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第十話 たまには論破しないことも、なくはない
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夜の帳が下りた寝室。
ルーファスは珍しく自ら沈黙を破った。
「カレン」
「何ですか」
本を閉じる彼女の無機質な声に怯みそうになるが、ルーファスは逃げなかった。
「今夜は……俺から誘ってもいいか?」
カレンの細い眉が、ピクリとわずかに動く。
「契約履行の一環ですか?」
「違う」
「違う?」
「……違うと思う」
「思う、ですか。曖昧ですね」
淡々と矛盾を指摘する彼女の瞳を、ルーファスは真っ直ぐに見つめ返した。これまでのように目を逸らすのではなく、自分の内側にある正体不明の熱を伝えるために。
「ああ、曖昧だ。でも……俺は君と、ちゃんと向き合いたいんだ。嘘なしで」
カレンはしばらくの間、感情の読めない瞳で彼を観察していた。やがて、小さく肩をすくめて本を置く。
「……ご自由にどうぞ」
◇
翌朝。
差し込む朝日の眩しさにカレンが目を覚ますと、隣の温もりはすでに消えていた。
彼女が身を起こしたのとほぼ同時に、寝室の重厚な扉が静かに開く。
「あ、起きたか」
そこには、水差しとグラスを丁寧に運んでくるルーファスの姿があった。
「……何をしているんですか」
「水を。喉、渇いてないか?」
「……」
カレンは戸惑いを隠せない様子で、黙ってグラスを受け取った。ルーファスは寝台の端に腰を下ろし、そわそわとした様子で妻の顔色を窺う。
「体調は……大丈夫か?」
「なぜそんなことを聞くんですか」
「昨夜、その……少し激しかったかと思って」
「……」
「痛いところとか、ないか? 無理させてないか?」
言葉を絞り出すように、懸命に言葉を紡ぐ。昨夜、彼女を腕に抱いたときの確かな感触を思い出すと、今さらながら胸が熱くなった。カレンはグラスに口をつけたまま、返答を拒むように沈黙を保っている。
「俺、これからはちゃんと君のことを——」
「調子に乗らないでください」
ピシャリと、いつもの鋭さで遮られた。
「あ……すまない。でも、俺は本当に——」
「……まあ、いいでしょう」
「え?」
予想外の肯定に、ルーファスは目を瞬かせた。てっきり、また重箱の隅をつつくような理詰めで拒絶されるものと思っていたのだ。
「今……論破しないのか?」
「……たまには」
カレンは窓の外へ視線を向けた。
差し込む朝日は彼女の白い肌を透かし、完璧な横顔を浮き彫りにしている。しかし、ルーファスはその隙のない美しさの中に、決定的な綻びを見つけた。
カレンの耳が、真っ赤に染まっている。
「……カレン」
「何ですか」
「いや……何でもない」
ルーファスはこぼれそうになる笑みを必死に堪えた。カレンは頑なにこちらを振り向こうとはしない。
でも、その耳の鮮やかな赤みは、いつまでも消えることはなかった。
---
「初めて、論破されなかった。……これって、そういうことだよな。
その『たまに』が増えるように、頑張ろう」
ルーファス・ベルンワード候爵
ルーファスは珍しく自ら沈黙を破った。
「カレン」
「何ですか」
本を閉じる彼女の無機質な声に怯みそうになるが、ルーファスは逃げなかった。
「今夜は……俺から誘ってもいいか?」
カレンの細い眉が、ピクリとわずかに動く。
「契約履行の一環ですか?」
「違う」
「違う?」
「……違うと思う」
「思う、ですか。曖昧ですね」
淡々と矛盾を指摘する彼女の瞳を、ルーファスは真っ直ぐに見つめ返した。これまでのように目を逸らすのではなく、自分の内側にある正体不明の熱を伝えるために。
「ああ、曖昧だ。でも……俺は君と、ちゃんと向き合いたいんだ。嘘なしで」
カレンはしばらくの間、感情の読めない瞳で彼を観察していた。やがて、小さく肩をすくめて本を置く。
「……ご自由にどうぞ」
◇
翌朝。
差し込む朝日の眩しさにカレンが目を覚ますと、隣の温もりはすでに消えていた。
彼女が身を起こしたのとほぼ同時に、寝室の重厚な扉が静かに開く。
「あ、起きたか」
そこには、水差しとグラスを丁寧に運んでくるルーファスの姿があった。
「……何をしているんですか」
「水を。喉、渇いてないか?」
「……」
カレンは戸惑いを隠せない様子で、黙ってグラスを受け取った。ルーファスは寝台の端に腰を下ろし、そわそわとした様子で妻の顔色を窺う。
「体調は……大丈夫か?」
「なぜそんなことを聞くんですか」
「昨夜、その……少し激しかったかと思って」
「……」
「痛いところとか、ないか? 無理させてないか?」
言葉を絞り出すように、懸命に言葉を紡ぐ。昨夜、彼女を腕に抱いたときの確かな感触を思い出すと、今さらながら胸が熱くなった。カレンはグラスに口をつけたまま、返答を拒むように沈黙を保っている。
「俺、これからはちゃんと君のことを——」
「調子に乗らないでください」
ピシャリと、いつもの鋭さで遮られた。
「あ……すまない。でも、俺は本当に——」
「……まあ、いいでしょう」
「え?」
予想外の肯定に、ルーファスは目を瞬かせた。てっきり、また重箱の隅をつつくような理詰めで拒絶されるものと思っていたのだ。
「今……論破しないのか?」
「……たまには」
カレンは窓の外へ視線を向けた。
差し込む朝日は彼女の白い肌を透かし、完璧な横顔を浮き彫りにしている。しかし、ルーファスはその隙のない美しさの中に、決定的な綻びを見つけた。
カレンの耳が、真っ赤に染まっている。
「……カレン」
「何ですか」
「いや……何でもない」
ルーファスはこぼれそうになる笑みを必死に堪えた。カレンは頑なにこちらを振り向こうとはしない。
でも、その耳の鮮やかな赤みは、いつまでも消えることはなかった。
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「初めて、論破されなかった。……これって、そういうことだよな。
その『たまに』が増えるように、頑張ろう」
ルーファス・ベルンワード候爵
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