モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子

文字の大きさ
43 / 126
第一章 ちかづく

43 肉食系先輩女子

しおりを挟む
「マーシー、働いてはる~?」
 もう少しで終業という頃、急にひょっこり現れた名取さんに、俺は思い切り身体を後ろに引いた。
 バサバサバサ、と手元の書類が落ちる。
「嫌やわぁ。そんなに驚かんといて。葉子傷つく~」
 いや、これは防衛本能で。つい。
 下に落ちた書類を拾い上げる俺の隣で、ジョーが目をぎらつかせている。
 まさに獲物を見つけたハンターさながらだ。仕事のプレゼンよりも本気が伝わって来る。ーーって、もう少し本気出せよ。仕事も。
「次のプロモーションイベントの件で、ちょっと確認なんやけど。今少し時間もらえる?」
「それなら俺も関わってるんで、一緒に!」
 すかさずノートを手に立ち上がるジョー。
 いなくなる可能性の高い俺だけで聞くより、その方がいいかもしれない、と思った俺は名取さんに言った。
「その方がいいかも。いいですか」
「あかん。私が今用があるのはマーシーだけや。ジョーは待っとき」
 名取さんはぴしりと言ってから、ジョーに微笑んだ。
「お利口にしてたら、ご褒美あげような」
 ジョーの顔色をうかがうと、何故か恍惚として頬を赤らめている。俺は見なかったことにして席を立ち、名取さんの後ろにつき従った。
 歩きながら、ついつい名取さんの後ろ姿をぼんやり見るのは悲しい男の性か。
 タイトめのベージュスーツ、そのスカートの腰回りに思わず目がいく。痩せぎすな若い子とは違う、豊満ともいえる柔らかそうな肢体。
 顔立ちは日本人形のようだから、その身体つきにギャップを感じる。ジョーが気になる気持ちは分かる気がした。
「で、うちのエースに何したん」
 名取さんは、打ち合わせテーブルに向き合って座った途端切り出した。俺は眉を寄せる。
 エースってーー橘のことか?
「何や、さっき一度席外したと思うたら、頬染めて戻って来はるし、時々ニヤニヤしてはるし、いつもビシビシ言うところがずいぶん温和に対応しはるさかい、他の部署の男子も照れてもうて……」
 まあそれはどうでもええ話や、と呟いて、名取さんは机に身を乗り出した。自然、俺と顔が近づく。ジョーの視線が気になりながらも、名取さんが小声になったので離れられない。
「あんたがどういう気で近づきはったか知らへんけど、あの子はうちにとっても可愛い妹みたいなもんや。考えも無しに傷つけたらーー」
 俺の膝の間に、名取さんの片足がするりと入り込んできて、ギクリとする。テーブルに隠れて、他の社員には見えない。
「女はしばらく見たくない、って目に合わせたるわ」
 その目は、ひどく冷たい中に、歪んだ熱を感じる。
 直視できず、俺は視線を逸らした。
「それだけや。ほな」
 名取さんが立ち上がろうとしたとき、俺はその手に軽く触れて呼び止めた。
「名取さん」
 名取さんは上げかけた腰を改めて下ろし、肉付き豊かな脚をすらりと組んだ。ジョーの目がその腿にくぎづけになっている。……肉食獣は肉食獣同士、勝手に仲良くやってくれ。
 そう思いながら、自分の気持ちを表すための言葉を探す。
「俺ーー自信ないです。……近づかない方がいいだろうと、思ってたのに」
 名取さんはふぅん、とその目を弓形に細めた。ぷっくりとした唇を楽しそうに開く。
「あんたも結構、自分の容姿に振り回されたクチなんやな。可愛いところもあるもんや」
 くすりと笑うと、俺の鼻先にちょんと指で触れた。
「その気持ち、忘れんどき。お姉さんも応援するわ」
 嬉しそうに言うと、ウインクを一つして、席を立った。
 俺はその後ろ姿を見ながら、脱力して嘆息した。
 名取さんはジョーに一声かけて去っていく。ジョーは嬉しそうに小走りして俺の横まで来た。
「どんな話したんすか?」
「ああ、たいしたことじゃ。ーーそっちは?」
「先月、駅前にオープンしたバー、知ってるか、って」
 ジョーは両手を胸の前で握り、高揚した様子で続ける。
「『なんやおしゃれな感じやねんけど、一人で行くのもなぁ』……って、これ、もう行っていいっすよね!待ってますよね!俺の誘い!」
「ああ……そうだな」
 俺は曖昧に頷いて、ジョーをなだめながらデスクに戻った。
 ジョー、気をつけろよ。あの人は天然な振りしてかなりのやり手だ。
 思いながらも、まあ食われても本望なんだろう、と、はしゃぐ後輩を見て思った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

友達の肩書き

菅井群青
恋愛
琢磨は友達の彼女や元カノや友達の好きな人には絶対に手を出さないと公言している。 私は……どんなに強く思っても友達だ。私はこの位置から動けない。 どうして、こんなにも好きなのに……恋愛のスタートラインに立てないの……。 「よかった、千紘が友達で本当に良かった──」 近くにいるはずなのに遠い背中を見つめることしか出来ない……。そんな二人の関係が変わる出来事が起こる。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

処理中です...