石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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柘榴の月 第三話⑩

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 ほの暗い部屋の一角に、ひっそりと浮かび上がる黄金色の花。その花をお民も源治もただ黙って見つめていた。
 夜明けの光が窓に填った障子濃しに差し込んでいる。お民はともすれば溢れそうになる涙をこらえながら、次第に明るさを増してくる朝の光に眼を細めた。
 
 結局、源治は左腕を骨折していた。痛みがどんどん烈しくなり、さしもの我慢強い男も根を上げて近くの町医者に診て貰いにいったら、案の定、骨を折る大怪我であった。
 利き腕ではなかったのと、医者の診立てでは、左官の仕事にも影響が出るような後遺症はないだろうとのことに胸を撫で下ろした。
 それにしても、石澤嘉門とは怖ろしい男だと、お民はつくづく思い知らされた。白い包帯で腕を吊っている源治の姿は痛々しい。左眼の回りの腫れもいまだ引かず、小さな擦り傷、切り傷ならば数知れなかった。
 源治のそんな姿を見る度に、お民は哀しいけれど、龍之助のことは諦めるしかないのだと思うのだった。
 これ以降、龍之助は石澤家の世継として育てられることになる。いかに冷酷な嘉門や祥月院といえども、龍之助は彼等のれきとした血を分けた子であり、孫である。ましてや、あれほど石澤家の跡目を継ぐべき世継を欲していたからには、龍之助は大切に育てられるのではないか。
 せめて今はそう思うことが、お民のたった一つの救いでもあった。
 源治はしばらく仕事には出られない。というわけで、腕が治るまでは、徳平店で日がな過ごすことになった。とはいっても、お民は一日中、花ふくの方で働いているため、源治が一人で留守番をするといった恰好になる。
 そんなある日のことだった。
 龍之助がおらぬまま日は過ぎ、いつしか半月が経っていた。
 夜半、お民は眠れぬままに床の中で幾度も寝返りを打った。まだ神無月の半ばではあったが、その夜は夕方から風が出て、空も鈍色の雲が低く垂れ込め、江戸の町の上を覆っていた。まるで気分まで陰鬱になるような空の色であったが、いつものように閉店間際に迎えにきた源治と共に、徳平店に戻った。
 松之助を背に負うた源治と並び、暗い夜道を物も言わずに辿った。松之助と龍之助は双子だけに、眉目形が酷似している。時折、松之助を〝龍(た)っちゃん〟と呼んでしまい、ハッとすることもあった。
 まだ二歳の来ぬ幼児が兄の不在を理解しているかどうかは判らない。それでも、生まれる前からいつも一緒であった兄がおらぬことを、松之助なりには判ってはいるらしい。
「おっかちゃ、兄ちゃはどこにいるの」
 あどけない声で最初に問われた時、お民は言葉を失った。
「兄ちゃんは遠いところに行ってしまったんだよ」
 やっとの想いでそれだけを応えた。
 が、しばらくして更に松之助は訊ねてきた。
「もう、帰ってこないの?」
 その言葉に、お民は凍りついた。
 そう、龍之助はもう二度と帰ってはこない。
 たった一人の大切な世継がその日暮らしの裏店住まいの女を母親に持つなぞ、石澤家の人々はけして認めたくはないだろう。
 龍之助とは親子の名乗りもできないし、また、してはならないのだ。
 龍之助のことを諦めると決めたときから、それは覚悟はしていたけれど、現実に認識するのは辛いことだった。
 松之助はなおも龍之助と瓜二つの切れ長の瞳をまたたかせ、不思議そうな顔でお民を見つめていた。
 お民はそんな松之助をひしと抱きしめ、この子だけは何があっても離さないと思った。
「おっかちゃ、痛いよ」
 あまりにきつく抱きしめたため、松之助が不満そうに口を尖らせたものだ。
 龍之助も松之助も、愕くほど嘉門に似ていた。殊に涼しげな眼許は父親譲りのようだ。男の子だから実の父親に似たのかもしれない。
 源治もこのところは塞ぎがちで、以前は冗談をよく言ってはお民を笑わせていたのに、この頃はろくに口をきかない。
 ただ松之助がいてくれることが、二人にとっては大きな救いであった。
 その夜も源治は帰るなり、薄い夜具に潜り込んだ。お民はいつも昼過ぎにいったん徳平店に戻る。夕飯の支度を済ませてから、再び店に取って帰すのだ。
 その日に用意してあった夕飯には全く手が付いていなかった。お民に背を向けて横たわる良人を、お民は切なく見つめた。
 源治が龍之助を思って無口になっているのは判っているが、それでも面と向かって無視されているかのような態度を取られると、やるせなかった。
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