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13.イケメン俳優は、やることなすことイケメンです
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もう二度と会いたくないと思っていたトラウマの原因に抱きしめられ、よみがえる恐怖に縛られたまま、僕はみっともなくふるえることしかできなかった。
きっと顔色だって、酷い色になっていることだろう。
逃げ出すこともできずに、無理やりにキスをされ、ナメクジのようにぬめる舌が口内を蹂躙してくる。
拒否をしようにも、相手を押し返そうとした手は手首をつかまれて、むしろきつく抱きしめられた。
押しつけられた相手の股間は、硬く主張をしてきているし、気持ち悪くてたまらない。
泣いても意味がないのはわかっているのに、臨界点を超えた嫌悪感のせいで、自然と涙がにじんでくる。
万事休すだと思ったそのとき、屋上の扉がいきおい良く開かれた。
「羽月さんっ!!」
バァンと大きな音を立てて、非常階段からこの屋上へとつながる扉が開かれる。
そこにあらわれたのは、血相を変えた東城だった。
「んー?おや、東城君じゃなぁい!あいかわらずイケメンだねぇ、どう、最近ヤってる?ていうかさ、ちょっと取り込み中なんだよねぇ。あいさつなら、あとにしてくれるぅ?」
最低なあいさつをする颯田川さんには答えず、東城は無言でこちらへ走り寄ってきた……と思った次の瞬間。
バキィッ!!
そのスピードに乗ったまま、こぶしが振り抜かれ、颯田川さんの頬にヒットする。
半ば吹き飛ばされるようにして、尻餅をつく彼の腕に引っぱられて、同じく倒れそうになった僕を、すかさず東城が抱き止めてくれた。
「羽月さんっ!!大丈夫っ?!」
「あ…………」
ガシッと正面から肩をつかまれ、顔をのぞきこまれる。
その手の力はむしろ痛いくらいだったし、顔をのぞきこまれるということ自体は、先ほど颯田川さんにされたものと変わらない行為のはずなのに、不思議とこちらは怖くなかった。
それどころか、僕なんかよりも、よほど泣きそうなくらいに動揺している東城の顔を見ていたら、今度こそ助かったんだと安堵の気持ちが広がっていく。
「……って、羽月さん泣いて……っ!?」
気がゆるんだのか、気がつけば、ぼろぼろと頬を伝って涙がこぼれていた。
そして腰も抜けてしまって、立っていられなくなり、その場でずるずるとしゃがみこんでしまう。
「えぇっ!?あのっ、な、泣かないで……っ!?」
そんな僕に合わせて、東城までその場にしゃがみこんでくれる。
無機質なコンクリートの上にひざをつく東城は、ためらいがちに僕の肩を抱き寄せてきた。
そのやわらかな引き寄せ方は、さっき颯田川さんにされたそれとは、似ても似つかないものだ。
ちゃんとこっちが拒否してないかをうかがうような気配がして、そんなことにも余計に心はゆるんでいく。
「ごめっ、とうじょ……っ!」
本当はすがりついてしまいたかったけど、それじゃ衣装が汚れてしまう。
まだ撮影だって終わったわけじゃない……そう思うと、その服のすそを、そっとつかむことしかできなかった。
こんな風に弱いところを見せたくなんてなかったのに、涙はあとからどんどんあふれてきて、地面をぬらしていく。
それに、安心したはずなのに、やっぱり身体のふるえは止まらなくて。
怖かったし、嫌だったし、逃げ出したかった。
颯田川さんから無理やりにされたキスは、ただ気持ちが悪いだけだった。
いまだに口のなかを這いまわる舌の、ナメクジのような触感が残っているような気さえする。
役を演じているときなら、誰としようと気にならないのに、どうしても今回は我慢ならなかった。
だけどあの人を怒らせたら、もっと怖いことになるって思うと、足がすくんで拒否することもできなかったんだ。
それでも、ほかの人がいる前でなら、こんな風に怯えた態度を見せることもなかっただろうし、そこにつけ込まれることもなかっただろう。
まさかこんな形で、二人っきりの状態で会ってしまうなんて。
自分で思っていた以上の運の悪さと、うかつさに歯噛みをしたくなる。
必死に呼吸を落ちつかせようとしているのに、引きつけを起こしたように身体はふるえたまま、うまく息も吸えなかった。
「えっと、あの……、羽月さんっ?こ、これ使ってくださいっ!」
東城がどうしていいのか、とまどっている声が聞こえてくる。
それでもハンカチをサッと差し出せるあたり、さすがだよな。
ごめん、東城。
お前に迷惑かけるつもりなんてないんだ、そう言いたくても、我慢していた分、一気に嫌悪感が吹き出したかのように涙も止まらない。
「あわてなくて大丈夫だから、ゆっくり息を吸って、吐いて……もう怖くないです、俺がそばについてますから」
そう言って、遠慮がちに背中をさすられる。
その手のあたたかさが、なぜだか無性にうれしかった。
「イテテ……ちょっと、東城くぅん?いきなり目上の人を殴っちゃいけねぇだろ?!なにしてくれてんだ、ごらぁっ!!邪魔すんなって、俺様も言ったよなぁ?」
だけど、ようやく呼吸が落ちついてきたと思ったとたんに、背後からは恐ろしい声が響いてきた。
思わず恐怖でビクッと身体が反応しそうになって、でも東城が僕と颯田川さんとの間に立ってくれた。
いつもなら忌々しくさえ思うその長身が、頼り甲斐のあるものに見えてくるから、我ながらなんて現金なんだろうか。
「邪魔?そんなものしてませんよ、俺はただ羽月さんにたかる虫を払っただけですから」
サラリと顔色ひとつ変えずに言い切る東城に、僕は言葉を失う。
なんだよ、このイケメン、言うことひとつ取ってもカッコいいとか、ズルいだろ!
「あぁ、『虫』だぁ?!ずいぶんと失礼なこと言ってくれてんじゃねぇの、東城くんは。テメェのデビュー時に面倒見てやったの、忘れたわけじゃねぇだろうな!?」
恩着せがましく、颯田川さんががなる。
───そうだ、東城がデビューしていきなり売れたのは、もちろん本人の持って生まれた才能もあったかもしれないけれど、それを的確に引き出した颯田川さんの戦略があればこそだったのも、まちがいない。
僕のせいで、その恩人とも言うべき人と仲たがいをさせるわけにはいかない。
「東城、ダメだ……っ!」
その手を取って、引っぱろうとしたところで、反対にきゅっとにぎり返された。
それはまるで、『大丈夫だ、心配しなくていい』と言ってくれているみたいに感じられた。
「そうですね……、俺のデビュー時にはその人は確かにいたはずなんですけど、ふしぎなことに、今俺の目の前にいるのは恩人なんかじゃなくて、ただのケダモノになり果てた輩ですからね」
まったく堪える様子もない東城に、むしろ僕のほうがハラハラしてしまう。
「東城、もういいからっ!その、僕は大丈夫だから……っ!」
あわてて目の前の広い背中に抱きついて、これ以上失礼なことをしないようにと止める。
「全然大丈夫じゃないでしょ、さっきまで泣いてふるえてたくせに。俺の知ってる羽月さんは、演技以外では簡単に泣かない人だ」
とたんに切り返されたセリフは、正鵠を射ていた。
そのセリフからにじむのは、ほんのりとした怒りだろうか。
「いつだってあきらめずに、努力を怠らなくて、どんなに辛くても決して俺の前では弱音を吐かなかったんだ。そんなめちゃくちゃカッコいい羽月さんが、真っ青な顔をして、ふるえて泣いてた。俺にとっては、その原因を作ったコレを許さないだけの理由に、十分なり得るんだよ!」
つづくセリフには、思わず固まった。
えっと、聞きまちがいかな……?
ていうか、なんかやたらと僕のことを評価されてないか??
お前……僕のこと、格下の役者だって見下してたんじゃないのかよ。
東城のことがわからなくなって、混乱する。
でも今の言葉に、ウソはふくまれていないはずだった。
現に颯田川さんの顔にも、煽られた怒りが浮かぶ。
「ほぅ、よく躾られた犬だなぁ!それともあれか、理緒チャンの身体に篭絡されたのかよ!?」
「えぇ、そうですね、犬です。俺は羽月さん専用の番犬ですから。大事すぎて、手なんて出せるわけがない」
ふたりの舌戦は、当事者であるはずの僕を置いて、どんどん展開されていく。
「あぁ、番犬、なるほどなぁ。そういやテメェにゃあ2年前も、いつも理緒チャンを持ち帰ろうとするたびに邪魔されてたっけなぁ!」
え……なんだよ、それ!?
そんなこと、あったのか……??
どうしよう、まったく心当たりがない。
「あたりまえだろ、好きな人が変態オヤジの毒牙にかかりそうなの、黙って見過ごせるはずがない!」
「はあぁ、一丁前にナイト気取りかよ、小僧!ふざけたこと、抜かしてんじゃねぇぞ!!」
僕の頭の理解を超えた展開に、床にへたり込んだまま、黙って見上げることしかできなくなっていた。
「粋がるのも大概にしろよぉ、俺様が誰かわかってんだろうな?天下の敏腕プロデューサーの、颯田川様だぞ?テメェから暴力を受けたって、マスコミにバラして、芸能界にいられなくしてやろうかぁ!!」
それこそが、僕の恐れていたことだった。
だけど。
「そちらこそ、あまりうちの事務所を舐めないことですね。最近落ち目で、借金まみれの下衆プロデューサーさん?」
東城につづいて、屋上へとつながる扉からあらわれたのは、そのマネージャーの後藤さんだ。
「はぁ、まったくあなたという人は、足早すぎですよ。危うく見失うところでした」
「ごめん、後藤さん。でも羽月さんが危ないと思ったら、居ても立ってもいられなくなって……」
そうして肩で息をしながら、東城の横へと並び立つ。
「なんだぁ?マネージャー風情が、失礼な野郎だな!テメェらは俺らにペコペコ頭下げてりゃいいんだよ!!」
「いえいえ、マネージャー風情だからこそ、この業界のいろんなお話が耳に入るものですからね」
颯田川さんに怒鳴られても、後藤さんは涼やかな目線をくずさなかった。
「例えば、『キャバで豪遊したあげくに、お気に入りの娘に無理やり手を出したらその筋の方の愛人で、危うくけじめをつけられそうになった男』の話ですとか、『その落とし前に多額の現金を要求されて借金まみれになった男』の話ですとか、『入婿なのに、その借金のことは妻には内緒にしている男』の話なんかも存じ上げておりますよ?」
一息で言い切る後藤さんは飄々しているのに、反対に目の前の颯田川さんの顔色がどんどん悪くなっていく。
「テメェ、なんでそんなことを知ってやがる!!」
「さぁ、私は『誰』の話とも言ってないんですけれども、ひょっとして颯田川プロデューサーには、なにかお心当たりでも?」
あの顔色の悪さ、たぶんコレは颯田川さんの話なんだ。
「さて、実は私、最近妻からとあるご相談を受けておりましてね?妻曰く『昔からお世話になっていた近所のお姉さんが、放蕩旦那に愛想を尽かして離婚したいと言っているが、いい弁護士はいないか?』と。もちろんご紹介させていただきましたよ、この前うちの事務所のタレントが番組でご一緒させていただいた、『離婚成功率150%』と名高い郡司弁護士を」
にっこりと笑いかける後藤さんの顔が、なぜだか般若のようにも見えた。
「この野郎ぉ!ふざけてんじゃねぇぞ!!」
「そうそう、その男は己の権力をかさにして、いろんな若手をつまみ食いしてるらしいですけど、最近手を出された女性アイドルが、実はこの局の筆頭株主である玄冬社の会長のお孫さんだって知ってましたか?おかげで会長はカンカンなんですって」
後藤さんは笑顔のはずなのに、ものすごい迫力がにじみ出ていた。
「さて、せっかくですので、私ともっと楽しいお話しをいたしましょうか?」
「あ、あ……ぁ……」
半ば放心状態となった颯田川さんの首根っこをつかむと、後藤さんは意気揚々と屋上から出ていく。
「あ、言っておきますけど、東城。今の羽月さんは私が責任もってお預かりしている方なので、手出しは厳禁ですからね?」
そうやって釘を刺していくのは忘れなかったけれど、後藤さんが出ていけば、そこには僕と東城だけが残される。
「羽月さん、立てる?」
「え?あ、うん……ひゃあっ!」
気づかわしげな東城の差し出す手を取り、立ち上がろうとしたたと思った瞬間、軽々とその両腕に抱き上げられた。
いわゆるお姫様抱っこの状態だ、そう気がついたところで、僕の頬は一気に赤く染まっていった。
きっと顔色だって、酷い色になっていることだろう。
逃げ出すこともできずに、無理やりにキスをされ、ナメクジのようにぬめる舌が口内を蹂躙してくる。
拒否をしようにも、相手を押し返そうとした手は手首をつかまれて、むしろきつく抱きしめられた。
押しつけられた相手の股間は、硬く主張をしてきているし、気持ち悪くてたまらない。
泣いても意味がないのはわかっているのに、臨界点を超えた嫌悪感のせいで、自然と涙がにじんでくる。
万事休すだと思ったそのとき、屋上の扉がいきおい良く開かれた。
「羽月さんっ!!」
バァンと大きな音を立てて、非常階段からこの屋上へとつながる扉が開かれる。
そこにあらわれたのは、血相を変えた東城だった。
「んー?おや、東城君じゃなぁい!あいかわらずイケメンだねぇ、どう、最近ヤってる?ていうかさ、ちょっと取り込み中なんだよねぇ。あいさつなら、あとにしてくれるぅ?」
最低なあいさつをする颯田川さんには答えず、東城は無言でこちらへ走り寄ってきた……と思った次の瞬間。
バキィッ!!
そのスピードに乗ったまま、こぶしが振り抜かれ、颯田川さんの頬にヒットする。
半ば吹き飛ばされるようにして、尻餅をつく彼の腕に引っぱられて、同じく倒れそうになった僕を、すかさず東城が抱き止めてくれた。
「羽月さんっ!!大丈夫っ?!」
「あ…………」
ガシッと正面から肩をつかまれ、顔をのぞきこまれる。
その手の力はむしろ痛いくらいだったし、顔をのぞきこまれるということ自体は、先ほど颯田川さんにされたものと変わらない行為のはずなのに、不思議とこちらは怖くなかった。
それどころか、僕なんかよりも、よほど泣きそうなくらいに動揺している東城の顔を見ていたら、今度こそ助かったんだと安堵の気持ちが広がっていく。
「……って、羽月さん泣いて……っ!?」
気がゆるんだのか、気がつけば、ぼろぼろと頬を伝って涙がこぼれていた。
そして腰も抜けてしまって、立っていられなくなり、その場でずるずるとしゃがみこんでしまう。
「えぇっ!?あのっ、な、泣かないで……っ!?」
そんな僕に合わせて、東城までその場にしゃがみこんでくれる。
無機質なコンクリートの上にひざをつく東城は、ためらいがちに僕の肩を抱き寄せてきた。
そのやわらかな引き寄せ方は、さっき颯田川さんにされたそれとは、似ても似つかないものだ。
ちゃんとこっちが拒否してないかをうかがうような気配がして、そんなことにも余計に心はゆるんでいく。
「ごめっ、とうじょ……っ!」
本当はすがりついてしまいたかったけど、それじゃ衣装が汚れてしまう。
まだ撮影だって終わったわけじゃない……そう思うと、その服のすそを、そっとつかむことしかできなかった。
こんな風に弱いところを見せたくなんてなかったのに、涙はあとからどんどんあふれてきて、地面をぬらしていく。
それに、安心したはずなのに、やっぱり身体のふるえは止まらなくて。
怖かったし、嫌だったし、逃げ出したかった。
颯田川さんから無理やりにされたキスは、ただ気持ちが悪いだけだった。
いまだに口のなかを這いまわる舌の、ナメクジのような触感が残っているような気さえする。
役を演じているときなら、誰としようと気にならないのに、どうしても今回は我慢ならなかった。
だけどあの人を怒らせたら、もっと怖いことになるって思うと、足がすくんで拒否することもできなかったんだ。
それでも、ほかの人がいる前でなら、こんな風に怯えた態度を見せることもなかっただろうし、そこにつけ込まれることもなかっただろう。
まさかこんな形で、二人っきりの状態で会ってしまうなんて。
自分で思っていた以上の運の悪さと、うかつさに歯噛みをしたくなる。
必死に呼吸を落ちつかせようとしているのに、引きつけを起こしたように身体はふるえたまま、うまく息も吸えなかった。
「えっと、あの……、羽月さんっ?こ、これ使ってくださいっ!」
東城がどうしていいのか、とまどっている声が聞こえてくる。
それでもハンカチをサッと差し出せるあたり、さすがだよな。
ごめん、東城。
お前に迷惑かけるつもりなんてないんだ、そう言いたくても、我慢していた分、一気に嫌悪感が吹き出したかのように涙も止まらない。
「あわてなくて大丈夫だから、ゆっくり息を吸って、吐いて……もう怖くないです、俺がそばについてますから」
そう言って、遠慮がちに背中をさすられる。
その手のあたたかさが、なぜだか無性にうれしかった。
「イテテ……ちょっと、東城くぅん?いきなり目上の人を殴っちゃいけねぇだろ?!なにしてくれてんだ、ごらぁっ!!邪魔すんなって、俺様も言ったよなぁ?」
だけど、ようやく呼吸が落ちついてきたと思ったとたんに、背後からは恐ろしい声が響いてきた。
思わず恐怖でビクッと身体が反応しそうになって、でも東城が僕と颯田川さんとの間に立ってくれた。
いつもなら忌々しくさえ思うその長身が、頼り甲斐のあるものに見えてくるから、我ながらなんて現金なんだろうか。
「邪魔?そんなものしてませんよ、俺はただ羽月さんにたかる虫を払っただけですから」
サラリと顔色ひとつ変えずに言い切る東城に、僕は言葉を失う。
なんだよ、このイケメン、言うことひとつ取ってもカッコいいとか、ズルいだろ!
「あぁ、『虫』だぁ?!ずいぶんと失礼なこと言ってくれてんじゃねぇの、東城くんは。テメェのデビュー時に面倒見てやったの、忘れたわけじゃねぇだろうな!?」
恩着せがましく、颯田川さんががなる。
───そうだ、東城がデビューしていきなり売れたのは、もちろん本人の持って生まれた才能もあったかもしれないけれど、それを的確に引き出した颯田川さんの戦略があればこそだったのも、まちがいない。
僕のせいで、その恩人とも言うべき人と仲たがいをさせるわけにはいかない。
「東城、ダメだ……っ!」
その手を取って、引っぱろうとしたところで、反対にきゅっとにぎり返された。
それはまるで、『大丈夫だ、心配しなくていい』と言ってくれているみたいに感じられた。
「そうですね……、俺のデビュー時にはその人は確かにいたはずなんですけど、ふしぎなことに、今俺の目の前にいるのは恩人なんかじゃなくて、ただのケダモノになり果てた輩ですからね」
まったく堪える様子もない東城に、むしろ僕のほうがハラハラしてしまう。
「東城、もういいからっ!その、僕は大丈夫だから……っ!」
あわてて目の前の広い背中に抱きついて、これ以上失礼なことをしないようにと止める。
「全然大丈夫じゃないでしょ、さっきまで泣いてふるえてたくせに。俺の知ってる羽月さんは、演技以外では簡単に泣かない人だ」
とたんに切り返されたセリフは、正鵠を射ていた。
そのセリフからにじむのは、ほんのりとした怒りだろうか。
「いつだってあきらめずに、努力を怠らなくて、どんなに辛くても決して俺の前では弱音を吐かなかったんだ。そんなめちゃくちゃカッコいい羽月さんが、真っ青な顔をして、ふるえて泣いてた。俺にとっては、その原因を作ったコレを許さないだけの理由に、十分なり得るんだよ!」
つづくセリフには、思わず固まった。
えっと、聞きまちがいかな……?
ていうか、なんかやたらと僕のことを評価されてないか??
お前……僕のこと、格下の役者だって見下してたんじゃないのかよ。
東城のことがわからなくなって、混乱する。
でも今の言葉に、ウソはふくまれていないはずだった。
現に颯田川さんの顔にも、煽られた怒りが浮かぶ。
「ほぅ、よく躾られた犬だなぁ!それともあれか、理緒チャンの身体に篭絡されたのかよ!?」
「えぇ、そうですね、犬です。俺は羽月さん専用の番犬ですから。大事すぎて、手なんて出せるわけがない」
ふたりの舌戦は、当事者であるはずの僕を置いて、どんどん展開されていく。
「あぁ、番犬、なるほどなぁ。そういやテメェにゃあ2年前も、いつも理緒チャンを持ち帰ろうとするたびに邪魔されてたっけなぁ!」
え……なんだよ、それ!?
そんなこと、あったのか……??
どうしよう、まったく心当たりがない。
「あたりまえだろ、好きな人が変態オヤジの毒牙にかかりそうなの、黙って見過ごせるはずがない!」
「はあぁ、一丁前にナイト気取りかよ、小僧!ふざけたこと、抜かしてんじゃねぇぞ!!」
僕の頭の理解を超えた展開に、床にへたり込んだまま、黙って見上げることしかできなくなっていた。
「粋がるのも大概にしろよぉ、俺様が誰かわかってんだろうな?天下の敏腕プロデューサーの、颯田川様だぞ?テメェから暴力を受けたって、マスコミにバラして、芸能界にいられなくしてやろうかぁ!!」
それこそが、僕の恐れていたことだった。
だけど。
「そちらこそ、あまりうちの事務所を舐めないことですね。最近落ち目で、借金まみれの下衆プロデューサーさん?」
東城につづいて、屋上へとつながる扉からあらわれたのは、そのマネージャーの後藤さんだ。
「はぁ、まったくあなたという人は、足早すぎですよ。危うく見失うところでした」
「ごめん、後藤さん。でも羽月さんが危ないと思ったら、居ても立ってもいられなくなって……」
そうして肩で息をしながら、東城の横へと並び立つ。
「なんだぁ?マネージャー風情が、失礼な野郎だな!テメェらは俺らにペコペコ頭下げてりゃいいんだよ!!」
「いえいえ、マネージャー風情だからこそ、この業界のいろんなお話が耳に入るものですからね」
颯田川さんに怒鳴られても、後藤さんは涼やかな目線をくずさなかった。
「例えば、『キャバで豪遊したあげくに、お気に入りの娘に無理やり手を出したらその筋の方の愛人で、危うくけじめをつけられそうになった男』の話ですとか、『その落とし前に多額の現金を要求されて借金まみれになった男』の話ですとか、『入婿なのに、その借金のことは妻には内緒にしている男』の話なんかも存じ上げておりますよ?」
一息で言い切る後藤さんは飄々しているのに、反対に目の前の颯田川さんの顔色がどんどん悪くなっていく。
「テメェ、なんでそんなことを知ってやがる!!」
「さぁ、私は『誰』の話とも言ってないんですけれども、ひょっとして颯田川プロデューサーには、なにかお心当たりでも?」
あの顔色の悪さ、たぶんコレは颯田川さんの話なんだ。
「さて、実は私、最近妻からとあるご相談を受けておりましてね?妻曰く『昔からお世話になっていた近所のお姉さんが、放蕩旦那に愛想を尽かして離婚したいと言っているが、いい弁護士はいないか?』と。もちろんご紹介させていただきましたよ、この前うちの事務所のタレントが番組でご一緒させていただいた、『離婚成功率150%』と名高い郡司弁護士を」
にっこりと笑いかける後藤さんの顔が、なぜだか般若のようにも見えた。
「この野郎ぉ!ふざけてんじゃねぇぞ!!」
「そうそう、その男は己の権力をかさにして、いろんな若手をつまみ食いしてるらしいですけど、最近手を出された女性アイドルが、実はこの局の筆頭株主である玄冬社の会長のお孫さんだって知ってましたか?おかげで会長はカンカンなんですって」
後藤さんは笑顔のはずなのに、ものすごい迫力がにじみ出ていた。
「さて、せっかくですので、私ともっと楽しいお話しをいたしましょうか?」
「あ、あ……ぁ……」
半ば放心状態となった颯田川さんの首根っこをつかむと、後藤さんは意気揚々と屋上から出ていく。
「あ、言っておきますけど、東城。今の羽月さんは私が責任もってお預かりしている方なので、手出しは厳禁ですからね?」
そうやって釘を刺していくのは忘れなかったけれど、後藤さんが出ていけば、そこには僕と東城だけが残される。
「羽月さん、立てる?」
「え?あ、うん……ひゃあっ!」
気づかわしげな東城の差し出す手を取り、立ち上がろうとしたたと思った瞬間、軽々とその両腕に抱き上げられた。
いわゆるお姫様抱っこの状態だ、そう気がついたところで、僕の頬は一気に赤く染まっていった。
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