モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

07 脱出希望

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 俺は橘のベッドで目覚めて、隣に眠る姿を見ながら嘆息した。
 完全に流された。こんな奴、抱く気なかったのに。
 眠る橘の顔は起きている時よりも穏やかで幼く見えた。
 留学の関係で大学に5年生まで在学していた俺より、一つ年下の31歳のはずだ。
 唇に髪が張り付いている。手を伸ばしてゆっくりはがすと、橘がくすぐったそうに身をよじった。
 時計を見る。7時半。しっかり寝てしまった。
 俺はそろりとベッドを抜け出て、昨日の服を身につけようと手を伸ばす。
 気持ち悪いが、仕方ない。
 本当は昨晩の内に帰ろうとしたのだが、橘が離してくれなかったのだ。
 説得を試みているうちに橘がまどろみはじめ、俺も身体を包み込む柔らかさに負けて眠ってしまった。
「やだ」
 服を手に取ったとき、いつのまにか起きていたらしい橘が俺の背に抱き着いた。柔らかい胸が背中に当たる。
「何が、嫌だよ」
 俺は胸の前に回された橘の手を解こうと掴んだ。
 が、橘がするりと指を滑り込ませて、手を繋がれる。
 おいおい。俺は帰るんだって。
「たち……」
「やーだー」
 橘がさらに腕に力を込めた。
 すりすりと頬を背に寄せて来る。
 俺は深々と息を吐き出した。
「お前、キャラ変わってんぞ」
「いいのー。これも私だもーん」
 本格的に壊れたんじゃないかと思うような幼いテンポで、橘が返してくる。
 帰りたい。帰らねば。何か用事を……
 俺の電話が着信を告げた。
 ナイスタイミング!
 橘の腕を解き、コートのポケットから取り出したそれを耳に当てる。
「もしもし?」
 裸で出て行くことはないと思ったのだろう、橘がスウェットを身につけてお湯を沸かしはじめた。
 電話は母からだった。
 さすがに全裸で電話するのも気が引けて、腰回りにシャツを巻きながらベッドに腰掛ける。
『あら、今日は早いのね』
「あー、まあ。……で、何?」
『年末年始って、あんたどうするの。帰ってくるの?』
 問われて考えたが、特段予定もない。
「今のところ予定ないけど。急に飲みに誘われたらそっち行くかも」
 実家は鎌倉だ。都内に通勤できないことはないが、一人暮らしの方が気楽なこともあり、日頃は都内に住んでいる。
『2日にね、香子ちゃんが来るのよ。あんたも会ったんでしょ』
「香子ちゃん?ああ、鈴木さんね」
『鈴木さんだなんて、他人行儀な!もうすぐ一緒の苗字になるんだから』
 どっちの苗字かはわかんねぇけどな。
 母の言葉に、心中で返す。
 弟の隣でハキハキ話していた彼女の姿を思い出し、思わずにやついた。あの子は見ていて面白い。
「それなら、帰ろうかな。2日な?」
『そう、2日』
 分かった、と言いかけたとき、台所からガッシャンという音と、きゃあという悲鳴が聞こえた。
「おい、大丈夫か!?」
 慌てて駆け寄ると、橘がへにゃりと微笑む。
「うん、ごめん。大丈夫」
 湧いた湯を保温ポットに移そうとしたら、ポットが倒れたらしい。
 電話の向こうで母が呆れた声を出した。
『あんたまた女の子連れ込んでんの?』
 人聞きの悪いことを。俺は自分の部屋には彼女しか入れない主義だぞ。
「そんなんじゃねぇよ」
 どっちかといえば俺は連れ込まれた方だ。
『女遊びもほどほどになさいよ。いつ刺されても文句言えないわよ、あんた』
「息子に向かって冷たいんじゃないの」
『隼人が言ってたわよ。兄貴はその気になればすぐ結婚するだろうって。その気がないだけだろうって』
 俺は嘆息した。
「早々に運命の人と出会っちゃった、幸運な弟と比べられてもねぇ」
『あんたももしかしたら出会えたかもよ。頑張ってT大受けてたら』
 俺が私立大学を選んだのは、受験科目が少ないからというのもある。反対もせず行かせてくれたことには感謝しているので、俺は黙り込んだ。
『ま、あんたももしちゃんといい人ができたら連れて来なさいよ。今そこにいる子がどういう子かは知らないけど』
 母は言って、じゃあねと電話を切った。
 俺は帰る気力も失せて、またベッドに腰掛けた。
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