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第十三章
114,リュウキを救う為に
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その言葉にヤエは固唾を飲む。
「ハクが言うならたしかなのよね? 兄様は、後どれぐらいでここにたどり着くのかな」
「まだ数千里離れている。いくら駿馬でも、数日は容易に掛かるだろうな」
遠目に見える輿車から目を離すことなく、ハクは牙を剥き出しにした。
彼のその様に、ヤエは胸が唸る。
「ハクは戦うの? リュウトと」
「もちろんだ。リュウキが危ない。ちょうどいいところで留まっているしな。今行くしかない」
「兄様がいないけど大丈夫なのかな」
「ヤエは心配するな。俺は強いぞ」
鼻を鳴らすと、ハクは音を立てずに歩き始めた。
そして──次の瞬間。
今の今まで隣にいたはずのハクが、ヤエの目の前から消え去った。
いや、違う。
移動しただけだ。それも、あり得ない速度で。気づいた時には、彼は輿車のすぐ近くに飛び出していた。
「止まれ!」
遠目であっても、ハクの太い声がハッキリと聞こえる。
突如現れたハクの存在に、御者は慌てたように長槍を構えるのだ。
「なんだ、俺とやりあうか?」
不敵な笑みを浮かべ、ハクは御者を威嚇している。化け物を前にして、武器を向けながらも御者の男は大きく震えていた。
「ずいぶんビビってるな。雑魚には用はねぇ。リュウキを返してくれれば見逃してやるが?」
ハクがそう叫ぶと、輿の簾からおもむろに一人の男が──皇帝・リュウトが顔を覗かせるのだ。
眉間に深く皴を刻み、ハクを睨み付けるその姿を見た瞬間、ヤエの心臓が飛び跳ねそうになる。
久々に見るその顔は、目に入れただけで恐怖と絶望が押し寄せてくる。
ヤエは震えながら、峯木の影に隠れた。
「──悪いな、リュウト。わざわざリュウキをここに連れてきてくれるなんてな! 誘導する手間が省けたぜ」
ハクは堂々たる物腰で輿車の前に立ち塞がった。
「ちっ、お前は化け物の白虎か。まさか追い付かれるとはな」
面倒臭そうにリュウトが溜め息を吐いているのが窺える。
「大人しくリュウキを返せ」
「ふん。貴様は化け物のくせして人間と共生するとはな。全く呆れる。お前は朕にとって害だ」
おもむろに輿車から降りると、リュウトはハクと距離を置きつつも丸腰で両手を構えた。
「そいつを連れて可能な限り遠方へ行くのだ」
「御意」
リュウトに命令をされた御者は再び馬たちを動かし、その場から離れていく。
「おい、何だ。待ちやがれ、リュウキを連れていくつもりか。俺が許さねえ!」
慌ててハクが止めようとするが、行く手はリュウトに塞がれる。
「化け物よ、通さぬぞ」
「ふん、病弱な人間なんて俺の敵じゃねえよ」
ハクの言葉に、リュウトが一瞬とんでもない形相で睨み付けているのがヤエには分かった。
「……何だと? 愚かな化け物よ……。所詮、人間に飼われた白虎だ。お前など、朕の手で殺してくれようぞ!」
目を真っ赤にし、リュウトは雄叫びを上げた。すると──突然、リュウトの両腕がめきめきと膨れ上がっていった。立派な漢服の上からでもハッキリと分かる。リュウトの両腕の筋肉が、あり得ないほど肥大化していくのが。
「……何だよ、その気持ち悪い腕は」
「これは朕の特異能力であるぞ。どんなものでも一捻りで潰せる強大な腕力と握力を手に入れたのだ。貴様など、朕の手で握り殺してくれよう!」
リュウトは大声を上げ、拳を掲げながらハクに飛びかかった。その攻撃をすかさず躱すが、ハクの顔のギリギリのところをリュウトの肥大化した腕が掠める。
「白虎よ。動きが鈍いな。誠の姿では、お前は巨体である。重い図体でどこまで朕の攻撃を躱せるだろうか!」
「うるせえな、お前なんて俺の鋭い爪で切り裂いてやるよ」
低い声でハクがそう吐き捨てると、彼の爪がたちまち鋭く光った。
ヤエはこの期に及んで迷っていた。
ハクを援護すべきか、連れ去られるリュウキを助けるべきか。
頭では分かっている。ハクが簡単にやられるわけはないと。
リュウキの生命が危ない。輿車を止めにいかなければならない。
それなのに──自分は何をこんなに怯えているのか!
「立たなきゃ、立って、立つのよ、今すぐに……」
自らを奮い立たせ、ヤエは拳をギュッと握り締めた。
リュウキを、助けよう。愛する人を取り戻さなければ。
ヤエは震える足をどうにか立たせ、歩み始めた。どうしてもよろけてしまう。息も荒い。
だが、ここで身を隠して立ち止まっている場合ではない。
ハクがリュウトと決闘しているのを横目に、ヤエは何とか駆け出した。
(リュウキ様、必ず私がお助けします)
輿車は止まることなく北側へと向かっていく。まだ間に合う。数百歩も先にいるが、全速力で走れば追い付く。
リュウトにこちらの存在が見つからないよう、ヤエは交戦する場所から離れて輿車の後を追う。
走り続けるうちに、汗が流れ落ちてきた。呼吸が乱れ、息が苦しい。なぜだか分からない、泣きそうになってしまうのだ。
せっかく自分は記憶を取り戻せたのに、リュウキはまだ何も思い出せていない。どうしても、過去を取り戻してほしい。一度は引き裂かれた関係を再び修復したい。
彼と愛し合いたいだとか、そういう高望みはしない。ただもう一度だけ、月夜のあのひとときをリュウキと過ごせる日々がほしいのだ。
ヤエはその一心で走り続けた。
「ハクが言うならたしかなのよね? 兄様は、後どれぐらいでここにたどり着くのかな」
「まだ数千里離れている。いくら駿馬でも、数日は容易に掛かるだろうな」
遠目に見える輿車から目を離すことなく、ハクは牙を剥き出しにした。
彼のその様に、ヤエは胸が唸る。
「ハクは戦うの? リュウトと」
「もちろんだ。リュウキが危ない。ちょうどいいところで留まっているしな。今行くしかない」
「兄様がいないけど大丈夫なのかな」
「ヤエは心配するな。俺は強いぞ」
鼻を鳴らすと、ハクは音を立てずに歩き始めた。
そして──次の瞬間。
今の今まで隣にいたはずのハクが、ヤエの目の前から消え去った。
いや、違う。
移動しただけだ。それも、あり得ない速度で。気づいた時には、彼は輿車のすぐ近くに飛び出していた。
「止まれ!」
遠目であっても、ハクの太い声がハッキリと聞こえる。
突如現れたハクの存在に、御者は慌てたように長槍を構えるのだ。
「なんだ、俺とやりあうか?」
不敵な笑みを浮かべ、ハクは御者を威嚇している。化け物を前にして、武器を向けながらも御者の男は大きく震えていた。
「ずいぶんビビってるな。雑魚には用はねぇ。リュウキを返してくれれば見逃してやるが?」
ハクがそう叫ぶと、輿の簾からおもむろに一人の男が──皇帝・リュウトが顔を覗かせるのだ。
眉間に深く皴を刻み、ハクを睨み付けるその姿を見た瞬間、ヤエの心臓が飛び跳ねそうになる。
久々に見るその顔は、目に入れただけで恐怖と絶望が押し寄せてくる。
ヤエは震えながら、峯木の影に隠れた。
「──悪いな、リュウト。わざわざリュウキをここに連れてきてくれるなんてな! 誘導する手間が省けたぜ」
ハクは堂々たる物腰で輿車の前に立ち塞がった。
「ちっ、お前は化け物の白虎か。まさか追い付かれるとはな」
面倒臭そうにリュウトが溜め息を吐いているのが窺える。
「大人しくリュウキを返せ」
「ふん。貴様は化け物のくせして人間と共生するとはな。全く呆れる。お前は朕にとって害だ」
おもむろに輿車から降りると、リュウトはハクと距離を置きつつも丸腰で両手を構えた。
「そいつを連れて可能な限り遠方へ行くのだ」
「御意」
リュウトに命令をされた御者は再び馬たちを動かし、その場から離れていく。
「おい、何だ。待ちやがれ、リュウキを連れていくつもりか。俺が許さねえ!」
慌ててハクが止めようとするが、行く手はリュウトに塞がれる。
「化け物よ、通さぬぞ」
「ふん、病弱な人間なんて俺の敵じゃねえよ」
ハクの言葉に、リュウトが一瞬とんでもない形相で睨み付けているのがヤエには分かった。
「……何だと? 愚かな化け物よ……。所詮、人間に飼われた白虎だ。お前など、朕の手で殺してくれようぞ!」
目を真っ赤にし、リュウトは雄叫びを上げた。すると──突然、リュウトの両腕がめきめきと膨れ上がっていった。立派な漢服の上からでもハッキリと分かる。リュウトの両腕の筋肉が、あり得ないほど肥大化していくのが。
「……何だよ、その気持ち悪い腕は」
「これは朕の特異能力であるぞ。どんなものでも一捻りで潰せる強大な腕力と握力を手に入れたのだ。貴様など、朕の手で握り殺してくれよう!」
リュウトは大声を上げ、拳を掲げながらハクに飛びかかった。その攻撃をすかさず躱すが、ハクの顔のギリギリのところをリュウトの肥大化した腕が掠める。
「白虎よ。動きが鈍いな。誠の姿では、お前は巨体である。重い図体でどこまで朕の攻撃を躱せるだろうか!」
「うるせえな、お前なんて俺の鋭い爪で切り裂いてやるよ」
低い声でハクがそう吐き捨てると、彼の爪がたちまち鋭く光った。
ヤエはこの期に及んで迷っていた。
ハクを援護すべきか、連れ去られるリュウキを助けるべきか。
頭では分かっている。ハクが簡単にやられるわけはないと。
リュウキの生命が危ない。輿車を止めにいかなければならない。
それなのに──自分は何をこんなに怯えているのか!
「立たなきゃ、立って、立つのよ、今すぐに……」
自らを奮い立たせ、ヤエは拳をギュッと握り締めた。
リュウキを、助けよう。愛する人を取り戻さなければ。
ヤエは震える足をどうにか立たせ、歩み始めた。どうしてもよろけてしまう。息も荒い。
だが、ここで身を隠して立ち止まっている場合ではない。
ハクがリュウトと決闘しているのを横目に、ヤエは何とか駆け出した。
(リュウキ様、必ず私がお助けします)
輿車は止まることなく北側へと向かっていく。まだ間に合う。数百歩も先にいるが、全速力で走れば追い付く。
リュウトにこちらの存在が見つからないよう、ヤエは交戦する場所から離れて輿車の後を追う。
走り続けるうちに、汗が流れ落ちてきた。呼吸が乱れ、息が苦しい。なぜだか分からない、泣きそうになってしまうのだ。
せっかく自分は記憶を取り戻せたのに、リュウキはまだ何も思い出せていない。どうしても、過去を取り戻してほしい。一度は引き裂かれた関係を再び修復したい。
彼と愛し合いたいだとか、そういう高望みはしない。ただもう一度だけ、月夜のあのひとときをリュウキと過ごせる日々がほしいのだ。
ヤエはその一心で走り続けた。
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