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第九章
83,突然の縁談
しおりを挟む翌日。
兄のシュウが、早朝からヤエの部屋を訪ねてきた。なぜだか神妙な面持ちをしている。
「おはようございます、兄様。こんな早くにどうされたのですか?」
「ヤエ、話がある。落ち着いて聞いてくれるか」
「……? なんでしょうか」
兄の表情からして、あまりよろしくない話なのだと直感で分かる。
シュウは大きく息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「ヤエ……。将来、お前を嫁に迎え入れたいというお方がいるのだ」
「えっ。私を……ですか?」
「ああ。嫁──というよりも妃として、だな」
「はい?」
聞き慣れないたった一つの単語を耳にして、ヤエは愕然とした。
構わずに、シュウの話は続いていく。
「陛下の長子で、リュウトという皇子がいる。そのお方は、ヤエを大変気に入っているそうなのだ」
「リュウト? どなたですか……?」
「お前は、幾度となくリュウト皇子と会話を交わしたそうだな? 嬉しそうに陛下にヤエの話をしているそうだぞ。まさか、覚えがないのか?」
「存じ上げません、陛下のご長男とお会いしたことなど一度もありません」
ヤエが知っている皇子は一人だけだ。いつも庭園で、親しく接してくれるあの少年。しかし、彼は第二皇子だそうだ。長男ではない。
彼は言っていた。兄は病弱で、なかなか会うこともままならないと。数年に一度しか起き上がれなくて……。
「あっ」
そこでハッとした。
生まれつき病弱な双子の兄。
──まさか?
「やはり、思い当たる節があるのか」
シュウの顔は険しい。
固唾を飲み込み、ヤエはぎこちなく頷いた。
「もしかして……彼のことでしょうか。私が馬の世話をしていると、いつも話しかけてくるお方がいるのです。身体は痩せ細っていて目も疲れきっています。少しお話をするといつも立ち去っていくので、お名前を聞いたことすらないのですが……」
ヤエの話を聞くと、シュウは一度目を見開いた。そして何かを思うように口を閉ざし、息を大きく吐く。それから再び言葉を紡いだ。
「間違いない、それはリュウト様だ。次期皇帝になるかもしれないお方だ。まさか、お前がリュウト様とそんな仲だったとは……」
「いえ、お待ちください、兄様。私は彼の正体すら知りませんでした。突然、縁談の話をされても困ります。私はまだ十二ですよ?」
「婚姻は少なくとも五年以上先の話になる。皇子からの申し出を拒否するわけにもいかないだろう」
「しかし、よく知らない相手との婚約なんて私には考えられません。それに、妃になるなどと。あまりにも現実的ではありません!」
人生を百八十度変えてしまうような縁談など、どうしても受け入れ難い。
シュウは、眉を八の字にして首を小さく振るのだ。
「ヤエ、分かってくれ。これは大きな転機となる。わたしはこの乱世を変えたく、武将として国に仕えている。陛下の信頼を得てきている折、お前が今回の縁談を断ればどうなると思う?」
「えっ」
「お前一人だけの問題ではない、ソン兄妹の問題だ。国の政にも影響する……」
「兄様、それはつまり……私を利用しようと?」
「よく考えてくれ、ヤエ。この世を救うと思ってくれ」
全力で拒否したいと思った。
しかし兄のシュウが、今までにないほどに顔をしかめている。辛そうな心情が浮き彫りになっているのだ。
まだ十二のヤエには、結婚というものが全く分からない。その相手が皇族の者となると、更に分からない。
兄の話すことは一見冷たいように感じられる。だがそれは、こんな時代に生まれてきてしまったのが一番の要因で、シュウだけを責めるなど出来ない。
ヤエが狼狽えていると、追い討ちをかけるようにシュウの口からはとんでもない言葉が飛び出してくるのだ。
「いいか、ヤエ。あの皇子とは今後二度と会うな」
「……えっ?」
「庭園でいつも皇子と会っているだろう。他の男と親しくするのはやめるんだ。これは陛下の命令であり、わたしからの願いでもある……」
「そ、そんな……」
庭園で会っていた皇子は一人しかいない。ヤエにとって無二の友だ。
彼と過ごすひとときは、一日の疲れも忘れてしまうような、楽しくて尊くて大切なもの。
それがこんなにも唐突に奪われてしまうのか……?
たまらず、その場で泣き崩れた。
こんなヤエを見つめて、シュウは優しく背中を擦った。しかし、その手の先はとても冷たく感じた。
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