ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓

文字の大きさ
18 / 25
Episode.05

オメガに戻ったということ

しおりを挟む
 裕二と鷹也が向かったのは、理浜大学付属総合病院のバース性科、永浜義登准教授の診察室だった。
 休暇を取り、休診予定だった准教授は、裕二の電話で急遽、診察室を開けたことになる。

 診察室に入った2人に、永浜准教授は不機嫌そうに対応した。
 「で?」
 「タカ、三ツ橋鷹也が発情して、
 それに当てられて、ラットを起こしました」
 気まずそうに、裕二が答える。
 「A++の君が?」
 「……はい」
 裕二の返事を聞いて、准教授は担当医と看護師に指示を出す。すぐに、別部署の看護師と技師が現れた。
 「これから、CTを撮ってもらう」
 鷹也はそのまま連れ出されていった。

 「医者ってのは、本来、家族親族の診療はしないんだ
 私情が入るから、ね
 ……文句は、高遠征一郎氏に言ってくれ」
 鷹也を待つ間、准教授は、裕二に愚痴をこぼし続けた。

 事前に電話をしてから診察に訪れたおかげなのか、長浜准教授を中心とした医療チームが組まれているせいなのか、CTスキャン検査はすぐに終了した。
 早々に戻ってきた鷹也と裕二は並んで座り、永浜准教授の下で、今後の治療方針を共有することとなった。
 それは、日本バース性科学学会会長兼理浜大学医学部部長永浜真斗教授のチームが発表した、最新の学説を元にしたもの。どちらかといえば、その学説を補強するため、治療経過を詳細にまとめることが目的となっていると、受け取られるようなものだった。

 永浜准教授が、治療のために2人に提示したその論文は、成人男性のベータがオメガに性転換した症例を、統計的にまとめたものに基づいている。
 バース性が成人してから転換した男性患者、後天性オメガの98%は『運命』に出会うことにより、ベータからオメガへ変化している。その中で、男性子宮がベータ当時から存在したかどうかを調査すると、73%は検査経験がないため不明、萎縮した子宮、あるいは痕跡器官として内在していたことが確認できた症例が18%、他のベータ男性同様に男性子宮が内在せず、明確に、『運命』と接触後に形成が確認された症例が9%、となっている。また、特例として、転換後にベータに戻った症例が2件、アルファからオメガに転換した症例が3件、報告されている。
 そして、後天性オメガのランクはAばかり。

 「正規診断ではないが、過去の検査結果より、三ツ橋くんのランクはAm以上、A+だったと推察されている
 ただ、A++の高遠裕二にラットを起こさせた、ということは、運命の番ということを考慮しても、三ツ橋くんもA++である可能性が高い
 まぁ、そのせいで被害に遭っていたわけだが」
 そう言いながら、永浜准教授は電子カルテに添付されている画像を開いた。
 2枚並べられた、鷹也の下腹部のCTスキャン結果。
 「右が3月、大学入学前の健康診断で撮ったもの
 左が先刻、撮ったもの」
 見比べると一目瞭然。左の画像には、右にはない臓器が写っている。
 「アメリカを中心に流行しているオメガ男性の性転換手術、男性子宮の摘出に、一石を投じる結果だ」
 裕二と鷹也は顔を見合わせた。
 「まぁ、日本では、後天性オメガ男性に男性子宮が形成される症例の報告があるため、子宮摘出手術は認可されていなかったわけだが、それが、図らずも正しかったと証明されてしまった、と」

 今後は、徐々に全体の投薬量を減らし、特に、脳下垂体に直接作用するホルモン剤の投薬を停止する。最終的には、発情期以外はフェロモン抑制剤を服用しない。これを目標に通院を続ける。その際、定期的にCTスキャンを実施し、再生した男性子宮の形成過程の観察を続ける。同時に、裕二のアルファのフェロモン変化も数値化し、相互の影響を測る。
 この、治療方針を聞いて、鷹也と裕二は苦笑いをするしかなかった。
 「要は、サンプルになれ、ってことですよね」
 「義兄の名誉のため、頑張ってくれ」
 義兄とは、永浜義登准教授自身ではなく、その兄・永浜真斗教授のことだろう。
 よろこんで、という言葉以外の返答を、裕二はとっさに思いつかなかった。


 1週間後、久しぶりに登校した鷹也を、美耶と澄人が歓迎する。特に、美耶はこれ見よがしに、コピー用紙の束を鷹也に手渡した。
 この半年、休みがちだった鷹也への贈り物、だとか。
 とは言っても、まだ、後期課程が始まったばかり。これほど多いはずはない、と鷹也は首をかしげた。
 「半分は、マッスー先輩から
 今のうちに集めておけば、焦らなくていいってさ」
 驚く鷹也に、澄人がささやく。
 「木下、増尾先輩と付き合い始めたらしいよ」
 「らしい、じゃない、確定よ
 そういうスミちゃんだって」
 澄人が慌てて美耶の口を押さえた。
 病院で、澄人と上杉晃が一緒にいるところを見かけていた鷹也は、その意味を理解して、納得する。
 それにしても、と、探られたくない美耶が、早々に話題を変えた。
 「三っちゃん、タートルネック似合うね
 でも、まだ暑くない?」
 鷹也と澄人が顔を見合わせる。医学部付属総合病院に縁のない美耶は、鷹也がストーカーに襲われたことと、裕二と暮らしていることは知っていても、それ以上の詳細はわからないのだろう。
 鷹也は、周囲の様子をうかがってから、タートルネックの首元に指をかけて引っ張り、その中を見せた。
 首には、太めのチョーカー。オシャレとは違う、オメガが自衛のために使うものだ。
 えー、と美耶が驚いて、鷹也をまじまじと見る。それから、ニヤニヤと笑い始めた。
 「そっかぁ
 タカちゃん先輩、さすがだわー」
 美耶は、鷹也がオメガであることを隠し、ベータとして振舞っていたが、裕二と正式に交際するにあたり、カミングアウトした、と解釈したらしい。
 近年では、特に、若年層では減少しているとはいえ、オメガに対する差別やイジメ、暴行は少なくない。そのため、正式なパートナーができて初めて、バース性を公表する者が多いのだ。
 実際、夏前の事件を見聞きした美耶が、鷹也が身を守るために、オメガであることを黙っていた、と考えても、不思議はない。
 鷹也も、それを否定するつもりはなかった。医学部バース性科の臨床医を目指さない限り、詳細を説明したとしても、面倒なことが増えるだけ、だからだ。
 澄人も、思うことが多いらしく、黙ってそれを聞いているだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

婚約破棄を望みます

みけねこ
BL
幼い頃出会った彼の『婚約者』には姉上がなるはずだったのに。もう諸々と隠せません。

【本編完結済】神子は二度、姿を現す

江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結 ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。 死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが 神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。 戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。 王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。 ※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。 描写はキスまでの全年齢BL

強欲なる花嫁は総てを諦めない

浦霧らち
BL
 皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。  そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。  やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。  エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。  強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。 ※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。 ※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。 ※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。 ※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

冬の終わり

BL
北の森に別れを告げて、カラカテはヴァレルディンと共に街へやって来た。 紹介された職場で働くうちに、カラカテは自分のちっぽけさと、ヴァレルディンの名声を知ることになる。 短編「幸運の人」続編です。性描写ありません。 ヴァレルディン×カラカテです。ハッピーエンドです。 ムーンライトノベルズからの転載です。

処理中です...