
「ひどいな、それ」

 そう言って、修ちゃんは私のことをさらに抱きしめた。

「だから、暑いって言ってるのにー!!」

 私が文句を言い、修ちゃんが笑っていると、ドアが動いた。なんと、マツ達が顔を出したのだ。そして迷わずベッドのほうへとやってくる。まさか母親に言われて、私達の様子をうかがいにきたのだろうか。

「え、ちょっと、もうスペースないんだけど……」
「うわ、どこに入ってくるんだよー、マツー」

 マツ、タケ、ウメはベッドの前にやってくると、迷うことなく飛び乗ってきた。そして私と修ちゃんの間に無理やり入りこんでくる。猫、人、猫、人……まるでミルフィーユ状態だ。

「もー、なんでそこ?」

 背中でモソモソしているマツ達に文句を言う。三匹はそれぞれの場所を見つけたのか、私と修ちゃんの間でそれぞれに落ち着いてしまった。

「ちょっとー?」
「こりゃ駄目だな、もう一眠りする必要がありそう」
「もー、修ちゃんの部屋のほうが良いんじゃないの? お布団なら落ちる心配もないし」
「それって、まこっちゃんも俺の部屋で寝るってこと?」

 気のせいか、修ちゃんの声がうれしそうだ。男子っていうのは本当にしようがない生き物なんだから。

「そうじゃなくて! 五匹と一緒に寝るならってこと!」
「それは残念だなあ……やりかけのゾンビハザード、やろうと思ってたのに」
「え、本当にするの? 今日まで手つかずだったのにいきなり?」

 前に終わったところで止まったままのアクションゲーム。続きが気になるのはたしかだ。

「明日には帰るから、ちょっとだけでも進めておこうかなって。このペースだと、卒業するまでにクリアーできるか怪しいけどさ」
「見たい! あ、まさか私が知らないうちら進めてないよね?」

 キャンプから帰ってきて二日。ゲームをしている気配はなかったけれど。

「進めてない進めてない。そんなことしたら、まこっちゃん、怒るだろ? ただし、するならいつもみたいに寝る前かな。明日のこともあるし、あまり進められないと思うけど」
「修ちゃん、新幹線、終点までなんだから寝ていけるじゃん。少しぐらい睡眠時間が削れても問題ないんじゃ?」
「もー、まこっちゃん、鬼教官なみだなあ」

 修ちゃんは笑いながら起きあがった。すると、マツ達が不満げな声をあげる。

「なに怒ってるんだよ、お前達。どうせ俺達のことを邪魔しにきたんだろ? 残念、ちょっと遅かったな」

 起きあがった修ちゃんは、私を乗り越えてベッドからおりた。そしてマツ達を一匹ずつ抱いてベットから降ろしていく。今日はちゃんと服を着ているから、手で目隠しする必要はない。

「ほら、まこっちゃんが暑いってさ。行くぞ、そろそろカリカリの時間だろ? ヒノキとヤナギも行くぞ」

 そう言いながら、私のお腹にくっついている二匹もベッドから降ろした。五匹の猫達がニャーニャーと抗議の声をあげ、それに対して修ちゃんが文句を言うなと話しかける。

「修ちゃん、本当にお母さんなみの猫使いになってきたね」
「このスキル、防大でなにかの役に立てば良いんだけどな」

 猫達にまとわりつかれながら修ちゃんが笑った。

「基地の警備犬の訓練士とか?」
「ハンドラー? 俺、なりたいのは護衛艦乗りなんだけど」
「あ、そっか。護衛艦には警備犬、いないのか」
「それに、猫に通用しても犬に通用するかどうか」
「なるほど」

 ただ、猫のほうが気難しそうだし、その猫をうまくあつかえるなら、犬も問題ないような気がしないでもない。もちろん、修ちゃんが警備犬の訓練士になりたいと思うのならだけど。

「俺はマツ達のことするからさ、まこっちゃん、おばさんの手伝いに下にいったほうが良くない?」

 そう言いながら、修ちゃんが壁にかかっている時計を指さした。そろそろ母親が晩御飯の用意を開始する時間だ。

「そうだね。そろそろお母さんから声がかかるかも」

 そう言いながら起きあがる。そして体のだるさに思わず顔をしかめた。

「どうした?」
「これ、絶対に修ちゃんのせいだと思うな」
「なにが?」
「腰とか足の付け根とか、めっちゃだるい」

 私の言葉に、修ちゃんはニヤッとする。

「だから先に謝ったじゃないか。ごめんって」
「にしたって、ちょっとひどくない?」

 たしかに修ちゃんはエッチをする前に「ごめん」とは言っていた。だけど、まさかそこまでは思わなかったのだ。二日間でこれなら、これから帰省するたびにどうなるんだろうと、少しだけ心配になる。

「なに赤くなってるのさ」
「あ、赤くなんかなってないよ」
「そうかなあ、なんか急に赤くなった気がするけどー?」

 考えてことなんてお見通しですよ、と言いたげなニヤニヤ笑いがなんともムカつく。

「暑いんです!」
「そういうことにしておくよ」
「そういうことなの!」
「はいはい」

 そう言って笑いながら、猫達を引き連れて部屋を出ていった。

「まったくもう、本当に笑いごとじゃないんだって……」

 立ち上がってから腰をトントンとたたく。これじゃあまるで、昔話に出てくるお爺さんお婆さんだ。

「筋トレ、私もしたほうが良いかなあ……」

 自衛官になる人の体力についていくには、こっちもそれなりに体力作りが必要なようだ。


+++++


 そしてその日の夜中、修ちゃんは言っていた通りにゲームを進めていた。相変わらず出てくるモンスターは気持ち悪いものばかりだ。

「ひぃぃぃ、やっぱり怖いよ、このモンスター。心臓に悪すぎっ」

 新しいステージに入ってから出てくるモンスターが超苦手なタイプで、それが出てくるたびに私は本気でゾワゾワしていた。だけど今夜は修ちゃんの腕をつかむことはせずに、膝の上に乗っているヒノキを抱きしめている。ヒノキは迷惑そうにしているけれど、この際だから我慢してもらおう。

「怖がりすぎだよ、まこっちゃん。これが怖いなら、次に出てくるボスキャラなんて絶対に無理なんじゃない?」

 修ちゃんはテレビの前であぐらをかき、そこにはヤナギが丸くなっている。ヤナギはまったくゲームには興味が無いらしく、完全に爆睡モードだ。

「なんでわかるの」
「そりゃあ、今までのパターンとストーリーからすると、出てくるボスキャラの想像はつくじゃないか」
「見たいけど見たくない」
「じゃあ、次のセーブポイントで中断する? 昼間にしたほうが怖くないだろうし、それだったら次は年末だけど」
「やだ、続きが気になる」
「なら、布団にもぐって観戦したら?」

 そう言いながら修ちゃんは、敷かれた布団を顎でさした。そこにはすでに先客がいて、布団の上に陣取っている。とても私が潜り込むスペースはなさそうだ。

「マツ達に占領されてて、私が入るスペースがないもん。ここでヒノキと見てる」
「そこであまりギャーギャー言わないでくれよ? 気が散って、前みたいに変な場所で中断したら困るだろ?」
「わかった、静かにしてる……」

 可能な限りはと、心の中で付け加えた。

 そんなわけで、修ちゃんと一緒にすごす夏休みの最終日は、猫達に囲まれてのゲームだった。そして寝落ちしてしまった私が明け方に目を覚ますと、私と修ちゃんはしっかり五匹の猫達に囲まれていた。
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