【R18】私が後輩のセフレに沼ってから別れるまでのお話。

志貴野ハル

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第2章

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 普段は飲みサーでも、四月から六月にかけてのサークルはなにげに忙しい。
 周りに小、中、高校が並んでいるという立地のため、四月は近所の小中学校の保護者に交ざって登下校指導をする。
 五、六月はボランティア部の中学生と一緒に放課後、通学路のゴミ拾いをしたりとそれなりに真面目なサークルらしいことをした。
 講義とレポートで忙しかったり、バイトを始めたり単にめんどくさかったりで、ぼちぼちと減っていくサークルの新メンバーの中、ユウマくんは律儀にどのボランティアにも毎回出ていた。
 毎週金曜日に行われる「お疲れ様会」というただの飲み会にも、ソフトドリンクで参加してくれる。
 そういう素直さがいいのだろう。彼はあっという間に誰からも可愛がられるようになって、あっさりとサークル内での居場所を確保していた。
 飲み会ではぼーっとしているようで、さらっと核心を突くようなことを言ったり、歳上に対して敬語を忘れたりしても、長身で顔がいい分、何を言っても許されてしまうお得キャラになっている。
 そんなユウマくんは飲み会が中盤を過ぎると、必ず私のところへやってきた。

「ステルス先輩、避難させて」
「誰がステルスよ」

 酒の入った上級生の無茶ぶりを適当にあしらっているユウマくんを眺めながら、相変わらず座敷の隅に座ってひとりで飲んでいると、目が合って寄ってきた。
 すとんと隣に座って、数秒、お互いに何も言わない。

「ねぇ、今日も行っていい?」

 初めて会ったときのように体育座りで周りを見渡しているユウマくんが、隣の私ですら聞こえないくらいの小さな声で訊ねてきた。

「……だめって言ってもついてくるくせに」
「うん」

 何も面白いことは言っていないのに、立てた両膝の中に顔を突っ込んで肩をふるわせながら、くつくつと笑う。誰かお酒でも盛ったのだろうか。やけに機嫌がいい。
 会話らしい会話をろくにせず、隣に座って五分も経っていない。
 それなのに、私と違って座敷の隅にいても存在感を消せない彼は、あっけなく二年の女の子達に見つかって囲まれてしまった。
 きゃあきゃあとテンションの高い彼女たちの話を、彼が冗談めかして「うるさい、酒臭い、寄るな」と言いながら捌く。それにめげずに絡んでいく女子達。まるでアイドルとファンだ。
 どれだけ飲んでも、あの集団の中では彼女たちと同じテンションは出せない。かといってこの光景を黙って見ていられるほど心が広くない。
 居心地の悪くなった私はトイレに行くふりをして席を立った。
 他のサークルも飲み会をしているらしい。仕切られた襖の向こうで騒がしい声が響いている。
 トイレへ続く通路を歩いていると、前から元彼がやってきた。目が合って片手を上げながら近づいてくる。

「なに、具合悪いの?」
「んー、全然、普通にトイレ」
「だよな、お前、酒強いもんな」
「そうだね。ていうか、あんたの彼女、一年生にちょっかい出してるよ」
「ん? あぁ、ユウマだろ。最初、地味だと思ったらびびるくらいイケメンだったっていう」
「私が最初にイケメンだと気づきました」
「生産者の声みたいに言うな」

 軽口を言い合いながら笑いあう。こうして世間話をしたのは久しぶりだ。元彼の隣にはいつも現彼女がいて、私はサークルの業務連絡を聞くだけで彼女に睨まれていた。
 だけど今の彼女は、ユウマ君がお気に入りのようだった。
 今まで何をするにもどこへ行くにも元彼にべったりだったのが、今度は同期の女友達を連れてユウマ君のところへ頻繁に行くようになった。
 サークルの中では私を含めて、彼女のそのあからさまな姿に呆れる人が何人かいたけど、余計な波風は立てたくないからか、指摘する人はいなかった。そうして根も葉もない噂ばかりが流れていく。

「別れたわけではないんだよね?」
「誰が? 俺らが? 別れてねえよ」

 元彼が半笑いのまま早口で否定した。噂が耳に入っているのか、それとも本気で心外だったのか、否定しておいてみるみるうちに真顔になっていく。
 あ、まずいことを言ったかも……。

「じゃあ、また後で」
「ん、おう」

 すぐに謝りその場から離れて何の気なしに振り向くと、元彼が小走りで座敷までの角を曲がっていくところだった。
 面倒なことにならなきゃいいと思いながら、修羅場になってしまえとも思う。
 余計なことを言ったのは自分なのに、そんなことを考えながらトイレの個室で時間をつぶした。
 だってあの子が悪い。彼氏がいるくせに他の男の人にちょっかい出してきて。言い訳ができるように複数で近づくなんて、よっぽどたちが悪い。嫌い。本当に大嫌い。


 しばらくすると同じサークルとおぼしき後輩集団が入ってきて、個室に私がいることも知らずに大声で話し出した。
 元彼が座敷に戻ってからやっぱりなにかあったのか、「すごかったね~」と口々に言いあう。

「部長、あれ絶対怒ってたよね」
「てか、ビッチの自業自得じゃん? 同じサークルに彼氏いるのに他の男にべたべたしてさ、男漁りに来てんのかよって」
「えー、最初からそうじゃん、あいつは。先輩もかわいそうだよね、悪者にされて」

 部長というのは元彼のことで、「ビッチ」というのは彼女のことなんだろう。そして「かわいそうな先輩」というのは、……私のことか。
 メイクでも直しているのか、カチャカチャとプラスチックのぶつかる音がトイレに響く。
 元彼とその彼女の話題はすぐに尽きて、その代わり、後輩たちによる「かわいそうな先輩」の話はまだ続いた。

「周り巻き込んですごい振られ方したのに、よく元彼と同じサークルにいられるよね」
「私だったら無理なんだけど」
「部長のこと、まだ好きなんじゃない?」

 甲高い笑い声が二重三重に重なった。蓋を閉めたままの便座に座りながら、「もう好きじゃないし」と心の中で毒づく。
 ……完全に出るタイミングを逃した。
 ここで出て行けば、さらにサークル内が気まずくなるのはわかっている。だから私は飲み過ぎて具合の悪くなった人のフリをしながら、彼女たちが出て行くまで個室を占領した。


 飲み会が終わっても、二次会へ行こうとしているメンバーが次の場所をどこにするのか決めかねていて、店の前でたむろしている。
 まっすぐ家に帰る私は誰に言うでもなく「お疲れ様でした」とだけ伝えて、その合間をすり抜けた。
 今日は、なんだかやけに疲れたな……。
 後輩たちの、聞きたくもない本音を聞いてしまったからだろう。
 やっぱり元彼と別れるタイミングでサークルも辞めるべきだった。
 特に仲のいい人なんていないのに、どうして居座ってるんだっけ。……あぁ、寂しいからか。
 一人で歩きながらぼんやり考えていると、いっそう気分が暗くなる。
 盗み聞きしてしまったとはいえ、本心が詰まっている彼女たちの会話はかなり堪えた。

「先輩っ」

 繁華街を抜けて、とぼとぼと大学近くの街灯の下を歩いていると後ろから大きめの声で呼ばれた。それと同時に強い力で腕を引っ張られる。

「部屋に行くって言ったのに、なんで先に帰るんですか」

 ユウマくんだ。
 走ってきたのか、少し息が上がっている。

「……あー、囲まれてたから二次会行くんだと思ってた」
「行かないって。囲まれてるの見てたなら助けてよ」

 「ごめん」と言って笑ってみせる。むうっとしかめっ面をしている彼は、駄々っ子のように私の腕をずっとつかんだまま離してくれない。やっぱりお酒を飲んだのか、性格が少し幼くなったように感じる。いつもの彼はこんなに感情を出さない。普段からこれくらい素直でわかりやすかったらいいのに。

「……一緒に帰ろっか」
「うん」

 つかまれた腕がほどかれて、ユウマ君の長い指先が今度は私の手を握る。突然のことで思わず顔を見上げると、目が合った。

「なに?」
「ううん、なにも……」

 一回一回、ドキドキしているのは私だけか。
 歩幅の大きい彼に合わせて急ぎ足で歩いているうちに、話題は自然と今日の飲み会のことになった。
 「人付き合いが苦手だって言ってたのに、みんなと仲良くできてるね」と私が言うと、彼は「おもちゃみたいに扱われてるだけだよ」と興味なさそうにする。

「でも最後の最後まで、女の子に囲まれてたし」
「俺、ああいう高い声の女の人たち嫌い」

 すっともう一段階、声のトーンが落ちた。
 囲んでいた女の子の中には、当然のように元彼の現彼女が含まれている。サークルの中で唯一、私の嫌いな人。自分がいつも輪の中心にいないと、気が済まない人。
 彼も私と同じように、そういうタイプは嫌いだと聞いてほっとした。……性格が悪いのは自覚している。薄ら暗い気持ちを押し隠しながら、平然を装って訊ねてみる。

「へえ、なんで?」
「小、中って、あんな感じのうるさい女にずっとつきまとわれて、からかわれてたから、トラウマ」

 聞けば、そういう女の子に、ことあるごとに馬鹿にされてきたらしい。
 視力が低くて小学校低学年から眼鏡だったこと、クラスの女子よりも背が小さかったこと、足が遅かったこと、小食だったこと、本ばかり読んでいて、いじめてくる女の子より成績がよかったこと。それらが原因で目をつけられていたという。

「もしかしてその子、ユウマくんのこと好きだったんじゃない?」

 なんとなく察して聞いてみると、「え?」と彼が目を見開いた。

「なんでわかんの? 中学の卒業式の日にずっと好きだったとか言われたんだけど」
「ほら、好きな子をからかうって小さい子にありがちでしょ。気を引くために」

 さすがにそこまで好きな子の全人格を否定するほどではないけど、私にもなんとなく身に覚えがある。
 ちょっとしたことでからかったり、話しかけにいったり、目で追ったりした。

「いや、からかうっていうか、人格否定され続けてたんだけど」
「あー……なんていうんだっけ、試し行動みたいな感じ? こっちを向いてくれるなら好意でも敵意でもなんでも良いんだよ」
「……ふーん、気持ち悪」

 昔を思い出したからなのか、それともそういう女の人全体のことを指しているのか、ユウマくんが眉をひそめて忌々しそうに吐き捨てた。
 自分の小学校時代のエピソードをひけらかさなくてよかった。あやうく嫌われるところだったと、心の中で胸をなで下ろす。
 でも、そうか。ユウマくんはきゃーきゃーはしゃぐような女の子は嫌いなんだ。……覚えておこう。

「そういえば、先輩はそういうことしないね」
「え?」
「俺にまとわりついてきたり、無駄に話しかけてきたり」
「あぁ。でも最初はかなりうざ絡みしたと思うんだけど」
「最初だけね。あとは全然じゃん。飲み会でも話しかけてくれないし」
「ん、そうかな」

 久しぶりに人を好きになったから、一から情報収集するのが下手になっている。
 私が聞かなきゃユウマくんは滅多に答えてくれないし、毎週ないがしろにされている他の女の子達を見ているから、どこまで踏み込んで聞いていいのかわからない。うざいって思われたくない。
 昔は、それこそ高校生くらいまでは、自分も周りもわかりやすくて、もっとうまく好意を出せていた気がする。
 今は「彼が離れていかないように」「嫌われないように」というのが一番優先順位が高くて、自分の気持ちはその次だ。元彼に二股をかけられて振られてから、恋愛が難しく感じる。好意が報われないなら、いっそ気づかれないほうがいい。
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