石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月⑭

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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―浴槽の隣に寝台を作れ。
 そう命ぜられた時、棟梁は眼をしばたたいた。
 相手の言葉の意味を計りかねたのだ。
―と、仰せになられますと?
―女一人が横たわれるほどの寝台を浴槽と同じ材質の檜(ひのき)で作るのだ。
 その時、棟梁は開いた口が塞がらなかった。
 好色な殿さまはこの湯殿で妾と戯れ合うことまで想定して、このような物を作れと命じたに相違ない。
―石澤さまが今度、妾を住まわせるための別邸をご本宅のある同じ敷地内に新たにお建てになったそうな。
 いつしか、そんな噂が真しやかに巷で囁かれるようになったのは、そのときからのことである。
 もっとも、興味本位の噂も嘉門が一向に肝心の妾を迎えようとしないせいで、ほどなく立ち消えになってしまったが。
 この棟梁は後に知ることになる。その時、離れを建てることに乗り気だったのは嘉門もさることながら、嘉門の母祥月院であったことを。時の老中という権力者を兄に持つ祥月院は親藩大名の姫君という高貴な出自を誇り、誰よりも一人息子の再婚には熱心であった。
 嘉門は一度、京の公家の姫君を正室に迎えている。むろん、これも母祥月院の働きかけがあってこそ実現したものに違いなかったが、権高で取り澄ました姫君は端から江戸の生活に馴染もうとせず、夫婦仲は冷淡なまま江戸に来て六年後に亡くなった。
 以来、嘉門は窮屈な結婚生活には辟易して、祥月院がいくら勧めてみても、妻を娶ろうとしない。このままでは石澤家の血が絶えると案じた祥月院は一計を案じた。妻を迎えるのが厭なのであれば、せめて側室を持つようにと息子に迫ったのだ。
 嘉門はこれにも最初は渋っていたが、しつこく母親に言われ、不承不承、その意を受け容れるに至った。
 ところが、いざ側女を探すと言っても、嘉門の気に入る女が見つからない。祥月院が身許もしっかりした眉目良き若い娘を伝(つ)てを頼って探し出し連れてきても、嘉門は見向きもしなかった。
―母上、私はもう上辺はいくら美しかろうと、心の冷たい、取り澄ました女はご勘弁蒙りまする。
 そう言って首を横に振るばかりで、話は進まない。祥月院はそれでもめげず、とりあえずはとまだ嘉門が側女を持つ前から、女を住まわせるための離れを建てさせたのだ。つまりは当の嘉門より母の祥月院の方が妾探しに意欲的であったといえよう。
 お民が与えられたのは、そのいわくつきの離れであった。小さいながらもちゃんとした座敷が三つ、納戸が一つ、更に厨房と湯殿までついた一軒家である。三間続きになった小座敷の一室がお民の居室のようで、八畳ほどの部屋の障子戸を開けると、広い庭が見渡せた。
 すぐ手前に紅梅の樹がひっそりと佇んでいるのが見える。可憐な薄紅色の花を一杯につけた樹が二月末の陽光に包まれていた。
 ふいにどこからともなしに鶯の啼き声が聞こえ、お民は弾かれたように面を上げる。啼き声は近くから響いてきているようだ。視線をゆっくりと動かすと、近くの紅梅の樹の枝に深緑色の小さな鳥が止まっていた。
 この鶯があのときと同じ鳥なのかは判らなかったけれど、半月前、和泉橋の近くで耳にしたときよりは、啼き方が上手くなっている。じいっと見つめている中に、ふと鶯と眼が合ったような気がした。黒い瞳をくるくると動かし、鳥は物言いたげに見つめている。
 お民が一歩前に向かって踏み出そうとしたその時、鳥はザッと梅の枝を揺らして飛び立った。その拍子に満開の花がはらはらと薄紅色の花びらを散り零す。
―待って、行かないで。
 お民は心の中で叫んだ。
 このまま自分を一人にしないで欲しい。こんな場所に閉じ込められる自分にとって、時折、気紛れに訪ねてくる小鳥だけが今は友達のような気がしてならなかった。
 そういえば、半月前に鶯の音(ね)を今年初めて聞いた。あの日、三門屋に行き、初めて石澤嘉門に出逢ったのだった。まるで値踏みするように、お民を底冷えのする眼光で射貫くように見つめていた男。
 あのような蛇のような眼をした男の許で本当にこれから過ごしてゆけるのだろうか。源治にも言ったとおり、これからの一年、自分が何をしなければならないのか、何のためにここに連れてこられたのかは覚悟しているつもりだ。
 しかし、それはそれとして、お民は自分にその瞬間(とき)与えられた場所で自分なりに力を尽くしたいと思っていた。他人(ひと)のために自分に何かできることがある―と考えること自体が思い上がりだと言われれば返す言葉もないけれど、それでも、自分でできることがあれば力の限り、相手のために働く、人とはそういうものだと思って、これまで生きてきたのだ。

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