彼と私と空と雲

鏡野ゆう

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先ずは美味しく御馳走さま♪

第八話 この歳で宿題とか

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 看護師さん御一行様が病室を出ていくと、ニヤニヤと笑っている葛城かつらぎさんと憮然ぶぜんとしている私の間に、妙な沈黙が流れた。漫画やアニメなんかでいうところの、二人の間に『・・・』が流れるような感じ。

「あのう、もしかして、おつりってこれのことです?」
「どう思います?」

 葛城さんがこちらに体を向けて、私を見下ろす。こうやってあらためて制服を着ているところを見ると、たしかにカッコいいよね。カッコ良さ五割増しと言われるのも、納得できるような気がする。だけど私てきには、最初に会った時に着ていた、パイロットスーツと所属部隊のワッペンのついたジャケット、キャップの方が良いかな?なんて思ったりして。ああ、私が言いたいのはそういうことじゃなくて!!

「えっと、緊急避難的な感じがしないでもないです。理由は、白衣の天使さん達に天国につれていかれたら困るから? あ、でももしかして、この天国って男の人にとっては、パラダイスかもしれませんよね、ハーレムみたいな感じで。そういうのって、男の人の夢じゃないですか? 嘘ついて断るなんて、もったいないとか思いません?」
「なんてこと言うんですか、槇村まきむらさん」
「いや、なんとなくそんな気が」

 葛城さんは笑いながらイスに座ると、自分が持ってきたケーキの箱からマフィンを一つつまんで、パクリと一口かじった。その様子を見て、ふと思ったことを口にしてみる。

「……もしかして、自分が食べたくて買ってきたとか?」
「半分当たりかな。腹が減っていたから、多めに買ってきたし。まさかこれだけの数を、一人で食べるつもりでいたとか?」
「そんなことはないですけど」
「でしょ?」

 さすがに10個は、一人で食べるには多い。個室だからおすそわけできる患者さんはいないけど、仲良くなったお向かいの病室の患者さんや、若い看護師さんにおすそわけはできるるわけだし?

「話は戻りますけど、葛城さん。あの緊急避難はいただけません。この後はどうするつもりなんですか? 私、きっと皆さんから、質問攻めにされちゃいますよ」
「正直に言えば良いんですよ、取材の時に初めて会って、付き合うことになったって」
「それのどこが正直なんですか?」
「正直に言ってませんか? 取材の時に会ったのは本当でしょ?」

 マフィンをかじりながら何か探し始めたので、ため息をつきつつ、テレビの下に備え付けてある小さな冷蔵庫から、ペットボトルの紅茶を出した。これは浅木あさきさんからの差し入れ。ウロウロできない私の代わりに、たくさん買ってきてくれたもの。どうもと呟きながら受け取った葛城さんは、キャップを開けて口をつけた。

「付き合うことになったってのは、まるっきり嘘じゃないですか」
「今から始めれば、まるっきりの嘘とは言いませんよね」
「冗談も大概にしてください。歩けませんけど、ここに武器になる松葉杖はあるんですよ?」

 ベッドの横に立てかけてあるのは、トイレに行く時に使っている松葉杖。軽くて丈夫。これなら十分に、片手で振り回せると思うんだけどな。

「槇村さんって、意外と気が強いんですね。それだったら、陸自の連中と気が合ったのでは?」
「合うも合わないも、怪我した時に土嚢どのうみたいな扱いを受けて、ちょっとショックでした。で、私は普段からこんな感じです」
「ふむ。つまりは弱気になるのは、空を飛ぶ時とメガネになった時ぐらいと」

 人の話、ちゃんと聞いているのかな、この人。

「葛城さん、私の話、ちゃんと頭に入れて理解してます?」
「してますよ。槇村さんも、そんなに照れなくても良いじゃないですか」
「まったく聞いてないし、理解してないし……」

 アハハハと笑うと腕時計を見て、残念だけどそろそろ時間だなと言って立ち上がる。

「また来ますよ、槇村さん。もし陸自の連中がお見舞いに来ても、ヘラヘラしないように。一応は俺のカノジョってことなんですからね」
「だからどうして……」
「俺がなんで、槇村さん個人の携帯電話に電話したと思ってるんです?」
「それは私も聞きたいと思ってました」

 そうだよ、そこだよ。まずはそれを聞かなくちゃいけなかったんだ。

「まったく槇村さん、鈍感にもほどがありますよ。じゃあ次に俺が来るまでの宿題です。俺がどうして、槇村さん個人の携帯に直接電話したのか。ちゃんと答えを考えておくように」
「え?!」
「次にここに来るのは、多分、一か月後ですね。ここに来る途中で主治医の先生にたずねたら、当分は退院できないということでしたし。それまでは陸自の連中が来ても、ヘラヘラして思わせぶりな態度をとらないように。もしそんなことしたら、問答無用で戦闘機に乗せますからね」
「ちょっと葛城さん……」

 制帽をかぶって良いですね?と念押しすると、口をパクパクさせている私のことなんてまるで気にしていないかのように、病室から出て行ってしまった。こらあ! 誰があなたのカノジョになったことを認めたんだ! 人の話を聞けぇぇ!!


+++++


「そりゃ災難だったな、槇村ちゃん」
「笑い事じゃないです!! 私の携帯電話の番号、浅木さんから聞き出したみたいなこと、言ってましたよ!!」

 それから一週間後、飲み物の補充に来たぞ~と呑気な口調でやってきた浅木さん、私から葛城さんが来た時の顛末てんまつを聞いて、愉快そうに笑っている。笑い事じゃないっつーの。あれ以来、看護師の臼井うすいさんの態度が、何気に素っ気無いというか冷たい感じだし、師長さんからは槇村さんも隅に置けないわねと散々からかわれるし、お向かいの病室に入院中の女子高生ちゃんからはゆうさんのカレシさん(カレシじゃないっつーの)は次いつ来るんですか?!と詰め寄られるし、踏んだり蹴ったりなんだよ!

「だってさ、あのパイロットさん、槇村ちゃんのことがえらく気に入ったみたいだしさ。俺としても、せっかく槇村ちゃんに到来した春を応援したいし?」
「人様に応援してもらわなくても良いです。自分の春は自分で見つけます」
「だけど、わざわざお見舞いにまで来てくれたんだろ?」
「そりゃあ」
「わざわざ自分からやってきた春を、追い返すこともないだろうよ」
「そういう問題じゃありません!」

 春がきーたー春がきーたーと季節はずれの歌を、これまた調子っぱずれな感じで歌っている浅木さんを、松葉杖で張り倒したい気分になってきた。ここは病院だし、少しぐらい痛い目に遭わせても良いかな。

「俺だったら、向こうから春が来たらウェルカムなんだけどなあ」
「なら葛城さんも差し上げますのでどうぞ」
「俺はそっちの趣味はないし」
「いえいえ遠慮なさらず」
「遠慮もなにも。ミリオタ魂を満足させてくれる話が聞けたら、俺はそれで満足」
「護衛艦の取材、楽しかったみたいですね」
「仕事でこんなに楽しんで良いんだろうかってぐらい、楽しかったぞ。まあ、根岸ねぎしが船酔いになったどな」

 怪我のせいで行くことができなかった、護衛艦でのお仕事の取材。航空自衛隊、陸上自衛隊に引き続いての取材ということで、今回も部署内でくじ引きして決めたらしく、三輪みわさんが行ったとか。陸上自衛隊の取材に関しても、私が途中で怪我をしたので最初から撮りなおし、放映時には別の人に差し替わっているはず。

「ただあちらの広報官は、槇村ちゃんが来ないってんでガッカリしてたな」
「本当に葛城さんとこから、推薦でもいったんですかね……」
「まあ推薦があったかどうかは別としても、前回の取材と放映内容が、おおむね好評だったってことだろうな」

 こんな仕事が続けば嬉しい限りだけどなと、浅木さんは笑った。たしかに浅木さんは、ここしばらく趣味と仕事がごっちゃな感じで楽しんでいるもんね。戦闘機に乗ることはできなかった最初の取材でも、本当に楽しんでいる様子だったし、本当にうらやましいよ、いろいろな意味で。

「だけど今回は三輪さんが行ったんだし、そちらが好評だったら、私が行かなくても大丈夫になりますよね? ほら、三輪さんに御指名が来るとか」
「なに言ってるんだ、“あのメガネっ子ちゃん”に是非ともっていう、じきじきの御指名ってのもあるんだからな。怪我が治ったら、文句言わずに行くんだぞ」

 え、ってことはコンタクトじゃなくて、メガネをわざわざかけて行けと?

「今度はどこにつれてかれる予定なんですか、私……?」
「陸自にリベンジに決まってるだろうが」
「げっ、あそこだけは勘弁してください。絶対に人間扱いされませんから」

 そこへ臼井さんがやってきた。どうやら足の湿布と薬を持ってきてくれたらしい。正直いって替えてもらうのは遠慮したいので、最近は受け取るだけにしている。だって葛城さんのれいの発言があってから、なんとなく手つきが乱暴なんだもん。

「ここは個室ですけど、病院なのであまり騒がないでくださいね」
「へいへい、分かっていますよ」

 浅木さんが肩をすくめながら返事をする。ベッドの横に湿布と薬を置いて、痛みはありませんか?と形式ばった問いかけをして、その返事をカルテに書くとそっけなくうなづき、トイレに行く時はまだ松葉杖を使ってくださいねと、さらに型通りの言葉を残して病室を出て行った。

「……なんじゃ、ありゃ」
「葛城さんのカノジョ発言から、ずっとあんな感じなんですよ……」
「女の嫉妬って怖いなあ」
「それもこれも浅木さんのせいですよ! 葛城さんに電話番号を教えるからです!!」
「そんなこと言わせても」
「一体どんな取引をしたんですか、さっさと白状してください」

 まったく、人のプライバシーをなんだと思っているのやら。

「特に取引なんてしてないぞ。ただ、槇村ちゃんを泣かすようなことは絶対にしないと、誓わせたってだけで」

 俺って優しいだろ?とか言ってるし。それ、いろいろと間違ってます、浅木さん。

「私、今にも泣きそうなんですが、臼井さんのあの視線で」
「んー……困ったねえ、まさかこんな所に伏兵が潜んでいようとは」
「なんとかしてください。病院から脱走とかでもかまいません」

 臼井さんからあの視線を向けられるたびに、真剣に退院したいって思っちゃうよ。気分は収容所から大脱走する、映画の主人公な気分。

「脱走って退院か? 槇村ちゃん一人暮らしなんだから、当分は無理だろ。実家は遠いしお袋さん、来れないんだろ?」

 実家、たしかに遠いです。私の実家は飛行機の距離で、人間より牛の方が多いと言われている、都道府県の道のつくところ。ちなみに父親は某鉄道会社勤務、母親はスーパーのパートさん、そして受験生の弟が一人に犬が一匹。ごくごく普通のサラリーマン家庭。あ、猫が一匹増えたって言ってたかな。

 母親も、今回の私の怪我のことを聞いて心配はしてくれているんだけど、さすがに受験生と、やる気はあるけど家事炊事の実力が伴わない夫を置いてくるのに抵抗があるらしく、電話口で何度も謝っていた。まあ私も、父と弟二人だけにしたら心配でおちおち養生もできないから、母親には気にするなとは言っておいたけどね。

「一人でも松葉杖があれば、日常生活はなんとかなります」
「先生はなんて?」
「浅木さんと同じこと言ってました。だから浅木さんから、先生に話して説得してください。私、今のままだとマジで泣けてきます」
「……んー、分かった、槇村ちゃんのためだ、なんとかするように努力してみるよ」
「努力はいらないので、とにかく退院をもぎ取ってきてください、お願いします」

 私はこの時、考えもしなかったんだ。浅木さんが私を退院させるために、とんでもない方法を考え付くなんて。
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