【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

文字の大きさ
114 / 165
第十三章

114,リュウキを救う為に

しおりを挟む
 その言葉にヤエは固唾を飲む。

「ハクが言うならたしかなのよね? 兄様は、後どれぐらいでここにたどり着くのかな」
「まだ数千里離れている。いくら駿馬でも、数日は容易に掛かるだろうな」

 遠目に見える輿車から目を離すことなく、ハクは牙を剥き出しにした。
 彼のその様に、ヤエは胸が唸る。

「ハクは戦うの? リュウトと」
「もちろんだ。リュウキが危ない。ちょうどいいところで留まっているしな。今行くしかない」
「兄様がいないけど大丈夫なのかな」
「ヤエは心配するな。俺は強いぞ」

 鼻を鳴らすと、ハクは音を立てずに歩き始めた。
 そして──次の瞬間。

 今の今まで隣にいたはずのハクが、ヤエの目の前から消え去った。
 いや、違う。
 移動しただけだ。それも、あり得ない速度で。気づいた時には、彼は輿車のすぐ近くに飛び出していた。

「止まれ!」

 遠目であっても、ハクの太い声がハッキリと聞こえる。
 突如現れたハクの存在に、御者は慌てたように長槍を構えるのだ。

「なんだ、俺とやりあうか?」

 不敵な笑みを浮かべ、ハクは御者を威嚇している。化け物を前にして、武器を向けながらも御者の男は大きく震えていた。

「ずいぶんビビってるな。雑魚には用はねぇ。リュウキを返してくれれば見逃してやるが?」

 ハクがそう叫ぶと、輿の簾からおもむろに一人の男が──皇帝・リュウトが顔を覗かせるのだ。
 眉間に深く皴を刻み、ハクを睨み付けるその姿を見た瞬間、ヤエの心臓が飛び跳ねそうになる。
 
 久々に見るその顔は、目に入れただけで恐怖と絶望が押し寄せてくる。
 ヤエは震えながら、峯木の影に隠れた。

「──悪いな、リュウト。わざわざリュウキをここに連れてきてくれるなんてな! 誘導する手間が省けたぜ」

 ハクは堂々たる物腰で輿車の前に立ち塞がった。

「ちっ、お前は化け物の白虎か。まさか追い付かれるとはな」

 面倒臭そうにリュウトが溜め息を吐いているのが窺える。

「大人しくリュウキを返せ」
「ふん。貴様は化け物のくせして人間と共生するとはな。全く呆れる。お前は朕にとって害だ」

 おもむろに輿車から降りると、リュウトはハクと距離を置きつつも丸腰で両手を構えた。

「そいつを連れて可能な限り遠方へ行くのだ」
「御意」

 リュウトに命令をされた御者は再び馬たちを動かし、その場から離れていく。

「おい、何だ。待ちやがれ、リュウキを連れていくつもりか。俺が許さねえ!」

 慌ててハクが止めようとするが、行く手はリュウトに塞がれる。

「化け物よ、通さぬぞ」
「ふん、病弱な人間なんて俺の敵じゃねえよ」

 ハクの言葉に、リュウトが一瞬とんでもない形相で睨み付けているのがヤエには分かった。

「……何だと? 愚かな化け物よ……。所詮、人間に飼われた白虎だ。お前など、朕の手で殺してくれようぞ!」

 目を真っ赤にし、リュウトは雄叫びを上げた。すると──突然、リュウトの両腕がめきめきと膨れ上がっていった。立派な漢服の上からでもハッキリと分かる。リュウトの両腕の筋肉が、あり得ないほど肥大化していくのが。

「……何だよ、その気持ち悪い腕は」
「これは朕の特異能力であるぞ。どんなものでも一捻りで潰せる強大な腕力と握力を手に入れたのだ。貴様など、朕の手で握り殺してくれよう!」

 リュウトは大声を上げ、拳を掲げながらハクに飛びかかった。その攻撃をすかさず躱すが、ハクの顔のギリギリのところをリュウトの肥大化した腕が掠める。

「白虎よ。動きが鈍いな。誠の姿では、お前は巨体である。重い図体でどこまで朕の攻撃を躱せるだろうか!」
「うるせえな、お前なんて俺の鋭い爪で切り裂いてやるよ」

 低い声でハクがそう吐き捨てると、彼の爪がたちまち鋭く光った。

 ヤエはこの期に及んで迷っていた。
 ハクを援護すべきか、連れ去られるリュウキを助けるべきか。
 頭では分かっている。ハクが簡単にやられるわけはないと。
 リュウキの生命が危ない。輿車を止めにいかなければならない。

 それなのに──自分は何をこんなに怯えているのか!

「立たなきゃ、立って、立つのよ、今すぐに……」

 自らを奮い立たせ、ヤエは拳をギュッと握り締めた。
 リュウキを、助けよう。愛する人を取り戻さなければ。

 ヤエは震える足をどうにか立たせ、歩み始めた。どうしてもよろけてしまう。息も荒い。
 だが、ここで身を隠して立ち止まっている場合ではない。
 ハクがリュウトと決闘しているのを横目に、ヤエは何とか駆け出した。

(リュウキ様、必ず私がお助けします)

 輿車は止まることなく北側へと向かっていく。まだ間に合う。数百歩も先にいるが、全速力で走れば追い付く。
 リュウトにこちらの存在が見つからないよう、ヤエは交戦する場所から離れて輿車の後を追う。
 走り続けるうちに、汗が流れ落ちてきた。呼吸が乱れ、息が苦しい。なぜだか分からない、泣きそうになってしまうのだ。

 せっかく自分は記憶を取り戻せたのに、リュウキはまだ何も思い出せていない。どうしても、過去を取り戻してほしい。一度は引き裂かれた関係を再び修復したい。
 彼と愛し合いたいだとか、そういう高望みはしない。ただもう一度だけ、月夜のあのひとときをリュウキと過ごせる日々がほしいのだ。
 ヤエはその一心で走り続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...