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楽しかったデート
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「君のことをもっと知りたいな。趣味は何?」
「趣味ですか?」
アンジェリカは考えこんでしまった。ピアノは勉強の一環だし、楽しんでやっているようなことは何もない。他人の目に晒されたくないから、学園以外で習い事に行こうなどと思ったこともないのだ。
「趣味はまだないのかな? 僕はね、観劇が好きだなあ」
「観劇ですか? そういえばアステリアは芸術が盛んでしたわね。いろいろな公演が毎日のように催されているのでしょう?」
「ああ。お高い公演から町の芝居小屋まで、年がら年中芝居は見られるんだ。こちらではあまり無いのかな」
「はい、年に数回です。私も一度だけ、父に連れて行ってもらったことがありました。とても美しくて楽しかった思い出があります」
それは、六歳以前の思い出だ。こんな顔になってからは父にどこかに連れて行ってもらったことはない。
「アステリアに来ればいつでも見られるよ。ぜひ遊びにおいで」
「はい、ありがとうございます」
建前だとわかっていてもこう言ってもらえるのは嬉しかった。
「あとは、そうだなあ、遠乗りかな」
「乗馬ですか? 乗馬は私も大好きです」
「本当に? 意外だな、こんなお淑やかな女性が乗馬好きだなんて」
「馬は、顔で人を嫌ったりしませんから」
つい本音を漏らしてしまったアンジェリカ。ヴィンセントは少し悲しそうな顔をした。
「君がどうしてそんなに自分の顔を嫌っているのか僕にはわからない。でも何か、そう思わせる出来事があったんだね。ならアンジェリカ、僕も顔で人を嫌ったりしないよ。だから仲良くなってくれるよね?」
「殿下……」
そういえばヴィンセントといる時は卑屈にならずに話すことが出来ている自分に気が付いた。卑屈になるのは自分で自分のことを考えた時だけだ。ヴィンセントはフラットに、普通にアンジェリカと接してくれているのだ。
「お待たせいたしました」
その時ウエイターが注文の品を持って現れた。つやつやとした美味しそうなアップルパイには白いクリームが乗っている。コーヒーは、アンジェリカの予想を上回る色と香りだった。
「黒いんですねえ……」
「香りもいいだろう? 苦みがあるけれど、それがいいんだ」
ヴィンセントはカップを持ち上げ、目を瞑って匂いを深く吸い込んだ。
「いい香りです。私も飲んでみたくなりました」
「よし、じゃあ次のデートの予定に入れておいてね」
そんなことを言われて顔が赤くなってしまったアンジェリカは慌てて俯き、アップルパイを口に運んだ。すると。
「美味しい……」
香辛料の香りが口いっぱいに広がり、ジューシーな林檎の甘みと酸味が引き立てられていた。甘すぎないクリームとのバランスも絶妙で、初めての美味しさにアンジェリカは思わず顔を上げてうっとりとした。
そのアンジェリカを見たヴィンセントは、なんて可愛らしいんだろうとこれまたうっとりと目の前の女性を見つめた。
傍から見ると恋人同士のような二人は、その後もいろいろな話をして随分と打ち解けていった。そして明日も放課後街歩きをしようと約束し合って別れた。
その夜、アンジェリカは自室の窓辺にもたれて夜空を見上げていた。
(今日は何て楽しかったのかしら。あんな風に尊重されること、本当に無かったからとても嬉しかった。ヴィンセント殿下はとても素敵な方……見た目だけじゃなく、性格も全て。また街歩きをしようと言って下さったわ。本気にしてはいけないのはわかっているけれど、嬉しかった。ああ、こんなこと願ってはいけないけれど……明日ウォルターが登校して来ませんように)
ウォルターのことを考えると胃の辺りがキリッと痛んだ。今日のことを知られたら、きっとまたひどく責められるだろう。しばらく休んでいて欲しい、とアンジェリカは密かに願った。
「趣味ですか?」
アンジェリカは考えこんでしまった。ピアノは勉強の一環だし、楽しんでやっているようなことは何もない。他人の目に晒されたくないから、学園以外で習い事に行こうなどと思ったこともないのだ。
「趣味はまだないのかな? 僕はね、観劇が好きだなあ」
「観劇ですか? そういえばアステリアは芸術が盛んでしたわね。いろいろな公演が毎日のように催されているのでしょう?」
「ああ。お高い公演から町の芝居小屋まで、年がら年中芝居は見られるんだ。こちらではあまり無いのかな」
「はい、年に数回です。私も一度だけ、父に連れて行ってもらったことがありました。とても美しくて楽しかった思い出があります」
それは、六歳以前の思い出だ。こんな顔になってからは父にどこかに連れて行ってもらったことはない。
「アステリアに来ればいつでも見られるよ。ぜひ遊びにおいで」
「はい、ありがとうございます」
建前だとわかっていてもこう言ってもらえるのは嬉しかった。
「あとは、そうだなあ、遠乗りかな」
「乗馬ですか? 乗馬は私も大好きです」
「本当に? 意外だな、こんなお淑やかな女性が乗馬好きだなんて」
「馬は、顔で人を嫌ったりしませんから」
つい本音を漏らしてしまったアンジェリカ。ヴィンセントは少し悲しそうな顔をした。
「君がどうしてそんなに自分の顔を嫌っているのか僕にはわからない。でも何か、そう思わせる出来事があったんだね。ならアンジェリカ、僕も顔で人を嫌ったりしないよ。だから仲良くなってくれるよね?」
「殿下……」
そういえばヴィンセントといる時は卑屈にならずに話すことが出来ている自分に気が付いた。卑屈になるのは自分で自分のことを考えた時だけだ。ヴィンセントはフラットに、普通にアンジェリカと接してくれているのだ。
「お待たせいたしました」
その時ウエイターが注文の品を持って現れた。つやつやとした美味しそうなアップルパイには白いクリームが乗っている。コーヒーは、アンジェリカの予想を上回る色と香りだった。
「黒いんですねえ……」
「香りもいいだろう? 苦みがあるけれど、それがいいんだ」
ヴィンセントはカップを持ち上げ、目を瞑って匂いを深く吸い込んだ。
「いい香りです。私も飲んでみたくなりました」
「よし、じゃあ次のデートの予定に入れておいてね」
そんなことを言われて顔が赤くなってしまったアンジェリカは慌てて俯き、アップルパイを口に運んだ。すると。
「美味しい……」
香辛料の香りが口いっぱいに広がり、ジューシーな林檎の甘みと酸味が引き立てられていた。甘すぎないクリームとのバランスも絶妙で、初めての美味しさにアンジェリカは思わず顔を上げてうっとりとした。
そのアンジェリカを見たヴィンセントは、なんて可愛らしいんだろうとこれまたうっとりと目の前の女性を見つめた。
傍から見ると恋人同士のような二人は、その後もいろいろな話をして随分と打ち解けていった。そして明日も放課後街歩きをしようと約束し合って別れた。
その夜、アンジェリカは自室の窓辺にもたれて夜空を見上げていた。
(今日は何て楽しかったのかしら。あんな風に尊重されること、本当に無かったからとても嬉しかった。ヴィンセント殿下はとても素敵な方……見た目だけじゃなく、性格も全て。また街歩きをしようと言って下さったわ。本気にしてはいけないのはわかっているけれど、嬉しかった。ああ、こんなこと願ってはいけないけれど……明日ウォルターが登校して来ませんように)
ウォルターのことを考えると胃の辺りがキリッと痛んだ。今日のことを知られたら、きっとまたひどく責められるだろう。しばらく休んでいて欲しい、とアンジェリカは密かに願った。
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