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第6話 手むすび会と家族の話、塩は思い出の味
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――ちゅん、ちゅん。
鳥は土曜の朝をちゃんと鳴らす。
炊飯器の“ピッ”と湯気。台所の空気が白くやわらいで、米の匂いが部屋の中心に座る。
「おはようございます、先輩」
「おはよ。……手むすび会、本番だな」
「はい。水曜の朝ごはん会議で合意したとおり、具材は鮭・梅・昆布。お楽しみ枠は“極小ツナマヨチーズ”」
「極小の暴走枠、採用されたの地味に嬉しい」
「暴走は“極小”で管理します」
迅蛇は真顔でボウルに塩水を作る。
手元の動きが相変わらず無駄なくて、こっちは見てるだけで指先が整っていく感じ。
僕はうちわを持って、炊き立てをすばやく“ぬるい”へ。
おむすびは熱さで急いじゃだめ、って子どもの頃に母が言ってた。
あの人は、塩の指だった。
「先輩、海苔は“パリ派”と“しんなり派”、どちらで?」
「俺はパリ派。けど、一本くらいはしんなりで、母の味」
「了解。二種類運用」
器用に海苔を切り分ける迅蛇の横で、僕はボウルの米に向き合う。
白い山。湯気。胸の奥がふっとほどける。
「――うちの母さ、運動会の日の朝、バカみたいに早起きしてたんだよ」
自分で言って、少し笑う。
記憶の台所が、すぐに浮かぶ。
「洗面所で顔洗ってると、台所から“おかかー”“しゃけー”って聞こえてくるわけ。呼びかけじゃなくて具材の名前。指が勝手に塩ふって、三角にして、海苔貼って。アルミホイルに包む係は父と俺。妹は横で“キャラ海苔”のパンチで星とか出してた」
「普通の家族、ですね」
「普通、だったと思う。派手でも地味でもない。ただ、弁当箱が重かった」
「重さは愛情のメトリクスです」
「すぐメトリクスにする」
笑いながら、手を塩水に落とす。
掌にすべすべした重み。
米って、なんでこんなに心を柔らかくするのか。
握りは三回半。これも母の教え。形は角を立てすぎず、でも三角は三角。
親指の付け根に力。指先は優しく。
やってみると、身体が覚えている。
「先輩、角の“立ちすぎ検知”をします」
「検知するな。……うん、でも助かる」
迅蛇の視線が、米の角の稜線だけを的確に見てくれる。
手の中の三角が、少しだけ家に近づく。
「妹さん、いまも“オタク”ですか」
「濃いよ。コミケの時は現地でコスして、そのままサークルの売り子やって、帰りに“兄者、補給”って差し入れ渡してくる。おむすび。相変わらず三角が完璧。角度のKPIがあるらしい」
「血統」
「血統って言うな。……でも、あいつの海苔は絶対パリ。『写真に映える』って」
「合理的です」
迅蛇は梅を真ん中に入れて、米をやさしく閉じる。
動きが正確で、でも急いでない。
ああ、この人は“決めない練習”をちゃんとやってるんだな、と見ていてわかる。
「迅蛇の家は?」
「米は常に五合炊きでした」
「でかい」
「兄が二人います。長兄は体育会系で、朝から“握りは根性だ!”と言って三角を固めがち。次兄は理系で、“熱拡散を考えろ”と言って扇風機で冷ます係」
「両極端だな」
「僕は真ん中に挟まれて、塩を“均一に”配る係。母は静かに笑ってました。普通の家族でした。賑やかで、でも普通」
普通。
人によって違うのに、なぜか伝わる単語。
台所の湯気に混ざる“普通”、なんかいい。
「母の手は、塩でした」
迅蛇がぽつりと言う。
少しだけ、目の焦点が遠くなる。
「運動会の朝、母の手が白くて。米の粉と塩で。僕、それが好きでした。だから、塩を入れすぎないコツは、母の手の色の記憶です」
「手の色で測るの、いいな」
僕も母の指を思い出す。
爪の形。節の強さ。
三角を教えたのは、指だった。
「お楽しみ枠、いきます」
「極小ツナマヨチーズ」
「はい。直径3センチ。ひと口で“幸せ”のやつ」
三角ではなく小さなまる。
掌の真ん中でころりと転がす。
合図を追加したくなる。
「“暴走しない合図”、欲しいな」
「では、塩皿の縁を“とんとん”。二回で“ストップ”。一回で“まだいける”」
「採用。……とん、とん」
暴走しない。
チーズはほんの少し。マヨネーズは線で。
極小の宇宙、完成。
海苔。
パリは巻きたて。しんなりは早めに包む。
二種類が並ぶと、それだけで家庭の歴史みたいだ。
僕は一つ、母の味の“しんなり”を選ぶ。
迅蛇は“パリ”を選んで、目だけで笑った。
「いただきます」
「どうぞ」
一口。
しんなり海苔が歯にやさしい。
米の甘さと鮭の塩の直線。
舌の上で、土曜日がほどける。
「うまい……」
「うまいです」
同時に出る。
同時に止まる。
笑って、次の三角を手に取る。
昆布。梅。鮭。
順番に、記憶を食べていく。
「迅蛇、家族には……この話、いつかすんのかな」
自分で出して、慌ててフォローを考える。
重いか? 早いか? いや、聞き方を間違えないで。
「“いつか”の話として設計はできます」
「やめて、設計しないで。今日は“いつか”を置くだけ」
「置いておきます」
迅蛇はそこで止まる。
止まり方が、好きだ。
止められる人は、信頼できる。
「俺の家は、たぶん話したら普通に“へー”って言う。妹は秒で察して『兄者、補給』ってツナマヨ握って渡してくる」
「最強の支援です」
「迅蛇の兄たちは?」
「長兄は“根性だ!”、次兄は“熱拡散を考えろ”。結論としては『ちゃんと食べてるならOK』だと思います。母は、笑う」
「見えるな。普通の家族だ」
「はい。普通の家族です」
ふたりで“普通”を一個ずつ噛む。
昆布の細い甘みが、舌に長居する。
極小ツナマヨチーズは最後に取っておく。
幼児みたいな順番。だが正義。
「レビューしましょう」
「食べながらレビューするの、贅沢だな」
迅蛇はメモを開く。
三角の角度を視線で測りつつ、口は動く。
「総評:手むすび会、成功。改善点は三つ。①握り圧、先輩はあと“半歩”弱く。②梅の配置が中心から一ミリ北に寄ったので配置ガイドを小指に刻む。③“しんなり海苔”は包むタイミングを前倒し」
「俺からは一点。昆布、次はちょっといいやつにしたい」
「予算、来週+百五十円。昆布等級、上げます」
「等級って言うと急に江戸時代」
笑った拍子に、極小ツナマヨチーズが視界の中央に来る。
最後の一個。
僕は指先でそっとつまんで、合図を考える。
「“これは分けっこ”の合図、作る?」
「作りましょう」
「じゃ、“む”。ひらがなの“む”を、手の甲に指で書く」
「了解。“む”で“むすび”」
迅蛇の手の甲に、そっと“む”をなぞる。
丸く、ひと筆。
子どもの遊びみたいで、心が軽い。
「半分に」
「はい」
極小をさらに半分。
極小の最小。
でも、笑顔は大きい。
一口ずつで、幸せが二回に分割される。
コストパフォーマンスの神。
食器を片づける。
水音が軽い。
渚さんがいたら“台所パーカッション”って名付けるやつ。
「――ところで、先輩の妹さん、今度会えますか」
「なんで急に?」
「コミケの前日搬入の時、“キャラ海苔”のパンチを見たいです」
「ああ、海苔パンチャーな。たぶん即実演してくれる。オタクは道具の披露が好き」
「僕も道具の披露が好きです」
「道具、って言い方やめろ」
「調理器具のことです」
「わかってる」
身支度。
歯を磨いて、Tシャツの裾を整えて、靴下を探す。
迅蛇が今日もソファの隙間から片方を救出。
有能が過ぎる。
玄関で靴を履く。
結び目はいつもどおり、迅蛇がきゅっと。
僕はその手の甲に、今日増えた合図をそっと。
“む”。
それから、いつもの“とん、とん”。
止まる合図じゃない。
“ここにいる”と“分けっこ”のミックス。
「駅まで、少しゆっくり歩きますか」
「うん。今日は“居る練習”の延長で」
外へ。
秋晴れ。パン屋の甘い匂い。
手むすびの塩気が、まだ舌に残ってる。
歩幅はゆっくり。
話題は、家族の続き。
「母の、おむすびの塩ってさ」
「はい」
「分量で量ったことないと思うんだよ。手の、その日の温度と気分で、ちょうどよくなるやつ」
「経験則の優勝」
「うん。俺、ああいう“目分量”にずっと憧れてる。オタクだから、つい数値に行くけど」
「数値化は安心の手段です。目分量は信頼の手段です。両方持ちましょう」
「お前、名言メーカーか」
「仕様です」
笑いながら、横断歩道。
信号の青が妙に濃く見える。
たぶん、胃が幸せだからだ。
「兄たち、会ったら面白そうだな」
「長兄は先輩に“根性だ!”と言うと思います」
「やめてくれ」
「次兄は“熱拡散を考えろ”と言います」
「それはちょっと聞きたい」
“いつか”の話を、設計しないで置いておく。
置いておいたまま、笑って歩く。
それでいい。今は、そういう時間。
改札前。
人の流れは穏やか。
僕は、振り返って迅蛇を見る。
真面目な目。笑ってないけど、温度は高い。
その目の奥に、白い三角が一個、光ってる気がした。
「ありがと。――“普通”の話、できてよかった」
「こちらこそ。普通は、しあわせの大多数を構成します」
「言い方、ずるい」
「仕様です」
手を小さく振る。
僕は指先で空気に“とん、とん”。
進んでいい合図。
そのあと、指で丸を作って“む”の気配も少しだけ。
分けっこは、また来週。
次は昆布の等級を上げる。
次の次は、祭りまで“山パンケーキ”はお預け。
普通の予定表が、やけに愛しい。
佐万里、二十九歳。
手むすび会は成功。
母の塩、妹のパリ海苔、迅蛇の兄たちの掛け声。
みんな、三角の中に混ざって、しずかにうまい。
駅のホームへ向かう足は軽く、ポケットの鍵は相変わらず小さく重い。
ちゅん、ちゅん。鳥は勤勉。
僕らは、ほどよく。
また来週、“む”。
鳥は土曜の朝をちゃんと鳴らす。
炊飯器の“ピッ”と湯気。台所の空気が白くやわらいで、米の匂いが部屋の中心に座る。
「おはようございます、先輩」
「おはよ。……手むすび会、本番だな」
「はい。水曜の朝ごはん会議で合意したとおり、具材は鮭・梅・昆布。お楽しみ枠は“極小ツナマヨチーズ”」
「極小の暴走枠、採用されたの地味に嬉しい」
「暴走は“極小”で管理します」
迅蛇は真顔でボウルに塩水を作る。
手元の動きが相変わらず無駄なくて、こっちは見てるだけで指先が整っていく感じ。
僕はうちわを持って、炊き立てをすばやく“ぬるい”へ。
おむすびは熱さで急いじゃだめ、って子どもの頃に母が言ってた。
あの人は、塩の指だった。
「先輩、海苔は“パリ派”と“しんなり派”、どちらで?」
「俺はパリ派。けど、一本くらいはしんなりで、母の味」
「了解。二種類運用」
器用に海苔を切り分ける迅蛇の横で、僕はボウルの米に向き合う。
白い山。湯気。胸の奥がふっとほどける。
「――うちの母さ、運動会の日の朝、バカみたいに早起きしてたんだよ」
自分で言って、少し笑う。
記憶の台所が、すぐに浮かぶ。
「洗面所で顔洗ってると、台所から“おかかー”“しゃけー”って聞こえてくるわけ。呼びかけじゃなくて具材の名前。指が勝手に塩ふって、三角にして、海苔貼って。アルミホイルに包む係は父と俺。妹は横で“キャラ海苔”のパンチで星とか出してた」
「普通の家族、ですね」
「普通、だったと思う。派手でも地味でもない。ただ、弁当箱が重かった」
「重さは愛情のメトリクスです」
「すぐメトリクスにする」
笑いながら、手を塩水に落とす。
掌にすべすべした重み。
米って、なんでこんなに心を柔らかくするのか。
握りは三回半。これも母の教え。形は角を立てすぎず、でも三角は三角。
親指の付け根に力。指先は優しく。
やってみると、身体が覚えている。
「先輩、角の“立ちすぎ検知”をします」
「検知するな。……うん、でも助かる」
迅蛇の視線が、米の角の稜線だけを的確に見てくれる。
手の中の三角が、少しだけ家に近づく。
「妹さん、いまも“オタク”ですか」
「濃いよ。コミケの時は現地でコスして、そのままサークルの売り子やって、帰りに“兄者、補給”って差し入れ渡してくる。おむすび。相変わらず三角が完璧。角度のKPIがあるらしい」
「血統」
「血統って言うな。……でも、あいつの海苔は絶対パリ。『写真に映える』って」
「合理的です」
迅蛇は梅を真ん中に入れて、米をやさしく閉じる。
動きが正確で、でも急いでない。
ああ、この人は“決めない練習”をちゃんとやってるんだな、と見ていてわかる。
「迅蛇の家は?」
「米は常に五合炊きでした」
「でかい」
「兄が二人います。長兄は体育会系で、朝から“握りは根性だ!”と言って三角を固めがち。次兄は理系で、“熱拡散を考えろ”と言って扇風機で冷ます係」
「両極端だな」
「僕は真ん中に挟まれて、塩を“均一に”配る係。母は静かに笑ってました。普通の家族でした。賑やかで、でも普通」
普通。
人によって違うのに、なぜか伝わる単語。
台所の湯気に混ざる“普通”、なんかいい。
「母の手は、塩でした」
迅蛇がぽつりと言う。
少しだけ、目の焦点が遠くなる。
「運動会の朝、母の手が白くて。米の粉と塩で。僕、それが好きでした。だから、塩を入れすぎないコツは、母の手の色の記憶です」
「手の色で測るの、いいな」
僕も母の指を思い出す。
爪の形。節の強さ。
三角を教えたのは、指だった。
「お楽しみ枠、いきます」
「極小ツナマヨチーズ」
「はい。直径3センチ。ひと口で“幸せ”のやつ」
三角ではなく小さなまる。
掌の真ん中でころりと転がす。
合図を追加したくなる。
「“暴走しない合図”、欲しいな」
「では、塩皿の縁を“とんとん”。二回で“ストップ”。一回で“まだいける”」
「採用。……とん、とん」
暴走しない。
チーズはほんの少し。マヨネーズは線で。
極小の宇宙、完成。
海苔。
パリは巻きたて。しんなりは早めに包む。
二種類が並ぶと、それだけで家庭の歴史みたいだ。
僕は一つ、母の味の“しんなり”を選ぶ。
迅蛇は“パリ”を選んで、目だけで笑った。
「いただきます」
「どうぞ」
一口。
しんなり海苔が歯にやさしい。
米の甘さと鮭の塩の直線。
舌の上で、土曜日がほどける。
「うまい……」
「うまいです」
同時に出る。
同時に止まる。
笑って、次の三角を手に取る。
昆布。梅。鮭。
順番に、記憶を食べていく。
「迅蛇、家族には……この話、いつかすんのかな」
自分で出して、慌ててフォローを考える。
重いか? 早いか? いや、聞き方を間違えないで。
「“いつか”の話として設計はできます」
「やめて、設計しないで。今日は“いつか”を置くだけ」
「置いておきます」
迅蛇はそこで止まる。
止まり方が、好きだ。
止められる人は、信頼できる。
「俺の家は、たぶん話したら普通に“へー”って言う。妹は秒で察して『兄者、補給』ってツナマヨ握って渡してくる」
「最強の支援です」
「迅蛇の兄たちは?」
「長兄は“根性だ!”、次兄は“熱拡散を考えろ”。結論としては『ちゃんと食べてるならOK』だと思います。母は、笑う」
「見えるな。普通の家族だ」
「はい。普通の家族です」
ふたりで“普通”を一個ずつ噛む。
昆布の細い甘みが、舌に長居する。
極小ツナマヨチーズは最後に取っておく。
幼児みたいな順番。だが正義。
「レビューしましょう」
「食べながらレビューするの、贅沢だな」
迅蛇はメモを開く。
三角の角度を視線で測りつつ、口は動く。
「総評:手むすび会、成功。改善点は三つ。①握り圧、先輩はあと“半歩”弱く。②梅の配置が中心から一ミリ北に寄ったので配置ガイドを小指に刻む。③“しんなり海苔”は包むタイミングを前倒し」
「俺からは一点。昆布、次はちょっといいやつにしたい」
「予算、来週+百五十円。昆布等級、上げます」
「等級って言うと急に江戸時代」
笑った拍子に、極小ツナマヨチーズが視界の中央に来る。
最後の一個。
僕は指先でそっとつまんで、合図を考える。
「“これは分けっこ”の合図、作る?」
「作りましょう」
「じゃ、“む”。ひらがなの“む”を、手の甲に指で書く」
「了解。“む”で“むすび”」
迅蛇の手の甲に、そっと“む”をなぞる。
丸く、ひと筆。
子どもの遊びみたいで、心が軽い。
「半分に」
「はい」
極小をさらに半分。
極小の最小。
でも、笑顔は大きい。
一口ずつで、幸せが二回に分割される。
コストパフォーマンスの神。
食器を片づける。
水音が軽い。
渚さんがいたら“台所パーカッション”って名付けるやつ。
「――ところで、先輩の妹さん、今度会えますか」
「なんで急に?」
「コミケの前日搬入の時、“キャラ海苔”のパンチを見たいです」
「ああ、海苔パンチャーな。たぶん即実演してくれる。オタクは道具の披露が好き」
「僕も道具の披露が好きです」
「道具、って言い方やめろ」
「調理器具のことです」
「わかってる」
身支度。
歯を磨いて、Tシャツの裾を整えて、靴下を探す。
迅蛇が今日もソファの隙間から片方を救出。
有能が過ぎる。
玄関で靴を履く。
結び目はいつもどおり、迅蛇がきゅっと。
僕はその手の甲に、今日増えた合図をそっと。
“む”。
それから、いつもの“とん、とん”。
止まる合図じゃない。
“ここにいる”と“分けっこ”のミックス。
「駅まで、少しゆっくり歩きますか」
「うん。今日は“居る練習”の延長で」
外へ。
秋晴れ。パン屋の甘い匂い。
手むすびの塩気が、まだ舌に残ってる。
歩幅はゆっくり。
話題は、家族の続き。
「母の、おむすびの塩ってさ」
「はい」
「分量で量ったことないと思うんだよ。手の、その日の温度と気分で、ちょうどよくなるやつ」
「経験則の優勝」
「うん。俺、ああいう“目分量”にずっと憧れてる。オタクだから、つい数値に行くけど」
「数値化は安心の手段です。目分量は信頼の手段です。両方持ちましょう」
「お前、名言メーカーか」
「仕様です」
笑いながら、横断歩道。
信号の青が妙に濃く見える。
たぶん、胃が幸せだからだ。
「兄たち、会ったら面白そうだな」
「長兄は先輩に“根性だ!”と言うと思います」
「やめてくれ」
「次兄は“熱拡散を考えろ”と言います」
「それはちょっと聞きたい」
“いつか”の話を、設計しないで置いておく。
置いておいたまま、笑って歩く。
それでいい。今は、そういう時間。
改札前。
人の流れは穏やか。
僕は、振り返って迅蛇を見る。
真面目な目。笑ってないけど、温度は高い。
その目の奥に、白い三角が一個、光ってる気がした。
「ありがと。――“普通”の話、できてよかった」
「こちらこそ。普通は、しあわせの大多数を構成します」
「言い方、ずるい」
「仕様です」
手を小さく振る。
僕は指先で空気に“とん、とん”。
進んでいい合図。
そのあと、指で丸を作って“む”の気配も少しだけ。
分けっこは、また来週。
次は昆布の等級を上げる。
次の次は、祭りまで“山パンケーキ”はお預け。
普通の予定表が、やけに愛しい。
佐万里、二十九歳。
手むすび会は成功。
母の塩、妹のパリ海苔、迅蛇の兄たちの掛け声。
みんな、三角の中に混ざって、しずかにうまい。
駅のホームへ向かう足は軽く、ポケットの鍵は相変わらず小さく重い。
ちゅん、ちゅん。鳥は勤勉。
僕らは、ほどよく。
また来週、“む”。
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