イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です

はねビト

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6.イケメン俳優の判決は、有罪確定です

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 東城とうじょうを迎えに来たマネージャーの後藤さんに、なぜだか会うなり無事を確認された。
 しかも、そのいきおいに呑まれて無言になってしまったら、なにを誤解したのか、いきなり土下座をされるし、怒涛のお詫びをされるしで、正直なにが起きているのか、さっぱりわからなかった。

「まさかこんな風に、私の目を盗んで抜け出し、送り狼よろしく人様の家に押し入り、さらには無理矢理襲うなど……!本当に、なんと言ってお詫びをすればよいのやら……」
 うん!?
 なんか、めちゃくちゃ誤解されてないか?!

「あの、大いに誤解をされているようなんですけれども、一晩中、芝居の稽古をしてたのは本当ですよ?」
 だいたい、『襲う』ってなんだよ!?
 そんな女優さんでもあるまいし、女の子にまちがわれそうなほどの美少年ってのならともかく、地味なモブ顔の僕には関係のない話だ。

「えぇと、本当ですか?!あらぬ姿の写真を撮られたとかで、東城に脅されていたりしませんよね??!何かあれば、私に言っていただければ、全力で対処しますのでっ!!」
「えぇ、大丈夫です。あの、本当に……」
 そう言って、苦笑いを返す。

 おいおい、東城よ。
 お前はどれだけ自分のマネージャーさんから、信頼されてないんだよ?!
 むしろ、かわいそうになるレベルの信用のなさに、せっかくだからウソじゃないって証拠に、もう少し詳しく話しておくか。

「最初は本読みにつき合うだけのつもりだったんですけど、実際に演じてみないことには、うまくつかめないものもあるので……」
 一応フォローしとくかと、そう言った瞬間、後藤さんの動きが止まった。

「『本読み』、ですか?」
「はい、そうですけども……」
 ギギギ……と音がしそうなくらいに、突然に不自然に固まった動きとなる彼に、僕は首をかしげる。
 なんかマズイことでも言ったかな、僕?

「差し支えなければ、その作品のタイトルをお聞かせ願えますか?」
「えっと、今日からクランクインなんですよね?」
 うなだれたままの後藤さんの動きは、とても緩慢なものだったけど、それにしてはやけに迫力を感じる。

「ほぅ、『今日からクランクイン』……ちなみに稽古におつき合いいただいたのは、まさかとは思いますが、冒頭のシーンではないですよね?」
 まさかもなにも、まさにそのシーンだ。
 だって一番重要なシーンだし、なにしろお相手は恋愛ドラマの女王、宮古みやこ怜奈れいななんだぞ?

 そりゃ、下手な芝居はできないだろ。
 練習相手を僕にするのはどうかと思うが、クランクイン前に練習しておきたい気持ちはわからないでもない。
 そう答えた瞬間、うつむいたままの後藤さんはブルブルと、おこりにかかったように震えだした。

「前から、『いつかヤラかすのでは』と疑っていましたが……まさかこんなに早々にヤラかすとは思ってもいませんでした……」
 後藤さんは、そこで一旦言葉を区切る。
 メガネのブリッジに手をかけ、はずしてスーツの胸ポケットにしまったと思った次の瞬間。

「東城、テメェ!!!余所様のタレントさんには手を出すなと、あれほど口を酸っぱくして言ってたのに!!なにしてくれとんじゃ、ワレェ!!!!」
 いつもはメガネをかけたおだやかな紳士なのに、後藤さんはそこから一瞬にして豹変した。

「冒頭のシーンって、そのチョイス、明らかにわざとだろ!!芝居にかこつけてキスしようだなんて、立派なセクハラだぞ、バカヤローー!!」
 東城の服の襟元をつかむと、ガクガクと激しくゆさぶりながら、怒鳴りつけている。
 キーンと耳に抜けていく声に、思わず目をつぶり、耳をふさいだ。

 マジかよ、後藤さんて、こんな激しいキャラだったのか?!
 というより、むしろヤンキーだよな、これ!?
 どっちが素なんだ、おだやか紳士とヤンキーと……。

「落ちついてよ、後藤さん。ほら、羽月はづきさんが怯えてるでしょ?」
「じゃかあしい!!このセクハラ野郎!!チィッ!今日がクランクインでなければ、ボッコボコにしてやるのにっ!」
 東城がとりなそうとしたところで、まったく効果は逆だった。

 むしろ、何かを言うごとに顔が凶悪化していくんだけど!?
 ヒエェ、お願いだから、僕の自宅を事件現場にしないでください!

「わー、暴力反対!!ていうか自分ところのタレントをボコボコにするのはいいのかよ?!ダメだろ!?」
「安心しろ、商売道具の顔は狙わねぇ。ボディにするから、気にするな」
 あいかわらずふたりは、コントのようなやりとりをつづけている。

 部外者の僕は口をはさむタイミングを逸したまま、置いてきぼりをくらうしかない。
 ついでに言えば、正直なところバイト明けの夜通し稽古でカロリー消費しきった感が強いから、眠いし疲れてるし、早く帰ってくれないかなー?なんて思う。

「チッ、しょうがねぇ、そもそも昨日の担当者がなんも考えずにテメェのワガママ聞いちまったのが悪りぃ。しっかり車で家まで送り届けろって、キツく命じてあったのに……帰ったらお仕置きだな。もちろん、テメェもだ東城!余所様のタレントさんに手ぇ出した罰として、今後3ヶ月間の接触禁止だ。反省しろ」
 うわぁ、マジで『鬼のような形相』って、こういうのを言うんだろうな。

「ええっ?!3ヶ月とか、絶対無理!!そんなん、羽月さん不足で死んじゃうから!」
「直接会うのはもちろん、メールや電話も禁止だぞ。半径5メートル以内に、近づくことを禁止するからな」
 ブンブンと首を振る東城に、しかし後藤さんはとりつく島もない。

「鬼っ!!悪魔っ!!!」
 東城が半泣きで訴えたところで、一切考慮されないところを見るに、後藤さんのメンタルはかなり強いと見た。
 僕なら東城に泣いてお願いされたら、うっかり追及の手をゆるめてしまいそうだもんな。

「ていうか、誤解ですってば、さっき羽月さんも言ってたでしょ、ドラマのための稽古につき合ってもらってただけなんだって」
 この期に及んで、まだ東城は言い訳を試みようとしていた。
 無論、鉄仮面のごとき後藤さんには、微塵も響いていなさそうではあったけど。

「では反対にたずねますが、そこにまったくの下心はなかったと言えますか?本当に、ただの稽古で、キスがしたいわけではなかったと。それならば仮に羽月さんが、ほかのタレントさんと同じように稽古をすると言っても気にしないと、そう言えるわけですよね?」
 キラリとメガネのグラスを反射させながら、そう後藤さんがたずねるのに、東城は苦々しい顔になる。

「うっ、………その言い方はズルいだろ。わかった、白状するよ。下心、ありました。めっちゃあったよ、なんならむちゃくちゃキスしたかったです!!」
 ふてくされたように言う東城に、僕を目を見開いた。

 マジかよ、マジで下心があったのか……?
 本気の稽古をしたかったわけじゃなくて、ただ単にキスがしたかった、と。
 とっさに歯を噛みしめた口のなかに、苦いものが広がっていく。

「さて、あらためまして、羽月さん。このたびは、うちの東城がご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした。己の欲望を満たすために、稽古と称して相手の厚意につけこみ、何度もキスを迫るとは、見下げた輩でございます。このお詫びは、またあらためてさせていただければと存じます」
 すらすらと謝罪の言葉が出てくる後藤さんに、深々と頭を下げられ、謝られた。

 後藤さんの態度はどこまでも紳士で、こんなショボ俳優にまで気を遣ってくれる。
 悪気なんてないのはわかるし、こちらを貶めるつもりもないのは、見ればわかる。
 だけど、こちらは勝手に引っかかりを感じてしまう。

 ───なんだよそれ、『己の欲望を満たすため』って。
 つまり東城は、誰でもいいからキスがしたかったってことなのか……?
 なんで僕だったんだろうとか、疑問がわいてくるけれど、それよりも大事なのは、そこじゃない。

 だって、そういう欲を満たすための相手に選んだってことは、僕なら何をされても『芝居のため』だと言えばだませるチョロいやつで、それに同じ俳優であっても圧倒的な知名度や人気の差があるから、文句も言われないだろうと高をくくっていたからなんじゃないのか?って、疑いたくなってしまうから。
 一度でもそう疑ってしまったら、もうダメだった。

 考えを振り払おうとしたところで、もう、そうとしか思えなくなってくる。
 そのせいでモヤモヤとした思いが、胸のなかに広がっていく。
 つまり、僕は東城にとって明らかに軽んじられている存在に思われてたってことだろう?

「──いえ、芝居の稽古と言われて信じた自分のほうこそ、マヌケでした」
 自分で思っていた以上に、冷たい声が出た。
 うぅん、ちがう。
 声だけじゃない、心までもがひんやりとしている。

 東城はムカつくヤツではあるけれど、芝居に関してはウソをつかないヤツだと信じてた。
 本気で演じることが好きで、だからその稽古にも真摯に向き合ってるんだろうって。
 だけどそれが、根底からくつがえされた。

「あのっ、羽月さん、俺……っ!」
「悪いけど、帰ってくれないか?今日がクランクインなんだろ、お忙しい大人気俳優様は、こんなところにいるべきじゃないから」
 ズキズキと胸のあたりが痛みを訴えてくるのをこらえ、必死に平静をよそおう。

 だけど、ムリだった。
 にぎりしめたシャツは、きっとシワができてしまっているし、なにより胸の痛みは無視できるものじゃなかった。
 きっと端から見たら、情けないくらい顔色も悪くなっていることだろう。

 僕にとっては、あれは立派な芝居の稽古だったのに。
 勝手に東城をライバル視して、コイツにだけは下手な芝居は見せられないからって、必死に本気の演技をしていた自分なんて、きっと彼の目にはひどく滑稽に写っていたにちがいない。

「羽月さん……っ!!あの、本当に……っ」
「ごめん……もう、お前とは会わないから」
 はずした目線を合わせられないまま、きっぱりと拒絶する。

 どちらにしても、連ドラの主演なんて、過密スケジュールになるのはまちがいないんだ。
 なにしろ相手は、国民的な大人気イケメン俳優様だ。
 仮に僕が会いたいと願ったところで、本来なら会えるはずもない相手だった。

 それなら、たぶんこう宣言すれば、きっともうこれで会うことはない。
 そう思って必死に歯を食いしばり、耐えていた。
 そうでもしなければ、情けないことに泣いてしまいそうだったから。

「……時間です、東城。着替えはバンのなかに用意してありますから、そこで着替えてください」
 有無を言わさずにドアの向こうへと東城を押し出していく後藤さんの気配と、突き刺さるような東城からの視線を感じながら、それでも僕は最後まで顔をあげることができなかった。

「本当に、申し訳ありませんでした。あの……よろしければ朝食を買ってまいりましたので、あとで召し上がってください」
 そう言い残して、後藤さんは東城を連れて帰っていった。
 あとに残されたのは、テーブルの上で先ほどから香ばしい匂いをただよわせているコーヒーと、横に添えられた有名店のサンドイッチだけだった。

「──────っ!!」
 静かになった室内で、口もとを押さえたまま、くずれ落ちる。
 そうしなければ、きっとみっともなく声をあげて泣いてしまっていただろう。

 みじめだった。
 あまりにも2年前とはちがってしまった、おたがいの立場の差を突きつけられるようで。
 東城にとっての僕は、もはや都合のいい存在でしかないってことだ。

 いや、わかってた。
 あまりにも立ち位置のちがってしまった相手だ、いくらこっちのほうが芸歴は長かろうが、年上だろうが、そんなものは関係ない。
 世間一般に対して、どちらがより大きな影響力を持つか。

 そう考えたなら、最初から僕なんて、勝てるはずもない相手だった。
 僕のほうがはるかに格下の存在なんだってことは、火を見るよりも明らかだ。
 そうだと、わかって…いたはずなのに……。

 今こんなにも苦しいのは、なんでなんだろう。
 きっとこれが、ほかの人気のある若手俳優にされたところで、こんなに苦しくなることなんてないだろう。
 彼我の差を、ちゃんと理解しているから。

 だけど実際にはこうして、相手が東城だというだけで、息もできないほどの痛みを感じている。
 東城だから──彼だけが、僕にとっての『特別』だから、こんなにも苦しいのか。
 そのことに気がついた瞬間、ぽろりと頬を伝って涙がこぼれていった。
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