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Episode.05
オメガに戻ったということ
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裕二と鷹也が向かったのは、理浜大学付属総合病院のバース性科、永浜義登准教授の診察室だった。
休暇を取り、休診予定だった准教授は、裕二の電話で急遽、診察室を開けたことになる。
診察室に入った2人に、永浜准教授は不機嫌そうに対応した。
「で?」
「タカ、三ツ橋鷹也が発情して、
それに当てられて、ラットを起こしました」
気まずそうに、裕二が答える。
「A++の君が?」
「……はい」
裕二の返事を聞いて、准教授は担当医と看護師に指示を出す。すぐに、別部署の看護師と技師が現れた。
「これから、CTを撮ってもらう」
鷹也はそのまま連れ出されていった。
「医者ってのは、本来、家族親族の診療はしないんだ
私情が入るから、ね
……文句は、高遠征一郎氏に言ってくれ」
鷹也を待つ間、准教授は、裕二に愚痴をこぼし続けた。
事前に電話をしてから診察に訪れたおかげなのか、長浜准教授を中心とした医療チームが組まれているせいなのか、CTスキャン検査はすぐに終了した。
早々に戻ってきた鷹也と裕二は並んで座り、永浜准教授の下で、今後の治療方針を共有することとなった。
それは、日本バース性科学学会会長兼理浜大学医学部部長永浜真斗教授のチームが発表した、最新の学説を元にしたもの。どちらかといえば、その学説を補強するため、治療経過を詳細にまとめることが目的となっていると、受け取られるようなものだった。
永浜准教授が、治療のために2人に提示したその論文は、成人男性のベータがオメガに性転換した症例を、統計的にまとめたものに基づいている。
バース性が成人してから転換した男性患者、後天性オメガの98%は『運命』に出会うことにより、ベータからオメガへ変化している。その中で、男性子宮がベータ当時から存在したかどうかを調査すると、73%は検査経験がないため不明、萎縮した子宮、あるいは痕跡器官として内在していたことが確認できた症例が18%、他のベータ男性同様に男性子宮が内在せず、明確に、『運命』と接触後に形成が確認された症例が9%、となっている。また、特例として、転換後にベータに戻った症例が2件、アルファからオメガに転換した症例が3件、報告されている。
そして、後天性オメガのランクはAばかり。
「正規診断ではないが、過去の検査結果より、三ツ橋くんのランクはAm以上、A+だったと推察されている
ただ、A++の高遠裕二にラットを起こさせた、ということは、運命の番ということを考慮しても、三ツ橋くんもA++である可能性が高い
まぁ、そのせいで被害に遭っていたわけだが」
そう言いながら、永浜准教授は電子カルテに添付されている画像を開いた。
2枚並べられた、鷹也の下腹部のCTスキャン結果。
「右が3月、大学入学前の健康診断で撮ったもの
左が先刻、撮ったもの」
見比べると一目瞭然。左の画像には、右にはない臓器が写っている。
「アメリカを中心に流行しているオメガ男性の性転換手術、男性子宮の摘出に、一石を投じる結果だ」
裕二と鷹也は顔を見合わせた。
「まぁ、日本では、後天性オメガ男性に男性子宮が形成される症例の報告があるため、子宮摘出手術は認可されていなかったわけだが、それが、図らずも正しかったと証明されてしまった、と」
今後は、徐々に全体の投薬量を減らし、特に、脳下垂体に直接作用するホルモン剤の投薬を停止する。最終的には、発情期以外はフェロモン抑制剤を服用しない。これを目標に通院を続ける。その際、定期的にCTスキャンを実施し、再生した男性子宮の形成過程の観察を続ける。同時に、裕二のアルファのフェロモン変化も数値化し、相互の影響を測る。
この、治療方針を聞いて、鷹也と裕二は苦笑いをするしかなかった。
「要は、サンプルになれ、ってことですよね」
「義兄の名誉のため、頑張ってくれ」
義兄とは、永浜義登准教授自身ではなく、その兄・永浜真斗教授のことだろう。
よろこんで、という言葉以外の返答を、裕二はとっさに思いつかなかった。
1週間後、久しぶりに登校した鷹也を、美耶と澄人が歓迎する。特に、美耶はこれ見よがしに、コピー用紙の束を鷹也に手渡した。
この半年、休みがちだった鷹也への贈り物、だとか。
とは言っても、まだ、後期課程が始まったばかり。これほど多いはずはない、と鷹也は首をかしげた。
「半分は、マッスー先輩から
今のうちに集めておけば、焦らなくていいってさ」
驚く鷹也に、澄人がささやく。
「木下、増尾先輩と付き合い始めたらしいよ」
「らしい、じゃない、確定よ
そういうスミちゃんだって」
澄人が慌てて美耶の口を押さえた。
病院で、澄人と上杉晃が一緒にいるところを見かけていた鷹也は、その意味を理解して、納得する。
それにしても、と、探られたくない美耶が、早々に話題を変えた。
「三っちゃん、タートルネック似合うね
でも、まだ暑くない?」
鷹也と澄人が顔を見合わせる。医学部付属総合病院に縁のない美耶は、鷹也がストーカーに襲われたことと、裕二と暮らしていることは知っていても、それ以上の詳細はわからないのだろう。
鷹也は、周囲の様子をうかがってから、タートルネックの首元に指をかけて引っ張り、その中を見せた。
首には、太めのチョーカー。オシャレとは違う、オメガが自衛のために使うものだ。
えー、と美耶が驚いて、鷹也をまじまじと見る。それから、ニヤニヤと笑い始めた。
「そっかぁ
タカちゃん先輩、さすがだわー」
美耶は、鷹也がオメガであることを隠し、ベータとして振舞っていたが、裕二と正式に交際するにあたり、カミングアウトした、と解釈したらしい。
近年では、特に、若年層では減少しているとはいえ、オメガに対する差別やイジメ、暴行は少なくない。そのため、正式なパートナーができて初めて、バース性を公表する者が多いのだ。
実際、夏前の事件を見聞きした美耶が、鷹也が身を守るために、オメガであることを黙っていた、と考えても、不思議はない。
鷹也も、それを否定するつもりはなかった。医学部バース性科の臨床医を目指さない限り、詳細を説明したとしても、面倒なことが増えるだけ、だからだ。
澄人も、思うことが多いらしく、黙ってそれを聞いているだけだった。
休暇を取り、休診予定だった准教授は、裕二の電話で急遽、診察室を開けたことになる。
診察室に入った2人に、永浜准教授は不機嫌そうに対応した。
「で?」
「タカ、三ツ橋鷹也が発情して、
それに当てられて、ラットを起こしました」
気まずそうに、裕二が答える。
「A++の君が?」
「……はい」
裕二の返事を聞いて、准教授は担当医と看護師に指示を出す。すぐに、別部署の看護師と技師が現れた。
「これから、CTを撮ってもらう」
鷹也はそのまま連れ出されていった。
「医者ってのは、本来、家族親族の診療はしないんだ
私情が入るから、ね
……文句は、高遠征一郎氏に言ってくれ」
鷹也を待つ間、准教授は、裕二に愚痴をこぼし続けた。
事前に電話をしてから診察に訪れたおかげなのか、長浜准教授を中心とした医療チームが組まれているせいなのか、CTスキャン検査はすぐに終了した。
早々に戻ってきた鷹也と裕二は並んで座り、永浜准教授の下で、今後の治療方針を共有することとなった。
それは、日本バース性科学学会会長兼理浜大学医学部部長永浜真斗教授のチームが発表した、最新の学説を元にしたもの。どちらかといえば、その学説を補強するため、治療経過を詳細にまとめることが目的となっていると、受け取られるようなものだった。
永浜准教授が、治療のために2人に提示したその論文は、成人男性のベータがオメガに性転換した症例を、統計的にまとめたものに基づいている。
バース性が成人してから転換した男性患者、後天性オメガの98%は『運命』に出会うことにより、ベータからオメガへ変化している。その中で、男性子宮がベータ当時から存在したかどうかを調査すると、73%は検査経験がないため不明、萎縮した子宮、あるいは痕跡器官として内在していたことが確認できた症例が18%、他のベータ男性同様に男性子宮が内在せず、明確に、『運命』と接触後に形成が確認された症例が9%、となっている。また、特例として、転換後にベータに戻った症例が2件、アルファからオメガに転換した症例が3件、報告されている。
そして、後天性オメガのランクはAばかり。
「正規診断ではないが、過去の検査結果より、三ツ橋くんのランクはAm以上、A+だったと推察されている
ただ、A++の高遠裕二にラットを起こさせた、ということは、運命の番ということを考慮しても、三ツ橋くんもA++である可能性が高い
まぁ、そのせいで被害に遭っていたわけだが」
そう言いながら、永浜准教授は電子カルテに添付されている画像を開いた。
2枚並べられた、鷹也の下腹部のCTスキャン結果。
「右が3月、大学入学前の健康診断で撮ったもの
左が先刻、撮ったもの」
見比べると一目瞭然。左の画像には、右にはない臓器が写っている。
「アメリカを中心に流行しているオメガ男性の性転換手術、男性子宮の摘出に、一石を投じる結果だ」
裕二と鷹也は顔を見合わせた。
「まぁ、日本では、後天性オメガ男性に男性子宮が形成される症例の報告があるため、子宮摘出手術は認可されていなかったわけだが、それが、図らずも正しかったと証明されてしまった、と」
今後は、徐々に全体の投薬量を減らし、特に、脳下垂体に直接作用するホルモン剤の投薬を停止する。最終的には、発情期以外はフェロモン抑制剤を服用しない。これを目標に通院を続ける。その際、定期的にCTスキャンを実施し、再生した男性子宮の形成過程の観察を続ける。同時に、裕二のアルファのフェロモン変化も数値化し、相互の影響を測る。
この、治療方針を聞いて、鷹也と裕二は苦笑いをするしかなかった。
「要は、サンプルになれ、ってことですよね」
「義兄の名誉のため、頑張ってくれ」
義兄とは、永浜義登准教授自身ではなく、その兄・永浜真斗教授のことだろう。
よろこんで、という言葉以外の返答を、裕二はとっさに思いつかなかった。
1週間後、久しぶりに登校した鷹也を、美耶と澄人が歓迎する。特に、美耶はこれ見よがしに、コピー用紙の束を鷹也に手渡した。
この半年、休みがちだった鷹也への贈り物、だとか。
とは言っても、まだ、後期課程が始まったばかり。これほど多いはずはない、と鷹也は首をかしげた。
「半分は、マッスー先輩から
今のうちに集めておけば、焦らなくていいってさ」
驚く鷹也に、澄人がささやく。
「木下、増尾先輩と付き合い始めたらしいよ」
「らしい、じゃない、確定よ
そういうスミちゃんだって」
澄人が慌てて美耶の口を押さえた。
病院で、澄人と上杉晃が一緒にいるところを見かけていた鷹也は、その意味を理解して、納得する。
それにしても、と、探られたくない美耶が、早々に話題を変えた。
「三っちゃん、タートルネック似合うね
でも、まだ暑くない?」
鷹也と澄人が顔を見合わせる。医学部付属総合病院に縁のない美耶は、鷹也がストーカーに襲われたことと、裕二と暮らしていることは知っていても、それ以上の詳細はわからないのだろう。
鷹也は、周囲の様子をうかがってから、タートルネックの首元に指をかけて引っ張り、その中を見せた。
首には、太めのチョーカー。オシャレとは違う、オメガが自衛のために使うものだ。
えー、と美耶が驚いて、鷹也をまじまじと見る。それから、ニヤニヤと笑い始めた。
「そっかぁ
タカちゃん先輩、さすがだわー」
美耶は、鷹也がオメガであることを隠し、ベータとして振舞っていたが、裕二と正式に交際するにあたり、カミングアウトした、と解釈したらしい。
近年では、特に、若年層では減少しているとはいえ、オメガに対する差別やイジメ、暴行は少なくない。そのため、正式なパートナーができて初めて、バース性を公表する者が多いのだ。
実際、夏前の事件を見聞きした美耶が、鷹也が身を守るために、オメガであることを黙っていた、と考えても、不思議はない。
鷹也も、それを否定するつもりはなかった。医学部バース性科の臨床医を目指さない限り、詳細を説明したとしても、面倒なことが増えるだけ、だからだ。
澄人も、思うことが多いらしく、黙ってそれを聞いているだけだった。
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