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第九話 嘘つくのやめてもらっていいですか?
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朝食の席。
ルーファスは頭を抱えていた。
二日酔いが酷い。
記憶がところどころ飛んでいる。
「おはようございます、ルーファス様」
カレンが涼しい顔で向かいに座った。
「……おはよう」
「お加減いかがですか?」
「……最悪だ」
「そうですか。それは大変ですね」
同情の欠片もない声だった。
「あの……昨夜は……」
「昨夜?」
「俺、何か……変なこと言わなかったか……?」
「変なこと、ですか」
カレンはカップを置いた。
「『話がある』とおっしゃっていましたね」
「あ、ああ……」
「それから、私の目が綺麗だと」
「っ……」
「私の手を握って、『好きだと思う』とも」
ルーファスの顔が真っ赤になった。
「そ、それは……酔っていて……覚えてなくて……」
「便利ですね、お酒って。都合の悪いことは『酔っていたから』で済ませられる。」
「え?」
「酔った勢いだから本心じゃない、と言いたいんですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「では伺いますが、紳士クラブで『心に決めた人がいる』と話したのも、酔った勢いだったそうですね?」
空気が凍った。
「それとも、愛人の話も酔った勢いだったんですか?」
「……何の話だ」
「噂の出所、調べました」
カレンは淡々と言った。
「紳士クラブで、あなた自身が話していたそうですね。 『政略結婚することになった。心に決めた人がいるのに』と」
「それは……」
「酔った席で漏らしたと聞いています」
ルーファスは黙り込んだ。
「質問を整理しましょう」
カレンが指を立てた。
「一、愛人の名前。言えますか?」
「……言えない」
「二、どこで出会ったか。具体的に」
「……覚えていない」
「三、最後に会ったのはいつ?」
「……答えられない」
「四、手紙のやり取りは?」
「……ない」
「五、愛人の存在を証明できるものは?」
「……何も」
カレンは指を折り終えた。
「つまり、存在を証明できるものが何一つないんですね」
「……」
「では、結論を言います」
カレンはルーファスの目を真っ直ぐ見た。
「愛人なんて、最初からいなかったんじゃないですか?」
沈黙。
長い沈黙。
ルーファスはうなだれた。
「……ああ」
「ああ?」
「いない……最初から、いなかったんだ」
「やっぱり」
カレンの声に、驚きはなかった。
「嘘つくのやめてもらっていいですか?」
「……すまない」
「なぜそんな嘘を?」
ルーファスは顔を覆った。
「……怖かったんだ」
「何がですか?」
「初夜が……その……自信がなくて……」
「……はい?」
「男として……ちゃんとできるか不安で…… 。
それで、白い結婚にすれば逃げられると思って……」
カレンは沈黙した。
予想外だったのか、珍しく言葉が出てこない様子だった。
「……つまり」
ようやく口を開いた。
「愛人がいるという嘘は、夜の営みから逃げるための言い訳だったと」
「……はい」
「そして紳士クラブで酔った勢いでその嘘を広めて、引っ込みがつかなくなった」
「……はい」
「それで初夜も結局、私に論破されて普通に契約履行した」
「……はい」
「逃げる意味、なかったですよね?」
「……はい」
ルーファスは完全にうなだれていた。
カレンはしばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐いた。
「……それを最初から言えばよかったのでは?」
「言えるわけないだろう……」
「なぜ?」
「『初夜が怖い』なんて……情けなさすぎる……」
「情けないですね」
「だろう……」
「でも、嘘をつき続けるよりはマシでしたよ」
ルーファスが顔を上げた。
カレンは無表情だったが、どこか呆れたような色があった。
「まあ、正直に言えたのは評価します」
「……軽蔑しないのか?」
「軽蔑?」
カレンは首を傾げた。
「最初から軽蔑するほど期待していませんでしたから」
「……それはそれで傷つくんだが」
「事実ですので」
ルーファスは力なく笑った。
「……本当に、君には敵わないな」
「今頃気づいたんですか?」
「ああ。今頃だ」
朝食は冷めていた。
でも、胸のつかえは少し取れた気がした。
---
「嘘は必ず暴かれます。覚えておいてくださいね」
カレン・ベルンワード侯爵夫人
ルーファスは頭を抱えていた。
二日酔いが酷い。
記憶がところどころ飛んでいる。
「おはようございます、ルーファス様」
カレンが涼しい顔で向かいに座った。
「……おはよう」
「お加減いかがですか?」
「……最悪だ」
「そうですか。それは大変ですね」
同情の欠片もない声だった。
「あの……昨夜は……」
「昨夜?」
「俺、何か……変なこと言わなかったか……?」
「変なこと、ですか」
カレンはカップを置いた。
「『話がある』とおっしゃっていましたね」
「あ、ああ……」
「それから、私の目が綺麗だと」
「っ……」
「私の手を握って、『好きだと思う』とも」
ルーファスの顔が真っ赤になった。
「そ、それは……酔っていて……覚えてなくて……」
「便利ですね、お酒って。都合の悪いことは『酔っていたから』で済ませられる。」
「え?」
「酔った勢いだから本心じゃない、と言いたいんですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「では伺いますが、紳士クラブで『心に決めた人がいる』と話したのも、酔った勢いだったそうですね?」
空気が凍った。
「それとも、愛人の話も酔った勢いだったんですか?」
「……何の話だ」
「噂の出所、調べました」
カレンは淡々と言った。
「紳士クラブで、あなた自身が話していたそうですね。 『政略結婚することになった。心に決めた人がいるのに』と」
「それは……」
「酔った席で漏らしたと聞いています」
ルーファスは黙り込んだ。
「質問を整理しましょう」
カレンが指を立てた。
「一、愛人の名前。言えますか?」
「……言えない」
「二、どこで出会ったか。具体的に」
「……覚えていない」
「三、最後に会ったのはいつ?」
「……答えられない」
「四、手紙のやり取りは?」
「……ない」
「五、愛人の存在を証明できるものは?」
「……何も」
カレンは指を折り終えた。
「つまり、存在を証明できるものが何一つないんですね」
「……」
「では、結論を言います」
カレンはルーファスの目を真っ直ぐ見た。
「愛人なんて、最初からいなかったんじゃないですか?」
沈黙。
長い沈黙。
ルーファスはうなだれた。
「……ああ」
「ああ?」
「いない……最初から、いなかったんだ」
「やっぱり」
カレンの声に、驚きはなかった。
「嘘つくのやめてもらっていいですか?」
「……すまない」
「なぜそんな嘘を?」
ルーファスは顔を覆った。
「……怖かったんだ」
「何がですか?」
「初夜が……その……自信がなくて……」
「……はい?」
「男として……ちゃんとできるか不安で…… 。
それで、白い結婚にすれば逃げられると思って……」
カレンは沈黙した。
予想外だったのか、珍しく言葉が出てこない様子だった。
「……つまり」
ようやく口を開いた。
「愛人がいるという嘘は、夜の営みから逃げるための言い訳だったと」
「……はい」
「そして紳士クラブで酔った勢いでその嘘を広めて、引っ込みがつかなくなった」
「……はい」
「それで初夜も結局、私に論破されて普通に契約履行した」
「……はい」
「逃げる意味、なかったですよね?」
「……はい」
ルーファスは完全にうなだれていた。
カレンはしばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐いた。
「……それを最初から言えばよかったのでは?」
「言えるわけないだろう……」
「なぜ?」
「『初夜が怖い』なんて……情けなさすぎる……」
「情けないですね」
「だろう……」
「でも、嘘をつき続けるよりはマシでしたよ」
ルーファスが顔を上げた。
カレンは無表情だったが、どこか呆れたような色があった。
「まあ、正直に言えたのは評価します」
「……軽蔑しないのか?」
「軽蔑?」
カレンは首を傾げた。
「最初から軽蔑するほど期待していませんでしたから」
「……それはそれで傷つくんだが」
「事実ですので」
ルーファスは力なく笑った。
「……本当に、君には敵わないな」
「今頃気づいたんですか?」
「ああ。今頃だ」
朝食は冷めていた。
でも、胸のつかえは少し取れた気がした。
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「嘘は必ず暴かれます。覚えておいてくださいね」
カレン・ベルンワード侯爵夫人
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