113 / 165
第十三章
113,ハクの特異能力
しおりを挟む
※
ハクが語り終わった頃には、朝陽が登り始めていた。
夜通し走り続け、ハクは疲労を感じたに違いない。速度を急激に落とした。
ヤエは、そんな彼の背中にそっと手を添える。
「……そんなことがあったのね」
「ああ。正直俺は、人間など皆同じだと思っていた。生命を軽んじている生き物なのだと。人間同士簡単に殺し合いが出来るんだから、動物なんてもっと簡単に殺せるんだと」
「……」
ハクは歩き始めるが、それでも進む速度は早い。
「でもあいつは……シュウは違った。あんなちっぽけな子供だったくせに、俺の盾になりやがって」
「兄様は正義感が強いですからね」
ヤエがそう言うと、ハクが笑っているのが空気から伝わってきた。
「そうだな……。俺はシュウがいたから、自分を取り戻せた。精神を安定させられる。それに、大事なものを守ると覚悟も決められたんだ」
その言葉を聞き、ヤエは胸が熱くなる。当たり前のように今まで自分のそばにいてくれたハクに、そんな想いがあったなんて知らなかった。ヤエは感涙しそうになる。
「ハク」
「ん?」
「ありがとう。あなたがいてくれて私は幸せだよ」
それからヤエは、背に乗りながら彼にギュッと抱き付いた。ハクの心臓の鼓動が、この上なく早くなっていくのを感じる。
「……ヤエの幸せは、他のところにあるぞ」
「どういうこと?」
「見てみろ」
ハクはそこで歩みを止めた。
彼に抱き付く力を弱め、ヤエは前方に目を向けた。
──数百歩先に、聳え立つ巨大な城壁が見えた。朝陽を浴び、石でできた頑丈そうな立派な壁は、存在感が凄まじい。周辺には川が流れ、守備が徹底されているように思える。大門の奥の遥か先に、本城のような建物が見えた。
ハクはゆっくりと木陰に身を隠すと、じっと城の方を見つめる。
「あそこは、西国最西端の地だ。城壁内に大規模の城下町があり、その更に西側に行くと『シュキの城』がある」
ヤエは目を見開いた。
──西国宮廷の所在地、シュキ城。ヤエは正に、初めてその姿を目にしたのだ。
ハクは静かに唸る。
「これから、決戦が始まる」
「……決戦?」
「南西の方角を見てみろ」
ハクの口調が鋭くなる。怒りが込められているようだ。
言われたとおり、ヤエは視線を移した。
城外は平地が広がっていて、峯木がまちまちと佇んでいるのみだ。
「……あれは」
城門より更に数千歩ほど離れた場所に、一台の輿車が停まっているのが見えた。衛兵らしき者はいない。
二頭の馬を休ませているのだろうか、朝陽がよく当たる所に停車している。
ヤエは遠方からその輿車を見て、あることに気がついた。
「あれは……北国のもの?」
既視感がある。
輿には簾が掛かっていて中に誰が乗っているのか見えない。一人御者の様子が見えたが──その者は北軍の鎧を身に纏っていた。
「あの輿の中にはリュウキがいる」
「リュウキ様がっ?」
「リュウトに捕らわれたようだ」
「どうして……。ハクは分かるの?」
するとハクは憂いある声で続けるのだ。
「特異能力だよ。俺は、ヤエやリュウキのように物理的な力はないがな。それこそ、妖術のような力はある。遠方の状況が目に映るように認知できるんだ」
ハクの話に、ヤエは息を呑む。
「意識を集中させると、脳裏に流れてくるんだ。数十里先までの状況がな。目視感覚だけじゃなく、その場の匂いや気温、空気が肌で感じられるんだ。……俺は今までこの能力を駆使して、ヤエたちの旅路を支えてきたんだよ」
その話に、ヤエはハッとした。いつも危機が迫った際に、彼が助けに来てくれたことを。その能力があったからこそ、なのか。
それと同時に、常に監視されていたのかと思うと、胸がざわつく。
「……ハクは、私たちの旅の様子を、ずっと見ていたの?」
「まあな」
「……どこまで?」
まさか、とは思う。あの、北北西の山での出来事もハクには見られていたのか?
ヤエは頬を熱くしながらも問いただす。
「会話も聞こえたりするの?」
「もちろんだ」
「それじゃ……全部、見てたのね?」
「……」
ハクは一時黙り込む。顔は無表情を貫いているが、気まずさが醸し出されている。
「もう、ハクったら……」
「すまない。悪気はなかった。怒ったか?」
「怒ったんじゃなくて、恥ずかしい」
「そんなことねえよ。人間はそういうことをするもんだろ? 俺にはよく分からねえが。ヤエが、記憶を取り戻す前に、リュウキに対する好きの気持ちが伝わってきて俺は──」
「待って、もうやめて」
いくらなんでもそれ以上は聞きたくない。ヤエの耳まで熱くなる。
「悪い悪い」などと言いながら、ハクは再び明るい声になるのだ。しかし、その瞳はなぜだろう、切なさが混じっている気もした。
「だから、ヤエの幸せを取り戻しに行くぜ」
「……えっ?」
「あのリュウトの野郎、リュウキを北国に連れ戻して殺す気だ」
「なんですって? だったらどうしてわざわざシュキ城を通ったのかな」
「おそらく、シュウを欺く為だ」
「兄様を……?」
「ここへ来る前に、どうやらシュウに追い付かれたが、リュウトは振り切ったらしいな。一番近道に北の関所があるが、追い付かれないようリュウトは敢えて一番遠回りであるこの道を辿ったようだ。シュウはまんまと関所に足を運んでしまった」
「そんな……兄様は大丈夫でしょうか」
「心配ねえ。シュウは馬に乗って超特急でこっちへ向かっているぞ」
ハクが語り終わった頃には、朝陽が登り始めていた。
夜通し走り続け、ハクは疲労を感じたに違いない。速度を急激に落とした。
ヤエは、そんな彼の背中にそっと手を添える。
「……そんなことがあったのね」
「ああ。正直俺は、人間など皆同じだと思っていた。生命を軽んじている生き物なのだと。人間同士簡単に殺し合いが出来るんだから、動物なんてもっと簡単に殺せるんだと」
「……」
ハクは歩き始めるが、それでも進む速度は早い。
「でもあいつは……シュウは違った。あんなちっぽけな子供だったくせに、俺の盾になりやがって」
「兄様は正義感が強いですからね」
ヤエがそう言うと、ハクが笑っているのが空気から伝わってきた。
「そうだな……。俺はシュウがいたから、自分を取り戻せた。精神を安定させられる。それに、大事なものを守ると覚悟も決められたんだ」
その言葉を聞き、ヤエは胸が熱くなる。当たり前のように今まで自分のそばにいてくれたハクに、そんな想いがあったなんて知らなかった。ヤエは感涙しそうになる。
「ハク」
「ん?」
「ありがとう。あなたがいてくれて私は幸せだよ」
それからヤエは、背に乗りながら彼にギュッと抱き付いた。ハクの心臓の鼓動が、この上なく早くなっていくのを感じる。
「……ヤエの幸せは、他のところにあるぞ」
「どういうこと?」
「見てみろ」
ハクはそこで歩みを止めた。
彼に抱き付く力を弱め、ヤエは前方に目を向けた。
──数百歩先に、聳え立つ巨大な城壁が見えた。朝陽を浴び、石でできた頑丈そうな立派な壁は、存在感が凄まじい。周辺には川が流れ、守備が徹底されているように思える。大門の奥の遥か先に、本城のような建物が見えた。
ハクはゆっくりと木陰に身を隠すと、じっと城の方を見つめる。
「あそこは、西国最西端の地だ。城壁内に大規模の城下町があり、その更に西側に行くと『シュキの城』がある」
ヤエは目を見開いた。
──西国宮廷の所在地、シュキ城。ヤエは正に、初めてその姿を目にしたのだ。
ハクは静かに唸る。
「これから、決戦が始まる」
「……決戦?」
「南西の方角を見てみろ」
ハクの口調が鋭くなる。怒りが込められているようだ。
言われたとおり、ヤエは視線を移した。
城外は平地が広がっていて、峯木がまちまちと佇んでいるのみだ。
「……あれは」
城門より更に数千歩ほど離れた場所に、一台の輿車が停まっているのが見えた。衛兵らしき者はいない。
二頭の馬を休ませているのだろうか、朝陽がよく当たる所に停車している。
ヤエは遠方からその輿車を見て、あることに気がついた。
「あれは……北国のもの?」
既視感がある。
輿には簾が掛かっていて中に誰が乗っているのか見えない。一人御者の様子が見えたが──その者は北軍の鎧を身に纏っていた。
「あの輿の中にはリュウキがいる」
「リュウキ様がっ?」
「リュウトに捕らわれたようだ」
「どうして……。ハクは分かるの?」
するとハクは憂いある声で続けるのだ。
「特異能力だよ。俺は、ヤエやリュウキのように物理的な力はないがな。それこそ、妖術のような力はある。遠方の状況が目に映るように認知できるんだ」
ハクの話に、ヤエは息を呑む。
「意識を集中させると、脳裏に流れてくるんだ。数十里先までの状況がな。目視感覚だけじゃなく、その場の匂いや気温、空気が肌で感じられるんだ。……俺は今までこの能力を駆使して、ヤエたちの旅路を支えてきたんだよ」
その話に、ヤエはハッとした。いつも危機が迫った際に、彼が助けに来てくれたことを。その能力があったからこそ、なのか。
それと同時に、常に監視されていたのかと思うと、胸がざわつく。
「……ハクは、私たちの旅の様子を、ずっと見ていたの?」
「まあな」
「……どこまで?」
まさか、とは思う。あの、北北西の山での出来事もハクには見られていたのか?
ヤエは頬を熱くしながらも問いただす。
「会話も聞こえたりするの?」
「もちろんだ」
「それじゃ……全部、見てたのね?」
「……」
ハクは一時黙り込む。顔は無表情を貫いているが、気まずさが醸し出されている。
「もう、ハクったら……」
「すまない。悪気はなかった。怒ったか?」
「怒ったんじゃなくて、恥ずかしい」
「そんなことねえよ。人間はそういうことをするもんだろ? 俺にはよく分からねえが。ヤエが、記憶を取り戻す前に、リュウキに対する好きの気持ちが伝わってきて俺は──」
「待って、もうやめて」
いくらなんでもそれ以上は聞きたくない。ヤエの耳まで熱くなる。
「悪い悪い」などと言いながら、ハクは再び明るい声になるのだ。しかし、その瞳はなぜだろう、切なさが混じっている気もした。
「だから、ヤエの幸せを取り戻しに行くぜ」
「……えっ?」
「あのリュウトの野郎、リュウキを北国に連れ戻して殺す気だ」
「なんですって? だったらどうしてわざわざシュキ城を通ったのかな」
「おそらく、シュウを欺く為だ」
「兄様を……?」
「ここへ来る前に、どうやらシュウに追い付かれたが、リュウトは振り切ったらしいな。一番近道に北の関所があるが、追い付かれないようリュウトは敢えて一番遠回りであるこの道を辿ったようだ。シュウはまんまと関所に足を運んでしまった」
「そんな……兄様は大丈夫でしょうか」
「心配ねえ。シュウは馬に乗って超特急でこっちへ向かっているぞ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる