8 / 9
お買い物は「列」ごと
しおりを挟む
「……シリル、本当にいいの? 買い物なんて」
数日後。シリルは私の手を引いて、王都で一番活気のある市場へと連れ出してくれた。
王族である彼がこんな場所に来るのは異例中の異例だけど、シリルは変装用の眼鏡さえも「華やかなオーラ」で無効化しながら、楽しそうに私の隣を歩いている。
「もちろん。君が昨日作ってくれたスープの具材、君自身の目で選びたいだろう? それに……」
シリルは私の耳元で、甘く、けれど少しだけ独占欲を滲ませて囁いた。
「君が何に目を輝かせるのか、僕が一番近くで見ていたいんだ」
市場に着くと、私は思わず声を上げた。
エドワード様の屋敷にいた頃は、食材の買い出しなんて使用人任せで、私はいつも裏口で届いたものを受け取るだけだった。
並んでいる新鮮なトマト、香ばしいパンの匂い。私は夢中になって歩き回った。
「わあ、このハーブ、すごく香りがいい! シリル、これがあればもっと美味しく――」
私が一つの屋台の前で立ち止まり、ハーブの束を手に取った、その時だった。
「おっ、お嬢さん、お目が高い! それは今朝採れたばかりの……」
店主のおじさんが私に話しかけようとした瞬間、シリルの碧眼がスッと冷たく光った。
彼は私の肩を抱き寄せ、店主との間に割って入る。
「……君。彼女に気安く話しかけないでくれるかな。彼女が気に入ったのはそのハーブであって、君じゃない」
「えっ、ひ、ひぇっ……!?」
シリルの放つ圧倒的な威圧感に、店主は一瞬で震え上がった。
「シリル、そんなに怒らなくても……! 私、ただこれが素敵だなって思っただけで」
「そう。フィオナが『素敵だ』と言った。……なら、答えは一つだね。――おい、後ろの者たち」
シリルの合図とともに、影のように控えていた護衛たちが一斉に姿を現した。
「この列にある店、右から左まで全部買い取る。商品はすべて僕の屋敷へ運べ」
シリルの差し出した金貨の袋を見て、店主の目が飛び出さんばかりに剥かれた。
私は呆然と立ち尽くす。
「シ、シリル!? ハーブ一束で良かったのに、なんで一列丸ごと買い占めるのよ!」
「だって、君が次にどの店で足を止めるかわからないだろう? 先に全部僕のものにしておけば、君が何を選んでも僕からのプレゼントになる」
シリルは私の頬を指先で撫で、満足げに微笑んだ。
「君がこの世界で目にする素敵なものは、全部僕が与えたものでありたいんだ。……ねえ、フィオナ。次はあっちの宝石店に行こうか。それとも、市場ごと買い取って『フィオナ・マーケット』に改名しようか?」
「……もう、デートにならないじゃない……」
私が溜息をつくと、シリルは私の手を恋人繋ぎでギュッと握りしめた。
「デートだよ。僕が君を甘やかし、君が僕に困らされる……。――ねえ、フィオナ。僕を困らせていいのは君だけだけど、君を幸せにしていいのも、僕だけなんだよ」
シリルの瞳の奥にあるのは、財力で見せびらかす傲慢さではなく、「君のすべてを支配したい」という幼なじみゆえの切実な渇望だった。
私は、結局買い占められた市場の真ん中で、真っ赤な顔をして俯くしかなかった。
数日後。シリルは私の手を引いて、王都で一番活気のある市場へと連れ出してくれた。
王族である彼がこんな場所に来るのは異例中の異例だけど、シリルは変装用の眼鏡さえも「華やかなオーラ」で無効化しながら、楽しそうに私の隣を歩いている。
「もちろん。君が昨日作ってくれたスープの具材、君自身の目で選びたいだろう? それに……」
シリルは私の耳元で、甘く、けれど少しだけ独占欲を滲ませて囁いた。
「君が何に目を輝かせるのか、僕が一番近くで見ていたいんだ」
市場に着くと、私は思わず声を上げた。
エドワード様の屋敷にいた頃は、食材の買い出しなんて使用人任せで、私はいつも裏口で届いたものを受け取るだけだった。
並んでいる新鮮なトマト、香ばしいパンの匂い。私は夢中になって歩き回った。
「わあ、このハーブ、すごく香りがいい! シリル、これがあればもっと美味しく――」
私が一つの屋台の前で立ち止まり、ハーブの束を手に取った、その時だった。
「おっ、お嬢さん、お目が高い! それは今朝採れたばかりの……」
店主のおじさんが私に話しかけようとした瞬間、シリルの碧眼がスッと冷たく光った。
彼は私の肩を抱き寄せ、店主との間に割って入る。
「……君。彼女に気安く話しかけないでくれるかな。彼女が気に入ったのはそのハーブであって、君じゃない」
「えっ、ひ、ひぇっ……!?」
シリルの放つ圧倒的な威圧感に、店主は一瞬で震え上がった。
「シリル、そんなに怒らなくても……! 私、ただこれが素敵だなって思っただけで」
「そう。フィオナが『素敵だ』と言った。……なら、答えは一つだね。――おい、後ろの者たち」
シリルの合図とともに、影のように控えていた護衛たちが一斉に姿を現した。
「この列にある店、右から左まで全部買い取る。商品はすべて僕の屋敷へ運べ」
シリルの差し出した金貨の袋を見て、店主の目が飛び出さんばかりに剥かれた。
私は呆然と立ち尽くす。
「シ、シリル!? ハーブ一束で良かったのに、なんで一列丸ごと買い占めるのよ!」
「だって、君が次にどの店で足を止めるかわからないだろう? 先に全部僕のものにしておけば、君が何を選んでも僕からのプレゼントになる」
シリルは私の頬を指先で撫で、満足げに微笑んだ。
「君がこの世界で目にする素敵なものは、全部僕が与えたものでありたいんだ。……ねえ、フィオナ。次はあっちの宝石店に行こうか。それとも、市場ごと買い取って『フィオナ・マーケット』に改名しようか?」
「……もう、デートにならないじゃない……」
私が溜息をつくと、シリルは私の手を恋人繋ぎでギュッと握りしめた。
「デートだよ。僕が君を甘やかし、君が僕に困らされる……。――ねえ、フィオナ。僕を困らせていいのは君だけだけど、君を幸せにしていいのも、僕だけなんだよ」
シリルの瞳の奥にあるのは、財力で見せびらかす傲慢さではなく、「君のすべてを支配したい」という幼なじみゆえの切実な渇望だった。
私は、結局買い占められた市場の真ん中で、真っ赤な顔をして俯くしかなかった。
4
あなたにおすすめの小説
「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。
愚か者の話をしよう
鈴宮(すずみや)
恋愛
シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。
そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。
けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
お望み通り、消えてさしあげますわ
梨丸
恋愛
一国の次期王妃と言われていた子爵令嬢アマリリス。
王太子との結婚前夜、彼女は自ら火を放ち、死んだ。
国民達は彼女の死を特に気にもしなかった。それどころか、彼女の死を喜ぶ者もいた。彼女の有していた聖女の力は大したものではなかったし、優れているのは外見だけの“役立たずの聖女”だと噂されるほどだったから。
彼女の死後、すぐさま後釜として皆に好かれていた聖女が次期王妃に召し上げられた。
この国はより豊かになる、皆はそう確信した。
だが、“役立たずの聖女”アマリリスの死後──着実に崩壊は始まっていた。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。
ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜
嘉神かろ
恋愛
魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。
妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。
これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。
【完結】わたしは大事な人の側に行きます〜この国が不幸になりますように〜
彩華(あやはな)
恋愛
一つの密約を交わし聖女になったわたし。
わたしは婚約者である王太子殿下に婚約破棄された。
王太子はわたしの大事な人をー。
わたしは、大事な人の側にいきます。
そして、この国不幸になる事を祈ります。
*わたし、王太子殿下、ある方の視点になっています。敢えて表記しておりません。
*ダークな内容になっておりますので、ご注意ください。
ハピエンではありません。ですが、救済はいれました。
政略結婚した夫に殺される夢を見た翌日、裏庭に深い穴が掘られていました
伊織
恋愛
夫に殺される夢を見た。
冷え切った青い瞳で見下ろされ、血に染まった寝室で命を奪われる――あまりにも生々しい悪夢。
夢から覚めたセレナは、政略結婚した騎士団長の夫・ルシアンとの冷えた関係を改めて実感する。
彼は宝石ばかり買う妻を快く思っておらず、セレナもまた、愛のない結婚に期待などしていなかった。
だがその日、夢の中で自分が埋められていたはずの屋敷の裏庭で、
「深い穴を掘るために用意されたようなスコップ」を目にしてしまう。
これは、ただの悪夢なのか。
それとも――現実に起こる未来の予兆なのか。
闇魔法を受け継ぐ公爵令嬢と、彼女を疎む騎士団長。
不穏な夢から始まる、夫婦の物語。
男女の恋愛小説に挑戦しています。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる