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本編
【日向視点】今はまだ
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翌日の夕方。
日向が南門へ向かうと、そこに真白の姿はなかった。
一応用心して、購買の自販機横や死角になりそうなところに目を配った。
不審な人影は見当たらない。
(よし、ちゃんと守ってるな)
少しだけ安心し、門を抜けようとしたその瞬間。
背後からひそやかな声がした。
「せ、先輩……」
振り返ると、街路樹の陰から真白が半歩だけ身を乗り出していた。
その手にはなぜか折りたたみ傘が握られている。
一瞬、空を見る。快晴だな。
「……お前、何してんの?」
「今日から、追わないって決めました。でも、体が勝手に……。
あ、追ってないです。ここを通るかもって、待機してて」
「言い方を変えただけで、やってることはほぼ同じだろ」
「ご、ごめんなさい!」
真白は勢いよく頭を下げた。
その拍子に、手に持っていた傘がパキッと頼りない音を立てた。
昨日はあんなに死ぬ気で「やめる」と誓わせたのに、たった一日でこれか。
結局、場所を木の陰に変えただけじゃないか。
声をかけてきただけマシか?
行動評価のハードルが下がってしまった気がする。
「お前な、昨日の今日でそれかよ……」
もう呆れを通り越して笑いが込み上げてきた。
日向が吹き出すと、真白は顔を上げて、心底ほっとしたような表情をした。
怯えていたのか。こっちは怒ってないのに。
「……待つのはまあギリ。次は連絡しろ。来るのは呼んでからな」
「はい! 連絡、します、すぐ」
真白は慌ててスマホを取り出し、木陰から一歩も出ないまま、
腕だけをめいっぱい伸ばして画面を向けてきた。
そこに表示されているのがなにかの画面だというのはわかる。
わかるが、今さら気づいた。
なんで俺は一メートル半先から差し出されたスマホを普通に読もうとしているんだ。
「いや、見えないから。近くで見せろ」
「あっ、はい……っ!」
小走りで近づいてきた真白は、日向の横でぴたりと止まった。
肩がぶつからない距離を正確に維持しているのが伝わってくる。
それはルールを守っているというより、溢れ出しそうな衝動を懸命に抑制しているようだった。
危ない後輩だと思っていた。今もそう思っている。
でも、こうして連絡しろと言えば、連絡する準備をしている。
待つなと言えば待つのをギリギリで止めていて、
怒られると思えば怯えた顔をする。
普通に、後輩らしい反応をする。
それが妙に意外に思えた。
日が落ちて暗くなり始めた中、日向は街灯の明かりに目を向けた。
「……それと、堂々としてろ。木陰から腕だけ生えてたの、傍から見たら完全に不審者だったぞ」
「すみません……」
「でも、すぐ飛び出してこなかったのは、まあ、えらい」
真白の目がぱっと明るくなった。
「はい……えらいですっ!」
許可と、褒め。両方に反応が素直すぎて、日向は自分の言葉の威力が少し怖くなった。
日向は顔を背けて、ぶっきらぼうに言う。
「真白。見守りとかじゃなくて、普通に来ればいい」
真白は何度か瞬きをしてから、何か重大な任務を授かったかのような顔で深く頷いた。
「……はい。隣、やります。重大任務」
「"やります"って言うな。いや、そもそも任務ってなんだ。任務じゃないだろ」
その指摘に真白は一瞬固まり、それから耳まで一気に真っ赤に染まった。
「……任務じゃなかったら、何ですか」
知らん。俺が聞きたい。
「……普通に、隣にいるだけだろ」
「普通に隣……それって、恋人みたいです」
待て。理論の飛躍が過ぎる。
「違う。今はまだ、だ」
「まだ……!」
真白が繰り返したその声は、期待に震えているようだった。
日向は答えなかった。答える気力がなかった。
「まだ」の一言でここまで喜ばれると、訂正する気も失せる。
もういい、好きに解釈してくれ。
前だけを向いて歩き出す日向の頬に、熱を帯びた視線が突き刺さる。
……これから先、前途多難だな。
日向は心の中で、自分にしか聞こえないため息をついた。
不意に、真白の足元からパタパタと変な音が聞こえて、日向は足を止めた。
「おい、真白。靴紐ほどけてる」
「えっ? あ」
真白が自分の足元を見下ろす。
左足の紐が、だらしなく解けて地面を這っていた。
一瞬、弾かれたように顔を上げて真白は日向を見た。
その瞳には先ほどまでの喜びとは違う、もっと深くて切実な色が混じっている。
「結べよ。踏んで転んだら、隣もクソもないだろ」
「……はい。結びます。すみません」
真白は慌ててその場にしゃがみ込んだ。
解けた紐を握る指先が、かすかに震えている。
日向はそれを見下ろしながら、ポケットの中で温まった小さな缶コーヒーを思い出した。
真白が立ち上がるのを待って、日向は再び歩き出した。
気づけば周囲は暗くなっていた。
「帰るぞ」
「はい」
二人の影が、街灯の下で重なった。
日向が南門へ向かうと、そこに真白の姿はなかった。
一応用心して、購買の自販機横や死角になりそうなところに目を配った。
不審な人影は見当たらない。
(よし、ちゃんと守ってるな)
少しだけ安心し、門を抜けようとしたその瞬間。
背後からひそやかな声がした。
「せ、先輩……」
振り返ると、街路樹の陰から真白が半歩だけ身を乗り出していた。
その手にはなぜか折りたたみ傘が握られている。
一瞬、空を見る。快晴だな。
「……お前、何してんの?」
「今日から、追わないって決めました。でも、体が勝手に……。
あ、追ってないです。ここを通るかもって、待機してて」
「言い方を変えただけで、やってることはほぼ同じだろ」
「ご、ごめんなさい!」
真白は勢いよく頭を下げた。
その拍子に、手に持っていた傘がパキッと頼りない音を立てた。
昨日はあんなに死ぬ気で「やめる」と誓わせたのに、たった一日でこれか。
結局、場所を木の陰に変えただけじゃないか。
声をかけてきただけマシか?
行動評価のハードルが下がってしまった気がする。
「お前な、昨日の今日でそれかよ……」
もう呆れを通り越して笑いが込み上げてきた。
日向が吹き出すと、真白は顔を上げて、心底ほっとしたような表情をした。
怯えていたのか。こっちは怒ってないのに。
「……待つのはまあギリ。次は連絡しろ。来るのは呼んでからな」
「はい! 連絡、します、すぐ」
真白は慌ててスマホを取り出し、木陰から一歩も出ないまま、
腕だけをめいっぱい伸ばして画面を向けてきた。
そこに表示されているのがなにかの画面だというのはわかる。
わかるが、今さら気づいた。
なんで俺は一メートル半先から差し出されたスマホを普通に読もうとしているんだ。
「いや、見えないから。近くで見せろ」
「あっ、はい……っ!」
小走りで近づいてきた真白は、日向の横でぴたりと止まった。
肩がぶつからない距離を正確に維持しているのが伝わってくる。
それはルールを守っているというより、溢れ出しそうな衝動を懸命に抑制しているようだった。
危ない後輩だと思っていた。今もそう思っている。
でも、こうして連絡しろと言えば、連絡する準備をしている。
待つなと言えば待つのをギリギリで止めていて、
怒られると思えば怯えた顔をする。
普通に、後輩らしい反応をする。
それが妙に意外に思えた。
日が落ちて暗くなり始めた中、日向は街灯の明かりに目を向けた。
「……それと、堂々としてろ。木陰から腕だけ生えてたの、傍から見たら完全に不審者だったぞ」
「すみません……」
「でも、すぐ飛び出してこなかったのは、まあ、えらい」
真白の目がぱっと明るくなった。
「はい……えらいですっ!」
許可と、褒め。両方に反応が素直すぎて、日向は自分の言葉の威力が少し怖くなった。
日向は顔を背けて、ぶっきらぼうに言う。
「真白。見守りとかじゃなくて、普通に来ればいい」
真白は何度か瞬きをしてから、何か重大な任務を授かったかのような顔で深く頷いた。
「……はい。隣、やります。重大任務」
「"やります"って言うな。いや、そもそも任務ってなんだ。任務じゃないだろ」
その指摘に真白は一瞬固まり、それから耳まで一気に真っ赤に染まった。
「……任務じゃなかったら、何ですか」
知らん。俺が聞きたい。
「……普通に、隣にいるだけだろ」
「普通に隣……それって、恋人みたいです」
待て。理論の飛躍が過ぎる。
「違う。今はまだ、だ」
「まだ……!」
真白が繰り返したその声は、期待に震えているようだった。
日向は答えなかった。答える気力がなかった。
「まだ」の一言でここまで喜ばれると、訂正する気も失せる。
もういい、好きに解釈してくれ。
前だけを向いて歩き出す日向の頬に、熱を帯びた視線が突き刺さる。
……これから先、前途多難だな。
日向は心の中で、自分にしか聞こえないため息をついた。
不意に、真白の足元からパタパタと変な音が聞こえて、日向は足を止めた。
「おい、真白。靴紐ほどけてる」
「えっ? あ」
真白が自分の足元を見下ろす。
左足の紐が、だらしなく解けて地面を這っていた。
一瞬、弾かれたように顔を上げて真白は日向を見た。
その瞳には先ほどまでの喜びとは違う、もっと深くて切実な色が混じっている。
「結べよ。踏んで転んだら、隣もクソもないだろ」
「……はい。結びます。すみません」
真白は慌ててその場にしゃがみ込んだ。
解けた紐を握る指先が、かすかに震えている。
日向はそれを見下ろしながら、ポケットの中で温まった小さな缶コーヒーを思い出した。
真白が立ち上がるのを待って、日向は再び歩き出した。
気づけば周囲は暗くなっていた。
「帰るぞ」
「はい」
二人の影が、街灯の下で重なった。
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