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本編
第八話 また会えて嬉しいです
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気がついたの時に目に入ってきたのは見慣れない天井。だけどそれは病院等の無機質なものではなくて。何処だろうと内心首を傾げながら顔だけ動かして自分の置かれた状況を確認する。部屋の隅にバッグが置いてあって、ハンガーにかけられた服とコートが鴨居のところにかかっている。服……パジャマだ、誰のだろう?
―― 和室だ……何処だろう、ここ ――
松橋先輩に何か分からない薬を打たれてふらふらしながら逃げた筈。そこでぶつかった人に助けを求めて……あ、重光先生にぶつかったんだ。ここってもしかして重光先生のお宅? 何の薬だったんだろう、あんなに急激に効果が出る薬なんて。それにまだ頭がぼんやりしている。っていうか気分が滅茶苦茶悪い。いわゆる副作用みいなもの。
「……起きなきゃ……」
ふらふらする頭を何とか支えるようにして半身を起こした。
「うー……目が回る……」
バフッと頭を枕に戻して目を閉じた。まだ大人しくしていた方がいいみたいだ。そのうち誰か来てくれるかな、それまで寝てた方がいいかな。けど動いたせいで頭がくらくらして目を閉じていても部屋が回っているような感じがして気持ち悪い。吐きそう……こんなところで吐いたらお布団を汚しちゃう。布団から出て障子の方へと這っていき、なんとか開けるとそこは庭に面した廊下だった。元気な時だったら立派な庭園に驚くところだけど今はそんな場合じゃない。
「……庭に吐いたら怒られるかな……」
トイレ行きたいけど場所が分からないし無理かも。
「まあまあ、駄目よ、無理しちゃ」
女の人の声がしてほのかな香水の匂いが鼻をかすめた。そして温かい手が脇に回されて抱き上げられる。え、凄い力持ち?
「布団から出てどうするつもりだったんだ?」
「信吾、さん?」
女の人の声がした筈なのに私を抱いているのは信吾さんだ。
「吐きそう……」
「トイレはこの先に?」
「ええ、突き当りを左にいったところにありますから早く連れていってあげて」
なんで信吾さんがここにいるんだろ。尋ねたいけど吐き気の方が勝っているので質問は後、とかく気持ち悪い、吐きそう。
「信吾さん、気持ち悪い、頭いたい……」
「もう少し我慢しろ」
トイレの前で私をそっと降ろしてくれた信吾さんにお礼をいうと、よろよろとドアを開けてそのまま屈み込む。背中をさすってくれるのは嬉しいんだけどさ、こういうのってあまり見られたくないんだよね。
「薬を飲まされたのか?」
「違う、注射うたれて……」
「注射された? まったく、最近の学生ときたらテレビの観すぎだな」
チクッとした首のところに手をやると、髪の毛を掻き揚げられた。
「痕、残ってる?」
「ああ、針が刺さった痕が残っている。あとで写真を撮らせてくれ。証拠として残しておかないといけないから」
「……おまわりさん?」
「そのつもりだ。奈緒はどうしたい?」
「……警察に届けると父親の耳にも入るしそれが嫌なだけ。先輩とは二度と顔を合わせないで済むんだったらどうでもいい、かな」
「そうか、もう少し気分が良くなったらきちんと話し合おう」
「うん……」
胃の中のモノは殆ど出てしまったみたいだ。手前の洗面所で口をゆすぐと少しだけ気分が良くなった。そこで再び抱き上げられたのでギュッと信吾さんの首にしがみついた。
「奈緒?」
「会いたかったの。だから嬉しい」
「そうか」
本当は信吾さんは?って尋ねたかった。だけど答えを聞くのが怖かったし、今はそんな時じゃないと思って何も言わずにそのまま目を閉じる。信吾さんも抱いていた手に力を込めただけで何も言わなかった。寝かされていた部屋に戻ると、さっきの女の人がお布団をきちんと整えて待っていてくれた。布団の上におろされると問答無用で寝かされてしまう。
「あの、ここはどなたの……?」
「重光議員の自宅だ。こちらは夫人の沙織さん。議員に助けを求めたことは覚えているか?」
「なんとなく」
やっぱり私がぶつかったのは重光先生だったんだ。
「鉢合わせしたのがうちの主人で良かったわ。本来なら病院に連れて行くのが筋なんだけれど、色々と込み入った事情があったみたいでここに来てもらうことになったの。ごめんなさいね」
「いえ、そんな……」
ドタドタと騒がしい足音がして障子が開く。
「なおっち!! あのスットコドッコイに薬を盛られたって?!」
「みゅうさん?!」
みゅうさんは信吾さんや奥さんを丸っと無視して私に抱きついてきた。く、苦しいぃ!
「やっぱ店でかち合った時に追い出しときゃ良かった、ほんっとにゴメンね。幹事の三浦も軽く絞めとくから!」
「みゅ、みゅうさん、私の首が絞まってる、苦しいですぅ」
「ああ、ごめん」
解放されて深呼吸をした。
「話はここの先生から聞いたから。あとの事は私に任せてくれる?」
「え、何するつもりなんですか……」
「報復よ報復。ちゃんと生きてく場所が無くなるわよとまで言って警告したのにそれを無視したんだから当然でしょ?」
「おい、」
「おじさんは黙ってて。貴方は大人しく奈緒の面倒を看ていればいいのよ。子供の喧嘩に大人が口出しをしないでちょうだい」
みゅうさん言ってることが無茶苦茶だよ。信吾さんもみゅうさんにビシッと指を突きつけられて言葉に詰まっている。
「だいたいね、その薬、何処で手に入れたと思う? 馬鹿な親戚の病院から盗み出したんですって。しかもそこ、獣医よ獣医。色々と舐めてるわ、あいつ」
「え……私、犬猫と一緒にされちゃったんですか……まさか注射器も?」
「そうよ。腹が立てきた? 立ってきたわよね?」
みゅうさん、私に何を言わせたいんですか? まさか報復のGOサインとか?
「君、一体それは、」
「だーかーらー。おじさんは黙ってて。子供には子供の情報網があるんだから」
そこで奥さんが噴き出した。
「森永さんが言葉に詰まるなんて珍しいこともあるものよね。見てて飽きないけど奈緒さんを休ませてあげないと」
奥さんの言葉にみゅうさんも頷き“奴のことは任せて”とウィンクを一つして部屋から出て行った。信吾さんもそれに続こうと立ち上がる気配を見せたので思わず服の袖を掴む。
「心細いわよね、やっぱり。森永さん、少しの間でいいから付いていてあげたらどう?」
「……分かりました、そうさせてもらいます」
「また後で様子を見に来るから、ゆっくり休みなさい」
そう言って奥さんは部屋から出て少しだけ微笑むと障子を閉めた。しばらくの沈黙の後、疑問に思っていたことを口にしてみた。
「……信吾さんはどうしてここに?」
「今日、奈緒の携帯に電話をしたんだ。そうしたら重光さんが出た。間違えてかけたのかと焦ったよ」
「私に電話してくれたの?」
「ああ。俺は教えてなかったし何処の駐屯地所属なのかも教えてなかったから奈緒からは連絡の取りようがないだろう? ホテルで別れた後、番号を教えなかったことをちょっと後悔した」
電話、してくれたんだ。私のことを忘れちゃったかもしれないと思っていたのに。嬉しくて信吾さんの手をギュッて握って自分の頬に引き寄せた。
「だって自衛官だもん。会ったばかりの見知らぬ人間に携帯の番号なんて教えられないでしょ? 仕方がないよ。そのぐらい分かってる、気にしてないよ?」
「嘘をつくな。駅前で待ち合わせをする時に俺が教えるのを躊躇ったら傷ついたような顔したのは誰だ」
「そんなことないよ」
「嘘だ、そういう顔をしてた。あの時は自分のケツを蹴りたくなったよ」
頬を撫でてくれる手はとっても優しくて、嫌な目に遭ったことを忘れさせてくれるには充分すぎるものだった。
「ねえ、どうして電話してくれたの?」
そう問われた信吾さんは何でそんなことをわざわざ尋ねるんだ?って顔をした。分かってるつもりだけどちゃんと直接言ってもらいたい女の子の気持ち、分かって欲しいな。
「どうして?」
「それは……奈緒の声が聞きたかったからだ」
「それだけ?」
なんだか顔が赤いよ、信吾さん? 信吾さんでも照れることあるんだ、ちょっと驚き。それにすっごく可愛いよ?
「バレンタインは奈緒をもらったようなものだから、世間で言うところのホワイトデーにはきちんと何か返したいと思ってだな……幸いなことに14日は前と同じ金曜日の週末だし……」
「本当? お休みとれたの?」
「ああ、今までは部下達に休みを融通してやっていたからたまにはって話をしたら嘘みたいに休暇が取れた。奈緒もそろそろ春休みだろ?」
「うん。もし何か約束していても全部キャンセルしちゃう」
「……」
信吾さんが急に黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
頬を撫でる手は優しいままなのに顔が怖いよ? ん?と枕の上で首を傾げてジッと顔を見ていたら、ますます怖い顔になっちゃった。何だろ、何か怒らせるようなこと言ったかな。約束をキャンセルするっていうのがダメなの?
「くそっ……」
く、くそ? くそってあのくそ?
「……ここは重光さんの自宅だからな、お行儀よくしてなくちゃならん。ここから連れ出したいのは山々だが、今、奈緒を連れ出すなんて言ったら俺が社会的に抹殺されるだろうしな」
「えっと、キスぐらいなら大丈夫なんじゃないかな……」
それぐらいならどうかなと提案してみる。私だって信吾さんにキスして欲しいし、本当はそれ以上のこともして欲しいんだもの。
「駄目だ、こんな寝心地の良さそうな布団に寝ている奈緒とキスなんてしたら、あっという間に裸でくんずほぐれつな状態だ。我慢するしかない」
「そうなの?……だったら早く二人っきりになれるところに行きたいな。あのね、信吾さんが付けてくれたキスマーク、もう消えちゃったんだよ? それを見ていたら何だか信吾さんとの繋がりも消えちゃったみたいで凄く寂しかった」
ガックリと項垂れちゃった。
「だから煽るな。まだ具合が悪いんだ、我慢しろ」
「でもお、キスぐらい……」
「駄目だったら駄目だ」
「せっかく会えたのに。分かったもん、いいよ、我慢する。私、寝る。おやすみなさい」
信吾さんに背中を向けるようにしてお布団に潜り込んだ。信吾さんが動く気配はない。早く出ていってくれれば少しはメソメソ出来るんだけど。
「奈緒?」
「……」
「おい、奈緒」
「もう寝るんだからあっち行って」
舌打ちが聞こえた。ふんだ、私だってちょっと怒ってるんだからお互い様だもん。
「奈緒、こっちを向け」
「嫌です、寝るんだから静かにして下さい」
「奈緒」
「……」
お布団がいきなり引き剥がされたかと思ったら抱き起されて、あっと思った次の瞬間には胡坐をかいた信吾さんと向かい合うようにして彼の足の間におさまっていた。
「このぐらいのことで泣くな」
「泣いてなんかいないもん」
「嘘つき」
目元を優しく指が撫でる。
「やっと会えたのにキスもしてもらえないなんて寂しいよ」
「しないんじゃない、ここは場所が悪いと言っているんだぞ?」
「分かってる。でも寂しいんだもの」
キスしてもらえないならせめて抱きしめて欲しくて信吾さんの首に腕を回して抱きついた。
「まったく、奈緒は相変わらずおねだりが上手だな」
「信吾さんにだけだよ?」
「当たり前だ。他の男になんてしたら絶対に許さんぞ」
逞しい腕が回されてギュッて抱きしめてくれた。その感触に安堵の溜息が漏れる。
「信吾さん?」
「なんだ?」
「私のこと、まだ好き?」
「当然だ」
「まだ愛してくれてる?」
「ああ。自分でも驚くぐらいに」
「私も信吾さんのこと愛してる」
「ああ、知ってる」
最初は額と額をくっつけて啄ばむようなキスをしていたのがやがて深く激しいものに変わった。パジャマの下に入り込んで背中を撫でていた手が前に回ってきて胸を包み込む。キスのリズムと合わせるように胸の先端が指で愛撫されてあっというまに硬くなり、もっと触ってほしくて大きな手に押し付けるように体を揺らした
「奈緒」
「なあに?」
「パジャマのボタン、外して」
キスの合間に零れた言葉に頷くとボタンを上から順番に外していく。
「……本当だ、綺麗に痕が消えてるな」
「うん、また付けてくれる?」
「お嬢さんのお望みのままに」
そう言うと唇を胸に当ててきつく吸ってくれた。再びあちにこちらに紅い花が散っていくのが嬉しくて、うっとりとそれを見下ろす。
「私の体にこうやって痕を残していいのは信吾さんだけだよ?」
「当たり前だ」
信吾さんがムッとした口調で言うと私の体を引き寄せて首筋を噛む。そこは松橋先輩に注射を刺された場所。多分歯型がついたんじゃないかなってくらい強く噛まれちゃった。
「証拠の写真、撮れなくなっちゃったね」
「かまうものか」
そのままお布団の上に倒れ込むとお腹の辺りにキスをされて痕をつけられた。そして信吾さんはやがて少し真面目な顔をして私を見下ろした。
「どうしたの?」
「奈緒、リスクを冒す勇気はあるか?」
「リスク?」
「ああ。俺は当然のことながらコンドームを持っていない。ここで奈緒を抱くと言うことは避妊しないで抱くと言うことだ。それでも良いのか?」
つまりは妊娠するかもしれないってことだよね? 頭の中で生理があった日を思い出して計算をする。多分だけど可能性は殆ど無い筈だけど、避妊せずにセックスをするんだから100%安全なんてことは有り得ない。だけど、信吾さんとの赤ちゃんならできても良いなって思えた。
「いいよ、信吾さん」
「本当に良いんだな?」
「うん。信吾さんの全部、私にちょうだい?」
私の答えに満足げに笑うと、パジャマのズボンと下着が一緒に降ろされ、重光先生の奥さんが置いていってくれたタオルが腰の下に敷かれる。布団を汚さないようにだって。なんだかこっそりするのって自分が高校生に戻ったみたいだって苦笑いしてる。いけない高校生活してたんだ~ってからかったらニヤッと笑った。
「入れていいか?」
「うん」
そこはもう信吾さんを待ち望んでいてしっかりと濡れていて、熱い彼のものが押し当てられた時にはそれだけでいっちゃいそうになった。そんな私の様子を見た信吾さんは楽しそうに笑うと、直ぐに入れることはせず、溢れた蜜を自身に塗りつけるように入り口でゆっくりと擦るように動かし続ける。
「や……なんで……?」
「少しでも奈緒を楽しみたいから」
「だけど、早く欲しい……っ」
先端が花芯をこすり快感が背中を駆け上がった。でも足りない、こんなんじゃ全然足りないよ。
「信吾さん、お願いっ……早く来て、全部ちょうだい」
手を伸ばして信吾さんの腕にすがった。
「全部やるよ、俺の全ては奈緒のものだからな」
「うん、うん、私の全部も信吾さんのものだからっ」
そして熱くて硬いもので体の中が満たされる。まるで足りなかったパズルのピースがしっくりはまったような感じで安堵感さえ覚えてしまう。
「しっかり捕まってついてこいよ」
そう言って私の両腕を自分の首の後ろに回させると離すなよ?と言い、激しく私の中を突き上げ始めた。奥を突かれるたびに鈍い痛みも感じていたけど、それ以上に信吾さんに愛されているという喜びがそんな痛みをも歓迎していた。
「ああっ、ああっ……あっ」
「奈緒、奈緒っ」
私の名前を囁きながら激しく動く信吾さんにあっという間に絶頂へと押し上げられる。その後、信吾さんも二度三度と激しく腰を動かして満足げな呻き声をあげると私の中に熱いものを吐き出した。奥に熱い飛沫を受けるたびに体がビクンッと反応する。
「……奈緒?」
「は、い?」
「子供ができていてもできていなくても、俺と結婚してくれるか?」
「信吾さん、私、愛して欲しいって言ったけど、結婚を迫る気持ちはないんだよ? そんな責任を感じて無理しなくても」
「馬鹿野郎、俺が奈緒に結婚を迫ってるんだろ? 承諾の答えしか認めんが。時期はいつでもいい、お前の望む時に結婚しよう、だからイエスと言ってくれ」
「あのう……嫌だって言ったら……ひゃぅっ」
まだいったばかりでひくついている中を激しく突き上げられて悲鳴をあげてしまった。こういうところは容赦ないんだから信吾さんって絶対にドSだと思うよ。
「だったら妊娠するまで離さない。壊れるまで抱いてやる」
「洒落にならないよ……」
「だったらイエスと言ってくれ」
「本当に? 後で後悔しない?」
「するものか。だからイエスと言え」
「……命令形になってるよ……」
「仕方がない。俺が部隊を率いる隊長だから命令慣れしているせいだ」
「私、信吾さんのお嫁さんになる」
「つまりはイエスってことだな」
「うん、これ以上はないってぐらいイエス!」
そんな訳で、議員さんのお宅にお邪魔しているのにエッチをしちゃった私達は、その場で婚約までしちゃったのでした。
―― 和室だ……何処だろう、ここ ――
松橋先輩に何か分からない薬を打たれてふらふらしながら逃げた筈。そこでぶつかった人に助けを求めて……あ、重光先生にぶつかったんだ。ここってもしかして重光先生のお宅? 何の薬だったんだろう、あんなに急激に効果が出る薬なんて。それにまだ頭がぼんやりしている。っていうか気分が滅茶苦茶悪い。いわゆる副作用みいなもの。
「……起きなきゃ……」
ふらふらする頭を何とか支えるようにして半身を起こした。
「うー……目が回る……」
バフッと頭を枕に戻して目を閉じた。まだ大人しくしていた方がいいみたいだ。そのうち誰か来てくれるかな、それまで寝てた方がいいかな。けど動いたせいで頭がくらくらして目を閉じていても部屋が回っているような感じがして気持ち悪い。吐きそう……こんなところで吐いたらお布団を汚しちゃう。布団から出て障子の方へと這っていき、なんとか開けるとそこは庭に面した廊下だった。元気な時だったら立派な庭園に驚くところだけど今はそんな場合じゃない。
「……庭に吐いたら怒られるかな……」
トイレ行きたいけど場所が分からないし無理かも。
「まあまあ、駄目よ、無理しちゃ」
女の人の声がしてほのかな香水の匂いが鼻をかすめた。そして温かい手が脇に回されて抱き上げられる。え、凄い力持ち?
「布団から出てどうするつもりだったんだ?」
「信吾、さん?」
女の人の声がした筈なのに私を抱いているのは信吾さんだ。
「吐きそう……」
「トイレはこの先に?」
「ええ、突き当りを左にいったところにありますから早く連れていってあげて」
なんで信吾さんがここにいるんだろ。尋ねたいけど吐き気の方が勝っているので質問は後、とかく気持ち悪い、吐きそう。
「信吾さん、気持ち悪い、頭いたい……」
「もう少し我慢しろ」
トイレの前で私をそっと降ろしてくれた信吾さんにお礼をいうと、よろよろとドアを開けてそのまま屈み込む。背中をさすってくれるのは嬉しいんだけどさ、こういうのってあまり見られたくないんだよね。
「薬を飲まされたのか?」
「違う、注射うたれて……」
「注射された? まったく、最近の学生ときたらテレビの観すぎだな」
チクッとした首のところに手をやると、髪の毛を掻き揚げられた。
「痕、残ってる?」
「ああ、針が刺さった痕が残っている。あとで写真を撮らせてくれ。証拠として残しておかないといけないから」
「……おまわりさん?」
「そのつもりだ。奈緒はどうしたい?」
「……警察に届けると父親の耳にも入るしそれが嫌なだけ。先輩とは二度と顔を合わせないで済むんだったらどうでもいい、かな」
「そうか、もう少し気分が良くなったらきちんと話し合おう」
「うん……」
胃の中のモノは殆ど出てしまったみたいだ。手前の洗面所で口をゆすぐと少しだけ気分が良くなった。そこで再び抱き上げられたのでギュッと信吾さんの首にしがみついた。
「奈緒?」
「会いたかったの。だから嬉しい」
「そうか」
本当は信吾さんは?って尋ねたかった。だけど答えを聞くのが怖かったし、今はそんな時じゃないと思って何も言わずにそのまま目を閉じる。信吾さんも抱いていた手に力を込めただけで何も言わなかった。寝かされていた部屋に戻ると、さっきの女の人がお布団をきちんと整えて待っていてくれた。布団の上におろされると問答無用で寝かされてしまう。
「あの、ここはどなたの……?」
「重光議員の自宅だ。こちらは夫人の沙織さん。議員に助けを求めたことは覚えているか?」
「なんとなく」
やっぱり私がぶつかったのは重光先生だったんだ。
「鉢合わせしたのがうちの主人で良かったわ。本来なら病院に連れて行くのが筋なんだけれど、色々と込み入った事情があったみたいでここに来てもらうことになったの。ごめんなさいね」
「いえ、そんな……」
ドタドタと騒がしい足音がして障子が開く。
「なおっち!! あのスットコドッコイに薬を盛られたって?!」
「みゅうさん?!」
みゅうさんは信吾さんや奥さんを丸っと無視して私に抱きついてきた。く、苦しいぃ!
「やっぱ店でかち合った時に追い出しときゃ良かった、ほんっとにゴメンね。幹事の三浦も軽く絞めとくから!」
「みゅ、みゅうさん、私の首が絞まってる、苦しいですぅ」
「ああ、ごめん」
解放されて深呼吸をした。
「話はここの先生から聞いたから。あとの事は私に任せてくれる?」
「え、何するつもりなんですか……」
「報復よ報復。ちゃんと生きてく場所が無くなるわよとまで言って警告したのにそれを無視したんだから当然でしょ?」
「おい、」
「おじさんは黙ってて。貴方は大人しく奈緒の面倒を看ていればいいのよ。子供の喧嘩に大人が口出しをしないでちょうだい」
みゅうさん言ってることが無茶苦茶だよ。信吾さんもみゅうさんにビシッと指を突きつけられて言葉に詰まっている。
「だいたいね、その薬、何処で手に入れたと思う? 馬鹿な親戚の病院から盗み出したんですって。しかもそこ、獣医よ獣医。色々と舐めてるわ、あいつ」
「え……私、犬猫と一緒にされちゃったんですか……まさか注射器も?」
「そうよ。腹が立てきた? 立ってきたわよね?」
みゅうさん、私に何を言わせたいんですか? まさか報復のGOサインとか?
「君、一体それは、」
「だーかーらー。おじさんは黙ってて。子供には子供の情報網があるんだから」
そこで奥さんが噴き出した。
「森永さんが言葉に詰まるなんて珍しいこともあるものよね。見てて飽きないけど奈緒さんを休ませてあげないと」
奥さんの言葉にみゅうさんも頷き“奴のことは任せて”とウィンクを一つして部屋から出て行った。信吾さんもそれに続こうと立ち上がる気配を見せたので思わず服の袖を掴む。
「心細いわよね、やっぱり。森永さん、少しの間でいいから付いていてあげたらどう?」
「……分かりました、そうさせてもらいます」
「また後で様子を見に来るから、ゆっくり休みなさい」
そう言って奥さんは部屋から出て少しだけ微笑むと障子を閉めた。しばらくの沈黙の後、疑問に思っていたことを口にしてみた。
「……信吾さんはどうしてここに?」
「今日、奈緒の携帯に電話をしたんだ。そうしたら重光さんが出た。間違えてかけたのかと焦ったよ」
「私に電話してくれたの?」
「ああ。俺は教えてなかったし何処の駐屯地所属なのかも教えてなかったから奈緒からは連絡の取りようがないだろう? ホテルで別れた後、番号を教えなかったことをちょっと後悔した」
電話、してくれたんだ。私のことを忘れちゃったかもしれないと思っていたのに。嬉しくて信吾さんの手をギュッて握って自分の頬に引き寄せた。
「だって自衛官だもん。会ったばかりの見知らぬ人間に携帯の番号なんて教えられないでしょ? 仕方がないよ。そのぐらい分かってる、気にしてないよ?」
「嘘をつくな。駅前で待ち合わせをする時に俺が教えるのを躊躇ったら傷ついたような顔したのは誰だ」
「そんなことないよ」
「嘘だ、そういう顔をしてた。あの時は自分のケツを蹴りたくなったよ」
頬を撫でてくれる手はとっても優しくて、嫌な目に遭ったことを忘れさせてくれるには充分すぎるものだった。
「ねえ、どうして電話してくれたの?」
そう問われた信吾さんは何でそんなことをわざわざ尋ねるんだ?って顔をした。分かってるつもりだけどちゃんと直接言ってもらいたい女の子の気持ち、分かって欲しいな。
「どうして?」
「それは……奈緒の声が聞きたかったからだ」
「それだけ?」
なんだか顔が赤いよ、信吾さん? 信吾さんでも照れることあるんだ、ちょっと驚き。それにすっごく可愛いよ?
「バレンタインは奈緒をもらったようなものだから、世間で言うところのホワイトデーにはきちんと何か返したいと思ってだな……幸いなことに14日は前と同じ金曜日の週末だし……」
「本当? お休みとれたの?」
「ああ、今までは部下達に休みを融通してやっていたからたまにはって話をしたら嘘みたいに休暇が取れた。奈緒もそろそろ春休みだろ?」
「うん。もし何か約束していても全部キャンセルしちゃう」
「……」
信吾さんが急に黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
頬を撫でる手は優しいままなのに顔が怖いよ? ん?と枕の上で首を傾げてジッと顔を見ていたら、ますます怖い顔になっちゃった。何だろ、何か怒らせるようなこと言ったかな。約束をキャンセルするっていうのがダメなの?
「くそっ……」
く、くそ? くそってあのくそ?
「……ここは重光さんの自宅だからな、お行儀よくしてなくちゃならん。ここから連れ出したいのは山々だが、今、奈緒を連れ出すなんて言ったら俺が社会的に抹殺されるだろうしな」
「えっと、キスぐらいなら大丈夫なんじゃないかな……」
それぐらいならどうかなと提案してみる。私だって信吾さんにキスして欲しいし、本当はそれ以上のこともして欲しいんだもの。
「駄目だ、こんな寝心地の良さそうな布団に寝ている奈緒とキスなんてしたら、あっという間に裸でくんずほぐれつな状態だ。我慢するしかない」
「そうなの?……だったら早く二人っきりになれるところに行きたいな。あのね、信吾さんが付けてくれたキスマーク、もう消えちゃったんだよ? それを見ていたら何だか信吾さんとの繋がりも消えちゃったみたいで凄く寂しかった」
ガックリと項垂れちゃった。
「だから煽るな。まだ具合が悪いんだ、我慢しろ」
「でもお、キスぐらい……」
「駄目だったら駄目だ」
「せっかく会えたのに。分かったもん、いいよ、我慢する。私、寝る。おやすみなさい」
信吾さんに背中を向けるようにしてお布団に潜り込んだ。信吾さんが動く気配はない。早く出ていってくれれば少しはメソメソ出来るんだけど。
「奈緒?」
「……」
「おい、奈緒」
「もう寝るんだからあっち行って」
舌打ちが聞こえた。ふんだ、私だってちょっと怒ってるんだからお互い様だもん。
「奈緒、こっちを向け」
「嫌です、寝るんだから静かにして下さい」
「奈緒」
「……」
お布団がいきなり引き剥がされたかと思ったら抱き起されて、あっと思った次の瞬間には胡坐をかいた信吾さんと向かい合うようにして彼の足の間におさまっていた。
「このぐらいのことで泣くな」
「泣いてなんかいないもん」
「嘘つき」
目元を優しく指が撫でる。
「やっと会えたのにキスもしてもらえないなんて寂しいよ」
「しないんじゃない、ここは場所が悪いと言っているんだぞ?」
「分かってる。でも寂しいんだもの」
キスしてもらえないならせめて抱きしめて欲しくて信吾さんの首に腕を回して抱きついた。
「まったく、奈緒は相変わらずおねだりが上手だな」
「信吾さんにだけだよ?」
「当たり前だ。他の男になんてしたら絶対に許さんぞ」
逞しい腕が回されてギュッて抱きしめてくれた。その感触に安堵の溜息が漏れる。
「信吾さん?」
「なんだ?」
「私のこと、まだ好き?」
「当然だ」
「まだ愛してくれてる?」
「ああ。自分でも驚くぐらいに」
「私も信吾さんのこと愛してる」
「ああ、知ってる」
最初は額と額をくっつけて啄ばむようなキスをしていたのがやがて深く激しいものに変わった。パジャマの下に入り込んで背中を撫でていた手が前に回ってきて胸を包み込む。キスのリズムと合わせるように胸の先端が指で愛撫されてあっというまに硬くなり、もっと触ってほしくて大きな手に押し付けるように体を揺らした
「奈緒」
「なあに?」
「パジャマのボタン、外して」
キスの合間に零れた言葉に頷くとボタンを上から順番に外していく。
「……本当だ、綺麗に痕が消えてるな」
「うん、また付けてくれる?」
「お嬢さんのお望みのままに」
そう言うと唇を胸に当ててきつく吸ってくれた。再びあちにこちらに紅い花が散っていくのが嬉しくて、うっとりとそれを見下ろす。
「私の体にこうやって痕を残していいのは信吾さんだけだよ?」
「当たり前だ」
信吾さんがムッとした口調で言うと私の体を引き寄せて首筋を噛む。そこは松橋先輩に注射を刺された場所。多分歯型がついたんじゃないかなってくらい強く噛まれちゃった。
「証拠の写真、撮れなくなっちゃったね」
「かまうものか」
そのままお布団の上に倒れ込むとお腹の辺りにキスをされて痕をつけられた。そして信吾さんはやがて少し真面目な顔をして私を見下ろした。
「どうしたの?」
「奈緒、リスクを冒す勇気はあるか?」
「リスク?」
「ああ。俺は当然のことながらコンドームを持っていない。ここで奈緒を抱くと言うことは避妊しないで抱くと言うことだ。それでも良いのか?」
つまりは妊娠するかもしれないってことだよね? 頭の中で生理があった日を思い出して計算をする。多分だけど可能性は殆ど無い筈だけど、避妊せずにセックスをするんだから100%安全なんてことは有り得ない。だけど、信吾さんとの赤ちゃんならできても良いなって思えた。
「いいよ、信吾さん」
「本当に良いんだな?」
「うん。信吾さんの全部、私にちょうだい?」
私の答えに満足げに笑うと、パジャマのズボンと下着が一緒に降ろされ、重光先生の奥さんが置いていってくれたタオルが腰の下に敷かれる。布団を汚さないようにだって。なんだかこっそりするのって自分が高校生に戻ったみたいだって苦笑いしてる。いけない高校生活してたんだ~ってからかったらニヤッと笑った。
「入れていいか?」
「うん」
そこはもう信吾さんを待ち望んでいてしっかりと濡れていて、熱い彼のものが押し当てられた時にはそれだけでいっちゃいそうになった。そんな私の様子を見た信吾さんは楽しそうに笑うと、直ぐに入れることはせず、溢れた蜜を自身に塗りつけるように入り口でゆっくりと擦るように動かし続ける。
「や……なんで……?」
「少しでも奈緒を楽しみたいから」
「だけど、早く欲しい……っ」
先端が花芯をこすり快感が背中を駆け上がった。でも足りない、こんなんじゃ全然足りないよ。
「信吾さん、お願いっ……早く来て、全部ちょうだい」
手を伸ばして信吾さんの腕にすがった。
「全部やるよ、俺の全ては奈緒のものだからな」
「うん、うん、私の全部も信吾さんのものだからっ」
そして熱くて硬いもので体の中が満たされる。まるで足りなかったパズルのピースがしっくりはまったような感じで安堵感さえ覚えてしまう。
「しっかり捕まってついてこいよ」
そう言って私の両腕を自分の首の後ろに回させると離すなよ?と言い、激しく私の中を突き上げ始めた。奥を突かれるたびに鈍い痛みも感じていたけど、それ以上に信吾さんに愛されているという喜びがそんな痛みをも歓迎していた。
「ああっ、ああっ……あっ」
「奈緒、奈緒っ」
私の名前を囁きながら激しく動く信吾さんにあっという間に絶頂へと押し上げられる。その後、信吾さんも二度三度と激しく腰を動かして満足げな呻き声をあげると私の中に熱いものを吐き出した。奥に熱い飛沫を受けるたびに体がビクンッと反応する。
「……奈緒?」
「は、い?」
「子供ができていてもできていなくても、俺と結婚してくれるか?」
「信吾さん、私、愛して欲しいって言ったけど、結婚を迫る気持ちはないんだよ? そんな責任を感じて無理しなくても」
「馬鹿野郎、俺が奈緒に結婚を迫ってるんだろ? 承諾の答えしか認めんが。時期はいつでもいい、お前の望む時に結婚しよう、だからイエスと言ってくれ」
「あのう……嫌だって言ったら……ひゃぅっ」
まだいったばかりでひくついている中を激しく突き上げられて悲鳴をあげてしまった。こういうところは容赦ないんだから信吾さんって絶対にドSだと思うよ。
「だったら妊娠するまで離さない。壊れるまで抱いてやる」
「洒落にならないよ……」
「だったらイエスと言ってくれ」
「本当に? 後で後悔しない?」
「するものか。だからイエスと言え」
「……命令形になってるよ……」
「仕方がない。俺が部隊を率いる隊長だから命令慣れしているせいだ」
「私、信吾さんのお嫁さんになる」
「つまりはイエスってことだな」
「うん、これ以上はないってぐらいイエス!」
そんな訳で、議員さんのお宅にお邪魔しているのにエッチをしちゃった私達は、その場で婚約までしちゃったのでした。
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