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本編
第七話 風雲急を告げる side - 重光
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いきなり自分の腕の中に飛び込んできた若い女性に、まさか週刊誌のスクープ狙いか?と焦ったのは言うまでもない。しかし彼女の様子がおかしかったのと助けを求めたのを耳にして放っておくわけにもいかず、取り敢えずは保護することにした。
「杉下、車を回せ。それと沙織に連絡して具合の悪い客人を迎える準備をするように頼んでくれ。あとは田代先生に往診の依頼だ」
「分かりました」
車は直ぐに歩道の脇に止まり、運転していた津村と杉下が意識を失った女性を後部シートに運び込んだ。
私は彼女の横に体を押し込み杉下が助手席に落ち着くと速やかに車を出させる。どうして病院に連れて行かないのかと問われれば、それは政治的な理由だとしか言いようがない。実のところ某国の要人と込み入った話をした後だったので出来るだけ目立ちたくなかったというのが実情だ。
あとでこの女性の家族にはきちんと事情を話し、口止めしなければならないだろう。
「下手をしたら人さらいだな我々は」
「仕方がありません。あそこで人だかりが出来て騒ぎが大きくなると困ったことになったでしょうから」
携帯であちらこちらに連絡をしていた杉下が電話の合間に言った。
「奥様が離れの方にお客様を迎える用意されると仰っていました。それと田代医師にも奥様から連絡をされるそうです」
妻の沙織は結婚する前は私の事務所で私設秘書として働いていた。その経験からか一を言えば十を理解してくれるという政治家にとっては得難い妻である。国会議員の重光幸太郎がここまでやってこれたのも、妻と秘書の杉下のお陰だ。
「身元が分かるような物を持っていてくれれば良いんだが、この様子では無理だろうな」
「……先生、その女性は片倉議員のお嬢さん、奈緒さんだと思われます」
「そうなのか?」
「はい。間違いないかと」
片倉総一郎は野党第一党の国対委員長だ。再婚して息子が産まれたと言う話は聞いていたし、その息子を溺愛していると言う話も良く耳にする。しかし病死した前妻と娘のことは本人の口から出るところについぞお目にかかったことがない。てっきり海外留学でもさせているのかと思っていたのだが。
そんなことを考えていると、太腿の辺りで何かがブルブルと震えているのに気づいた。
「この子は携帯電話を持っているようだぞ、杉下」
「それは助かります。これで消息不明と言って騒がれることも無いでしょう、相手が片倉先生ともなるといささか厄介ですが。先生、申し訳ありませんが、その携帯を私に私ていただけますか」
「……俺に女性の服のポケットを探れと?」
このお嬢さんは今時の子らしくジーンズをはいている。そのポケットを私に探れと言うのか?
「この状況で他に誰が出来ると言うんですか? 騒ぎが大きくなる前に対処しませんと。先ほど申し上げた通り、その女性は片倉議員のお嬢さんですから」
杉下が「片倉議員」を強調する。
「分かったよ。……まったくどっちが偉いんだか分からないな」
「もちろん先生が偉いに決まっています」
「ああ、そうかい」
やれやれと言いながら横でぐったりしている彼女のジーンズのポケットをさぐった。どうやら携帯電話はお尻のポケットに入っているらしかった。なんとか引っ張り出すとそれを杉下に渡す。
「ありがとうございます。では全て私がきちんと処理いたしますので御安心下さい」
「任せるよ」
杉下に任せておけば間違いはない。しばらく杉下が何やら相手と話をしていた。どうやらこのお嬢さんの知人かららしく、荷物がどうとか言っているので恐らく彼女が持っていたであろう諸々の始末をどうするか話し合っているらしかった。
「先生、私は自宅にお嬢さんを送り届けた後、この方のお友達からコートとバッグを受け取ってきます。その間お任せしてもよろしいでしょうか」
「そのぐらいは私でも対処できるよ」
「それと……」
「なんだい?」
「もう一人、この電話に連絡を入れてきている方がいるのですが……出て良いものか」
今更どうして応対するのを迷うのか。既に友達がかけてきている電話に出ていると言うのに。
「この番号、どう見ても森永三佐個人の携帯電話の番号なんですが……」
「……なんだって?」
思わず横で眠っているお嬢さんを見下ろした。杉下の記憶力の良さは折り紙つきだ、彼がそう言うなら間違いなく森永君の電話番号なのだろう。しかし何故?
「どうされますか? 今かかってきているんですが」
「ちょっと貸してくれ、私が出よう」
ブルブル震えている電話を受け取り、通話ボタンを押す。
「重光だ」
『……どうして重光さんが?』
相手が意外な相手が出たので戸惑ったのが分かった。私も戸惑っている、今のは間違いなく森永君の声だ。
「その声は森永君だよな、どうしてこの電話に君が?」
『それは自分の方が聞きたいんですが。なんで重光さんがその電話に? それ、奈緒の携帯ですよね』
なるほど、彼女と森永君は名前を呼び合うような親しい知り合いか。
「ちょっと訳ありなんだ。君はこの電話の持ち主と親しいんだよな? だったら俺の自宅に顔を出さないか? ちょっと込み入ったことになっている。今からこっちに出て来れるかい?」
『伺います』
ふむ、即答すると言うことはかなり親しいのか。なにやら面白いことになりそうだ。
「先生、笑ってる場合じゃないですよ?」
こちらを見ていた呆れたように杉下が口を挟んだ。
「何時になっても構わないから来てくれ。私も自宅にいるから」
『分かりました』
相手の返事が返ってくるのを確認してから電話を切った。
「なんだか面白そうな事態になってきたぞ?」
「面白がっている場合ですか。お嬢さんは片倉議員の娘さんで、その娘さんが薬を盛られているんですよ? しかも助けたのは与党議員の先生です」
「……ああ、そうだった。で、片倉さんには連絡を取った方が良いよな、やはり」
「色々と事情がありそうですし、それはお嬢さんが目を覚ましてからでよろしいかと」
「それもそうだな……」
それより森永君とこのお嬢さんの関係の方に興味があるよな……などと思いながら窓の外を眺めた。
「杉下、車を回せ。それと沙織に連絡して具合の悪い客人を迎える準備をするように頼んでくれ。あとは田代先生に往診の依頼だ」
「分かりました」
車は直ぐに歩道の脇に止まり、運転していた津村と杉下が意識を失った女性を後部シートに運び込んだ。
私は彼女の横に体を押し込み杉下が助手席に落ち着くと速やかに車を出させる。どうして病院に連れて行かないのかと問われれば、それは政治的な理由だとしか言いようがない。実のところ某国の要人と込み入った話をした後だったので出来るだけ目立ちたくなかったというのが実情だ。
あとでこの女性の家族にはきちんと事情を話し、口止めしなければならないだろう。
「下手をしたら人さらいだな我々は」
「仕方がありません。あそこで人だかりが出来て騒ぎが大きくなると困ったことになったでしょうから」
携帯であちらこちらに連絡をしていた杉下が電話の合間に言った。
「奥様が離れの方にお客様を迎える用意されると仰っていました。それと田代医師にも奥様から連絡をされるそうです」
妻の沙織は結婚する前は私の事務所で私設秘書として働いていた。その経験からか一を言えば十を理解してくれるという政治家にとっては得難い妻である。国会議員の重光幸太郎がここまでやってこれたのも、妻と秘書の杉下のお陰だ。
「身元が分かるような物を持っていてくれれば良いんだが、この様子では無理だろうな」
「……先生、その女性は片倉議員のお嬢さん、奈緒さんだと思われます」
「そうなのか?」
「はい。間違いないかと」
片倉総一郎は野党第一党の国対委員長だ。再婚して息子が産まれたと言う話は聞いていたし、その息子を溺愛していると言う話も良く耳にする。しかし病死した前妻と娘のことは本人の口から出るところについぞお目にかかったことがない。てっきり海外留学でもさせているのかと思っていたのだが。
そんなことを考えていると、太腿の辺りで何かがブルブルと震えているのに気づいた。
「この子は携帯電話を持っているようだぞ、杉下」
「それは助かります。これで消息不明と言って騒がれることも無いでしょう、相手が片倉先生ともなるといささか厄介ですが。先生、申し訳ありませんが、その携帯を私に私ていただけますか」
「……俺に女性の服のポケットを探れと?」
このお嬢さんは今時の子らしくジーンズをはいている。そのポケットを私に探れと言うのか?
「この状況で他に誰が出来ると言うんですか? 騒ぎが大きくなる前に対処しませんと。先ほど申し上げた通り、その女性は片倉議員のお嬢さんですから」
杉下が「片倉議員」を強調する。
「分かったよ。……まったくどっちが偉いんだか分からないな」
「もちろん先生が偉いに決まっています」
「ああ、そうかい」
やれやれと言いながら横でぐったりしている彼女のジーンズのポケットをさぐった。どうやら携帯電話はお尻のポケットに入っているらしかった。なんとか引っ張り出すとそれを杉下に渡す。
「ありがとうございます。では全て私がきちんと処理いたしますので御安心下さい」
「任せるよ」
杉下に任せておけば間違いはない。しばらく杉下が何やら相手と話をしていた。どうやらこのお嬢さんの知人かららしく、荷物がどうとか言っているので恐らく彼女が持っていたであろう諸々の始末をどうするか話し合っているらしかった。
「先生、私は自宅にお嬢さんを送り届けた後、この方のお友達からコートとバッグを受け取ってきます。その間お任せしてもよろしいでしょうか」
「そのぐらいは私でも対処できるよ」
「それと……」
「なんだい?」
「もう一人、この電話に連絡を入れてきている方がいるのですが……出て良いものか」
今更どうして応対するのを迷うのか。既に友達がかけてきている電話に出ていると言うのに。
「この番号、どう見ても森永三佐個人の携帯電話の番号なんですが……」
「……なんだって?」
思わず横で眠っているお嬢さんを見下ろした。杉下の記憶力の良さは折り紙つきだ、彼がそう言うなら間違いなく森永君の電話番号なのだろう。しかし何故?
「どうされますか? 今かかってきているんですが」
「ちょっと貸してくれ、私が出よう」
ブルブル震えている電話を受け取り、通話ボタンを押す。
「重光だ」
『……どうして重光さんが?』
相手が意外な相手が出たので戸惑ったのが分かった。私も戸惑っている、今のは間違いなく森永君の声だ。
「その声は森永君だよな、どうしてこの電話に君が?」
『それは自分の方が聞きたいんですが。なんで重光さんがその電話に? それ、奈緒の携帯ですよね』
なるほど、彼女と森永君は名前を呼び合うような親しい知り合いか。
「ちょっと訳ありなんだ。君はこの電話の持ち主と親しいんだよな? だったら俺の自宅に顔を出さないか? ちょっと込み入ったことになっている。今からこっちに出て来れるかい?」
『伺います』
ふむ、即答すると言うことはかなり親しいのか。なにやら面白いことになりそうだ。
「先生、笑ってる場合じゃないですよ?」
こちらを見ていた呆れたように杉下が口を挟んだ。
「何時になっても構わないから来てくれ。私も自宅にいるから」
『分かりました』
相手の返事が返ってくるのを確認してから電話を切った。
「なんだか面白そうな事態になってきたぞ?」
「面白がっている場合ですか。お嬢さんは片倉議員の娘さんで、その娘さんが薬を盛られているんですよ? しかも助けたのは与党議員の先生です」
「……ああ、そうだった。で、片倉さんには連絡を取った方が良いよな、やはり」
「色々と事情がありそうですし、それはお嬢さんが目を覚ましてからでよろしいかと」
「それもそうだな……」
それより森永君とこのお嬢さんの関係の方に興味があるよな……などと思いながら窓の外を眺めた。
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