石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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石榴の月 第二話㊳

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 所帯を持ってから、お民はなかなかができないのを気にしていた。源治は、おの焦りと不安を誰よりよく知っていたのだ。 それなのに、自分はいまだに源治の子をむことができないでいる。源治の女房となてから二度も身籠もったのに、その子はすて石澤嘉門の種だった―。
 暗澹とした想いに沈むお民の耳を、源治しみじみとした声が打った。
「だから、お前に子ができたと知って、嬉くもあるんだぜ」
「でも、お前さん。この子は―」
 ふいに強い力で引き寄せられ、顔を覗きまれた。
 心に反して振り払おうとしたけれど、男手は強く身体を包み込み、容易く外れないガのようだ。その力が心地良い。
 お民は、頭を源治の胸に預け、眼を閉じた。「それ以上言うな。たとえ誰が何と言おうとお前の腹の子は、俺の子だ。お民、お前はの子を生むんだ、な?」
 いつもは寡黙な良人らしからぬ早口と長上に、開きかけた唇を止められる。
 ほとばしりそうなものを懸命に抑えたよな声の響きに、源治の葛藤を痛いほど強くじた。
「お前さん―」
 お民は源治の逞しい胸から顔を離し、良を見上げる。
 何があっても受け止めてくれそうな懐のさを感じさせる微笑に、お民はもう何も言なかった。
 朝の透明な光が水面の睡蓮をやわらかくみ込むように照らし出していた。

 その翌日は、からりと晴れた。
 蒼い空の涯(はて)に、刷毛で描いたような白雲ひとすじ浮かんでいる。
 お民は竹籠を両手で持ち、樹の下から不げに頭上を仰いでいた。
「本当に大丈夫なんですか? うっかりして落っこちないで下さいよ」
 お民が下から叫ぶと、枇杷の樹に登った治も負けじとばかり怒鳴り返してくる。
「大丈夫だよ。これでもガキの頃は木登り達人の源ちゃんと呼ばれたんだ」
 と、妙なことをさりげなく自慢しながら源治は器用に鈴なりになった枇杷の実をもでゆく。もいだ実はすべて下にいるお民にってよこされ、お民の役目は専ら源治が今も落ちるのではないかと案じながら、枇杷受け止めることであった。
 やがて、籠が一杯になった頃、ようよう治が樹から降りてきた。見れば、するするまるで猿のように達者に降りてきた。登るきも、ひょいひょいと巧みに枝から枝へとなげなく渡っていったが、木登りが得意とうのは満更嘘ではないようだ。
「流石というか何というか、お前さんが自で自慢するだけはありますね。まるで猿のうだわ」
 お民が心底から唸ると、源治はむくれた。「何だ、その猿というのは。人を山猿のよに言うなよ。もちったァ、上手い賞め方はいのか」
「だって、猿は猿ですもの。ううん、山猿よりもお前さんの方が上手かもしれませよ」
 お民が笑いながら言うと、源治もまた笑になった。
「良かった、やっと笑ったな」
 え、と、お民は眼を瞠った。
「昨日からずっと思ってたんだ。しばらくを見ねえ間に、どうもお前はすっかり笑わくなっちまってる。どうしたら前のようにわせられるかなと思って、これでも、からしない知恵を絞り出して思案したんだ」
「お前さんったら」
 お民の胸に熱いものが込み上げる。
 源治の優しさが身に滲みた。
 村外れの一軒家の庭には今、枇杷の実がわわに実っている。
 お民と源治はこの家で共に暮らし始めた。 昨夜も遅くまで話し合い、お民はついにの子を源治の子として生み育てることを決したのだ。
 何より、お民の心を動かしたのは源治のしさだった。
―それ以上言うな。たとえ誰が何と言おうとお前の腹の子は、俺の子だ。お民、お前はの子を生むんだ、な?
 あの言葉を、お民は生涯忘れないだろう。 この男となら、一生歩いてゆける。
 いや、一生、ついてゆける。今度こそ、とえ何が起ころうと、この男の傍を離れまい 固く固く心に誓った。
 源治が山盛りになった籠から一つ、橙色実をつまんだ。
「さ、食べろ」
 お民が愕いて源治の顔を見ると、源治がッと笑った。
「暑い時期でも、これならさっぱりとしてを通るだろう? これから腹の赤ン坊もどどん大きくなるんだ。食べられねえから食ねえっていうのは駄目だぞ」
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