石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月⑮

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 たとえ意に添わぬ日々を強いられることになっても、与えられた宿命(さだめ)を嘆き、毎日泣いてばかりいるのは、お民の性に合わない。
 お民がぼんやりと物想いに耽っていたその時、背後で襖の開く音がした。四季の花々を繊細な筆致で描いた襖にしろ、部屋にしつらえられた瀟洒な飾りつけ、調度などすべてが女主人を迎えるにふさわしい華やかな雰囲気である。
 お民自身も屋敷の門をくぐったときに身に纏っていた粗末な木綿の着物から、派手やかな紫色の地に桜の花が金糸銀糸で縫い取られた豪華な小袖に着替えさせられていた。石澤家に仕える女中たちの手によって美しく化粧を施され、きちんと結い上げたつややかな黒髪に朱塗りの櫛が映えている。
 お民が少し動く度に、櫛の傍に挿した桜の玉かんざしが揺れ、涼やかな音を立てた。明るい紫の着物を金色の豪奢な帯がいっそう際立たせている。
 ふいに入ってきた男を、お民は両手をついて迎えた。
 闖入者は大股で部屋を横切り、当然のように上座に座る。床の間にはこの季節にふさわしく墨絵で大胆に描かれた一輪の梅の花が掛軸として飾られている。その前にも白磁の大ぶりな壺に紅梅のひと枝が投げ入れられていた。
 床の間を背にしてどっかりと腰を下ろした嘉門は、感情の窺えぬ瞳でお民を見据えてきた。冷えた鋭い眼光に射竦められ、あたかも見えない鎖で身体を縛り上げられ、一切の動きを封じられてしまったかのようだ。
 男は少し距離をおいて座っているだけなのに、あまりの威圧感で金縛りに遭ったかのように身じろぎもできない。
 緊張と怖ろしさで、お民は小さく身を震わせた。
 と、フッと男が笑った。
「そんなに俺が怖いか?」
 身体の震えを止めようとしても止められない。お民が唇を噛みしめてうつむいていると、再び声がかかった。
「面を上げよ」
 それでもなお顔を上げようとせぬお民に少し苛立ちの混じった声。
「顔を見せろと申しておる」
 お民はハッと我に返り、咄嗟に顔を上げた。
 底光りを放つ視線が容赦なくお民を捉え、がんじがらめにする。
 あまりの恐怖に膚がザワリ、と粟立った。
 が、嘉門はお民をしばし見つめ、一瞬の後、かすかに眼を細めた。
「ホウ、見違えたな」
 満足げに頷くのに、お民は小さな声で呟いた。
「馬子にも衣装と申しますから」
 当人としては、はるか上座の男には聞こえぬとタカを括って言ったつもりだったが、どうやら耳ざとく聞かれていたらしい。
 愕いたように軽く眼を見開き、お民をまじまじと見つめた。
「俺が怖ろしくて、そのように震えながらも、相変わらず負けん気だけは強いようだ」
 揶揄するような口調だが、皮肉げな響きはない。来る早々、嘉門を怒らせてしまったかもしれないと蒼褪めたお民は、そのことにホッと胸撫で下ろした。
 今日の嘉門は半月前に初めて見たときほどの陰鬱な翳りは感じられず、機嫌も良いように見える。
 こうして間近で見ると、嘉門がなかなかの男ぶりであることが判る。殊に少し上向き気味に切れ上がった二重の瞳の形は良く、これがくちなわのように冷たい光を帯びていなければと惜しまれるほどだ。
 嘉門の表情がこれまでとは別人のように穏やかなのに勇気を得て、お民は躊躇いがちに切り出した。
「あの―、私は何をすればよろしいのでしょうか」
 嘉門の表情は変わらない。
 お民は懸命に続けた。
「どのような仕事でもさせて頂きますから、何でもお申しつけ下さい」
 相も変わらず沈黙の嘉門に向かって、焦って言う。
「私、お裁縫は苦手ですけど、こう見えても料理は少しは得意なんです。亭主も私の作った卵焼きは最高だって言ってくれるんです」
 言ってしまった後、お民はハッとした。嘉門の表情が見る間に険しくなったからだ。
「そなたは下女中のように皿洗いや庭掃きをする必要はない」
 形の良い眼(まなこ)をまた、あの冷え冷えとした光が覆った。
「そなたの務めは俺の子を生むことだ。勘違いはせぬことだ。そなたはこの屋敷に下女奉公に参ったわけではない。この一年間、そなたは俺の側近く仕えることになる。その間は、そなたは他の誰の物でもない、この俺の所有に帰することになる。恋しい男の許に帰りたければ、一日も早く俺の子を身籠もるが良い。子が生まれた暁には、すぐにそなたを自由にしてやろう。だが、この屋敷を出るその日が来るまでは、二度と亭主はむろん他の男の名など呼ぶことは許さぬ。さよう心得おけ」
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