石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月㉜

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 そのふた月後。
 お民は夜半にふとめざめた。
 また、悪夢にうなされていたのだ。
 身ごもったことが判ってからも、お民はしばしば、夢に悩まされた。
 得体の知れぬ黒い大きな影に追いかけられる夢。焔に灼き尽くされようとする夢。
 どれも禍々しく、不吉なものばかりであった。
 最近、嘉門は夜よりも昼間に姿を見せることが多い。医者と祥月院から、弱り切ったお民と褥を共にするのを止められているからだ。
 時折、嘉門が欲情に翳った眼でお民を見つめたり、手を伸ばしかけるときはあったが、流石に、これ以上房事を続ければ、お民どころか子の生命にまで拘わる―と宣告されれば、伸ばしかけた手を引っ込めないわけにもゆかないらしかった。
 夜の務めから解放されてからというもの、お民は日毎に体力を取り戻し、腹の子が五ヵ月に入る頃には、あれほどひどかった悪阻もぴたりと治まり食欲も戻った。
 今では、以前と変わりないほどまでに健康を取り戻している。恐らく、嘉門との夜毎の荒淫は、お民の身体だけではなく心をも相当に蝕んでいたのだろう。
 妊娠六ヵ月めを迎えた現在、お民の腹はふっくらと丸く膨らんできて、帯を締めていても、ひとめでそれと判るようになった。時折、腹の子が腹壁を蹴るのさえ自覚できる。
 しかし、腹の子が順調に育っていることは、お民に何の感慨ももたらさなかった。
 嘉門に慰みものにされ続けた汚辱の証明、毎夜、脚腰も立たぬほど容赦なく責め立てられた辛さや哀しさはいまだに消えやらず、お民を苦しめる。
 そう思えば、愛着どころか、かえって厭わしさすら感じるほどだ。
 お民はつと立ち上がり、褥から出た。部屋の障子戸を開き、静かに佇む。
 紫紺の空に紅い月が掛かっていた。
 赤く熟した果実の豊潤な香りが鼻腔をくすぐる。
 この季節、庭の石榴は実りの瞬間(とき)を迎えていた。毒々しいほどに紅い実が幾つも鈴なりになっている樹を、お民はしばらくの間、見上げていた。
 よく熟れた石榴の実を思わせる円い月、不吉なほどに紅く染まった、けれど、この世のものとも思えぬほど美しい月。その月の光を浴びて、石榴の実はいっそうその色を濃く深くしている。
 気の早い虫の声が繁みの向こうから響いてくる。昼間はまだ残暑の厳しい葉月下旬は、夜になっても昼の暑熱の余韻を残している。
 悪夢を見たせいもあってか、うっすらと汗ばんだ額にひとすじ、前髪が張りついていた。その髪をうるさそうにかき上げたその刹那、お民は下腹部からつうっと生温かいものが溢れ出るのを感じた。その何とも厭な感覚は太股をつたい、脚を濡らしている。
 お民は何げなく脚許を見て、小さな悲鳴を上げた。
 血が、紅い血がひろがっている。
 そう、丁度、夜空に昇った今宵の月のように紅く、石榴と同じ色をしたもの。
 私の血が身体から溢れ、大地を不吉な色に染めようとしている。この色はきっと罪の色―。
 私が、私の身体を欲しいままに辱めた男が、犯してしまった過ちを御仏が罰せられたのだ。いっそ、このまま、身体中の血が流れ出てしまえば良い。
 そうすれば、私もやっと死ねるだろう。
 忌まわしい想い出も辛い記憶も何もかも棄て、幸せだった頃の想い出だけを胸にしまって、永遠(とわ)の眠りにつくことができる。
 私の流した血が大地に還(かえ)れば、その血も大地を潤す糧となり、私たちの犯した罪も浄化されるに違いない。
 お民は、ぼんやりと月を見上げながら、泣いていた。
 自分でも何が哀しいのか判らなかったけれど、涙はとめどなく溢れ続け、白い頬を濡らす。眼から涙を流し、下からは血を流しながら、お民はその場に立ち尽くす。
 隣室で眠っていた侍女が異様な気配に気付き、起き出してきたようだ。寝間へと続く襖を開けた侍女の眼に映じたのは、何とも凄惨な光景だった。
 月を見上げて、うっすらと微笑みながらも、何故か泣いている女主人を見、更にその脚許を見た侍女は絶叫した。
 この館の主が異常なほどの執着を見せて寵愛する美しき側女の脚許には血溜まりができていたのである―。
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