石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ

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柘榴の月 第三話⑪

石榴の月~愛され求められ奪われて~

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 まるで龍之助がいなくなってしまったことがお民自身の責任だと無言の中に責められているような気がしてくるのだ。
 夜半から、とうとう降り出したようだった。初めは小さかった雨音は徐々に大きくなり、直に屋根を打つ音が耳につき始めた。
 静まり返っているだけに、雨音が余計に大きく聞こえてくるようにも思え、お民は更に眠れなくなった。
 何度めかの寝返りを打った時、背を向けていた源治が唐突に口を開いた。
「眠れねえのか」
「ええ」
 お民は頷いて、床の上に身を起こした。
 「風が」と言いかけ、ゆるりと頭を傾ける。
 耳を澄ませてみても、雨が降り出すまであれほど荒れ狂っていた風の音は既に止んでいた。
「風は止んだようですね」
「ああ、一時は野分か嵐になるのかと思ったがな」
 源治もまた床の上に起き上がったようだ。
「何だか風の音を聞いてたら、余計に眠れなくなっちまって」
「―」
 源治は無言だったが、お民は構わず続けた。
「風の音があの子の泣き声のように思えてならないんですよ」
「どうしてるかな、今頃」
 まるで独り言のように、ポツリと源治が洩らした。
「あの子は松之助と違って、やんちゃな割には臆病ですから、風の音に怯えて泣いたりはしていないかと心配で」
 お民が言うと、源治が小さな声で言う。
「五百石取りの殿さまの倅になったんだ。大切に育てられてるだろうよ。乳母とか誰かが始終、傍についてるんじゃねえのか」
「でも、実の母親のようなわけにはゆきませんよ」
 言ってしまってから、お民はハッとした。
「済みません。言わなくても良いことでした」
 源治はお民の気を少しでも慰めようと口にしたのに、つい逆らうようなことを言ってしまった。
「良いんだ、俺もお前の気持ちも考えねえで、余計なことを言っちまった。お前にしてみれば、自分が傍にいてやりたいのに、見も知らねえ赤の他人に龍を任せなきゃならないのは、たまらないだろうからな。悪かったよ」
 お民は微笑み、緩く首を振った。
 源治とこうやって心から素直に話し合えたのは久しぶりのような気がする。それが少しだけ嬉しかった。
 源治がお民を見て、吐息をついた。
「俺ァ、龍がいなくなっちまって、まるで自分の身体の一部がどこかに持ってかれちまったように思えてならねえんだ。だけど、よくよく考えてみりゃア、辛えのは俺だけじゃねえ。お前は、龍を腹を痛めて生んだ母親だ。俺なんかよりもっと辛い想いをしてるんだから、もっと労ってやらなきゃならねえのに、俺は自分の気持ちばかりに引きずられて、お前のこと考えてやらなかった」
「良いんですよ、そんなこと。お前さんの気持ちは本当にありがたいと思ってます。これ以上、望んだら、罰(ばち)が当たりますよ」
 それは、心からの言葉だ。実の子ではない子を我が子としてその腕に抱き、慈しみ育てる―、なかなか誰にでもできるものではない。
「止せやい。また水臭え他人行儀なことを言いやがって。手前のガキのことをてて親が心配するのは当たり前じゃねえか。何も改まって礼を言われるほどのことじゃねえや」
 お民は微笑んで頷いた。
 その時、表の腰高障子が荒々しく叩かれた。
 源治が弾かれたように顔を上げる。
「夜分に申し訳ござらぬ。それがしは石澤家用人、水戸部邦親にござる。お方さまに火急のご用があり、こうしてまかり越した次第」
 その切迫した声に、お民と源治は顔を見合わせた。

 それから四半刻後、お民は石澤家から寄越された駕籠の中の人となっていた。真夜中に水戸部が徳平店を訪れた理由は、あろうことか、〝若君さまご危篤〟というものだった。
 お民はむろん、源治も共に行きたいと申し出たのだが、それは却下された。水戸部は源治に向かって頭を下げた。
―お方さまの身柄は必ずやご無事にその方にお返し致そう。この水戸部の生命に代えても、この約定は守るゆえ、今は辛抱してくれ。
 源治が石澤の屋敷に行きたいと言った気持ちを、水戸部は正確に理解していた。我が子として育てた龍之助の身を案ずると共に、また女房の身をも心配していたのだ。
 お民への嘉門の執着は並外れている。それは一度は暇を出しながらも、しつこくつけ回し、ついには軟禁して手籠めにしてしまったという事実でも明白だ。
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