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第1章
第4話(2)二つの事件
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突然の爆発音に、僕は書斎から廊下へ飛び出した。
耳をつんざくような音の余韻が、まだ鼓膜に残っている。
窓越しに音のした東の方角を確認すると、煙が立ちのぼっていた。
どうやら厨房で火事が起きているようだ。
「……っ!」
駆け出そうとしたその瞬間、背後でガタッと音がした。
振り返ると、アンナ嬢が顔を青ざめさせ、机に手をついていた。
「ごめんなさい…少し目眩がして…。すぐに私も向かうから、先に…」
遠くから喧騒が聞こえ始める。
避難の呼びかけや、逃げ惑う令嬢たちの悲鳴が混じり合っていた。
一瞬、迷いが胸をかすめたが、僕はアンナ嬢の言葉に頷いた。
「すぐに戻るから!」
そう告げて、廊下を全力で駆け抜ける。
転移魔法が使えたら、すぐに東棟にたどり着けるのに。
けれど、魔力量の乏しいこの体では、それだけでほとんどの魔力を使い果たしてしまう。
思うようにいかない今の体に、心の中で舌打ちをする。
東棟に近づくにつれ、火事の規模を実感する。
建物の一部がすでに火に包まれ、黒煙が空へと立ちのぼっている。
爆発音から察してはいたが、ボヤ騒ぎでは済まなさそうだ。
僕は窓から中庭に飛び出し、東棟の上空に大きな魔法陣を展開した。
この距離なら届く。いや、届かせる。
ありったけの魔力を込め、僕は水魔法を発動させた。
◇
ヨハンは東棟内で避難を呼びかけていた。
逃げ遅れた令嬢を支えながら、外庭で待機している使用人のもとへと誘導する。
出火元の厨房へ向かおうとするが、すでに火の海だ。
これ以上の進入は不可能だと判断し、探知魔法で室内を確認する。
――人の反応は、ない。
目視できていないことに多少の不安は残るが、これ以上は危険だ。
炎に巻き込まれる前に、ヨハンは外へと退いた。
「ヨハン様!」
外に出た瞬間、使用人の一人が血相を変えて駆け寄ってきた。
彼女は、ヨハンが外庭で令嬢たちの保護を指示していた者だ。
「どうしました?」
「あの…っ、中に人はいませんでしたか?全員避難できたか人数を確認していたのですが、ルカ・エドウィン様とアンナ・クロムウェルツ様だけ見当たらなくて…!」
背筋に冷たいものが走る。
この場の指揮・管理は自分に一任されている。
候補者に万が一があれば、その責任は自分にある。
ルカ・エドウィンは書斎での清掃を担当していたからおそらく無事だ。
だが、アンナ様は厨房の担当のはずで――
アンナ・クロムウェルツ様は、クロムウェルツ公爵家の令嬢。
由緒ある名門のご息女であり、この国でも屈指の魔法士だ。
何かあれば首が飛ぶどころでは済まない。
「消火活動を行います!水魔法が使える者を集めてください!その後は引き続き捜索を!」
「は、はい…っ!」
ヨハンは命じると、急いで東棟へ手を向けた。
手のひらに小さな水球を生み出し、炎へと放つ。
しかし、火の勢いはあまりに強く、まるで焼け石に水だ。
ヨハンは奥歯を噛み締める。
王子をサポートするため支援魔法の習得には力を注いだが、魔法自体は得意ではないのだ。
魔力を込める手に力が入り、ドクドクとうるさい胸の鼓動が息を奪う。
その時、不意にヨハンの頬に冷たい水滴が落ちた。
「……雨?」
顔を上げると、突如として豪雨が降り注いだ。
滝のように水が流れ落ち、轟々と燃え盛っていた炎がみるみる鎮まっていく。
十数秒後、雨が止んだときには、建物を覆っていた火は小さな残火だけになっていた。
ヨハンは何が起こったのか整理が出来ず、その場に立ち尽くす。
「ヨハン様、すごいです!」
振り向くと、数人の令嬢が駆けてきた。
おそらく先程の使用人に呼ばれ、集まってくれたのだろう。
彼女たちは口々に賞賛の声をあげる。
「今のは水魔法の応用ですか?」
「あの規模の火災を一瞬で……!」
「あ、いえ、私は…」
否定しかけたところに、先ほどの使用人が駆けてくるのが見えた。
その顔にははっきりと安堵の色が浮かんでいる。
「アンナ様ですが、火事の前に北棟へ向かうのを見た方がいました!今、そちらを捜しています!」
その報告に、ほっと胸をなで下ろした。
最悪の事態は免れたようだ。
ヨハンは鎮火した東棟を見上げる。
――あの豪雨の魔法。
あれほどの魔法を使えるのは、この場ではただ一人。
きっと、アンナ様が対処してくれたのだろう。
彼女の実力なら、きっとどこか安全な場所に避難しながら、消火を助けてくれたに違いない。
ヨハンは先刻の水魔法を思い返しながら、その魔法の使い手に静かな敬意を抱いた。
耳をつんざくような音の余韻が、まだ鼓膜に残っている。
窓越しに音のした東の方角を確認すると、煙が立ちのぼっていた。
どうやら厨房で火事が起きているようだ。
「……っ!」
駆け出そうとしたその瞬間、背後でガタッと音がした。
振り返ると、アンナ嬢が顔を青ざめさせ、机に手をついていた。
「ごめんなさい…少し目眩がして…。すぐに私も向かうから、先に…」
遠くから喧騒が聞こえ始める。
避難の呼びかけや、逃げ惑う令嬢たちの悲鳴が混じり合っていた。
一瞬、迷いが胸をかすめたが、僕はアンナ嬢の言葉に頷いた。
「すぐに戻るから!」
そう告げて、廊下を全力で駆け抜ける。
転移魔法が使えたら、すぐに東棟にたどり着けるのに。
けれど、魔力量の乏しいこの体では、それだけでほとんどの魔力を使い果たしてしまう。
思うようにいかない今の体に、心の中で舌打ちをする。
東棟に近づくにつれ、火事の規模を実感する。
建物の一部がすでに火に包まれ、黒煙が空へと立ちのぼっている。
爆発音から察してはいたが、ボヤ騒ぎでは済まなさそうだ。
僕は窓から中庭に飛び出し、東棟の上空に大きな魔法陣を展開した。
この距離なら届く。いや、届かせる。
ありったけの魔力を込め、僕は水魔法を発動させた。
◇
ヨハンは東棟内で避難を呼びかけていた。
逃げ遅れた令嬢を支えながら、外庭で待機している使用人のもとへと誘導する。
出火元の厨房へ向かおうとするが、すでに火の海だ。
これ以上の進入は不可能だと判断し、探知魔法で室内を確認する。
――人の反応は、ない。
目視できていないことに多少の不安は残るが、これ以上は危険だ。
炎に巻き込まれる前に、ヨハンは外へと退いた。
「ヨハン様!」
外に出た瞬間、使用人の一人が血相を変えて駆け寄ってきた。
彼女は、ヨハンが外庭で令嬢たちの保護を指示していた者だ。
「どうしました?」
「あの…っ、中に人はいませんでしたか?全員避難できたか人数を確認していたのですが、ルカ・エドウィン様とアンナ・クロムウェルツ様だけ見当たらなくて…!」
背筋に冷たいものが走る。
この場の指揮・管理は自分に一任されている。
候補者に万が一があれば、その責任は自分にある。
ルカ・エドウィンは書斎での清掃を担当していたからおそらく無事だ。
だが、アンナ様は厨房の担当のはずで――
アンナ・クロムウェルツ様は、クロムウェルツ公爵家の令嬢。
由緒ある名門のご息女であり、この国でも屈指の魔法士だ。
何かあれば首が飛ぶどころでは済まない。
「消火活動を行います!水魔法が使える者を集めてください!その後は引き続き捜索を!」
「は、はい…っ!」
ヨハンは命じると、急いで東棟へ手を向けた。
手のひらに小さな水球を生み出し、炎へと放つ。
しかし、火の勢いはあまりに強く、まるで焼け石に水だ。
ヨハンは奥歯を噛み締める。
王子をサポートするため支援魔法の習得には力を注いだが、魔法自体は得意ではないのだ。
魔力を込める手に力が入り、ドクドクとうるさい胸の鼓動が息を奪う。
その時、不意にヨハンの頬に冷たい水滴が落ちた。
「……雨?」
顔を上げると、突如として豪雨が降り注いだ。
滝のように水が流れ落ち、轟々と燃え盛っていた炎がみるみる鎮まっていく。
十数秒後、雨が止んだときには、建物を覆っていた火は小さな残火だけになっていた。
ヨハンは何が起こったのか整理が出来ず、その場に立ち尽くす。
「ヨハン様、すごいです!」
振り向くと、数人の令嬢が駆けてきた。
おそらく先程の使用人に呼ばれ、集まってくれたのだろう。
彼女たちは口々に賞賛の声をあげる。
「今のは水魔法の応用ですか?」
「あの規模の火災を一瞬で……!」
「あ、いえ、私は…」
否定しかけたところに、先ほどの使用人が駆けてくるのが見えた。
その顔にははっきりと安堵の色が浮かんでいる。
「アンナ様ですが、火事の前に北棟へ向かうのを見た方がいました!今、そちらを捜しています!」
その報告に、ほっと胸をなで下ろした。
最悪の事態は免れたようだ。
ヨハンは鎮火した東棟を見上げる。
――あの豪雨の魔法。
あれほどの魔法を使えるのは、この場ではただ一人。
きっと、アンナ様が対処してくれたのだろう。
彼女の実力なら、きっとどこか安全な場所に避難しながら、消火を助けてくれたに違いない。
ヨハンは先刻の水魔法を思い返しながら、その魔法の使い手に静かな敬意を抱いた。
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