6 / 126
第一章 ちかづく
06 想定外×想定外
しおりを挟む
「……ねぇ、神崎。私のこと、口説ける?」
ウィスキーの3杯目があと2、3口になったところで、唐突に橘が口にした言葉に、俺は一時停止する。
「……なんだ、お前、結構重症だったか?」
「違うの」
橘は頭を振って言う。
「私には何が足りないのか、何が必要ないのか、考えなきゃいけないんじゃないかと思って」
しごく真面目な顔で続けた。
「 "The aim of marketing is to know and understand the customer so well the product or service fits him and sells itself."」
「……Pardon?」
俺が眉を寄せると、きりりとした顔で微笑む。
「ドラッカーよ。売り込むには相手にとっての売りをしっかり掴むことが大事」
そこでドラッカーが出て来るあたり、こいつ、完全にピジネス脳だな。
俺は深々と嘆息した。
「その考えと質問の問題点は二つある。一つ目は、お前は売り込む商品じゃないこと。もう一つは、俺がお前の言う"相手"に適していないこと」
言ってグラスをカラリと回し、一口飲む。
こんな茶番につき合ってられるか。早々に帰るに限る。
「あんた、以外とフェミニストよね」
「すべての人に対して公平なだけだ」
「……要するに、他人に無関心なのね」
橘は呆れたように嘆息した。俺は気にせずまた一口ウィスキーをあおる。
あと一口。
橘は深々と嘆息して、赤ワインを飲み干した。
「帰ろうか。つき合ってくれて、ありがと」
呟くように言って、椅子を降り、コートと鞄を手に取る。俺は拍子抜けながらも、頷いて最後の一口を飲み干した。
爽やかな苦みが、喉を伝い落ちていく。
橘はさっさと会計を済ませ、ドアに向かった。俺も後に続く。
開いたドアの先には、先程も見た街並が広がっている。この時期限定のクリスマスイルミネーションを無感動に眺めながら、俺はコートを羽織った。
俺の動きを、橘がじっと見ていた。コートの前を合わせて、目を向ける。
「何だよ」
「……別に」
橘は呟くように言って歩き始めた。俺も訝しみながら後に続く。
目につくイルミネーションを何となしに眺めながら歩いていると、立ち止まった橘の背にぶつかった。
「おっと。何だよ、急に」
俺が問うと、橘は意を決したように振り返り、俺を見上げた。
こいつ、こんなに小さかったのか。
見たこともない至近距離での視線にぼんやりそんなことを思っていると、橘は口を開いた。
「神崎」
そこで言葉に迷ってらしい。一瞬目線をさ迷わせると、困ったように小さく言った。
「……Hug me」
俺はかろうじて、はぁ?と言うのを留めた。
いつもより多少しおらしい橘に食ってかかるのも面倒に思えて、俺は橘の肩に腕を回し、友人にするように力強く、やや乱暴なハグをする。
橘は、違うの、と抗議の声をあげた。
「そういうハグじゃなくって、女の子へのハグっていうか」
何だこいつ、今日はほんと面倒くせぇな。
内心毒づきながら嘆息する。
これが今日の夕飯代か。まったく、タダより高いものはない。
俺は橘の肩に回していた手の一方を、ウエストの高さまで下げた。
身体全体で包み込むように抱きしめる。
そういや、こういうのも久々かもしれない。女は散々抱いているが。
気づきながら、冬でよかった、と思った。互いに厚手のコートに覆われていて、相手の身体の柔らかさや硬さを意識せずに済む。
俺の腕の中で、橘はふるりと身を震わせた。
ふといたずら心が芽生え、静かに囁く。
「寒いのか?」
橘は一瞬動きを止めた後、ふるふると頭を振った。
そろそろ腕を緩めようと思ったとき、橘の身体の力が抜けるのを感じた。
ーーしまった。
俺は瞬間的に思う。
まずい、これはーー
橘がゆっくりと顔を上げた。
二人の目が合う。
潤んだ瞳は、酒のせいか。それともーー
どちらからともなく、顔が近づく。
静かに、唇が重なった。
ウィスキーの3杯目があと2、3口になったところで、唐突に橘が口にした言葉に、俺は一時停止する。
「……なんだ、お前、結構重症だったか?」
「違うの」
橘は頭を振って言う。
「私には何が足りないのか、何が必要ないのか、考えなきゃいけないんじゃないかと思って」
しごく真面目な顔で続けた。
「 "The aim of marketing is to know and understand the customer so well the product or service fits him and sells itself."」
「……Pardon?」
俺が眉を寄せると、きりりとした顔で微笑む。
「ドラッカーよ。売り込むには相手にとっての売りをしっかり掴むことが大事」
そこでドラッカーが出て来るあたり、こいつ、完全にピジネス脳だな。
俺は深々と嘆息した。
「その考えと質問の問題点は二つある。一つ目は、お前は売り込む商品じゃないこと。もう一つは、俺がお前の言う"相手"に適していないこと」
言ってグラスをカラリと回し、一口飲む。
こんな茶番につき合ってられるか。早々に帰るに限る。
「あんた、以外とフェミニストよね」
「すべての人に対して公平なだけだ」
「……要するに、他人に無関心なのね」
橘は呆れたように嘆息した。俺は気にせずまた一口ウィスキーをあおる。
あと一口。
橘は深々と嘆息して、赤ワインを飲み干した。
「帰ろうか。つき合ってくれて、ありがと」
呟くように言って、椅子を降り、コートと鞄を手に取る。俺は拍子抜けながらも、頷いて最後の一口を飲み干した。
爽やかな苦みが、喉を伝い落ちていく。
橘はさっさと会計を済ませ、ドアに向かった。俺も後に続く。
開いたドアの先には、先程も見た街並が広がっている。この時期限定のクリスマスイルミネーションを無感動に眺めながら、俺はコートを羽織った。
俺の動きを、橘がじっと見ていた。コートの前を合わせて、目を向ける。
「何だよ」
「……別に」
橘は呟くように言って歩き始めた。俺も訝しみながら後に続く。
目につくイルミネーションを何となしに眺めながら歩いていると、立ち止まった橘の背にぶつかった。
「おっと。何だよ、急に」
俺が問うと、橘は意を決したように振り返り、俺を見上げた。
こいつ、こんなに小さかったのか。
見たこともない至近距離での視線にぼんやりそんなことを思っていると、橘は口を開いた。
「神崎」
そこで言葉に迷ってらしい。一瞬目線をさ迷わせると、困ったように小さく言った。
「……Hug me」
俺はかろうじて、はぁ?と言うのを留めた。
いつもより多少しおらしい橘に食ってかかるのも面倒に思えて、俺は橘の肩に腕を回し、友人にするように力強く、やや乱暴なハグをする。
橘は、違うの、と抗議の声をあげた。
「そういうハグじゃなくって、女の子へのハグっていうか」
何だこいつ、今日はほんと面倒くせぇな。
内心毒づきながら嘆息する。
これが今日の夕飯代か。まったく、タダより高いものはない。
俺は橘の肩に回していた手の一方を、ウエストの高さまで下げた。
身体全体で包み込むように抱きしめる。
そういや、こういうのも久々かもしれない。女は散々抱いているが。
気づきながら、冬でよかった、と思った。互いに厚手のコートに覆われていて、相手の身体の柔らかさや硬さを意識せずに済む。
俺の腕の中で、橘はふるりと身を震わせた。
ふといたずら心が芽生え、静かに囁く。
「寒いのか?」
橘は一瞬動きを止めた後、ふるふると頭を振った。
そろそろ腕を緩めようと思ったとき、橘の身体の力が抜けるのを感じた。
ーーしまった。
俺は瞬間的に思う。
まずい、これはーー
橘がゆっくりと顔を上げた。
二人の目が合う。
潤んだ瞳は、酒のせいか。それともーー
どちらからともなく、顔が近づく。
静かに、唇が重なった。
3
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
友達の肩書き
菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。
私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。
どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。
「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」
近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる