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「大人になれなかった」少女の願い(2)
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行儀見習いとして私を受け入れてくれたのは、三大公爵家の一角である公爵家当主のご夫人だった。『先生』であるマリヴォンヌ夫人は、ご子息が成人した今でも社交界の華と呼ばれるお方なんだけど……とても優雅でお美しい方だった。
普通なら、上級貴族のご令嬢でもなければ、公爵家で行儀見習いなんてできやしない。でもモンベリエ伯爵夫人……つまりフェルのお母様が、特別にお願いしてくれたらしい。
『あのマリヴォンヌ様のもとでしっかりと学んだら、必ずやどこへ出ても恥ずかしくないご令嬢になれるわ』
――私、本当に、一年でこんなふうになれるのかな?
不安に感じながら、それでも未来のお義母様のご期待には応えたい。私は『親友』と再会する日を指折り数えながら、一心不乱に頑張った。
始めは失敗ばかりだったけど、だんだん褒められることが多くなってきた。嬉しくなってもっと頑張ったら、同じように見習いに来ていた他のどのご令嬢よりも、褒められることが多くなっていた。
その頃だった。はじめは陰で笑われるくらいだったのが、面と向かって悪口を言われるようになったのは。
「モンベリエの雌猿」
それが、私につけられた仇名だった。
「田舎の男爵令嬢ごときが、少しばかり法力が高いからと、いい気になって」
「貴族と言っても陪臣の娘が、どのようにしてモンベリエ伯爵令息を籠絡なさったのかしらね?」
「籠絡? まさか、このご容貌で、無理でしょう?」
今日も公爵邸の廊下で上級貴族の『ご令嬢』方に移動を邪魔されて、私は内心、ため息をついた。自分のことなら、いくら悪く言われても耐えられる。
雌猿という言葉には、醜女、売女という意味もある。真っ黒に日焼けして、下級貴族から伯爵家の正夫人にと望まれた私には……最適な罵りの言葉だったんだろう。
「モンベリエ伯爵家は名門のお家柄なのに、ご嫡男はこんな雌猿を迎えねばならないほどお相手に困っていらっしゃるのかしら」
「ねぇ貴女、かわいそうだから代わりに嫁いで差し上げたら?」
「嫌ぁよ。いくら名門でも、雌猿のお古だなんて」
――フェルのこと、何も知らないくせに!!
クスクス笑うご令嬢方に、私はとっさに声と手を上げようとして……でも、なんとかぎゅっと両手を握って耐えた。ここで挑発に負けたら、立場が悪くなるのは私なんかよりフェルナンだから。
「あなたたち、どうしたの? とっても醜いお顔をしていてよ?」
穏やかな声が響いた方へ、私たちがいっせいに顔を向けると……そこには私たちの『先生』が立っていた。
「こ、公爵夫人、わたくしたちは、ブエノワ男爵令嬢の不調法を注意していただけで……」
「あらわたくし、さきほどからずっとここにいたのだけれど。誰も気付いてくれないものだから、困っていたのよ?」
「も、申しわけ……」
顔色を変えて言葉に詰まるご令嬢方に、マリヴォンヌ夫人はにっこりと笑いかけ……だけど、ぴしゃりと言った。
「我々貴族がなぜ、父なる神から法力を授かったのか。もう一度、よく考えてごらんなさいね。……お下がりなさい」
慌てて去るご令嬢方を見送ってから、公爵夫人はあらためてこちらを向いた。
「ロズリーヌ、貴女はもう立派な淑女よ。初心舞踏会には、モンベリエ伯爵令息の随伴で出席するのでしょう? 二人に社交界で会える日を、楽しみにしているわね」
「……はい!」
普通なら、上級貴族のご令嬢でもなければ、公爵家で行儀見習いなんてできやしない。でもモンベリエ伯爵夫人……つまりフェルのお母様が、特別にお願いしてくれたらしい。
『あのマリヴォンヌ様のもとでしっかりと学んだら、必ずやどこへ出ても恥ずかしくないご令嬢になれるわ』
――私、本当に、一年でこんなふうになれるのかな?
不安に感じながら、それでも未来のお義母様のご期待には応えたい。私は『親友』と再会する日を指折り数えながら、一心不乱に頑張った。
始めは失敗ばかりだったけど、だんだん褒められることが多くなってきた。嬉しくなってもっと頑張ったら、同じように見習いに来ていた他のどのご令嬢よりも、褒められることが多くなっていた。
その頃だった。はじめは陰で笑われるくらいだったのが、面と向かって悪口を言われるようになったのは。
「モンベリエの雌猿」
それが、私につけられた仇名だった。
「田舎の男爵令嬢ごときが、少しばかり法力が高いからと、いい気になって」
「貴族と言っても陪臣の娘が、どのようにしてモンベリエ伯爵令息を籠絡なさったのかしらね?」
「籠絡? まさか、このご容貌で、無理でしょう?」
今日も公爵邸の廊下で上級貴族の『ご令嬢』方に移動を邪魔されて、私は内心、ため息をついた。自分のことなら、いくら悪く言われても耐えられる。
雌猿という言葉には、醜女、売女という意味もある。真っ黒に日焼けして、下級貴族から伯爵家の正夫人にと望まれた私には……最適な罵りの言葉だったんだろう。
「モンベリエ伯爵家は名門のお家柄なのに、ご嫡男はこんな雌猿を迎えねばならないほどお相手に困っていらっしゃるのかしら」
「ねぇ貴女、かわいそうだから代わりに嫁いで差し上げたら?」
「嫌ぁよ。いくら名門でも、雌猿のお古だなんて」
――フェルのこと、何も知らないくせに!!
クスクス笑うご令嬢方に、私はとっさに声と手を上げようとして……でも、なんとかぎゅっと両手を握って耐えた。ここで挑発に負けたら、立場が悪くなるのは私なんかよりフェルナンだから。
「あなたたち、どうしたの? とっても醜いお顔をしていてよ?」
穏やかな声が響いた方へ、私たちがいっせいに顔を向けると……そこには私たちの『先生』が立っていた。
「こ、公爵夫人、わたくしたちは、ブエノワ男爵令嬢の不調法を注意していただけで……」
「あらわたくし、さきほどからずっとここにいたのだけれど。誰も気付いてくれないものだから、困っていたのよ?」
「も、申しわけ……」
顔色を変えて言葉に詰まるご令嬢方に、マリヴォンヌ夫人はにっこりと笑いかけ……だけど、ぴしゃりと言った。
「我々貴族がなぜ、父なる神から法力を授かったのか。もう一度、よく考えてごらんなさいね。……お下がりなさい」
慌てて去るご令嬢方を見送ってから、公爵夫人はあらためてこちらを向いた。
「ロズリーヌ、貴女はもう立派な淑女よ。初心舞踏会には、モンベリエ伯爵令息の随伴で出席するのでしょう? 二人に社交界で会える日を、楽しみにしているわね」
「……はい!」
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