【完結】炎の戦史 ~氷の少女と失われた記憶~

朱村びすりん

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第十三章

115,ヤエの戦い

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「待ちなさい!」

 輿車よしゃがついそこまでの距離に追い付くと、間を置かずヤエは剣を引き抜いた。輿前に立ちはだかり、構えの姿勢を取る。

 御者の男は突如現れたヤエを前に目を見開いたが、すぐに怪訝な顔になった。

「お前は、まさか……陛下を裏切ったソン・ヤエか?」

 馬たちを一度停止させ、御者は長槍を手に取った。サッと輿車から降りるとヤエの前に立つ。

「無駄な戦いは望まないわ。リュウキ様を返してほしいだけなの」
「ふん、小娘が。怖じ気ついたか?」

 にやりと笑いながら、御者の男は大きく槍を振り回した。しかし──その腕はぶるぶると震えている。普段は戦場に立つことなく鍛えているわけでもないのだろう。そこらの兵とは比較できない程、力がないように見える。

 ヤエもさほどの武術があるわけではないが、氷の力は持っている。上手く力を放てば、この者を撃退出来るかもしれない。
 深く息を吐き、神経を集中させた。

 幻草の成分を浴びたことによって得た、氷の力。元凶になり得るし、大切なものを守る力にもなる。恐れてはいけない。たとえ力を得た理由が如何なるものだとしても。
 この乱世で生まれ、生き、ヤエは大切なものを失った。それらは、悲しみに暮れているだけでは取り戻せない。二度と取り戻せないものもたくさんある。
 それでも、前を向かなければならない。

 ヤエの胸が冷たくなっていく──。身体が凍りつくような恐ろしい感情などない。
 大丈夫、このまま意識を集中させればきっと。

「死ね、反逆者め!」

 御者の男は槍を構え突進してくる。
 ヤエはその場から動かず、襲いかかってくる男をじっと見つめた。
 この間、両腕からはじわっと水滴が溢れ出てきた。液体はすぐに固まり、氷となって鋭く形作られるのだ。
 ──今だ。

「いきますよ」

 男に向かって両手を翳す。瞬間、手先から氷の刃が飛び出した。目にもとまらぬ速さで男に向かっていき、瞬きをした次には──氷は男の右肩に突き刺さっていたのだ。

「うぁあ……!」

 御者の男は口から血を吐き、倒れこむ。
 その様子を眺め、ヤエは冷静になって話した。

「あなたの生命を奪う気はありません。リュウキ様を返していただけないでしょうか」
「くっ……! これしきの攻撃で勝ったと思うなよ」

 御者の男は震えながらヤエを睨んでくる。
 心底呆れ、ヤエは片手からもう一度氷の刃を放出し、男に向けた。

「何度も言わせないで。この氷であなたを切り裂くなど簡単なこと。死にたくないなら、私の要求に答えた方がいいわよ」

 冷たい氷の刃は、男の瞳の目の前で止まる。ヤエが少しでも動かせば、その目を一瞬にして潰せるだろう。
 大量の汗を流し、御者の男は口をガタガタと震わせた。
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