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盛り上げるの頑張ってます
第七話 ちゃんと盛り上がってます
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「あ、槇村さん!」
いつもの番組の収録が終わって、久し振りに浅木さんに捕まることなく帰宅できると喜んで局の建物から出たところで声をかけられた。惜しい、ガードマンさんが立っている通用門まであと少しだったのに!
立ち止まって振り返ると先週からバラエティ番組で御一緒している大阪出身の若手芸人さんだった。えっとなんて名前だったかな、二人組で本人が若い子達にはそこそこ人気なんですよって話していたのは覚えているし顔も覚えているんだけど肝心の名前が出てこない。
「お疲れ様です。どうされました?」
「いえね、これから皆で食事にでも行こうかって話なんだけど槇村さんもどうかなと思って」
「そうなんですか。綾瀬先輩も参加されるんでしょうか?」
綾瀬先輩というのは番組で司会アシスタントをしている私達の先輩アナウンサーさん。美人なだけじゃなく話も上手で、突発的なアクシデントも司会の柘植さんの鋭い突っ込みも、巧みに受け流すことが出来るとても凄い先輩なのだ。
「綾瀬さんは次の番組の打ち合わせということで断られちゃいました」
「ああ、今日は夜のニュース番組がある日ですもんね」
「槇村さんは帰宅されるんですよね? だったらどうですか?」
「えっと……」
正直いって、取材スタッフや撮影スタッフの皆は職場の仲間って感じで飲みに行ったり食事に行ったりするのは抵抗ないんだけど、芸能人や芸人さん達と一緒にとなるとちょっと躊躇ってしまうというのが正直な気持ちだ。局勤めをする人間としてはそれでは駄目なんだろうけど、何となくそういう人達と仕事以外の時間に会うのには抵抗があった。
「んー……誘って下さるのは嬉しいんですけど……」
どうやって断ったら角が立たないかなって迷いながら視線をさまよわせていると、ガードマンさんが立っている先の植え込みのところに何処かで見たような人が立っているのが目に入ってきた。あれ? あの背格好は葛城さん?
「あれ、葛城さん? ごめんなさい、知り合いが待ってるみたいなので申し訳ないんですけど飲み会はまた今度ってことで……」
会釈すると葛城さんらしき人のところへと走る。ガードマンさんにお疲れ様です~と挨拶をしたところで道路を隔てたお向かいのビルを見上げていた人が振り返った。やっぱり葛城さんだ!
「どうしたの? 今日は休みじゃなかったよね?」
「ん? ああ、当直明けで目が覚めたから優に会いに来たんだ」
「そうなの? 寝てなくて大丈夫?」
「大丈夫じゃなかったらここに来ないよ」
葛城さんはいきなり私の腕を掴んで自分の方に引き寄せると噛みつくようなキスをしてきた。
「?!」
突然のことで固まっている私を見て心なしかムッとした顔をして「お仕置きだ」と言った。
「お仕置き? なんの?」
「あの野郎と仲良く喋っていたことに対するお仕置き」
そう言って私の後ろに視線を向けた。振り返ると不自然に明後日の方向を眺めているガードマンさんの肩越しにさっきの芸人さんが真ん丸な目をして立っているのが見える。
「別に仲良く喋っていたわけじゃなくて一方的に声をかけられただけなんだけど?」
「職場でナンパとは芸能人ってのはいい御身分だな」
「皆で飲みに行きませんかってお誘いだったんだよ? 葛城さんが来てて助かっちゃった、どうやって穏便に断ろうかって困ってたから」
「ふーん……」
出たよ、胡散臭げなふーんが。今度は何に対して「ふーん」なんだろう。
「もしかして浮気を心配しているの?」
「優がそんなことをするような人間じゃないことは分かっているがこの世界は特殊だからな」
つまり私のことは信用しているけど芸能人は信用できないってことみたい。そりゃ週刊誌で書かれていることやワイドショーで報じられていることを見聞きすれば、そんな気持ちになるのは理解できる。だけどそんなお騒がせな人は極一部で殆どの人は普通の人と大して変わらないんだよ? まあそりゃ、豪邸とか凄い車とか突飛な服装とか色々と目立つことは多いけども。
「だいたいね、葛城さんと付き合っていたら他の男の人に目が行くとか有り得ないから。体力的にそんな余裕はありません」
「優、それってフォローになってないぞ?」
「そう?」
葛城さんは物凄く不機嫌そうな顔をして私のことを見下ろしている。だって本当のことなんだもの仕方がないじゃない。それだけじゃ御不満?って尋ねたら当然だろって顔をされた。
「まったくもう。それにね、私は無理やり飛行機に乗せようとすること以外は葛城さんのことが大好きだから他の男には興味が無いの。これで御満足?」
「それなら納得できる」
「安心した?」
「そうだな。だけどさっきのヤツの目つきが気に入らないからもう一度念のために消毒」
「ちょっと!!」
お仕置きの次は消毒?! いくらムカついたからってお仕置きだか消毒だか知らないけど本社前で思いっ切りキスなんてしないで欲しいよ。ほら、ガードマンさんが目のやり場に困って挙動不審だし目が泳いじゃってるじゃない!!
「じゃあ飯でも食いに行こうか。最近できた店で美味いらしいって聞いたところがあるんだ」
なんでそんな平然としていられるの?! ちょと葛城さん聞いてる?!
+++++
その二週間後、どこぞの週刊誌に某テレビ局の新人リポーターの何とかさんの熱愛がどうとかこうとかっていう記事が載ってしまったのは、どう考えてもこの時の何とかさんが付き合っているらしい航空自衛隊のパイロットさんがしでかした出来事のせいだと思うのよね。
しかも腹立たしいことに、その何とかさんはわざわざ雑誌を買ってきて私に得意げに見せるんだもの。その本を取り上げて顔を叩きのめしても良いかなって真剣に考えちゃったよ。
更には「姉ちゃん、雑誌に載ってたぞ!」とか北の大地から弟がわざわざ電話までかけてくるし……。穴があったら入りたい気分だった。いや、私が穴に入るよりそのパイロットを穴に埋めちゃった方が平和かもしれない。
「だからそんな不穏な顔をしてこっちを見るのはやめろって」
そんなことを考えながら横に座ってテレビを見ている葛城さんのことをチラチラ見ていたら笑われてしまった。
「誰のせいだと思ってるのよ」
「それは俺のせいじゃなくて記事を書いた記者のせいだろ?」
「だけど記事になったのは葛城さんがあんなところでキスなんてするからでしょ? しかも二回!!」
「二回じゃ不満だったのか?」
「なんでそうなる!」
まったく懲りてないんだから! ここしばらく浅木さん達にもやいやい冷やかされて身の置き場が無いんだからね。しかも、何故だか航空祭で飛行機に乗る羽目になったストローの当たりクジに恋愛の御利益があるらしいなんて変な噂まで立っちゃってひっきりなしに女の子達が私のデスクまでやってきて願掛けしていくし。私の平穏な毎日を返して欲しい。
「あ、こいつ。そうか、何処かで見たことがあると思ったらここの新しいレギュラーだったのか」
いま見ているのは私がリポーターを務めているあのバラエティー番組で、今回は『今日のお仕事』コーナーで久し振りに私が取材に出向いたものなのだ。その時に作った蒲鉾はいま葛城さんの目の前にある。
「優、テレビ局を辞めてもこの蒲鉾工場でパートさんとしてやっていけるんじゃないか?」
「それは褒めてくれているの?」
葛城さんは、スーパーで売られているようなきれいな山形じゃなくて歪な曲線を描いている蒲鉾をお箸で持ち上げてニヤリと笑った。
「自分の恋人が作った蒲鉾を食べるなんてそう経験出来ないことだもんな」
「でもここは足元が冷えてちょっと辛いかな。出来ることなら今の仕事を続けたいかも」
ま、収録スタジオも埃っぽいし暑いし大変ではあるんだけど。
「それで? 話は逸れたけどこいつからしつこく誘われているってことはないんだな?」
「お陰様で?」
その若手さんだけに限らず、雑誌で記事が出てからは誘われることよりその記事をネタにからかわれることが圧倒的に多くなった。それはそれで困った事態ではあるけれど、飲みに誘われたりして断る口実を一生懸命考えるよりかは遥かにマシだと思う。もちろん浅木さん達とは今まで通り普通に食事に言ったり飲みに行ったりしている。葛城さんもこのメンバーに関しては問題ないらしくて「浅木さんや三輪さんにヨロシクな」程度しか言ってこない。
「だけどこの手の連中って油断がならないからな。それなりの対処はしておかないと」
「対処?」
人前でキスして雑誌に書かれただけじゃ足りないってこと? もしかして社内の乗り込んできてとか生中継中にとか言わないよね? そんなことを考えていたら葛城さんがその場から離れ、しばらくして戻ってきた。
「クリスマスにはまだ早いけど。そういう日にはどうやっても休暇が取れそうにないから先に渡しておく」
膝の上に置かれたのは可愛いリボンがかけられた小さな包み。
「もしかしてクリスマスプレゼント?!」
「ああ、かなり早いけどな」
「私、葛城さんに渡す分まだ何も用意できてないよ!!」
「それはいつでも構わないから。先ずはそれ」
「開けて良いの?」
「もちろん」
丁寧にリボンを解いて包装紙を剥がすと現れたのは知っているブランドのリングケースだった。蓋をあけて思わず笑ってしまう。
「葛城さん、芸が細かい!」
「それ、特注なんだぞ。店の人に言ったらクマは見たことあるけどフクロウは初めてだって言ってた」
ケースの中から現れたのは指輪を咥えたフクロウさん。これ、前に言っていたオオスズメフクロウだよね?
「やれやれ、指輪よりもそっちが気に入るとは」
「そんなことないよ、指輪も可愛いし私好みピッタリ♪ はめてくれる?」
思ってもみなかった早めのクリスマスプレゼントにウキウキしながらケースを差し出す。葛城さんは承知しましたと少しばかり芝居じみた口調で指輪をつまむと私の右手をとった。
「あ、待った。あのさ、右手は利き手で書きものをしたりする時に指輪が邪魔になったりするんだよ。だから出来たら左手の方が良いかなあ、とか……」
初めてボーナスが出た時に自分への御褒美ってやつで買ったファッションリングが思いの外邪魔になったことを思い出した。シンプルなやつだったのに意外と気になって今じゃその指輪はピアスと一緒にケースの肥やしになっちゃっている。
「左手だと俺はこの指にしかはめるつもりは無いんだがそれでも構わないか?」
葛城さんはそう言って私の左手の薬指を撫でた。
「ここは婚約呼指輪や結婚指輪の場所で大事な場所だろ?」
「えっと他の指にはめる選択肢は……」
「無い」
即答だ。
「大事な場所って言うのは旦那様になる人の為にとっておく場所だから恋人の自分が先に指輪をはめちゃっても良いのかってことだよね?」
「そういうこと」
「……それってさ、葛城さんは私の恋人止まりで満足ってこと?」
私の質問に葛城さんは珍しく真剣な顔で見詰めてきた。
「そんな訳ないだろ、出来ることなら優のことは一生離したくない」
「だったら別に遠慮は要らないんじゃないかな? だって今のところ葛城さんの他に旦那様になりそうな予定の人なんていないんだから」
「本当に良いのか? そんなことを聞いてここに指輪をはめたら二度と逃げられなくなるぞ?」
「逃がしてくれるつもりがあるの?」
そこで真剣な顔がいつものニヤリな笑みを浮かべたものになった。
「そのつもりはまったく無い」
だよね。
「ならどうぞ?」
「じゃあ遠慮なく。もちろん婚約指輪も結婚指輪もしかるべき時に渡すからそのつもりでいてくれ」
「楽しみにしてる」
それがいつになるかは分からないけど私のことをビックリさせるのが得意な葛城さんのことだからきっと楽しいイベントになるんじゃないかな。
+++
そしてそんなサプライズが得意な葛城さんのことを私が先にビックリさせることになるんだけど、それはまた別のお話!
いつもの番組の収録が終わって、久し振りに浅木さんに捕まることなく帰宅できると喜んで局の建物から出たところで声をかけられた。惜しい、ガードマンさんが立っている通用門まであと少しだったのに!
立ち止まって振り返ると先週からバラエティ番組で御一緒している大阪出身の若手芸人さんだった。えっとなんて名前だったかな、二人組で本人が若い子達にはそこそこ人気なんですよって話していたのは覚えているし顔も覚えているんだけど肝心の名前が出てこない。
「お疲れ様です。どうされました?」
「いえね、これから皆で食事にでも行こうかって話なんだけど槇村さんもどうかなと思って」
「そうなんですか。綾瀬先輩も参加されるんでしょうか?」
綾瀬先輩というのは番組で司会アシスタントをしている私達の先輩アナウンサーさん。美人なだけじゃなく話も上手で、突発的なアクシデントも司会の柘植さんの鋭い突っ込みも、巧みに受け流すことが出来るとても凄い先輩なのだ。
「綾瀬さんは次の番組の打ち合わせということで断られちゃいました」
「ああ、今日は夜のニュース番組がある日ですもんね」
「槇村さんは帰宅されるんですよね? だったらどうですか?」
「えっと……」
正直いって、取材スタッフや撮影スタッフの皆は職場の仲間って感じで飲みに行ったり食事に行ったりするのは抵抗ないんだけど、芸能人や芸人さん達と一緒にとなるとちょっと躊躇ってしまうというのが正直な気持ちだ。局勤めをする人間としてはそれでは駄目なんだろうけど、何となくそういう人達と仕事以外の時間に会うのには抵抗があった。
「んー……誘って下さるのは嬉しいんですけど……」
どうやって断ったら角が立たないかなって迷いながら視線をさまよわせていると、ガードマンさんが立っている先の植え込みのところに何処かで見たような人が立っているのが目に入ってきた。あれ? あの背格好は葛城さん?
「あれ、葛城さん? ごめんなさい、知り合いが待ってるみたいなので申し訳ないんですけど飲み会はまた今度ってことで……」
会釈すると葛城さんらしき人のところへと走る。ガードマンさんにお疲れ様です~と挨拶をしたところで道路を隔てたお向かいのビルを見上げていた人が振り返った。やっぱり葛城さんだ!
「どうしたの? 今日は休みじゃなかったよね?」
「ん? ああ、当直明けで目が覚めたから優に会いに来たんだ」
「そうなの? 寝てなくて大丈夫?」
「大丈夫じゃなかったらここに来ないよ」
葛城さんはいきなり私の腕を掴んで自分の方に引き寄せると噛みつくようなキスをしてきた。
「?!」
突然のことで固まっている私を見て心なしかムッとした顔をして「お仕置きだ」と言った。
「お仕置き? なんの?」
「あの野郎と仲良く喋っていたことに対するお仕置き」
そう言って私の後ろに視線を向けた。振り返ると不自然に明後日の方向を眺めているガードマンさんの肩越しにさっきの芸人さんが真ん丸な目をして立っているのが見える。
「別に仲良く喋っていたわけじゃなくて一方的に声をかけられただけなんだけど?」
「職場でナンパとは芸能人ってのはいい御身分だな」
「皆で飲みに行きませんかってお誘いだったんだよ? 葛城さんが来てて助かっちゃった、どうやって穏便に断ろうかって困ってたから」
「ふーん……」
出たよ、胡散臭げなふーんが。今度は何に対して「ふーん」なんだろう。
「もしかして浮気を心配しているの?」
「優がそんなことをするような人間じゃないことは分かっているがこの世界は特殊だからな」
つまり私のことは信用しているけど芸能人は信用できないってことみたい。そりゃ週刊誌で書かれていることやワイドショーで報じられていることを見聞きすれば、そんな気持ちになるのは理解できる。だけどそんなお騒がせな人は極一部で殆どの人は普通の人と大して変わらないんだよ? まあそりゃ、豪邸とか凄い車とか突飛な服装とか色々と目立つことは多いけども。
「だいたいね、葛城さんと付き合っていたら他の男の人に目が行くとか有り得ないから。体力的にそんな余裕はありません」
「優、それってフォローになってないぞ?」
「そう?」
葛城さんは物凄く不機嫌そうな顔をして私のことを見下ろしている。だって本当のことなんだもの仕方がないじゃない。それだけじゃ御不満?って尋ねたら当然だろって顔をされた。
「まったくもう。それにね、私は無理やり飛行機に乗せようとすること以外は葛城さんのことが大好きだから他の男には興味が無いの。これで御満足?」
「それなら納得できる」
「安心した?」
「そうだな。だけどさっきのヤツの目つきが気に入らないからもう一度念のために消毒」
「ちょっと!!」
お仕置きの次は消毒?! いくらムカついたからってお仕置きだか消毒だか知らないけど本社前で思いっ切りキスなんてしないで欲しいよ。ほら、ガードマンさんが目のやり場に困って挙動不審だし目が泳いじゃってるじゃない!!
「じゃあ飯でも食いに行こうか。最近できた店で美味いらしいって聞いたところがあるんだ」
なんでそんな平然としていられるの?! ちょと葛城さん聞いてる?!
+++++
その二週間後、どこぞの週刊誌に某テレビ局の新人リポーターの何とかさんの熱愛がどうとかこうとかっていう記事が載ってしまったのは、どう考えてもこの時の何とかさんが付き合っているらしい航空自衛隊のパイロットさんがしでかした出来事のせいだと思うのよね。
しかも腹立たしいことに、その何とかさんはわざわざ雑誌を買ってきて私に得意げに見せるんだもの。その本を取り上げて顔を叩きのめしても良いかなって真剣に考えちゃったよ。
更には「姉ちゃん、雑誌に載ってたぞ!」とか北の大地から弟がわざわざ電話までかけてくるし……。穴があったら入りたい気分だった。いや、私が穴に入るよりそのパイロットを穴に埋めちゃった方が平和かもしれない。
「だからそんな不穏な顔をしてこっちを見るのはやめろって」
そんなことを考えながら横に座ってテレビを見ている葛城さんのことをチラチラ見ていたら笑われてしまった。
「誰のせいだと思ってるのよ」
「それは俺のせいじゃなくて記事を書いた記者のせいだろ?」
「だけど記事になったのは葛城さんがあんなところでキスなんてするからでしょ? しかも二回!!」
「二回じゃ不満だったのか?」
「なんでそうなる!」
まったく懲りてないんだから! ここしばらく浅木さん達にもやいやい冷やかされて身の置き場が無いんだからね。しかも、何故だか航空祭で飛行機に乗る羽目になったストローの当たりクジに恋愛の御利益があるらしいなんて変な噂まで立っちゃってひっきりなしに女の子達が私のデスクまでやってきて願掛けしていくし。私の平穏な毎日を返して欲しい。
「あ、こいつ。そうか、何処かで見たことがあると思ったらここの新しいレギュラーだったのか」
いま見ているのは私がリポーターを務めているあのバラエティー番組で、今回は『今日のお仕事』コーナーで久し振りに私が取材に出向いたものなのだ。その時に作った蒲鉾はいま葛城さんの目の前にある。
「優、テレビ局を辞めてもこの蒲鉾工場でパートさんとしてやっていけるんじゃないか?」
「それは褒めてくれているの?」
葛城さんは、スーパーで売られているようなきれいな山形じゃなくて歪な曲線を描いている蒲鉾をお箸で持ち上げてニヤリと笑った。
「自分の恋人が作った蒲鉾を食べるなんてそう経験出来ないことだもんな」
「でもここは足元が冷えてちょっと辛いかな。出来ることなら今の仕事を続けたいかも」
ま、収録スタジオも埃っぽいし暑いし大変ではあるんだけど。
「それで? 話は逸れたけどこいつからしつこく誘われているってことはないんだな?」
「お陰様で?」
その若手さんだけに限らず、雑誌で記事が出てからは誘われることよりその記事をネタにからかわれることが圧倒的に多くなった。それはそれで困った事態ではあるけれど、飲みに誘われたりして断る口実を一生懸命考えるよりかは遥かにマシだと思う。もちろん浅木さん達とは今まで通り普通に食事に言ったり飲みに行ったりしている。葛城さんもこのメンバーに関しては問題ないらしくて「浅木さんや三輪さんにヨロシクな」程度しか言ってこない。
「だけどこの手の連中って油断がならないからな。それなりの対処はしておかないと」
「対処?」
人前でキスして雑誌に書かれただけじゃ足りないってこと? もしかして社内の乗り込んできてとか生中継中にとか言わないよね? そんなことを考えていたら葛城さんがその場から離れ、しばらくして戻ってきた。
「クリスマスにはまだ早いけど。そういう日にはどうやっても休暇が取れそうにないから先に渡しておく」
膝の上に置かれたのは可愛いリボンがかけられた小さな包み。
「もしかしてクリスマスプレゼント?!」
「ああ、かなり早いけどな」
「私、葛城さんに渡す分まだ何も用意できてないよ!!」
「それはいつでも構わないから。先ずはそれ」
「開けて良いの?」
「もちろん」
丁寧にリボンを解いて包装紙を剥がすと現れたのは知っているブランドのリングケースだった。蓋をあけて思わず笑ってしまう。
「葛城さん、芸が細かい!」
「それ、特注なんだぞ。店の人に言ったらクマは見たことあるけどフクロウは初めてだって言ってた」
ケースの中から現れたのは指輪を咥えたフクロウさん。これ、前に言っていたオオスズメフクロウだよね?
「やれやれ、指輪よりもそっちが気に入るとは」
「そんなことないよ、指輪も可愛いし私好みピッタリ♪ はめてくれる?」
思ってもみなかった早めのクリスマスプレゼントにウキウキしながらケースを差し出す。葛城さんは承知しましたと少しばかり芝居じみた口調で指輪をつまむと私の右手をとった。
「あ、待った。あのさ、右手は利き手で書きものをしたりする時に指輪が邪魔になったりするんだよ。だから出来たら左手の方が良いかなあ、とか……」
初めてボーナスが出た時に自分への御褒美ってやつで買ったファッションリングが思いの外邪魔になったことを思い出した。シンプルなやつだったのに意外と気になって今じゃその指輪はピアスと一緒にケースの肥やしになっちゃっている。
「左手だと俺はこの指にしかはめるつもりは無いんだがそれでも構わないか?」
葛城さんはそう言って私の左手の薬指を撫でた。
「ここは婚約呼指輪や結婚指輪の場所で大事な場所だろ?」
「えっと他の指にはめる選択肢は……」
「無い」
即答だ。
「大事な場所って言うのは旦那様になる人の為にとっておく場所だから恋人の自分が先に指輪をはめちゃっても良いのかってことだよね?」
「そういうこと」
「……それってさ、葛城さんは私の恋人止まりで満足ってこと?」
私の質問に葛城さんは珍しく真剣な顔で見詰めてきた。
「そんな訳ないだろ、出来ることなら優のことは一生離したくない」
「だったら別に遠慮は要らないんじゃないかな? だって今のところ葛城さんの他に旦那様になりそうな予定の人なんていないんだから」
「本当に良いのか? そんなことを聞いてここに指輪をはめたら二度と逃げられなくなるぞ?」
「逃がしてくれるつもりがあるの?」
そこで真剣な顔がいつものニヤリな笑みを浮かべたものになった。
「そのつもりはまったく無い」
だよね。
「ならどうぞ?」
「じゃあ遠慮なく。もちろん婚約指輪も結婚指輪もしかるべき時に渡すからそのつもりでいてくれ」
「楽しみにしてる」
それがいつになるかは分からないけど私のことをビックリさせるのが得意な葛城さんのことだからきっと楽しいイベントになるんじゃないかな。
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