モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

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第一章 ちかづく

44 窓際席

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【仕事、終わらなければ今日はやめるから。無理すんなよ。スマホに待ち合わせ場所送る】
 終業時間になろうという頃、橘に社内メッセージを送る。
【了解。少し残ってく】
 橘の返事を見てからパソコンを閉じ、鞄とコートを持って部屋を出た。
 会社を出て駅の方へ向かう。よく立ち寄る本屋併設のカフェに入ると、少し迷ってからダージリンティーを頼んだ。
 どうせコーヒーは後で飲むんだし。
 思いながら、一番奥の窓際席に腰掛け、スマホを取り出す。
【このカフェで待ってる】
 地図のURLと共に、スマホにメッセージを送ると、テーブルの上に置いた。
 窓の外には、足早に帰宅する人、ギター片手に歌う人、スマホを手に人を待つ人ーーそれらを含んだ雑踏が広がっている。
 そういう人の流れを、窓越しにただ見ているのは、嫌いではなかった。それぞれの人に、それぞれの生活があり、世界がある。そのごく一瞬を切り取ったのが、今俺が見ているものなんだろう。
 そんなことを考えていると、スマホにメッセージの着信があった。
【ごめん、あと2時間くらいかかりそう。大丈夫?】
 了解、と返事を送る。少しそっけなかったかと思って、追加で送った。
【窓越しに人間観察、楽しんでるから気にせずどーぞ】
 ティーカップを口に運びながら、俺はぼんやりと外を見ていた。

「……なに、考え、てんのよ、ごほっ、窓際、……はあっ、なんて」
 肩で息をしながら橘がやって来たのは、それから1時間後だった。
 思いのほか早い登場に驚きながら、俺は机に手を着き息をする橘を見る。
 長めのピーコートは膝まで覆い、ショートブーツと同じグレー。スカートの丈が短いので、裾までコートに隠れている。
「ずいぶん早かったな」
 ティーカップから最後の一口を口にする俺を、橘は睨みつけているーーつもりだろう。残念ながら、すっかりオフィス用の仮面がはがれていて、全く迫力がないが。
「自分が、目立つ、容姿だって、ちゃんと、分かってる?」
 まだ息が整わないらしい。息継ぎ息継ぎ言う姿が面白いーーいや。
 今感じたことを表現する言葉に気づいて、俺は頬をかきながら目を背けた。何とも言えない気恥ずかしさが込み上げたからだ。
 一度自覚すると、こうも変わるものか。
 橘はそれを訝しむ余裕もなく、ひとまず俺の前の椅子に座った。
「……大丈夫か?」
 一応聞いてやると、また迫力のない目で睨まれる。
 だから、ーー可愛いだけだって。それ。
 思うが口にしない。言ったら互いに身動きできなくなりそうだ。
「あんたが窓際にいるなんて言うから」
 橘は頬を膨らませるようにしながら言った。
「超高速で仕事片付けて、走って来たのよ。運動苦手なのに」
 運動が得意でないのは、走って来る姿を見て分かった。が、怒りそうなのでこれもまた口にしない。
「お茶、飲んでく?もう出る?」
「出るに決まってるでしょう」
 橘は呆れたように言った。
「あんたがカフェでお茶してる光景なんて、絵になりすぎて危険よ。分かってないでしょ」
 女の言うことはときどき訳がわからない。俺は首を傾げつつ、鞄を手に立ち上がった。
「……ま、いいか」
 店を出ながら呟く。
「そのおかげで、仕事早めに切り上げてくれたんなら、窓際席も悪くない選択だったってことだな」
 にやりと笑って隣を見やると、橘が顔を真っ赤に染めていた。
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