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先ずは美味しく御馳走さま♪
第九話 退院後の行先がとんでもない件
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「葛城さん、やっぱりこれって誘拐では?!」
「人の好意になんてことを。俺はともかく、うちの母親は善人ですよ」
「その“俺はともかく”が一番問題なんじゃないですか!」
「普段の俺は、仕事でそんなに戻りませんせんから、御心配なく」
「普段はってなんです、普段はって! だいたいで……っ!!」
葛城さんは、私を無理やり車の助手席に放り込んで座らせると、シートベルトをしめ、自分の影になっていて病院の入口から私が見えないことを良いことに、キスをした。反撃したいのに、肝心の武器である松葉杖は、早々に後部座席にポイッと放り込まれてしまい、手の届かない場所にある。
「なるほど。槇村さんをおとなしくさせるコツ、だんだん分かってきました。これはなかなか楽しい方法だな」
ジタバタしている私の顔を見下ろして、葛城さんはニヤリと笑った。楽しいのはあなただけであって、私は楽しくなんてありませんよ!! ちょっと、聞いてますか葛城さん!!
どうしてこんなことになったのか。それは時間をさかのぼること数時間前、病院で朝ご飯を食べている時のことだった。
+++
「おはようございます、槇村さん。今日いよいよ退院だそうですね。おめでとうございます」
「?!」
食べていたご飯が喉に詰まりそうになって、あわててお味噌汁のお椀に手をのばした。入ってきたのは呑気な笑顔を浮かべている葛城さんだ。今日はどうやら仕事の途中ではないらしく、制服ではなく私服。
「葛城さん?!」
「誰だと思ったんですか? 制服を着てないと分からないとか、傷つくんですが」
傷つくと言いながら、そんな気配はまったく見せずに、葛城さんはベッドの横に立った。
「病院での最後の朝飯ですか。ちゃんと味わって食べてくださいね」
「言われなくても味わってますよ。ところで葛城さん、どうしてここに? 今日は同じチームの、根岸君が迎えに来てくれるはずで……」
「次にお見舞いに来るのは、一か月後だって言いましたよね、俺」
「ああ、そう言えば……」
だけどあの日から一か月後と言えば、明日のはずなんだけどな……。
「まさか逃げ切れるとでも思ってましたか? 宿題の答えあわせをしないうちは逃がしませんからね。あきらめてください」
「えっと、宿題が正解したら逃がしてくれるんですか?」
「そんなことを尋ねてくるということは、用意してある答えは絶対に不正解ですから、逃がしません」
「ってことは?」
答えなんて用意してないし、葛城さんの顔を見ているとイヤな予感しかしないよ、神様仏様。
「あの音声の僕ちゃんは来ませんよ。俺が槇村さんを迎えに来ることに決まったので」
やっぱり。もう黒幕は聞くまでもない、浅木さんだ。元気になったら絶対に仕返しをしなくちゃいけない人リストを、今から作らなきゃ。リスト先頭はもちろん目の前にいる人。それから限りなく同列に近い位置に、浅木さん。
「なにをそんな不機嫌な顔をしているんですか」
「電話だけではなく、自宅まで知られるなんて、一体どんな呪いなのかと」
「槇村さんの自宅? 俺は住所なんて聞いてませんし、当分は聞かないつもりですが」
「え? だって退院ですよ? 私、自宅に戻るんですから」
私の言葉に、葛城さんは少し考え込むような仕草をしてから、ギプスをはめている足を指さした。
「この足で一人暮らしなんて、まだ無理ですよ。しかも話に聞いたところによると、三階なんですよね、槇村さんの部屋」
「そうですけどエレベーターもありますし……」
それに最近は、大体のものが電話一本でお届けという便利な世の中になったものだから、まだ自由に出歩けなくても、買い物に関してはほとんど心配していないんだけどな。会社の友達からも、必要なものがあるならメールで知らせてくれたら届けるよって、言われているし。しかし葛城さんの言葉、イヤな予感はするんだけれど、先がまったく読ません、神様仏様ご先祖様。一体この人は、なにを企んでいるのでしょう。
「うちの実家がここから近いんですよ。今は俺も兄貴も弟も独立して、両親夫婦だけで暮らしているんですが、世話する人間がいなくなったものだから、母が退屈していましてね。ああ、弟は今年の春先に大学に進学して、一人暮らしを始めたんですよ。で、退屈し切って、生きる楽しみを失った年寄りの相手をしてもらえないだろうか、というのが俺のお願いです。母も、ぜひとも槇村さんのお世話がしたいと言っていますし」
お世話がしたい?! 葛城さんのお母さんが私のお世話?!
「なに、お母さんまで巻き込んでるんですか!!」
「いやあ、なんとなく母に槇村さんのことを話したら、父親とだけの生活に退屈しているから、つれて来てちょうだいと言われたので。ほら、俺は官舎住まいなので、槇村さんをつれて行きたくても、なかなか難しいんですよ。俺としては、おつれしたいんですけどね」
飛行機に乗ってないのに眩暈がしてきた。
「心を込めてお世話すると言ってますから、安心してください」
「……もうあきれて反論する気にもなれないです」
「それは良かった。グルグル巻きにして、連行しなければならなくなるんじゃないかと、心配してましたからね」
グッタリしていると、ご飯はきちんと残さず食べてくださいねと言い残し、葛城さんはベッドの横に置いてあった私の荷物を勝手に取り上げて、病室を出て行った。車で来たから荷物を先に持っていきますね、だって。そうだ、今のうちに浅木さんに、一言だけでも文句を言っておこう。葛城さんがやってきたのは、浅木さんがなにかしたからに違いないんだから。そう思い手元の携帯電話……ああああ、カバンの中に入れてしまっていたんだった! 重ね重ねグッタリだよ……。
朝ごはんを食べ終わって、病室を出る準備が完了した頃に、葛城さんが師長さんとタイミングよく一緒に戻ってきた。師長さんはいつにも増して、ニコニコしている。
「良かったわ、ちゃんとお世話してくれる人がいて。正直言って心配だったのよ。まだ完治していないから、無茶するんじゃないかって」
「……私だって、お世話してくれる友達はいるんですけどね、この人とは別に」
“別に”という単語を強調して呟いてるものの、聞いてもらえてないような気がする。冷たい態度や視線も堪えるけど、このニコニコ笑顔で話をまったく聞いてもらえらないのも、地味にこたえるんだよね。
「せっかく、カレシさんのお母様が世話するって申し出てくださってるんだもの。ありがたくお世話されておきなさいな。主治医の先生も、お世話してくれるお母様がいるということで、退院を許可したみたいだし?」
「……」
っていうか、どうしてそんなところまで話が勝手に進んでいるでしょうね。これって誰のせいなのかな? そこで無邪気をよそおっているあなた!! 原因はあなたと浅木さんしか考えられないんですが!!
「朝飯も終わったみたいだし、精算も終わっているようだから行こうか」
師長さんの前だからって、親しげに話しかけても仕返しされていないと思ったら、大間違いなんですからね、葛城さん? ベッドから降りて外に出る途中、すれ違いざまによろけたふりして、思いっ切り足を踏みつける。スニーカーだからそんなにダメージは与えられないだろうけど、とにかく今の私の気持ちはこんな感じなのということで。
「あら、失礼」
「いやいや」
ニッコリ笑うと葛城さんは、いきなり私のことを抱き上げた。もしもし!! 私の思惑とは明らかに違った展開なんですが!!
「ちょっと!」
「はいはい、危ないから暴れない。足元が怪しいようだから抱いていくよ。師長さん、彼女の松葉杖をお願いできますか。車椅子があると助かるんですが。意外と彼女は重たいので、いたたっ」
なにやら失礼なことを言っているので耳を引っ張った。
「失礼な!! 私、五十キロないんですからね! 重たいって感じるのは、葛城さんの体力と根性が足りないってことです! 陸上自衛隊の人は、お嬢さんぐらいの重さなら片手で十分ですって、言ってましたよ!」
「……あー……師長さん、車椅子は不要です。どうやら彼女に愛情が足りないと遠回しに言われたようなので、頑張って車まで運んでいきます」
師長さんは、病院の規則もあるから本当はダメなのよ?って言いながらも、恋人に愛情が足りないなんて言われたら仕方がないわよねと言って、松葉杖を抱えて後ろからついてくる。
「師長さん、これって病院の秩序が乱れるからダメなんじゃ?」
「だけど、恋人から愛情を疑われるなんて気の毒でしょ? だから今回は、特別に見逃してあげます」
詰め所の前を通ると、そこにいた臼井さんと目がバッチリ合ってしまったので、あわてて視線をそらした。もうこれ以上は無いってぐらい、険悪な顔をされてしまったよ。勘弁して欲しい。幸いなことに、朝の巡回でほとんどの看護師さん達はそれぞれの病室に散っていて、そこに残っていたのが彼女だけだったことだけが救いかな。入院している人も、朝ご飯の時間でそれほどウロウロしていないし。
「自衛官って、もっと規則を守る人達だと思ってたんですけど」
「臨機応変って言わなかったかな、俺」
「それは映画の中だけのことだって言ったのに」
「気にしない気にしない」
こういうわけで、私は葛城さんの車に強制連行されたのでした。
+++
「とにかく、まだ完治したわけじゃないんだから、無理はしないようにね」
助手席に収まった私に、師長さんが念押しをする。私がなにか言う前に、運転席の方へと回り込んだ葛城さんが、御心配なく責任を持って養生させますよと、師長さんに返事をした。解せない……まったくもって解せない。
「湿布と薬は二週間分出してあるけど、痛みが酷くなったり腫れてきたら、ちゃんと病院に来るのよ」
「ちゃんと監視して、少しでも悪化しているようならつれてきますよ」
「一人じゃないから安心だわね。お大事に」
+++
「やっぱりおかしいですよ、葛城さん」
車が病院の敷地を出たところで口を開いた。
「なにが?」
「だって関係ない葛城さんのお宅に私がお世話になるなんて、どう考えてもおかしいでしょ?」
「俺だって責任を感じてるんだよ、それなりに。それを陸自が取材OKの参考にしたかどうかは別として、少なくとも君達を推薦しておいたのは本当だし」
「じゃあ電話番号を聞いたのもそれで?」
私の問いかけに、葛城さんは不機嫌そうに唸った。
「違う、大ハズレ。怪我のことに関しては責任を感じているが、それとこれとはまったくの別問題」
そこで何故かニヤリと、ちょっと黒い笑みを浮かべる。
「まあ怪我のお蔭で、色々とやりやすくなったのは認めるけど」
「色々とってなんですか」
「槇村さんともっとお近づきになるための色々、かな」
「オチカヅキ?」
自分でも声が引っくり返ったのが分かった。そして私の甲高い声を聞いた葛城さんは、黒い笑みを引っ込めてちょっと怖い顔をした。
「本当に分かってなかったんだな。わざわざ個人の携帯電話に連絡を入れるなんて、その相手のことが気になるからに決まってるじゃないか。それ以外になにかあるとでも?」
「だって」
「そうでもなきゃ、自転車の後ろに乗せて飯を食いに行こうなんて、言わないだろ? テレビ局のクルーが来るたびに、飯をおごってるわけじゃないんだよ、俺は」
こちらをチラリと見てから前を向く。
「えっと、それって私、ロックオンされちゃったってことです? 整備士さんがそう言った時、そんなんじゃないって言ったのに?」
「よく覚えてるね」
「そりゃ、初めての仕事でのことだからそれなりに」
「君の怪我のお蔭で自分のテリトリーにつれこむことができるんだから、俺ってラッキーだよね」
「あの、御自宅にはお母さんがいるんですよね?」
「ああ、それは間違いなく」
なんだか楽しそうに笑っている。自分のテリトリーって? なんだか不穏な言い回しだけど、それは気のせい?
「人の好意になんてことを。俺はともかく、うちの母親は善人ですよ」
「その“俺はともかく”が一番問題なんじゃないですか!」
「普段の俺は、仕事でそんなに戻りませんせんから、御心配なく」
「普段はってなんです、普段はって! だいたいで……っ!!」
葛城さんは、私を無理やり車の助手席に放り込んで座らせると、シートベルトをしめ、自分の影になっていて病院の入口から私が見えないことを良いことに、キスをした。反撃したいのに、肝心の武器である松葉杖は、早々に後部座席にポイッと放り込まれてしまい、手の届かない場所にある。
「なるほど。槇村さんをおとなしくさせるコツ、だんだん分かってきました。これはなかなか楽しい方法だな」
ジタバタしている私の顔を見下ろして、葛城さんはニヤリと笑った。楽しいのはあなただけであって、私は楽しくなんてありませんよ!! ちょっと、聞いてますか葛城さん!!
どうしてこんなことになったのか。それは時間をさかのぼること数時間前、病院で朝ご飯を食べている時のことだった。
+++
「おはようございます、槇村さん。今日いよいよ退院だそうですね。おめでとうございます」
「?!」
食べていたご飯が喉に詰まりそうになって、あわててお味噌汁のお椀に手をのばした。入ってきたのは呑気な笑顔を浮かべている葛城さんだ。今日はどうやら仕事の途中ではないらしく、制服ではなく私服。
「葛城さん?!」
「誰だと思ったんですか? 制服を着てないと分からないとか、傷つくんですが」
傷つくと言いながら、そんな気配はまったく見せずに、葛城さんはベッドの横に立った。
「病院での最後の朝飯ですか。ちゃんと味わって食べてくださいね」
「言われなくても味わってますよ。ところで葛城さん、どうしてここに? 今日は同じチームの、根岸君が迎えに来てくれるはずで……」
「次にお見舞いに来るのは、一か月後だって言いましたよね、俺」
「ああ、そう言えば……」
だけどあの日から一か月後と言えば、明日のはずなんだけどな……。
「まさか逃げ切れるとでも思ってましたか? 宿題の答えあわせをしないうちは逃がしませんからね。あきらめてください」
「えっと、宿題が正解したら逃がしてくれるんですか?」
「そんなことを尋ねてくるということは、用意してある答えは絶対に不正解ですから、逃がしません」
「ってことは?」
答えなんて用意してないし、葛城さんの顔を見ているとイヤな予感しかしないよ、神様仏様。
「あの音声の僕ちゃんは来ませんよ。俺が槇村さんを迎えに来ることに決まったので」
やっぱり。もう黒幕は聞くまでもない、浅木さんだ。元気になったら絶対に仕返しをしなくちゃいけない人リストを、今から作らなきゃ。リスト先頭はもちろん目の前にいる人。それから限りなく同列に近い位置に、浅木さん。
「なにをそんな不機嫌な顔をしているんですか」
「電話だけではなく、自宅まで知られるなんて、一体どんな呪いなのかと」
「槇村さんの自宅? 俺は住所なんて聞いてませんし、当分は聞かないつもりですが」
「え? だって退院ですよ? 私、自宅に戻るんですから」
私の言葉に、葛城さんは少し考え込むような仕草をしてから、ギプスをはめている足を指さした。
「この足で一人暮らしなんて、まだ無理ですよ。しかも話に聞いたところによると、三階なんですよね、槇村さんの部屋」
「そうですけどエレベーターもありますし……」
それに最近は、大体のものが電話一本でお届けという便利な世の中になったものだから、まだ自由に出歩けなくても、買い物に関してはほとんど心配していないんだけどな。会社の友達からも、必要なものがあるならメールで知らせてくれたら届けるよって、言われているし。しかし葛城さんの言葉、イヤな予感はするんだけれど、先がまったく読ません、神様仏様ご先祖様。一体この人は、なにを企んでいるのでしょう。
「うちの実家がここから近いんですよ。今は俺も兄貴も弟も独立して、両親夫婦だけで暮らしているんですが、世話する人間がいなくなったものだから、母が退屈していましてね。ああ、弟は今年の春先に大学に進学して、一人暮らしを始めたんですよ。で、退屈し切って、生きる楽しみを失った年寄りの相手をしてもらえないだろうか、というのが俺のお願いです。母も、ぜひとも槇村さんのお世話がしたいと言っていますし」
お世話がしたい?! 葛城さんのお母さんが私のお世話?!
「なに、お母さんまで巻き込んでるんですか!!」
「いやあ、なんとなく母に槇村さんのことを話したら、父親とだけの生活に退屈しているから、つれて来てちょうだいと言われたので。ほら、俺は官舎住まいなので、槇村さんをつれて行きたくても、なかなか難しいんですよ。俺としては、おつれしたいんですけどね」
飛行機に乗ってないのに眩暈がしてきた。
「心を込めてお世話すると言ってますから、安心してください」
「……もうあきれて反論する気にもなれないです」
「それは良かった。グルグル巻きにして、連行しなければならなくなるんじゃないかと、心配してましたからね」
グッタリしていると、ご飯はきちんと残さず食べてくださいねと言い残し、葛城さんはベッドの横に置いてあった私の荷物を勝手に取り上げて、病室を出て行った。車で来たから荷物を先に持っていきますね、だって。そうだ、今のうちに浅木さんに、一言だけでも文句を言っておこう。葛城さんがやってきたのは、浅木さんがなにかしたからに違いないんだから。そう思い手元の携帯電話……ああああ、カバンの中に入れてしまっていたんだった! 重ね重ねグッタリだよ……。
朝ごはんを食べ終わって、病室を出る準備が完了した頃に、葛城さんが師長さんとタイミングよく一緒に戻ってきた。師長さんはいつにも増して、ニコニコしている。
「良かったわ、ちゃんとお世話してくれる人がいて。正直言って心配だったのよ。まだ完治していないから、無茶するんじゃないかって」
「……私だって、お世話してくれる友達はいるんですけどね、この人とは別に」
“別に”という単語を強調して呟いてるものの、聞いてもらえてないような気がする。冷たい態度や視線も堪えるけど、このニコニコ笑顔で話をまったく聞いてもらえらないのも、地味にこたえるんだよね。
「せっかく、カレシさんのお母様が世話するって申し出てくださってるんだもの。ありがたくお世話されておきなさいな。主治医の先生も、お世話してくれるお母様がいるということで、退院を許可したみたいだし?」
「……」
っていうか、どうしてそんなところまで話が勝手に進んでいるでしょうね。これって誰のせいなのかな? そこで無邪気をよそおっているあなた!! 原因はあなたと浅木さんしか考えられないんですが!!
「朝飯も終わったみたいだし、精算も終わっているようだから行こうか」
師長さんの前だからって、親しげに話しかけても仕返しされていないと思ったら、大間違いなんですからね、葛城さん? ベッドから降りて外に出る途中、すれ違いざまによろけたふりして、思いっ切り足を踏みつける。スニーカーだからそんなにダメージは与えられないだろうけど、とにかく今の私の気持ちはこんな感じなのということで。
「あら、失礼」
「いやいや」
ニッコリ笑うと葛城さんは、いきなり私のことを抱き上げた。もしもし!! 私の思惑とは明らかに違った展開なんですが!!
「ちょっと!」
「はいはい、危ないから暴れない。足元が怪しいようだから抱いていくよ。師長さん、彼女の松葉杖をお願いできますか。車椅子があると助かるんですが。意外と彼女は重たいので、いたたっ」
なにやら失礼なことを言っているので耳を引っ張った。
「失礼な!! 私、五十キロないんですからね! 重たいって感じるのは、葛城さんの体力と根性が足りないってことです! 陸上自衛隊の人は、お嬢さんぐらいの重さなら片手で十分ですって、言ってましたよ!」
「……あー……師長さん、車椅子は不要です。どうやら彼女に愛情が足りないと遠回しに言われたようなので、頑張って車まで運んでいきます」
師長さんは、病院の規則もあるから本当はダメなのよ?って言いながらも、恋人に愛情が足りないなんて言われたら仕方がないわよねと言って、松葉杖を抱えて後ろからついてくる。
「師長さん、これって病院の秩序が乱れるからダメなんじゃ?」
「だけど、恋人から愛情を疑われるなんて気の毒でしょ? だから今回は、特別に見逃してあげます」
詰め所の前を通ると、そこにいた臼井さんと目がバッチリ合ってしまったので、あわてて視線をそらした。もうこれ以上は無いってぐらい、険悪な顔をされてしまったよ。勘弁して欲しい。幸いなことに、朝の巡回でほとんどの看護師さん達はそれぞれの病室に散っていて、そこに残っていたのが彼女だけだったことだけが救いかな。入院している人も、朝ご飯の時間でそれほどウロウロしていないし。
「自衛官って、もっと規則を守る人達だと思ってたんですけど」
「臨機応変って言わなかったかな、俺」
「それは映画の中だけのことだって言ったのに」
「気にしない気にしない」
こういうわけで、私は葛城さんの車に強制連行されたのでした。
+++
「とにかく、まだ完治したわけじゃないんだから、無理はしないようにね」
助手席に収まった私に、師長さんが念押しをする。私がなにか言う前に、運転席の方へと回り込んだ葛城さんが、御心配なく責任を持って養生させますよと、師長さんに返事をした。解せない……まったくもって解せない。
「湿布と薬は二週間分出してあるけど、痛みが酷くなったり腫れてきたら、ちゃんと病院に来るのよ」
「ちゃんと監視して、少しでも悪化しているようならつれてきますよ」
「一人じゃないから安心だわね。お大事に」
+++
「やっぱりおかしいですよ、葛城さん」
車が病院の敷地を出たところで口を開いた。
「なにが?」
「だって関係ない葛城さんのお宅に私がお世話になるなんて、どう考えてもおかしいでしょ?」
「俺だって責任を感じてるんだよ、それなりに。それを陸自が取材OKの参考にしたかどうかは別として、少なくとも君達を推薦しておいたのは本当だし」
「じゃあ電話番号を聞いたのもそれで?」
私の問いかけに、葛城さんは不機嫌そうに唸った。
「違う、大ハズレ。怪我のことに関しては責任を感じているが、それとこれとはまったくの別問題」
そこで何故かニヤリと、ちょっと黒い笑みを浮かべる。
「まあ怪我のお蔭で、色々とやりやすくなったのは認めるけど」
「色々とってなんですか」
「槇村さんともっとお近づきになるための色々、かな」
「オチカヅキ?」
自分でも声が引っくり返ったのが分かった。そして私の甲高い声を聞いた葛城さんは、黒い笑みを引っ込めてちょっと怖い顔をした。
「本当に分かってなかったんだな。わざわざ個人の携帯電話に連絡を入れるなんて、その相手のことが気になるからに決まってるじゃないか。それ以外になにかあるとでも?」
「だって」
「そうでもなきゃ、自転車の後ろに乗せて飯を食いに行こうなんて、言わないだろ? テレビ局のクルーが来るたびに、飯をおごってるわけじゃないんだよ、俺は」
こちらをチラリと見てから前を向く。
「えっと、それって私、ロックオンされちゃったってことです? 整備士さんがそう言った時、そんなんじゃないって言ったのに?」
「よく覚えてるね」
「そりゃ、初めての仕事でのことだからそれなりに」
「君の怪我のお蔭で自分のテリトリーにつれこむことができるんだから、俺ってラッキーだよね」
「あの、御自宅にはお母さんがいるんですよね?」
「ああ、それは間違いなく」
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